497 戦後処理と宴会と
「女王陛下。少々よろしいでしょうか?」
地下室の整備をしてから外に戻ってくると、ウェルテスがエルドレーネ女王のところにやってきた。
「ふむ。何か」
「海王の眷属達の代表が決定したそうです」
「ほう。もう少し揉めるかと思ったが、随分と早かったな。では、早速面会せねばなるまいな」
エルドレーネ女王はそう言うと、俺を見て言った。
「すまぬな。少し連中の代表と話をせねばならぬ」
「いえ。まだ公爵領へ戻るための準備も進んでいないので問題ありませんよ」
「そう言ってもらえると助かる。テオドール殿にも話に立ち会ってもらいたいのだが」
「分かりました」
戦後処理か。まあ、確かに必要な措置だ。
捕虜の扱いについてはエルドレーネ女王も投降すれば命は取らないと言っていた手前、今後について色々と決める必要があるのだろう。
処遇を決める前に代表を決めさせるというのは……エルドレーネ女王としても色々と考えている部分があるようだ。まあ、連中がどうなるかは面会の内容次第だろうが。
「代表の名は?」
「エッケルスという者です。部下達の尊敬を勝ち得ている人物のようですな。私も少し言葉を交わしましたが、あれは相当な武人のようです」
エルドレーネ女王の問いに、ウェルテスが静かに答える。あの親衛隊長か。まあ、納得できる部分は確かにあるが。
「ディボリスという男はどうなりました?」
あの魔術師は、ルバルド将軍と共に側近を務めていたはずだ。将軍に次いでナンバースリーぐらいの座にいるのではないかと思っていたのだが、傍から聞いていると、どうもあっさりエッケルスにという話になっているようで。
「いや。眷属の魔術師連中は、どうも封印術とは別に、ウォルドムが滅ぶと同時に魔力の大半を失ってしまったらしく、すっかり魂が抜けたようになってしまっていてな……」
俺が質問すると、エルドレーネ女王が少し表情を曇らせる。
……なるほど。それで、親衛隊長にと。ウォルドム達との戦闘の内容も女王達には伝えてある。確かに、こちらから見てもエッケルスぐらいしか適任がいないような気がするな。
まあともかく、エルドレーネ女王と共に話を聞いてみることにしよう。シオンも直接剣を交えた相手なのでエッケルスの処遇は気になるだろうし。
連れ立って謁見の間に向かうと、そこには既にエッケルスがやって来ていた。
両脇を兵士達に固められて、目を閉じて正座をするように待っていた。治癒魔法で応急処置を施し、傷の上から緑色のジェルを塗布して包帯を巻いて……と、傷の手当ても済んでいるが、まだ完治とはいかないだろうに、傷の痛みを見せるような素振りもない。
「妾はエルドレーネ。グランティオスの女王だ。エッケルスと申したな。まだ傷も癒えておらぬであろうに、それほど急がなくともよかったのだぞ」
「如何にも。皆との話し合いの結果として、我等一族の代表となり、この場に参りました。今となってはどのような処遇も受け入れる所存です。こう言った話は、早いほど良いかと」
エッケルスは代表としてこの場に臨んでいるという自覚があるのか、その表情には決意めいたものが浮かんでいる。媚を売るでもなく、かと言って毒づくでもなく。そして謁見の間に居並ぶ武官達に気圧されるでもなく。ただ静かにエルドレーネ女王を正面から見返す。
「テオドール殿。彼の呪具を外してくれぬか?」
しばらくエッケルスを見ていたエルドレーネ女王が言った。……呪具か。了解した。
その言葉を受けたエッケルスは、驚いたような表情を浮かべている。エッケルスの手首についていた輪を外す。エッケルスは手首に触れながら、拳を握ったり開いたりしていた。
「……グランティオスが目指すものは、より多くの海の民が清浄なる海にて、平穏に暮らすことだ。そのためには、そなたの協力が必要だと考えている」
そう言ってエルドレーネ女王がエッケルスを見やる。
「それは……我等をグランティオスの民として迎えるという意味でしょうか。それを、グランティオスの民が受け入れると?」
エッケルスは、些か戸惑っているようにも見えた。
「無論、そう簡単な話ではないであろうよ。だが、グランティオスの歴史を紐解けば珍しい事でもないのだ。例えば――我等の祖先はそこにいるウェルテスらの部族と戦ったこともある。他の部族達ともな。そしてその度に族長達と手を取り合い、今のグランティオスの形を成したのだ。妾達はグランティオスの民。慈母と父祖達の遺志を継ぐもの。戦が終わってより、相手の血で海を染めるを良しとはせぬわ」
なるほど……。グランティオスにはそういった歴史的背景があるわけか。それを聞いているウェルテスも兵士達も、そして居並ぶ武官も堂々としたものだが……。
とは言えグランティオス側の裏の事情としてはエッケルス達の投降を認めると言った手前、彼らの処遇を決めなければならない。女王の口にした約束を違えるわけにもいかず、ずっと牢獄に閉じ込めておくというわけにもいかないだろう。グランティオスにそういう背景があるなら尚のことだ。
しかし眷属連中に荒くれ者が多いのは事実だろう。ウォルドムやルバルド、そして力まで失った上に少数派。俺の見立てでは弱体化はかなりのもので、そうそう簡単に反乱を起こせるものでもなく、戦いを主導する者もいなくなったとはいえ……今後はどうなるか分からない。だからこそ、民として受け入れるならまとめ役が必要だとエルドレーネ女王は考えているのだろう。
