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番外74 奥義激突

 獣人達の動きは戦闘訓練を受けた者のそれだ。動きにしても戦い方にしても統率が取れている。

 人数で勝るのを見て取ったか前衛に対して複数人で当たる構えのようだ。俺に仕掛けた時のように1人が真っ直ぐ突っ込み、もう1人が壁や柱を利用して時間差で別角度から攻撃を仕掛けるだとか。そういう立体的な連係を得意としているらしかった。


 大広間の石柱を足場に反射して迫ってくる獣人を、グレイスは横に跳んで避ける。それを見て取った地上の獣人が着地の予想点目掛けて突進するが――こちらには空中戦装備がある。何もない空間にマジックシールドの輝きが生まれて、それを足場にしたグレイスが砲弾のような速度で最初に迫ってきた獣人に向かって跳ね返る。

 不安定な空中で、グレイスの突進を止めるのは無理だ。黒い闘気を纏ったかと思えば獣人が空中で跳ね飛ばされていた。相当な距離を吹き飛ばされながら空中を錐揉み状態で落下してくる。冗談のような光景。そこに横合いからエクレールの雷撃やセラフィナの音響弾が放たれて、容赦なく獣人から戦闘力を奪っていった。


「こ、この女ッ!? お前ら! 空中からは仕掛けるな! 噂に聞いていた装備品を持っていやがる!」


 見ると聞くのとでは大違いという奴だ。エインフェウスでは空中戦装備の噂はあっても具体的にどういうものとまでは知られていなかったか。それとも、空中を足場に出来る程度では閉所であれば、自分達が優位だと踏んでいたか。


 生来の身体能力と反射神経に優れ、鍛練も行っている。だからこそだ。積み重ねた自負がある故に他国、他種族の技術を侮ってしまうというのはある。


 しかし着地したグレイスに対する獣人達の油断はもうない。


 グレイスを難敵と見たか、巨躯の獣人が踏み込み、渾身の力と闘気を込めて巨大な棍棒を振り降ろす。しかし――それはグレイスを揺るがせるに至らなかった。暗黒の闘気を纏ったグレイスの斧が、打ち下ろされた棍棒を難なく受け止めていたのだ。


 踏み込む。斧ではなく、グレイスは掌底を叩き込んだ。獣人の反射神経でぎりぎりの防御が間に合う。しかし闘気を集中させた腕で受けてしまった。骨の軋む音を立てながら獣人が後ろに吹き飛ぶ。地面と平行に飛んでいった獣人が、洞窟の壁面に激突して亀裂を走らせる。


「ぐはっ!」


 獣人は立ち上がってこない。それを見ていた周囲の者達は、余りと言えば余りの光景に言葉を失う。グレイスは赤い瞳を輝かせながら、掌底を放った自分の掌を見やる。


「本当……闘気というのは奥が深いですね。こうして自分の性質を制御できるようになっても、テオの戦い方やイグナード陛下の闘気の使い方を見ていると、まだまだ工夫の余地があるのだと思えてきます」


 黒い闘気が雷を散らしながら渦を巻く。そう言って――グレイスは戦慄する他の獣人達に視線を向けるのであった。




 シーラは石柱が林立している空間で、スピードを売りにしているらしい4人の獣人と渡り合っていた。

 4人が4人とも短弓のような飛び道具を持っている。距離を取りながら高速移動で攪乱。そこから矢を撃つという戦法なのだろう。だが、矢を射掛けられてなお、それを掻い潜ってシーラはあっさりと間合いを詰めていた。

 柱が林立している空間に4人が陣取ったのは……恐らく遠距離同士の撃ち合いであれば遮蔽物にもなるし、例え間合いを詰められてもそこが自分達にとって有利な空間という自負があったからだろう。しかし――。


「こ、こいつ――!」


 右に左に。石柱を陰にしながら跳び回るシーラの動きを、4人の獣人達は追うことができない。柱の陰から飛び出したかと思えばそれは水の人形であったり、追おうとすれば粘着糸の罠が仕掛けてあったりで、まるでシーラについていけないのだ。嗅覚で何とか追い縋っているようだが、消えたり現れたりを繰り返すその動きから、先読みをすることができないでいるようだった。


