番外75 これからの友好を
「だ、駄目だ! こんなもん勝てるわけがねえ!」
「付き合ってられるか! あんな化け物共!」
ブレンも副官も倒れたことで、残った獣人達の戦意も挫けたようだ。
防御陣地を突破するよりはゴーレムを相手にしたほうがマシだと思ったのか、脱出口のゴーレム達に向かって突っ込んでいく。
逃げようとする相手を完全に抑え込むと死に物狂いで向かってくるからな。ゴーレム達には敢えて鈍重な動きをさせることで獣人達に突破する余地を残してやる。
逃げた獣人達の後ろからバロールで追いかけつつ、通信機で正確な人数をシリウス号側に伝える。これで挟撃の完成というわけだ。
上り坂になっている通路を必死に駆け上がり、地上の光が見える出口から獣人達が飛び出したところで――横合いから突撃用シールドを纏ったリンドブルムが跳ね飛ばし、光の弾丸と化したアルファが空中へと掻っ攫っていく。
「ま、待ち伏せだと!?」
と、脱出しようとしていた寸前の獣人達が足を止める。そこに背後からバロールが雷撃を浴びせ、更に通路を埋めるようにゴーレムを作り出して、進軍させる。
「ぐああっ!?」
「う、うおおっ! 来た! 来たぞ!」
「糞ッ! 後ろがつかえてるんだ! 早く行けよ!」
苦悶と悲鳴。挟撃を受けていることを察しながら強行突破しようと外に飛び出すが、そこに待っていたのはシオン達3人だ。
空中を反射するように跳んできたかと思うと、シオンは剣の峰で、マルセスカは鞘に収めたままの得物でそれぞれ獣人を薙ぎ倒し、一撃で離脱しながらまた空中を跳び回る。
出口周辺は岩と茂みで偽装されているものの、木々はまばらで開けた場所になっている。
この巣穴を作ったゴブリン達としては、やはりこの出口は緊急用の脱出路だったのだろう。散開してバラバラに周囲の森に逃げ込む、というのがやりやすくなっているのだが……この場合はそれが仇だ。
空中戦装備を持っていない獣人達は木々を足場として利用するような立体的な動きができないし、リンドブルムはいくらでも上から強襲を仕掛けられる。シグリッタのインクの獣は物量で完全な包囲ができるから逃げ出す隙がない。
インクの獣がやや遠巻きに渦を巻くように旋回し、飛来したリンドブルムが氷の弾丸をばら撒いて前に出あぐねている獣人達の足元に叩き込んでいく。
「武器を捨てて大人しく投降するなら、命までは奪ったりしませんよ!」
残り僅かになった獣人達が絶望的な表情を浮かべたところで、そんな言葉をシオンが言った。ダメ押しにシリウス号がその姿を見せれば、獣人達は呆然とした面持ちでそれを見上げ、武器を捨ててその場に膝を付いたのであった。
「お怪我はありませんか?」
「ふむ。皮一枚というところかな。問題はない」
「私達も大丈夫です」
戦いが終わったところでみんなの状態の確認を行う。とりあえず、問題はないようだな。
大広間も脱出口も、制圧完了だ。例によって封印術を施して梱包していく、というのはいつも通りだ。数が多いから大変と思いきや、ローズマリーとステファニア、コルリスが土魔法で固める作業を手伝ってくれたので案外楽だった。
脱出口の獣人達はバロールが梱包作業をしているので問題ない。
ブレンも意識を失っていたから、念入りに封印術を施しておく。
「面識のある相手だったようですね」
と、イグナード王に尋ねると目を閉じて頷いた。
「うむ。獣王継承戦の折に一度戦っている相手だ。狂狼などと言われて悪評もあるが、戦いに関して言うなら、指折りの実力者ではあるな。獣王に、というよりも儂との戦いそのものに執着を見せておったが……」
「やはり獣王候補ともなると、ブレンに近い実力を備えている者が多くなってきますか。他の連中とは一線を画しているように思えましたが」
「うむ。それに近いところはある。その中でも将来が色々と楽しみな若造が1人おってな。継承戦で儂が負けるとしたら、案外そやつかも知れんな」