いや、それもグランティオスの流儀かも知れないが。命は奪わないにしても虜囚のままでいるのかグランティオスの民であることを受け入れて暮らすのか。そこから先の処遇、グランティオスの民達が彼らをどう思うかは眷属達の考え方と行動次第だ。だからこそエッケルスの協力が必要だという結論になったのだろう。
エッケルスは目を閉じる。長い沈黙があった。色々と思案している様子だ。
主君を変えるということへの葛藤。自分達のしてきたこと。そして代表という今までの立場との違いから生じる責任。否応なく考えなければならない諸々の事柄。……やがて、結論が出たのかエッケルスが口を開く。
「……分かりました。貴女を主君と定め、終生、グランティオスに忠誠を誓います」
そう言って、エッケルスは女王に跪く。
「ならばエッケルスよ。妾はそなたをグランティオスに連なる部族の族長の1人として迎えよう」
「――というわけで、エッケルスは今後族長という立場になるみたいだね」
「分かりました」
シリウス号の艦橋にて――エッケルスの処遇を聞いて、シオンは神妙な面持ちで頷いた。
謁見が終わってから、俺達は予定通りにシリウス号に乗り込んで公爵領へと向かっている最中だ。
今後、海王の眷属達は、エッケルスが信用できると思う者から、段階的に解放していくという形になるらしい。
その間にグランティオスの民への通達であるとか、眷属達がどこでどう暮らすのかとか、できる限り円滑に行くよう、そして軋轢が小さくなるよう、秩序だった枠組みを作っていくのだろう。
エッケルスから見ても信用のおけない者や、血の気の多い者というのはやはりいるらしいので……そういう者への対応は呪具をつけたままにしたりするだとか、個別に色々と考えるそうだ。
まあ……眷属の中でも実力が一段抜けている親衛隊連中は、練度の高さに応じるように規律が良さそうに見えたからな。エッケルスが信用している者は親衛隊に多いのだろうから、部族の統制を取るというのはそこまで難しい話でもなさそうだ。
「お待たせしました」
と、そこにグレイスがトレイに乗せて木皿を運んでくる。皿の上に乗っかっているのは香ばしい匂いを漂わせる、焼き上げられたばかりの菓子だ。船の厨房で作っていたのである。
グレイスの焼き菓子を齧り、のんびりとお茶を飲みながらも、シリウス号は海を行く。
さて。これから途中でアイアノスに寄って、海の都での戦闘に勝ったことなどを連絡していく予定である。
エルドレーネ女王はと言えば……色々考えごとがあるようにも見えたが、明るい船の中の雰囲気に合わせるように、小さくかぶりを振ると、気持ちを切り替えることにしたようだ。
「では、1つ頂こうかな」
「はい、どうぞ」
復興であるとか戦後処理であるとか、これからが大変なのだろうが、面倒事が割合早くに片付いて、方針も固まった印象はあるからな。
エルドレーネ女王としてもある程度は肩の力を抜けるところが出て来たか。
「おお。これは何とも……」
「地上のお菓子……。美味しいですね」
「こうなってくると、宴会が楽しみです」
エルドレーネ女王はロヴィーサやマリオンと共に、グレイスの焼き菓子に舌鼓を打っている。
「宴会か。ふうむ。陸地の宴席に招かれるとは……。世の中何があるか分からぬものよ。本来なら妾達こそ宴席を開く立場なのだが、後手に回ってしまって済まぬのう」
グランティオスに準備があればエルドレーネ女王は当然宴席を開いたのだろうが、殆どの物資はアイアノス側に運んでしまっていたらしい。
「いえ、お気になさらず」
「いやいや、そういうわけにもいくまいよ。ドリスコル公爵に聞いたところでは、そなた達は近海の無人島に立ち寄る予定だとか?」
「そうですね。海図でいうと、この島です」
「ふむ。場所も悪くはない。では……アイアノスで感謝の宴を催すのも良いが、その島に物資を運んで、そこで……というのも良いかも知れんな」
「ふうむ。祝勝だけあって宴会尽くしですな。めでたいことです」
「私は賛成」
公爵が笑みを浮かべ、シーラが賛意を示す。
どちらにせよ魚介類尽くしだろうからな。シーラのテンションが上がるのは解る。
まあ、そうだな。シリウス号をパーティー会場にすればどこでも宴会のようなことはできるだろうし、それも悪くないかも知れない。
「こうして見ると島の位置関係的には、ヴェルドガルから見てもグランティオスから見ても、なかなか悪くない場所にあるんだね」
と、海図を見たヘルフリート王子が言った。
「確かにそうですね。どうせ色々手を加えるなら、海からのお客も迎えやすいようにするというのも面白そうですが」
「となると、この島の――このあたりの地形を活かすというのも面白そうね」
「ああ、入り江になっているようですね」
ローズマリーの言葉にアシュレイが改造の様子を想像したのか、楽しそうに微笑む。
女性陣はそのまま、どんなふうになるのかなどと話をして盛り上がっている様子である。
「ふうむ。海賊の秘密のアジトのようで心躍るものがあるのう」
アウリアが言うと、ステファニア姫、アドリアーナ姫が得心顔でうんうんと頷いていた。
「確かに……」
と、エルハーム姫。うん。若干染まって来ている気がしないでもないが。
いや、まあ……秘密のアジトはともかくとして。とりあえず海の中に何かしら設備を作るというのは、既にグランティオスで経験済みだしな。女王達の協力があれば劣化防止の塗料も提供してもらえるのではないだろうかとは思うので、色々と考えを練っておくことにしよう。