 単純な動きの速さでもシーラに軍配が上がるだろう。4対1で翻弄されて、仲間達への援護射撃という役割を果たすことができずにいるからか、4人の顔には焦りの色が見える。


「こっち――」


 背後を取ったシーラの剣閃。浅く背中を斬られて、苦悶の声を上げながら曲刀を振って応戦するもそこにシーラはいない。

 シールドを蹴って飛んでいく方向を目で追おうとして――。


「ぎっ!?」


 そこまでだった。利き腕の肩口を光る矢が貫いている。体勢を崩して下に向かって落ちていく。


「な、何だと!? どこから――!?」


 残った3人が視線を巡らし――それを見る。林立する柱の空間からは遠く離れた位置。そこにイルムヒルトがいた。護衛のヘルヴォルテと共に、悠々と空を飛び回るその姿――。


「あ、あんな距離から、柱の間を通して矢を当てたというのか!?」


 射手であればこそ、その技量が分かるのだろう。

 獣人達の短弓は取り回しは良いが、射程距離には劣る。イルムヒルトへの反撃は不可能だ。そうこうしている間にも矢継ぎ早に、しかも正確無比な軌道で光の矢が飛来して、獣人達はたまらず柱の陰に身を隠すが――。


 それはシーラの想定内であった。矢を避けようとした1人が粘着網に引っかかり、そのまま雷撃を浴びて意識を失う。

 シーラが幻惑的な動きで獣人達の動きを止めればイルムヒルトが射貫き、イルムヒルトの矢を意識すればシーラが攻撃を仕掛ける。距離が離れていても関係ないと言わんばかりの連係。



「お、おのれっ!」


 そしてイルムヒルトには遮蔽物越しでも温度で獣人達の姿が「視えて」いる。姿を消して飛び回るシーラの位置も掴んでいるから誤射もない。だから――。


「ぐおっ!」


 動きあぐねて柱の陰から動けずにいた獣人は――そのままイルムヒルトの巨大矢で石柱ごと足を撃ち貫かれていた。僅かな時間差で上から降ってきたシーラの真珠剣で利き腕に斬撃を受け、短弓を扱うことも動き回ることもできなくされる。


「――あと1人」


 そう言いながらシーラの姿が闇に溶け込んでいく。獣人はシーラを追おうとしたが、鼻先を光の矢が掠めていったのでそれも叶わなかった。柱の陰から出る事ができない。


「こ、こんな――こんな馬鹿な話があるか!」


 咆哮するも、最後に残った射手への援軍は無かった。他の連中は他の連中で、手一杯なのだ。

 雷光となって戦場を右へ左へ突き抜けていくテスディロスや磁力で加速して疾駆するイグニスとマクスウェルに引っ掻き回されてまともに連係も取れず、自分達のリーダーの支援すら行えないというのに、どこに射手の援護をする余裕があるというのか。


 更に――気温まで下がっていく。凍り付いた大広間の入口からどんどん氷結の範囲が広がっていく。俺達にとっては精霊の加護があるので何てこともないのだが、獣人達にとってはこのまま放置しておけば危機を感じる程の急激な温度の低下であるはずだ。


 当然、アシュレイの構築している防御陣地目指して突っ込んでくる。それを後衛の面々に加えデュラハンやピエトロの分身達が防御するという形だ。


 空中から迫るデュラハン。レイピアで密集隊形を作るピエトロの分身。それらに意識を向けると足元からコルリスが結晶を纏って飛び出し、獣人を撥ね飛ばしていく。床から飛び出したコルリスが大広間の天井まで到達すると、水の中にでも潜るように天井の岩盤の中へと潜り込んでいった。

