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380裏 オーガストの眷属達・前編

文章量が増えたために裏面が前後編になってしまいました。

「イ、イゾルデ殿! こうなってはあの者達を出してもいいでしょう!?」

「好きにしろ」


 切羽詰まったようなカハールの言葉に、イゾルデはグレイスから視線を外さないままで素っ気なく答えた。

 カハールのあの者達、の正体はすぐに誰の目にも明らかなものとなった。城砦から目を赤く光らせた新手の吸血鬼達が飛び降りてきたからだ。

 だが……翼を生やしたりといった変身はできないようで、イゾルデが率いる者達より何段か劣る連中であることは間違いない。しかしファリードにとって重要な点はそこではない。その者達の顔触れに見覚えがあったことだ。


「己は人間のままで……自分の配下を吸血鬼達の供物としたか。見下げ果てた奴だ」

「違うな! あの者達は望んで血を捧げて力を得たのだ!」


 ファリードの蔑むような声色に、カハールが激高する。新手の吸血鬼達もその言葉を肯定するように薄笑みを浮かべていた。

 かつてはバハルザード王国の家臣であった吸血鬼達。吸血鬼のことを秘匿している以上、ファリードにぶつけるには不適であるという判断から城砦に篭っていたのだろうが、事ここに至っては戦力を温存している意味もない。


「……いいだろう。顔見知りのよしみだ。貴様らにはここで引導を渡してやる」


 ファリード王はそれから空を見上げ、年若い魔術師を見てから頷いた。

 新手の連中は任せろという意思表示。少年もまた頷くと、目の前の吸血鬼との戦いに没入していく。他の者達も同様。それぞれが吸血鬼と相対する。


「彼女達、僕達と戦う気みたいだよ、アレクシス」

「そうね。後悔をさせてあげましょう、ギルベルト」


 そう言って笑う。ギルベルトとアレクシス。元はフラムスティード伯爵領の名士の子弟であった者達である。兄がギルベルトで妹がアレクシス。

 ギルベルトは己の手首を噛み切り、迸る鮮血を拳足に纏う。アレクシスは槍を作り出した。


「油断はしてはいけませんよ、2人とも。メイベルもです。あの裏切り者の娘といい……どうやら私達の存在を最初から知っていたと見えますからね」

「私達を殺せる武器を持っているかも、ということですわね、アーヴァイン」


 執事の格好をしたアーヴァインは両の手に双剣を。アーヴァインに答えるメイベルは弓と矢を作り出した。

 メイベルの服装は貴族の令嬢を思わせるもの。但しヴェルドガル以西に位置する海洋諸国の貴族達の間で、かつて流行ったものだ。東国に向かう旅の途中で病に倒れ、そのまま亡くなったはずの、貴族の娘である。


 オーガストの側近達は例外なく見た目の年齢が若々しく、見目麗しい容姿であった。

 と言っても吸血鬼の見た目の年齢など当てにはならない。それを裏付けるように、誰も彼もが時代がかった貴族の格好をしていた。

 見る者が見ればメイベルのように、各々の服装に時代時代の流行や地方ごとの特徴が表れていることに気付くはずだ。

 それは――彼らの主であるオーガストの趣味なのだろうし、その血塗られた経歴を如実に物語るものでもあるだろう。


 だからと言って――彼らが哀れな被害者だったというわけではないとグレイスは断じる。イゾルデも含めた側近達から漂ってくる濃密な血の臭い。それは彼らが殺しを重ねてきた歴史でもあるのだ。オーガストと共に、奪う側に回った者達。だから彼らは嬉々として、誇らしげにオーガストに付き従っている。

 そして――そうではない、オーガストに従うことを良しとしなかった実例だって、グレイスは知っていた。


「――何故、父を殺したのです。発覚したら逃げるぐらいなら、最初から放っておけば良かったものを。あなた方にとっても子孫であり、血縁だったのでしょうに」

 

 グレイスはそんな彼らを見て、首を横に振った。

 たとえ吸血鬼であれど。己の父と母がそうだったように。手を取り合うことはできるはずなのだと。そうグレイスは思う。

 事実として側近同士で忠告し合うような仲間意識もあるというのに、何故両親を放っておいてはくれなかったのか。あの2人を慮ってくれなかったのか。

 好戦的で禍々しい笑みを浮かべる彼らの有様は、その身体に纏う血の気配は、完全に吸血鬼として染まり切っていた。相対する者を食料として値踏みする彼らは、グレイスの嫌悪する存在そのものの体現ですらある。


