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6 シルンの領主

 オスロの問題が解決したところで正式な礼を言いたいからとギルドのオフィスに呼ばれた。

 グレイス共々奥の一室に通されてお茶を勧められているという状況だ。


「いや、本当に申し訳ありませんでした。オスロは保身に走るから割と読みやすいと思っていたのですが。その部下があんなにも状況の解らない連中だとは」


 ベリーネは頭を下げて、手ずから紅茶を注ぐ。

 彼女はギルドの受付嬢ではあるが、別の支部からこの街に助っ人に近い形でやってきているらしい。

 助っ人というのは、やはり領主とギルドとの関係や、あの警備隊長の絡みでの話なんだろうな。


「別にいいですけどね。オスロが無茶をできないよう色々手を回してくれていたみたいですし」


 フォレストバード達は遅れてしまった物資の補給や、武器の手入れに追われて街中で買い物中のはずだ。


「ただ、実家とは繋がりを薄くしたいんですよ。あんまり触れないでくれると助かります」

「ううん。それでは先程ご不快な思いをされてしまったのでは?」

「いいえ、知っていてやったという訳ではないですし」


 言って理解してくれる分には何も問題無いと思う。

 ベリーネはにこやかに笑って、言う。


「今回ご迷惑をおかけした分も勿論、褒賞金に上乗せさせていただきます。他に何かご入り用のものがありましたら、お受けできる範囲でお応えしますが」


 相手が子供でも出身が貴族だという前提があるからか、ベリーネの対応は非常に礼儀正しい。というか卒が無い。多分俺が庶子で、グレイスがダンピーラだと知っても問題にしないだろうな。

 グレイスの事で、か。せっかくだし彼女の護身用手段について聞いてみよう。


「腕のいい錬金術師の心当たりは有りますか? この街でなければ、タームウィルズでもいいのですが」

「錬金術師、ですか。私には解りかねますが、あちらのギルドに話を通して紹介をしてもらうという形なら取れると思います。書状を(したた)めておきましょう」

「助かります」


 オスロやここの領主の諸問題を解決するために助っ人に来ているとするなら、やっぱりそれは彼女が有能だからだろうな。

 と、部屋をノックする音が室内に響く。


「ベリーネさん。接客中申し訳ありません。ちょっといいですか?」

「なんですか?」

「実は……」


 ギルド職員が何事かベリーネに耳打ちする。ベリーネは少し瞑目したが、俺に振り返って言った。


「……テオドールさん。領主であるアシュレイ=シルン様が面会したいと」


 思わず顔を顰めた俺を見て、ベリーネは苦笑した。


「ここの領主は少々特殊なんです。父親の代からなので冒険者嫌いは確かにそうなんでしょうが……あの場で話を解りやすくするために一言でそう説明しただけです」

「けど、あのオスロを重用していたんでしょう? 正直気が進まないというか」

「あまり私からは先入観を与えたくないので、これ以上は。ただ、一目見れば納得していただけるとは思いますよ」

「うーん」


 仮にも領主だし向こうから出向いてきているしで、会わないって訳にもいかないか。

 穏便に済ませられるかは向こうの出方次第だが、ギルドで話ができるというのは地の利がこちらにある感じではある。

 

「良ければ同席させていただいても? テオドールさんを口実に、アシュレイ様と直接お話しできるなら私は願ったり叶ったりです。会いに行っても門前払いされてしまうんですよ」

「こちらに面倒がないならいいですけどね」

「それは勿論。元々私の仕事ですので弁えていますよ。テオドールさんがアシュレイ様と繋がりを持ちたいと仰るのであれば、それはそれで有り難いですが。冒険者ギルドは有能な人材との繋がりをあまねく求めているのです」


 歯に衣着せぬ物言いだが。手札を明かす辺りがベリーネとしても最大限誠実な言葉なんだろう。




 納得、ね。まあ納得はしたさ。

 アシュレイが俺と同じくらいの年頃だったからだ。

 女男爵(バロネス)という事だが、色白で線の細い少女だ。あまり日に当たっていない、病的な肌の白さをしている。体が弱いのかも知れない。若くして親の跡を継ぐ事になって、苦労はしているのだろう。


 だからと言って、監督不行き届きを正当化して良い理由にはならないだろうが……そういう俺はどうなのかと言われれば、アシュレイと違って何に対しても責任など持っていないし、この街に縁もない。

 だから領主がどんな人物であれ、最初から文句を言う立場でも何でもないと思っている。こちらに対して敵対的でさえないなら無関心と不干渉の方向でとは考えていたが向こうから出向いてきた以上そうもいくまい。さて。どういう用向きで来たのやら。対応は話を聞いてから決める。


「初めまして。私の名はアシュレイ=ロディアス=シルンです」

「こちらこそ初めまして。テオドール=ガートナーと申します」


 向こうから名乗ってきたのでこちらもそう返すと、アシュレイは殊勝に頭を下げてきた。


「この度は当家の者が迷惑をかけてしまったようで。この通りお詫び致します。そして、キラーアントを撃退してくださった事へも感謝を申し上げたく」


 この態度は……元々弱気だからなのか、俺がガートナー伯爵家に縁があると知っているからなのか。どちらとも判別しにくい。

 ベリーネがアシュレイと話をしたいというのは、領主との関係を構築し直しておきたいという事だろう。


 もっと言うならベリーネにしてみると警備隊の信用が失墜し、責任者が不在になって混乱している現在の状況は、千載一遇の好機だ。蟻の大発生とそれに付随する後始末。そのノウハウがあるのは冒険者ギルドである。そして冒険者への雇用創出はベリーネやアシュレイがするべき仕事だ。