 掘るのではない。一時的に泥のように変質させて潜行していくのだ。

 壁、天井、床。どこから攻撃が飛んでくるか分からない。立往生した獣人達を取り巻くように幾つものマジックスレイブが宙を舞う。


 ステファニアの操るマジックスレイブだ。舞うように距離を取りながら四方八方から射撃が行われる。更に天井に潜伏するコルリスからも結晶弾がばら撒かれた。


「う、おおおっ!」

「留まるな! 突っ込め!」


 数人の獣人が雄叫びを上げ、爆発的な闘気を噴出。多少の被弾は構わないとばかりに弾幕を突っ切り、ピエトロの分身達を大跳躍で飛び越えて防御陣地に突っ込む。それを――。


「残念」


 空中で軌道を変えられない獣人達を、クラウディアの転移魔法が迎え撃った。光に包まれて、まとめてその場から消え去る。行き先は迷宮地下一階の大広間だ。例によって騎士団が手ぐすね引いて捕縛の用意をして待っているわけである。

 転移魔法を知らなければ、特攻した仲間がまとめて消滅したようにしか見えないだろう。正体の分からない攻撃に獣人達は呆然と立ちすくむ。後先考えない全力。身体能力を前面に出した強行突破が通用しない。


「呆けている場合かしら?」


 意識の空白。そこをつくようにローズマリーの操り糸が乱れ飛ぶ。獣人達の利き腕だけを操り、周囲の仲間への無差別の攻撃を繰り出させる。


「な、何しやがる!」

「俺じゃない、俺じゃない!」


 混乱の極みに陥ったそこへ、雷を纏ったテスディロスと、操り糸で強化されたイグニスとマクスウェルが猛烈な速度で突っ込んでいく。吹き飛ばされた獣人達が大広間を高々と舞った。


「だっ、駄目だ!」

「糞ッ! 化け物共が!」


 悪態を吐きながら退路に向かって逃げようとする獣人達。だが――クレイゴーレムがそこかしこに生まれる。飛び込んできた獣人達をバロールの作り出したクレイゴーレムが受け止めたかと思うと、その身体を土の身体の中に埋め込んで硬化。そこに容赦なくバロールが放った雷撃が浴びせられた。


「うっ、うおおおおっ!?」

「ぎゃああっ!」


 悲鳴と苦悶の声。それでも数人が突破したが――。あの出入り口の先は、方向から既にシリウス号が出口を特定して待ち伏せしていたりする。リンドブルムやアルファ、それにシオン達が出てきたところを叩いてくれるだろう。




 ――隻眼の狼獣人ブレンと、イグナード王が切り結ぶ。

 敵団のリーダーと目されるブレンは――他の連中とは明らかに一線を画している。別の部隊を率いていた猿獣人や熊獣人等は、問題にならないほどだ。


 イグナード王と真っ当に切り結んでいた。イグナード王と交わした会話の内容から察するに、次期獣王候補となったことがあるのだろうが……それを考えれば納得の力量ではあるか。


 闘気を噴出させて、イグナード王の手刀を皮一枚で避けながら、至近距離で身体ごと飛んで、通常は剣を満足に振るうことのできない間合いから、蛮刀での反撃を見舞ってきた。

 他では見たことのない、独特の体術だ。身体ごとの勢いで密着の間合いから刃を当てて引き切る、というような動きだ。確かにあれなら、間合いは関係ない。攻撃と回避が一体となったその一撃を、イグナード王は半歩下がって回避する。


 僅かに距離が空いた瞬間、ブレンの身体が空中で転身、闘気を纏った刃が弧を描き、猛烈な速度で叩き込まれる。イグナード王の腕が跳ね上がる。手首で蛮刀の腹を押し上げるようにして軌道を逸らし、上体を屈めて刃をやり過ごして踏み込む。

