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7 追憶

 ベリーネが出ていったので、グレイスが代わりに紅茶を淹れてくれた。


「ありがとうございます。ええと……」

「グレイスと申します」

「よろしくお願いします。グレイスさん」

「はい、アシュレイ様」


 と、二人は笑みを交わした。

 紅茶を飲んで一息吐くと、向かいに座っているアシュレイがどこか安堵したような表情で呟く。


「少し、安心しました。許していただけて……」


 やはり伯爵家の事が気になっていたんだろうか。庶子だと言ったのに律儀な事だ。

 そうでなくてもアシュレイはオスロの処遇を決定するという、胃の痛くなりそうな問題を抱えているわけだし、例えアシュレイが情けをかけようとしてもケンネルがオスロに対して烈火の如く怒るだろうから、処遇がそうそう甘いものになるとは思えない。


「あまり、僕の事では気に病まない事です」

「テオドール様は……私とあまり変わらない歳のように見えますが……大人びているというか、自立していらっしゃるのですね」

「……環境でそうならざるを得なかったというか」


 父さんは他の兄弟と変わらない教育を俺に施してはくれたが……景久の記憶とキャスリン達との関係によって無理矢理結実させられたようなものだ。領主たらんと努力しているであろうアシュレイに言われるのは、やや複雑な心境ではある。


「ところで――お身体の調子が優れないようですが?」


 改めてアシュレイの様子を見てみれば、呼気がやや荒くなってきている。薄らと額に汗も滲んできているようで、身体が弱いのは間違いないようだ。


「これぐらいなら大丈夫です。慣れておりますから」

「……」


 何だかな。母さんもいつもそんな事を言っていた気がする。

 ……アシュレイと話をしていると我が身に跳ね返ってくる所が多くて。色々何と言うかこう、苛立たしいというか、もどかしい。

 ちょっと前の無力な自分だとか、生きていた頃の母の事だとか。嫌でも思い出してしまう。


「テオドール様?」


 訝しむような、アシュレイの声。

 ……どうせ。俺はさっさと街を出ていくのだから、これぐらいは良いだろう。

 この後ベリーネの講義もあるわけだし、これが原因で本格的に体調を崩されたらケンネルの心証は確実に悪くなる。かと言って先延ばしにすると次はいつになるか解らない。


「失礼」


 俺は恐らく仏頂面を浮かべていただろう。そのままアシュレイの両手を取った。


「え? あ、あの?」

「そのままで。楽にしていてください」


 循環錬気という、魔力循環からの派生技能を用いる。バトルメイジの魔力循環は、体内の魔力と気を合一化させて身体を巡らせる事で練り上げるというものだ。それによって魔力の質、出力、身体能力などが向上する。

 これを他人の身体に応用するのが循環錬気だ。


 ゲーム内での効果は触れている間相手の生命力を回復し続け、状態異常の回復を早めるというものだった。

 理屈としてはお互いの魔力を介し、循環の性質を利用して気の流れを整えるというわけだ。

 接触し続ける必要があるから戦闘中に使うには不向きだが、BFO内では手軽な仲間の回復手段として利用させてもらっていた。


 手を繋いだまま循環を発動。彼女の身体に流れる魔力も、川の流れを引き込むようにこちらに循環させ、同時にこちらからの魔力を通して気脈の異常を正常に近い形になるよう整えていく。

 原因を取り除くわけではないから対症療法に近いが、体力を補充して抵抗力や自然治癒力を高めるわけだ。アシュレイには丁度いいのかも知れない。

 流れを整えると同時に、元より循環させた魔力の総量が多くなるように彼女の方に分ける。循環を解除すれば合一化された魔力も分離され、彼女の生命エネルギーとして転化されるだろう。


 ……こんなものかな?


 程々のところで切り上げて手を離すと、そこには目を丸くしているアシュレイの顔があった。

 先程まで土気色に近かった彼女の頬に赤みが差している。唇も血色が良くなっているようだ。


「いかがでしょう?」

「……嘘みたいに身体が軽くなりました。今のは魔法ですか?」

「厳密に言うと魔法ではなく、魔力操作法の一種ですがね。アシュレイ様には魔法の才能があるかも知れませんよ?」

「わ、私に魔法の才能、ですか?」

「体内魔力の質が良いように思えたので。機会がありましたらご自身の体調を整えるための魔法など学ばれてみてはどうでしょうか」


 何事も身体が資本であるからして。彼女の健康は領地の状態にも関わってくるものだ。ケンネルが過保護なのも彼女が病弱だからだろうしな。




 資料を抱えて戻ってきたベリーネの講義が始まったところで、俺は金と書状を受け取って部屋を退出した。

 一緒にどうですかと言われたが遠慮させてもらう。


「テオドール様」


 背後で扉が閉まったところで、グレイスに名を呼ばれた。


「リサ様の事を思い出されましたか」

「んー。まあね」


 グレイスもアシュレイを見て思うところがあったらしい。

 お互い言いたい事も思っている事も解る。言葉をそれ以上発せず、廊下を通ってギルドのカウンターに戻った。


 後はここでフォレストバードを待つだけだ。適当に依頼書など見て暇潰ししていてもいいし、向かいに併設されている酒場に行って軽く食事を取るのもいいかも知れない。

 確かに厩舎で待つよりはギルドの方が退屈はしないな。

 テオ君を厩舎で待たせるなんてとんでもない! と、ルシアンが言ったのでこっちで待つことになったわけだ。なかなか変な子である。貴族を尊重しているように思えるが、名前の呼び方が何とも気安いという。

