43 王子と騎士の望み
「君も解っているとは思うんだけど。彼の言葉を伝えるためだけに足を運んでもらったわけじゃないんだ」
アルバートは真剣な面持ちになるとそんな事を言ってきた。
「今、お城では、魔術師隊や文官達を動員して解読班が結成されていてね。大書庫をひっくり返して古文書の解読に躍起になっている」
「魔人事件の余波、ですか」
魔人と月光神殿の関わりについて、少し調べてくれればと思っていたのだが……また随分と大事になっているようだ。
「そういう事だね。僕は魔法実技より座学の方が得意だから、自主的に調べ物に参加させてもらっているんだけど……。月光神殿については、かなり危険なものが封印されているというのは間違いないようだ。転界石の研究は都市外部に手紙で送っていた形跡も見つかっているし」
外部に、ね。
あの魔人には仲間がいるという事になるだろうか。
「そんな事を……僕に話してもいいんですか?」
「んー。具体的な事は何も話していないし、話したところでどうにかなるものでもないからね。陛下から君にも何か打診があるかも知れないし、実はこれ、本題じゃないんだ。でも一応、僕から聞いた事は内緒にしてくれると嬉しいな。君に顔を売ろうという魂胆もあってやっている事だしね」
アルバートは人差指を自分の口の前に立てて笑ってみせる。
んん。アルバートとしては……忠告という事か。彼の言う通り、アルバートが人材を求めているところを考えても、親切心だけではないんだろうとは思うけど。
「では、本題とは?」
「騎士団の一部が君に反感を持っているようでね。君にも知らせておいた方が良いんじゃないかなって思って」
「――殿下からも言われたとなると気を付けた方がいいのでしょうね」
「あれ。知っていたのか。じゃあ余計なお世話だったかな?」
「そんな事はないですよ」
シーラも城の中への潜入はリスクが高すぎて無理だったし。というか止めたし。
だから団員の主だった者の名前や人間関係といった、表に出てきている部分でしか背景を知らないが、色々推測するにしてもその段階の情報を持っていなければ話にならないわけで。
そこにアルバート王子の援護があれば、背景も見えてくるんじゃないかな。
「騎士団を取り巻く情勢が変わってきていたりします?」
「騎士や兵隊で探索隊を結成して迷宮に潜るかもという話にはなっているかな。王国としては封印されている月光神殿に侵入する手がかりが欲しいんだよ。治安隊も騎士団も、この前の魔人騒動では活躍の場が無かったから、汚名を返上したいと思っているわけだ」
「なるほど……」
騎士団が迷宮にねえ。グレッグ一派の有望株チェスターが俺に絡んでくる理由……か。
魔人を倒して、迷宮にも潜っている俺を商売敵のように思ってたりするのだろうか。
チェスターの普段の振る舞いが、周囲の評判通りだとするなら、やっぱりわざとなんだろう。
例えば――自分の信用を武器に俺に反感を抱かせるのが目的だとか。これで俺がチェスターを悪しざまに言っても、周囲の人間はチェスターを陥れる讒言だと思ったりするだろうし。
グレッグが上に受けが良く下に嫌われているという事を考えるに、チェスターも同系統の人物だろうとは思う。普段からそうしているように、下の者であるからと俺を見下している可能性はある。騎士団から見れば、俺は最初から魔術師隊に近い所にいる人間だしな。
だが、問題は反感を抱いているその理由だ。それだけであんなあからさまな事はしないだろうし、俺にそういう振る舞いをしていったい何を期待しているのか、だ。
「まあ、竜騎士隊に所属している者としては忸怩たるものがあると思うよ」
「ん、何故です?」
「そりゃ、迷宮に飛竜の出番はないからねえ」
――ああ、そうか。理由は解った。
「王宮で、僕の飛行術について何か語られていましたか?」
「ええっと、それは――あ。そういう事か」
さすがにアルバート王子は飲み込みが早い。それだけで俺の言いたい事を察したらしい。