 そこから本命とばかりに弾丸のような膝蹴りが跳ね上がるが、ブレンもまたその膝蹴りの勢いに乗るようにして大きく後ろに跳躍していた。


 石の柱に足を引っかけ、そのまま四足で柱の表面を螺旋状に走ったと思えば真横にかっ跳ぶ。


 イグナード王も即座に反応してブレンの動きに追随する。横方向に跳びながら蛮刀で応戦するブレンと、それを受け流して拳足での反撃を見舞うイグナード王。


 斬撃、掌底、刺突に回し蹴り。目まぐるしく攻防が入れ替わる。入れ替わる――というより、イグナード王もブレンも、動作そのものと攻防が全て一致しているのだ。

 回避しながらの攻撃。攻撃しながらの回避。一秒一瞬も留まることなく攻撃と体術を応酬し、互いの動きの先を読み合う。獣人の身体能力と反射神経があればこそと言える。


 互いの攻撃が激突しての離れ際。

 蛮刀から放たれる斬撃波を、イグナード王は闘気を纏った掌で握り潰すようにかき消した。

 距離が開く。イグナード王は静かに言う。


「見事だ。いつぞやより相当腕を上げたな」

「ククク。手前の動きにはしてやられたからな。俺なりに考えて研究させてもらったってわけだ」

「それだけに……惜しい。いつか儂を超え、獣王になる事も有り得たであろうに」


 イグナード王がそう言うと、ブレンは牙を剥き出しにして笑う。蛮刀の峰で自分の肩を軽く叩きながら言う。


「いつか? そりゃ次の獣王継承戦か? 衰えた手前と戦って勝っても意味がねぇんだよ。獣王に好き勝手に挑むのはご法度だからよ。こうしてあんたを邪魔に思ってる奴の思惑に乗って、依頼を受けたってわけだ。成功報酬はてめえとの1対1の戦いをってな」

「……お前にしてみれば、たとえ作戦が失敗してもこの状況は望むところというわけか」

「そういうこった。言っておくが、俺や他の連中を叩こうが、どうせ黒幕に繋がる情報は出て来やしねえさ。あんたの在位が長いのを疎ましく思ってる連中はそれなりにいるってことだ」


 背後に繋がる情報を持っていないから……ブレンは戦況が不利だろうが部下達を指揮して逃げようとするつもりがない、というわけだ。

 猿獣人が負け、自分達の所まで捜査の手が及んだ事も含め、状況を全て理解した上で……指揮官であることよりイグナード王と戦うという、自分の望みを何よりも優先させているのだろう。

 敗色が濃厚だから、開き直っているとも言えるが……。イグナード王と戦って勝つことができるなら今の事もその後のことも、どうだっていいと。


「……よかろう。そなたのそういう妄念を生んだのも、元はと言えば儂との戦いのせいかも知れんな。皆、手出しは無用。そなたにはとことん付き合ってやる」


 そう言ってイグナード王が構え、闘気を四肢に漲らせる。ブレンは目を見開いて歓喜の表情を見せると、イグナード王に突っ込んでいった。




「全く、あの戦闘狂が……ッ! 戦況をまるで無視して指揮を放棄するとは……!」


 と、少し離れた場所から仲間達に指示を飛ばしていた、副官らしいホークマンの男が舌打ちしてブレンへの悪態をつく。

 戦況の不利は覆せない。イグナード王とブレンはともかく、他の面々に実力差があり過ぎる。だから撤退を考えていたのだろう。そうしてその中で視線を巡らせ、ホークマンはその中で戦っているレギーナと出入り口を見比べるように視線を送ったが――。


「――お前の相手は俺だ。イグナード陛下の戦いの邪魔をするつもりなら容赦はしないし、どこにも逃がすつもりはない。特に……この上まだレギーナを人質として利用するなんて考えのつもりなら、ただでは置かない」


 コンパクトリープで一気に間合いを詰めて、行く手を遮ろうとした獣人達をソリッドハンマーで吹き飛ばす。そうして俺が声をかけると、ホークマンの男がぎこちなくこちらに向き直って、そして視線が合う。悪事を見咎められた、とでも言うような反応だな。


 戦況が不利だから、レギーナの身柄をどうにか抑えられないかとでも考えていたのだろう。確かにレギーナを再び人質にできれば、彼女の命を盾に捕虜の解放だとか口止めだとか、交渉を行うことはできたかも知れない。だがまあ、それは無理な相談だ。レギーナ自身の実力も相当だし、カドケウスが防御についているしな。

 それよりも、俺は副官であるこいつに1つ確認したいことがある。


「ブレンはああ言っていたけど。お前はどうなんだ? こういう場合裏切りを防ぐために、1人か2人ぐらいはお目付役を紛れ込ませるものだよな? お前は――ブレンに依頼した奴や、その後ろにいる奴を知っているんじゃないのか?」

 