 まあそう呼んでいいと許可は出しているし、打ち解けてきた事は悪くないんじゃなかろうか。


 壁の張り紙を見てBFOとこちらの相場などを比べたりしてみると、これが中々に面白い。冒険者ではないから完全な冷やかしだが、どうせ混雑しているわけでもないし別にいいだろう。


 しばらくそうして時間を潰していると、ギルドのカウンターに怒声が響いた。


「良いからあの方をお連れしろ! このようなむさ苦しい場所に留め置くなど無礼極まりない!」


 振り返ると、身なりの良い白髪の男が入口の所でギルド職員と押し問答になっている最中であった。


「ですから、今大事なお話をなさっている最中なのです」

「お前達では話にならん! そのベリーネとかいう女を呼べ!」


 ……何となく誰だか解るな。

 アシュレイの家の使用人が全力で早馬を飛ばして呼んできた、というところだろうか。開け放たれた扉の外には鞍を付けた馬の姿が見えている。

 単騎駆けで戻ってきたとすればこのぐらいの時間で着くのかも知れない。この歳で随分元気な事だ。よく見れば、セットされているはずの頭髪も衣服も若干乱れているが。

 ……うーん。どうせ乗り掛かった舟だしな。こちらがセッティングしてやったものに横槍を入れられるのも気に入らない。


「失礼、ケンネル殿でいらっしゃいますか?」 

「あーっ!? 何じゃ!? 今大事な話……を」


 ケンネルは俺の姿を下から上へと手早く視線を動かして検めると、訝しむように眉根を寄せた。


「テオドール=ガートナーと申します。今日の騒動の当事者ですよ」

「む……」


 名を聞くと、ケンネルの表情が強張った。掴みは成功したらしい。

 多少警戒されるのは仕方ない。まず話を聞いてもらわなければ。


「そちらでお話をしませんか。アシュレイ様にとっても大事な話です」


 酒場のテーブルを指差して俺は言った。




「……という訳です」

「そうか。オスロの莫迦者めが……全く……嘆かわしい……全く」


 今日の事情とアシュレイの現状を説明し終えると、ケンネルは溜息を吐いて首を横に振った。


「もう一度お聞き致しますぞ? そのベリーネという女は信用が置けるのですな?」

「仕事上の関係ならば。私的には知りません。少なくとも短絡的な手段に訴える人ではありませんね。ですから彼女の言葉も鵜呑みにせず、距離を置いて聞くようにとは伝えましたが。アシュレイ様は聡明でいらっしゃいますから、解っていただけたとは思います」

「……それはまあ、当然ですがの」


 話が終わればすぐに出てくる事を大前提としたうえで現状を話して聞かせ、アシュレイの身に危険が無い事を重ねて説明する。先ず冷静になってもらってから、こう切り出した。


「過去に冒険者と諍いでもありましたか」

「……」


 ケンネルは答えない。一瞬遠くを見るような目になり、眉を顰めただけだった。

 彼が呑み込まなければならないのは冒険者を使う事だ。有能であればあるほど、そこは妥協しなければならない事が解っているわけで。激高が収まれば否応なくそこに目を向けなければならない。


「警備隊を再編している間も魔物は待ってはくれません。彼らの士気は現状最低でしょうし、怠慢のツケは大きいですよ。拙い練度では怪我人や死者が出ます。繋ぎであれなんであれ、冒険者の手は必要と思いますが」


 そうなれば遺族に払う金やら領民の不満やら、色々な問題が持ち上がってくる。


「……テオドール殿と話していると、何やら大人と話しているような気分になってきますな」


 と、ケンネルは皮肉げに笑って目を細めた。


「それは失礼。口が達者だと、父にも言われました」

「ふむ……伯爵家が羨ましい。大した麒麟児だ」


 ケンネルは疲れたように椅子に深く腰掛け、肩を落とす。先程の威勢のいい姿は鳴りを潜め、そこには年相応の老紳士がいるように見えた。


「僕に相続権はありません。義母とも仲が悪い。アシュレイ様こそ将来は有望に思えますがね」

「儂はただ……あの方には貴族の子女として真っ当な幸せさえあれば良いと思っておりました。エリオット様があの時無事に帰ってきてくださってさえいればと、何度思った事か」

「エリオット様とは?」

「本来の後嗣としておられたお方ですじゃ。五年前、先代の当主と奥方様がお隠れになった折、留学先から帰ってくるはずが……船の事故に巻き込まれてそのまま」


 五年前……か。ほんと、アシュレイには色々考えさせられるな。

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