「皮肉なことにな。奴は吸血鬼としての素養が有り過ぎたのだ。精神支配に耐性を付けられ、途中で跳ね返されてしまってな。仕方なくオーガスト様が直接の眷属とするために血を召し上がられた。直系の子孫であれ、中々無いことなのだがな」


 そんなグレイスの言葉を、イゾルデは笑う。


「貴様も貴様の母も、奴に対する人質ではあったが……オーガスト様に懇願した結果でもあるのだぞ? 情けをかけていただいた分際で……信頼を裏切って逃げたのでは許されぬさ。選ばれた者として生まれ変わる喜びを享受できなかった惰弱な男だ。我等が手を下さずとも、いずれ悲観して自らの命を絶っていたのではないかな」

「……そうですか。あなた達は心底――救いようがないのですね」


 イゾルデの答えに返されたのは、グレイスの侮蔑の言葉と視線であった。


「ほざけ、混ざり者が!」


 両者の赤い瞳の輝きが、高速で迫っていき、空中で衝突する。

 イゾルデだけは血液の武器ではなく、実体のある大剣を用いていた。大剣と斧が馬鹿げた速度で振るわれて叩き付けられ、空中に火花を散らして弾かれる。


 イゾルデはグレイスが引き受け、その他の側近達はアシュレイ達が引き受ける形となった。

 集団戦闘。前衛を務めるのはシーラとイグニス、そしてデュラハンだ。後衛はアシュレイ、マルレーン、クラウディア、ローズマリーにイルムヒルトとセラフィナ。そして中衛としてリンドブルムとアルファが後衛に向かう者達を迎撃する、という構えだ。

 マルレーンが祈るような仕草を見せると、彼女達をクラウディアの祝福が包む。


「行く――」


 シーラが風を切る音すら立てず、流れるような動きで吸血鬼目掛けて突っ込んでいった。対するはギルベルト。シーラの動きに合わせるように暴風のような拳の一撃が叩き込まれた。


「おっ?」


 ギルベルトの軽い驚愕の声。攻撃を合わせられる瞬間にシーラの姿が掻き消える。姿を消す外套の魔道具を発動させ、視覚を騙す。すれ違いざまに斬撃。

 ギルベルトは首筋に一撃を受け、頸動脈から鮮血をしぶかせる。が、笑う。壊れたような笑みを浮かべて目を細める。


「――面白いなあ、良いよ君!」


 首に手を当て、離した時には既に傷口が塞がっていた。僅かに姿を見せるシーラを追って突っ込んでいく。唸りを上げる両の拳。吸血鬼の膂力から放たれるそれは、当たれば容易に肉の身体を粉砕する威力だろう。

 皮一枚で避けての斬撃が繰り出される。ギルベルトは斬撃を受けるのを承知の上で、意に介さない反撃を見舞った。

 ――ギルベルトは命中を確信したが、しかし当たらない。斬撃と同時に雷撃が放たれていたからだ。

 シーラの剣を介して伝わった雷撃がギルベルトの肉体の自由を奪う。

 それは筋肉を委縮させ、思うような攻撃を放てずに攻撃が空を切る結果となった。次の刹那、ギルベルトは瞬き1つの間に身体のあちこちを切り裂かれていた。


「隙だらけ」


 シーラが声だけ残して離脱していく。変身能力を有するとは言っても、人体を基本としている以上は雷撃を受ければ自由を奪われる。それでも一時的なものでダメージにはならないし、対処法だってギルベルトには見える。

 ギルベルトは目を見開きながら笑ってシーラを追いかけようとしたが、下方から風を切って舞い上がってきた何かに阻まれたために、それは叶わなかった。


「な、んだ? 偽者?」


 通り過ぎていったそれは、シーラの幻影だ。見ればイグニスやデュラハンの幻影も空中を舞っている。


「こっち。こっち」


 シーラの声があらぬ方向から聞こえる。ギルベルトの赤い魔眼が見開かれると、それらは風に揺られる蝋燭の炎のように揺らいだ。偽者だというのは分かるが、単なる虚像ではなく何かを核にしているようだ。ぼんやりと透けて見えるそれは、高速回転する丸い金属の円盤に見えた。