 牙を剥くようにして笑って問いかければ、ホークマンは戦慄とも驚愕ともつかない表情を浮かべた。ああ。その反応だけで充分だ。

 歓喜の声を上げるウロボロスと共に、余剰魔力が火花を散らしていく。


「な、何をしている! お前ら、あのガキを止めろ!」


 近くにいた仲間達にそう叫びながらもホークマンは俺から距離を取ろうとする。いや、取ろうとした。

 ネメアとカペラの膂力を合わせ、最大の速度を持って踏み込む。護衛の獣人達もホークマン自身も、その速度を見誤っていた。顔面にウロボロスの一撃を食らって昏倒。もう1人はソリッドハンマーで吹き飛ぶ。


「ひッ――」


 逃げようとしていたホークマンの背中まで、あっという間に肉薄する。そうしてその背中や翼、肩口目掛けて、ネメアとカペラが牙や爪、角を絡めて動きを封じる。青白く火花を放つウロボロスがにやりと笑った。


「う、おおおおあっ!?」


 動きの自由を奪い――勢いを増してそのまま――。大広間の壁面目掛けて突っ込む。激突の衝撃。ホークマンの身体を蹴って後ろに跳ぶ。ホークマンはそのまま、白目をむいて壁をずり落ちるようにして地面に転がった。




 斬撃とイグナード王の闘気を纏った拳がぶつかり合って火花を散らす。

 ブレンの振るう闘気を纏った蛮刀を以ってして尚、裸拳であるはずのイグナード王の身体を傷付けることができない。武器を相手取って揺るがぬ闘気の集中と操作。それから絶妙な角度によって逸らす卓越した体術と反応速度。全てが混然一体となって成せる業。


 イグナード王のその技量は凄まじい程のものだ。そしてその実力を知った上で、執念を以ってイグナード王に挑むことを選択したブレンの動きもまた、尋常ならざるものがある。


 嵐のような拳足の雨を間を縫って踏み込んでの斬撃を繰り出す。

 僅かにイグナード王の顔の至近を掠めたかと思えば、無手が優位な間合いまで踏み込んだイグナード王が掌底を繰り出す。ブレンはそれを織り込み済みで、闘気を集中させた防御によって受けて、大きく自ら後ろに跳んで衝撃を殺す。


 ブレンは――イグナード王の動きを知っている。それで技巧の差を埋めているようなところがある。敗れた相手に勝つために修練を積んできたのだろう。

 相手の力を利用する柔の技にも、砲弾のような速度で繰り出される剛の技にも、良く対応している。


 それでも、イグナード王は揺るがない。

 距離が開いたところで全身に闘気を纏って爆発的な速度で踏み込む。ブレンもここより後はないとばかりそれに応じた。

 身を極限まで低く――影さえ留めない程の速度で地面すれすれに黒い狼獣人が突っ込んでいく。


「おおおおおっ!」


 咆哮と斬撃。両者が交錯する寸前に。

 蛮刀の一撃が易々と洞窟の地面――岩肌を切り裂いて直下から跳ね上がった。乾坤一擲。巨大な闘気の柱が蛮刀の切り上げと共に、大広間に高々と噴き上がる。


 それを――イグナード王は自らも纏った闘気の流れで受け流して突っ切っていた。

 噴き上がる闘気に合わせるように自身の闘気を操作。流れを同調させて巨大な闘気の斬撃――壁をすり抜けるように間合いの内側へ踏み込む。


「な、に――!?」


 渾身の切り上げを放っているブレンに、続く一撃を避ける術はない。イグナード王の闘気がブレンの放った闘気をも巻き込む。下から掬い上げるようなイグナード王の拳の一撃が、闘気の大渦――竜巻となってブレンの身体を捉えた。


 吹き飛ぶ。木切れのように吹き飛ぶ。大広間の天井に、回転しながら猛烈な勢いで激突し、そして天井に押さえつけられるようにして。数瞬の間を置いてゆっくりと落下してくる。

 意識を失ったブレンが地面に激突する前に、イグナード王がその衣服を掴んで落下を止めた。イグナード王が手を離せば、ブレンの身体が音もなく地面に転がったのであった。

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