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472 深海と空飛ぶ船と

「……空飛ぶ船か。美しい船よな」


 アイアノスの直上から降下してきたシリウス号が結界の中に収まったところで光のフィールドを解くと――エルドレーネ女王が感嘆の声を漏らした。

 マールの協力を得ることで水圧を無視できるので、シリウス号の周囲に空気を纏いつつ海の底まで持ってくることも可能、というわけだ。


 シリウス号内部の回路は精密機器のように水に弱いというわけではない。乗員や、魔法生物と魔石などを含めた船部分が無事なら航行できるので、仮に水没しても機能に支障はない。ただ、船内には内装であったり備品であったりとか、水で濡らしたくないものもあるので水を除けて空気を纏う方式で海に潜るという形になる。


 アイアノスの結界内部に入る為には、エルドレーネ女王から個別に許可を貰う必要がある。そうすることで幻術も効果を発揮しなくなるそうだ。

 通常の出入りに使う正門までの道が細いために、例えば石材のような大きなものは都市上方から運び込む形になるそうだが。


「装甲が船への攻撃を魔力に転換し、それを推進力などに用います。なので見た目以上に強固な防御力を持っていると考えて下さい」

「ふむ。一石二鳥というわけか。合理的じゃが……あれを海に潜らせるということは、海王対策として用いるということかな?」

「そうですね。手札の1つとしてでしょうか。封印から解放された海王は海の都を占拠していると考えられますし」


 海王と戦いながら海の都を奪還するとなれば、こちらも移動可能な拠点が必要となるだろう。女王や水守り、それにマーメイドやセイレーンらが、魔力主体で戦うというのが元々の計画だ。兵士達は……海王の眷属達に突破されないように身体を張り、時間を稼ぐという役目になってしまう。


 それでもウェルテス達は目や口の中などに一撃を当てれば攻撃を通せる。それをやってみせると意気軒高だというのだから見上げたものだ。不可能とは言わないが難易度は高いし、実行すれば犠牲も多く出るだろう。狙いが明白なら技量に相当の差が無いと上手くはいかないからだ。それしか方法が無かったのであれば、エルドレーネ女王が自責の念に駆られるのも当然と言えよう。


 だが……シリウス号があれば話は変わってくる。後衛は船に陣取って戦えるし、傷付いた者を安全圏に下げることも可能だからだ。


「こちらが攻撃側であるのに、城砦に篭って戦えるようなものだな」

「全く、驚きですな」


 エルドレーネ女王の言葉に、ウェルテスが頷く。

 アイアノスの街の中心部、広場にシリウス号を停泊させ、そこにエルドレーネ女王達と移動する。

 まずはみんなの紹介からだ。女王としての能力なのか、エルドレーネ女王は相手の魔力の大きさや質を感じ取っているようなので、会ってもらえば大凡のところを理解してくれるだろう。




 広場には人が集まっていた。シリウス号には近付かないようにと通達が出されてはいるが、耳目を集めてしまうところがあるのは仕方がない。

 停泊したシリウス号からタラップが降りてきて、みんながアイアノスを眺めながら降りてくる。空気の層から水の中へ入るような形になるか。


「これは……すごいですね。海の中にこんな綺麗な街があるなんて」


 と、グレイスが周囲を見回しながら言う。


「暗くなっていたのに……街の中は明るくなっているんですね」


 アシュレイが上を見上げて言うと、マルレーンが目を丸くしてこくこく頷く。


「面白いわね。上からの光を結界で増幅している、と」


 ローズマリーも街の中の様子を分析している様子であった。


「魚はあんまりいない」

「それは、食べられちゃうからじゃないかしら? ほら。あそこに並んでるし」

「ふむ。そのようですな」


 シーラとイルムヒルトの交わす言葉にピエトロが相槌を打つ。

 他のみんなも同様で、驚いて言葉も無いといった感じだ。

 広場の周囲に集まっているアイアノスの住民達も甲板から顔を出したコルリスやリンドブルム、アルファ達に驚きの声を上げていた。

 もっとも……海底都市が物珍しいのは動物達も一緒のようで。揃って甲板の縁から街を見回して丸い目を瞬かせている。


「ふふ。地上の者に海の街を気に入って貰えるのは嬉しいがな」


 そんなみんなの様子にエルドレーネ女王は目を細める。


「こうなってくると、僕としては都を奪還した時が楽しみではありますね」

「何とも気の早いことだ。確かに、都は壮麗な場所だが」


 俺の返答に、エルドレーネ女王は愉快そうに肩を震わせた。


「さて。では、そなたの仲間達を紹介してもらうとするか。まさか、今まで以上に驚かされるということもあるまいが……」


 まあ、そうだな。インパクトとしてはクラウディアが最大だろうとは思うが。




 というわけで、エルドレーネ女王に皆を紹介する。地上の者との文化の違いということで納得しているのだろうか。俺の婚約者という肩書きが多かったことには大きなリアクションは無かったが……女王としてはみんなの魔力資質などが気になるようで、魔力の強い面々や、資質の珍しい面々ほど興味深そうにしている印象であった。