空を飛べる魔人に対抗できるのは自分達だけと思っていたところに、俺が出てきて空中戦をやったものだから――例えば魔術師隊が同じ事をできるようになれば、空は彼らの独擅場ではなくなる。少なくとも上空から一方的に魔人に狙い撃たれるような不利は、魔術師にも無くなるわけだ。
後は……俺自身が王宮に召し抱えられるという可能性も見ているのかも知れない。
理由としては解りやすいな。要するに、既得権益が脅かされているという事なんだろう。
別に……魔人を倒したのはそういう理由じゃないんだがな。
説明しても解ってもらえるとも思えないし、解ってもらえても状況が変わるわけではないから意味が無いが。
「君の飛行術については、情報開示を求める声もあったんだ。だけど、秘術を開示させる事で有能な人材の反感を買ったり流出してしまうような事が無いようにと陛下に却下された」
メルヴィン王が、か。
「あれは制御能力と経験が肝ですから情報開示も何も、見たままの事しかしてませんよ」
「ははっ。そうみたいだね。だから理屈は解るけど……って感じみたいだね。古文書に関われない魔術師は、レビテーションとシールド役で役割分担したり無詠唱と詠唱でどうにかしようとしたりと四苦八苦してる。それで戦闘しろとなるとお手上げも良いところだ」
重要度が高い割に理屈が解りやすいから対価を払うには勿体なく、只で情報を聞き出すと反感を買ってしまうから、自前でやろうという事になったみたいだ。後発で空中戦が可能になる魔術師はいつ現れる事やら。
「んん、できる魔術師が全くいないとも思えないのですが?」
「リカードのご老体はできたね。立体的な動きに慣れなくて、吐いてしまって大変だったが」
アルバートは肩を竦めた。
……そうか。
「それで……殿下はその情報の対価に、僕に何を希望していらっしゃるのです?」
「あまり有意義な情報なんて渡せてなかったと思うけどね」
「いえ。とても参考になりましたし、味方なさってくださろうとしていた事も解りますので僕からも何かお返しするべきだと思うのですが」
「……んー。僕としては君と知己を得ただけでも十分な対価なんだけどな。……そうだね。僕の手元に、魔法技師志望の、アルフレッドという友人がいるんだけどさ」
……ん?
「君の魔法制御能力があれば、色々面白そうな事ができそうだと思うんだ。もし良かったら彼が顔を見せたら、色々手伝ってほしい」
「……解りました。お約束いたします」
彼の二重生活を知っている俺としては顔に人の悪い笑みが浮かびそうになるところだが、それは何とか堪えた。
しかしなるほどね。そっちで来るか。俺としてはもっと直球勝負で来られても良かったんだけどな。アルバートの本当の望みや、彼が何を目指しているのかは知っているし。
そっとマルレーンとオフィーリアを横目で見やる。2人はグレイスやアシュレイと歓談しながら屈託なく笑っている。
……ま、いいか。俺の方がアルバートにまだそこまでは信用されていないという事なんだろう。
アルバートに礼を言って別れ、迎賓館の2階のテラスに戻ってくると、チェスターと顔を合わせた。
「テオドール君か。先程個人戦で優勝してね。賓客に挨拶回りをしていたところなんだが」
と、笑みを浮かべている。
「そうですか」
まあ、一々面倒なのは嫌だし、俺は俺の立ち位置をはっきりさせるために来たわけだから。チェスターには直球をぶつけて話をしてみようか。
「ええと。チェスター卿と少々差し向かいで話をしてみたいのですが、お時間作れますかね?」
そう言うと、チェスターはやや目を見開き、俺を見てきた。
それから、意味有り気に口の端を吊り上げる。
「僕とかい? いいよ。挨拶回りも終わった事だし、今は地竜走をやっているところだから、僕にしばらく出番はない。僕としても――魔人殺しの英雄君とは、邪魔をされずに話をしてみたいと思っていたんだ」
「どこかに空き部屋か何かありませんかね?」
「騎士の塔には雨天時用の地下修練所がある。そこでならどうかな?」