イグナード王はどこか楽しそうに獣王候補の話をしていた。後進に有望な人物が出てきているのが獣王としては嬉しい、というわけだ。
「しかし、儂としてはそなた達にこそ驚かされたがな。世界は広いということなのか、そなた達が桁外れなのか。特にそなたは……空中戦装備とやらは使ってはおらぬのではないか?」
「それはまあ……そう、ですね。空中戦装備は術式の制御の負担を減らすためのものではありますので」
「研鑽の賜物か。素晴らしいことだ」
そんな会話をしながら作業を進め、梱包した連中を洞窟の外へ運び出し、入り口で眠りこけていた飛竜達も起こしてやる。梱包した連中を竜籠に詰め込んで、シリウス号に一気に積み込んでしまおうというわけだ。リンドブルムがやって来て一声を上げると、それで飛竜達は居住まいを正すように首をしゃんと伸ばしてきびきびと動き出す。
うん……。飛竜達としてはリンドブルムの方が強いと野生の勘で分かってしまうのだろうな。特にリンドブルムは竜籠を使う時の為に他の飛竜を統率し慣れている部分があるからな。
「――お怪我が無くて何よりです」
梱包と積み込みが終わってシリウス号の艦橋に戻ってくると、オルディアに深々と頭を下げられた。
心配そうな表情をしていたオルディアであったが、皆に怪我がないと分かると安心したらしい。嬉しさを噛み締める、というような印象の静かな反応で、イグナード王やレギーナの近くでにこにことしている。
「では、一旦タームウィルズに戻りましょうか。連中を引き渡さなければなりません」
そう言って、みんなが座席についたところでシリウス号を動かしていく。
「戦いは大丈夫だった?」
「境界公と奥方様達が本当に強くてびっくりしたわ。あたしも結構殴り倒したけれど、それは周りの人達が強かったからで、人質にされた分の失点にはまだ足りないかなって」
「そうなの? でも……無理はしないでね」
「うん、オルディア姉さん」
イグナード王はオルディアとレギーナのそんなやり取りに穏やかに笑っていたが、ふと表情を真剣な物に戻すと尋ねてくる。
「この後の事について話をしたいところではあるのだが、大丈夫だろうか」
「そうですね。捕えたホークマンの副官が背景について色々知っていそうなので、まずは副官を重点的に取り調べて、他の連中の証言から裏を取る、という流れになるでしょうか。梱包はしてありますが、確実に引き渡しできるように注力したいところです」
どんな情報が出て来るかは分からないが、ここまで一味を捕縛に来て裏に繋がる成果がないというのもくたびれ損だしな。情報を握る者を特定できた上で捕縛できたというのは、中々良い結果を出せたと言えよう。
「ふむ。情報が揃うのを待つという形か」
「そうなります。それでお供の方々についても潔白かそれとも連中の仲間かが分かってくると思います。それまでは……そうですね。フォレスタニアで観光の続きなど如何でしょうか?」
そんなふうに冗談めかして言うと、イグナード王は少し目を丸くしてから肩を震わせた。
「うむ。確かに、途中で真剣な話になってしまったからな」
「オルディアさんとレギーナさんもご一緒に、是非」
「ありがとうございます」
2人に関して言うなら外国の街を見るのは初めてだろうし、タームウィルズとフォレスタニア観光を楽しんで貰えれば何よりなのだが。
黒幕についてはエインフェウスにいるのだろうから、現時点では手出ししようがない。ひとまずは保留だ。
それよりも……俺としてはイグナード王達が手を取り合える相手と分かったのだから、駆け引きだとか裏を気にしたりだとか考えず、しっかり歓待の続きをしたいと思う部分がある。まずは一味の引き渡しを間違いなくこなしてからの話ではあるけれど。
そうしてシリウス号はタームウィルズに向けて飛んでいくのであった。