 そういう意味では今回の蟻のアフターケアを、俺がするというのは無しだろう。俺しかできないのなら。そしてそこに俺が納得できる理由があるのならばそれでもいいだろうが、今回は恐らくそうではない。


 湧いてくる魔物とそれを駆除する人間側も含めて生態系全体の営みだったり、需要と供給という世間の成り立ちだったりする。

 BFO内の話ではあるが、グレイウルフを駆除し過ぎてゴブリンが増えて困っている、なんていうクエストもあった。あの時は笑ってもいられたが、今はそうも言っていられない。キラーアントにしたところで割とどこにでもいる魔物だし。だから俺は供給が尽きないタームウィルズを選んだのだから。


「謝罪をお受けいたします」


 実家との事を考えれば積極的に貴族との繋がりを作りたいわけでもないし、特に条件は出さない。何も言わずに無条件で許したという方が重い場合もあるだろうが、今回はそういうのではなく。ベリーネから色々貰っているし。

 その代わりというか、二人への全体的な貸し借りを軽くする意味も込めてベリーネへの軽い援護射撃ぐらいはしておこうと思う。


「けれど僕はただ居合わせただけです。ガートナー家の庶子とは言えど、僕との関係など構築するより、ギルドとの仲を修復した方が良いかと存じますが」

「修復、と言いますと?」


 アシュレイが首を傾げる。それは……ある程度予想が付いている答えではあった。


「そちらのベリーネ嬢が何度か面会に行ったと」

「……知りません。そんな話、一度も私の所には」


 静かに控えているグレイスをちらりと見やると、彼女は眼だけで頷いた。

 要するに、俺の話が父に届いていなかったのと同じだ。

 アシュレイが領主としてどうこうなのではなく、周囲の人間に問題があるのだろう。


「オスロが今回した事と、同じなんでしょうか?」

「僕はこの街の内情を知りませんので何とも。失礼ですが、オスロとはどういった縁で?」

「家臣です。父の代からの……」


 アシュレイは苦りきった表情でそう言った。

 それはまあ、信頼もするか。オスロが安心して胡坐をかいていた理由にも繋がるのだろうが。


「彼らは冒険者について何と?」

「えっと……」


 アシュレイはベリーネに視線を泳がせた。


「どうぞ、私の事は気にせず仰ってください。想像は付きますし、ある意味では正しいとも思いますよ。それはギルドの管理責任でもあります」

「は、はい。その、盗賊崩れや食い詰め者だと……父と爺や……失礼、ケンネルという者も、それにオスロもですが。皆、口を揃えてそう言っていました……」


 確かにそういう輩も中にはいるし、そういう目を冒険者へ向けてくる者もいる。

 或いは実体験として貧乏くじでも引いたか。彼女の父親がそうであったという事なら、そのケンネルとやらも同じ価値観を持っている人物なのだろう。

 だからオスロに一任されて……奴が真っ当だったなら何も問題なく回ったかも知れないけれど、残念ながらそうはならなかった。


 ただ今までの事から推測すれば、明るい材料も見えているように思える。まずそのケンネルは案外まともだという事だ。

 少なくともオスロとは一枚岩ではないだろう。二人ともが同じ人種であり共謀しているのなら、そもそもオスロが発覚を恐れる必要がないのだから。

 それにアシュレイにも割合しっかりとした教育を施してはいるようだ。先ほどの受け答えを見る限り、頭も良いし良識もある。アシュレイを補佐するために教育と実務をしている可能性が高い。

 ケンネルに実務が集中してオスロの監視までは手が回らなかった、か?


「そのケンネルという方とお話はできますか?」


 ベリーネはどうやらケンネルを第二目標と定めたらしい。本丸がアシュレイとするならケンネルは城壁だろう。

 どうにも頑固で保守的で過保護な人物像が思い浮かぶが、オスロの失態を目の当たりにすれば色々考え直さざるを得ないのではないだろうか。


「ケンネルは今、不在です。所用で隣町へ」


 事が事だけに、それで泡を食ってアシュレイが飛び出してきたわけか。


「左様でしたか。ではアシュレイ様。今日は不肖ながらも、私めからギルドの意義についてご説明をさせていただきたく存じますが構いませんか?」

「よろしくお願いします」


 所謂プレゼンという奴だろう。ベリーネの言葉に、神妙な顔でアシュレイは頷く。


「まあ、簡単には丸め込まれないように。程々に距離を置いてお互い利用するぐらいの気持ちで丁度良いんです」

「む。テオドールさん、中々仰いますね」


 俺とベリーネのやりとりに、アシュレイは苦笑した。

 そうしてベリーネはアシュレイに向き直り、頷いてから口を開く。


「しかし確かに、テオドールさんの言う通りではありますね。ご自分の目で見て、考えてから判断なされる事です。伝聞だけでは解らない事もありますから。私だって魔がささないとは言えませんので。奸臣が成り代わって終わった、では意味がありません」

「確かに、そうですね」


 相反する価値観を突き付けられれば考えざるを得ないしな。


「それでは、お二方とも少々お時間を頂けますか? 資料を集めさせるよう言いつけて参ります。テオドールさん。すぐに褒賞金と書状を用意しますので」


 と、ベリーネは笑みを浮かべながら出ていった。話が上手い事進んで機嫌が良さそうではあるか。

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[気になる点] ガートナー家がどうとか、貴族としてどうとかを脇においても、この領主への対応は甘すぎる。部下達の不祥事は、当然、上司たる領主の責任。主人公は直接の被害者であり、謝罪をそのまま受け入れて終…
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