番外170 都への凱旋
御前の社にも転移できるように環境を整えたり、河童の家族に出来上がった魔道具を届けたり。シーカー、ハイダー達を回収、メンテナンスしたりと。この地方で約束したこと、できることは一通りこなした。
アヤツジ兄妹を捕縛した後でも巻物がらみはあるので監視の目は広げておいたのだ。刺客は先に来ていたが、オリエが倒してしまったのでしばらくは平和だろうという気はする。
そうして俺達が都に戻るということで、御前の領地の端――緩衝地帯付近に御前を慕う妖怪達、鬼の里の主だった者達、そして大蜘蛛オリエと小蜘蛛達が何匹か集まって見送りに来てくれた。
「何か不都合が出たら、遠慮なく言ってくれて構わないよ」
「いやあ、今のところ良い具合だ。泳ぐ時も邪魔にならねえしな」
アルバートの言葉に、河童が自分の皿のあたりに手をやってにかっと笑う。魔道具に関してはサイズ調整が可能なミスリル銀のブレスレット型となった。
2種類の魔石が嵌っており、危機が迫った折に自動防御が発動する範囲を頭部に絞ることで精度と燃費を良くし、マジックシールドとプロテクションで防御。普段は緩やかに皿周辺に水を生成して常に潤いを保つ、という感じだ。
「一度魔石に触れて魔道具を起動させれば、その後は停止させるまで自動で水を生成してるから……微小だけど魔力を消耗しているのは忘れないように」
河童に魔道具を使う際の注意点を説明しておく。河童一家の保有している魔力や、このあたりの環境なら丸一日装着していても枯渇するようなことはないとは思うが、自動防御の際に発動するプロテクションはそれなりに強力な防御魔法なので、相応に魔力を消費する。
有事の際には自分の意思で魔力を使うにしても、余裕を見ておく必要があるだろう。そういった内容を河童一家に説明すると、真剣な表情で頷いていた。
「なるほど。確かになぁ。それは肝に銘じとく」
河童はブレスレットに触れて真剣な表情で頷くと、振り返って家族を見やる。
「お前達もきちんとお礼を言っとけよ」
という父の言葉に子供達も元気に頷くと――。
「ありがとうございました!」
と、奥さん共々、河童一家が元気にお礼を言ってくる。
「うむ。で、そなたは一緒に行きたいというわけだな」
御前はその光景に頬を緩めたが、すねこすりを見やって苦笑する。問われたすねこすりはこくんと頷いた。
例の、前にシーラに捕まったすねこすりだ。シーラだけでなく、妙に俺達に懐いている感じがするが、すねこすり達との鳴き声のやり取りから判断するに、見識を深めたり体術の修行をしたい、ということらしい。意外に向上心豊かだ。
まあ……妖怪達からもタームウィルズを見に来たりと交流や相互理解を深める人員は必要かも知れない。
タームウィルズやフォレスタニアなら、隠密性が高くて動きの早いすねこすりなら、飢えたり危ない目にあったりはしないか。ヒタカや御前の社とも行き来できるわけだし、帰りたくなったら帰れるというのもあるし。
ヒタカノクニ独特の、妖怪という存在を色んな人に説明したり周知したりするとしても、すねこすり達は見た目も性質も危険性が低い。そういった折には付き合ってもらえるかと条件を出すと、すねこすりは素直に頷いていた。
「それじゃ、次の満月の――前日までには合流ってことになるか」
こっちの話が纏まったところでレイメイが言う。
「そうですね。細かな用ならまた転移魔法で行き来したりもするかも知れません。満月が近くなったらシリウス号の全速力で移動してくる予定なので、里の方々にもそれを見ても驚かないよう、周知しておいてもらえると助かります」
「全速力……。お前さんがそう言うなら相当なものなんだろうが」
俺の言葉にレイメイが軽く目を見開く。
「勿論、接近途中で速度は緩めますが……それでも遠方から見れば結構な速度で接近してくることになるかなと思いますので」
「なるほどな」
「ふむ。一度その状態に乗ってみたいな」
「それは確かに」
オリエの言葉に御前が頷く。
「隣国に行く際に速度を出すかも知れませんね」
「では、その時の楽しみに、ということにしておこう」
「それじゃあ、ツバキ。あっちに行ったらお偉いさんにもよろしく言っといてくれ」