 みんなの紹介が終わったところで、ユスティアについての話を切り出していく。


「みんなの紹介が終わったところで話を戻しますが……先程の話にあった、最初の魔人事件の時に、セイレーンの少女が囚われていたことが分かりました。この地方に人魚が目撃されているという話を聞いて、もしかしたら知っている方がいるのではと思っていたのですが」

「む」


 その言葉にエルドレーネ女王は真剣な表情になる。


「その者は、今どうしているのだ?」

「帰り道が分からないということで、現在は一緒に囚われていたハーピーの少女と共に、タームウィルズの冒険者ギルドに身を寄せています。治療班としての手伝いをしたり……更にイルムヒルトも加えた3人で、劇場で歌を聞かせたりしています。名前をユスティアと言うのですが、ご存じありませんか?」


 そう尋ねると、エルドレーネ女王は顎に手をやって思案するような様子を見せる。


「失踪事件か。……ふむ。確認を取らずに軽々しいことは言えぬな」


 エルドレーネ女王は即答を避けて首を横に振った。


「今は非常時故、セイレーン達はこの街に集まっているが……あの者達は普段、思う存分呪曲の練習をするために独自にいくつかの里を作って、そこに集まって暮らしているのだ。まずは確認を取ってみることにしよう。ウェルテス、ソルギオル。聞いていたな?」

「はっ」


 ウェルテスと共に、女王の護衛をしていた半魚人が答える。


「ユスティアという名の娘だ。心当たりのある者は、手がかりが見つかった故、妾の元に来るようにと申し伝えよ」

「畏まりました」


 2人は敬礼を返すと、街中へ走っていった。

 ……なるほどな。心を惑わす呪曲などは、確かに街中で練習するわけにも行かないだろうし。それで普段は別の場所で暮らしているとなれば、内情までは詳しくないだろう。失踪事件そのものに心当たりがあってもまずは確認からとなるのは当然の流れだろう。


「見つかると……良いですね」


 その背を見送り、ロヴィーサが呟く。


「そうさな。しかし、劇場とは……。思う存分大勢の聴衆に歌を聴かせられる環境というのは……あの者達は寧ろユスティアを羨ましがるやも知れんぞ」

「ロヴィーサさんも言っていましたが……そんなにですか」

「うむ。何せ魔に堕ちても歌を聴かせる者を求めて呪歌で魅了するという連中だからな。これはもう、本能に根差したものであろうよ」

「セイレーンの友達もいますが、地上の人達は歌を聴かされた時の反応がとても良いのだとか」

「そうらしいな」


 エルドレーネ女王がロヴィーサの言葉に苦笑する。


「ドミニクについても……風の精霊を介して行方を探すことはできないかと思っているのですが」


 その話を聞いていたマールに話しかける。ハーピーは高所に住んでいるというし、風の精霊なら集落を探すこともできるのではないかと考えているのだが。

 マールはその話を自分にされる理由を察したらしく、俺を見て頷いてくる。


「分かりました。貴方の話を他のみんなにも伝えなければなりませんから。その時に必ず伝えると、お約束します」


 そう言って、マールは快諾してくれた。

 ふむ。ドミニクについても、これで後は情報が集まるのを待つだけだな。


「これからのことですが、僕達の本来の予定通り、ドリスコル公爵の本拠地に転移可能な拠点を作ってしまおうかと」


 それだけやっておけば色々と行動の自由度も上がるし保険にもなるからな。

 セイレーン達にユスティアと同郷の者がいた場合、引き合わせることも可能になる。俺の言葉に、エルドレーネ女王は頷く。


「私も腕利きの方に、槍の穂先ぐらいは提供できるかなと思っているのですが。こういう急ぎの時に武器を作って間に合わせるのは得意なのです」

「船の中に武器を作れる工房設備があるのです。エルハーム殿下は地上でもかなり強固な武器を作れる技術をお持ちです」

「それは心強い。鍛冶の技術は、どうしても地上には及ばぬ故」


 エルハーム姫と俺が言うと女王が明るい表情になった。

 急場で武器を作るというのは、バハルザードの内乱でエルハーム姫がやっていたことだからな。それに槍の穂先だ。作るまでの時間も材料も節約できる。


 斥候に出した鮫男が戻ってこなかったとなれば……海王も捜索の方向や範囲を狭めてくるだろう。それでもすぐには隠れ里を見つけ出せるとは思えないが、だからと言って準備期間に余裕があるわけでもない。限られた時間ではあるが、やれるだけのことはやってしまおう。

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