「分かりました」
ツバキに関してはレイメイ達と共闘するという事で、俺達に同行し、都やタームウィルズに顔を出しておく、ということになっている。性格面でこういう仕事に向いていると信頼されているということだろう。
そうして、見送りに来てくれた面々に挨拶をして回る。
「それじゃあ、また会える日を楽しみにしているわ」
「私こそ。また一緒に演奏しましょう」
イルムヒルトがろくろ首と握手をして言葉を交わしている。どうやら音楽繋がりで仲良くなったようである。
……コルリスとティールがケウケゲンや一反木綿とハグしていたり握手していたりするのは謎だが。
「では……次の満月が近くなったら、また会おう」
「ああ。それまで気を付けてな」
俺もサトリと握手して言葉を交わしたりと、妖怪達と一時の別れの挨拶を交わす。因みに人の多いところが苦手だからこちらに残るサトリではあるが、雷獣はこのまま俺達と同行して都に向かうそうだ。鎌鼬達と意気投合しているようで、アカネの家に顔を出してみる、とのことである。
「再会を楽しみにしておるぞ。そなたならいつでも歓迎する故、気軽に遊びに来てくれて構わんぞ」
「我も再会を楽しみにしているぞ。目的があって行動を共にするにせよ、お前には色々楽しませてもらっているからな」
「ありがとうございます。またお会いしましょう」
御前とオリエ。2人と握手を交わし、タラップを登って甲板へ上がる。
「それじゃあ、またな」
「道中お気をつけて」
「はい。レイメイさんとシホさんも、お元気で」
さらっとした言葉と態度で送り出してくれるレイメイと、朗らかに笑って見送ってくれるシホ。ジンも視線が合うと静かに一礼してくれた。
そうして。全員が乗り込んだところでシリウス号はゆっくりと上昇を始める。
見送ってくれる妖怪達が大きく手を振って。こちらも手を振り返して、段々遠ざかっていく。
「こんなに、妖怪達と身近に接したのは初めてです。何というか……楽しい人達で……」
と、小さくなっていく妖怪達を見ながら、ユラが少し寂しそうに呟く。
「また会えますよ、ユラ様」
「そうですね。満月の日には」
元気づけるアカネの言葉に、ユラは微笑んで答える。
「本当に……賑やかで楽しかったですね」
「そうですね。皆さん、お酒も歌も好きみたいで」
「迷宮村のみんなとも、気が合いそうな印象よね」
アシュレイの呟く声に、グレイスとクラウディアが言うと、マルレーンも静かに微笑みながら頷く。
「タームウィルズで迎えるときには、喜んでもらえるようにしたいところね」
「それじゃあ……何か考えとくか」
「私達も何か案を考えてみるのも面白そうね」
「ん。面白そう」
「ふふ。そうねえ」
そんなローズマリーの言葉に答えると、ステファニアやシーラ、イルムヒルトも楽しそうに首肯する。
そうして、妖怪達との一時の別れで少ししんみりした空気も、再会の時にどうするかという案を出しているうちに、和やかなものに変わっていくのであった。
シリウス号は、一直線に都へと向かう。ヒタカ国内の飛行許可を貰っているが、一応騒ぎにならないよう姿を消してという方が良いだろう。
周知が行き届いていない内に無用な混乱を起こしても仕方がないからだ。だが、今度は移動に際してアヤツジ一派に見つからないようにと過度に慎重になる必要もないので、結構な速度で飛ばさせてもらっている。
「これが……本当のシリウス号の速度、ですか?」
「いえ、実はまだ上の段階があったりします」
「それは何というか……すさまじいものでござるな」
流れていく景色を見て声を漏らすタダクニに、そんな風に答えるとイチエモンと揃って目を丸くする。そんな二人の反応に、アルファがにやりと、口の端を歪ませた。
魔力光推進はタームウィルズとの行き来の時だな。今度は航路開拓の必要もないので、遠慮なく北極圏を縦断し、最短距離を移動させてもらう予定である。
軽快な速度でシリウス号を飛ばしていくと、やがて遠くにヒタカノクニの都が見えてくる。さてさて。それでは帝に会って、アヤツジ兄妹の事や、協力してくれた妖怪達の話、巻物の話などをしてくるとしよう。