「アレク。誰か――幻影と一緒に円盤みたいのを操っている奴がいる」

「あの、向こうにいる小さな子供と、その肩に乗ってる妖精だと思うわ。あの2人だけ、制御に集中してる。感じる魔力も同じよ。見えるものも、聞こえる音も怪しい」


 側近達の中で最も魔力に対して鋭敏な感覚を持つのがアレクシスだ。彼女の言うことならば間違いはないとギルベルトはその点において妹を信頼していた。

 しかしそのアレクシスはイグニスと槍と戦鎚を叩きつけ合っていて動くことができない。小柄な体でイグニスの巨体と競り合うそれは中々に現実離れした光景である。膂力では拮抗しているのだが、それだけにイグニスを突破していくことは容易ではないようである。


 何より、槍がその鎧の隙間を突き通しているのにダメージになっていない。力任せに打ち払ってようやくその巨体を揺るがせることができるかというところだ。


「重いし、堅い。苛々するわ」


 そして――シーラと違ってイグニスの一撃は面で破壊するものであるために、まともに受ければ再生する前に連撃を受けるだろう。

 吸血鬼に取ってみれば、吸血も魅了も効かない、膂力でも劣らないという、厄介な相手と言えた。


 そして、アレクシスの示したマルレーンとセラフィナの周囲にもラヴィーネに跨ったアシュレイや、マジックスレイブを浮かべるローズマリーが控えている。

 いずれも魔術師達。手の内は窺い知れずとも、厄介な相手であることが予想された。突っ込んでいっても邪魔されるのは自明であろう。


「ならば私が」


 メイベルがマルレーンとセラフィナに向かって血の矢を放つが、横合いから飛来した光の矢とぶつかって掻き消された。相殺。固めたはずの血液が光の矢によって効力を失う。


「これは――」


 メイベルは同じく弓を扱う者として、相手の腕前に感嘆に近い思いを抱いた。矢の飛来した方向を見やれば、そこには空を舞うようにして泳ぐラミアの姿がある。


「……クク。楽しい方達。気に入りましたわ。殺す前に血を吸って、仲間にして差し上げても良くってよ?」

「残念だけど、友達は足りているの」

「そう――。では残念だけど」


 互いの敵を見定め――僅かなにらみ合いの後に、血の矢と光の矢が雨あられと放たれた。互いに飛び回りながら位置を入れ替え続け、一定の距離を保ちながらの射撃戦が繰り広げられる。

 お互いの動く先の位置を予測し、矢玉を応酬する。技量と技量を競い合うような戦い。イルムヒルトは尾で。メイベルは血液で形作った第三の腕で矢を番え。人間であれば到底有り得ぬ速度で撃ち合う。赤と白の光芒が交差し、ぶつかりあって弾ける。


「――やれやれ。拮抗状態を作り出されるとは。すぐ片付けてオーガスト様の加勢に向かわねばならないというのに」


 その光景に――埒が明かないとアーヴァインは感じた。

 今、自分の相手をしている高位の精霊――デュラハンもそうだし、あの騎士の格好をした人形もそうだ。吸血鬼としての特性が通じにくい相手である。吸血も魅了も効きそうにない。とは言え――吸血鬼と知って挑んできた以上は対策を整えているのだろうが。


 自分達にとって最も与しやすいのは恐らく獣人の少女だろう。攻撃を当てても一撃で終わるだろうし、吸血と魅了は効かずとも触れることができればエナジードレインなら通用するはずだ。

 だが――それを阻むのが後衛の少女が操る幻影だ。

 そしてその後衛を護るのが魔術師達。デュラハンとの戦いの合間に血液の弾丸を放ってみても、あっさりと氷弾やら光の身体を持つ狼に弾き散らされてしまう。後衛が前に出てこないのは、膂力と体術で抗しえないからだろう。


 ならば実力で叩き伏せるだけとアーヴァインは開き直った。目の前の強敵を本腰を入れて斬り伏せて進めばいい。後衛に接近してしまえば勝負はつく。竜騎士達も下位の吸血鬼やカハールの手勢と交戦していて、こちらには手出しをしている余裕がないらしい。


 唸りを上げて迫ってくる大剣を片方の剣で受け、もう一方の剣で切り込む。

 だが一瞬早く馬が空中を蹴って離脱していた。連携が良すぎる、とアーヴァインは内心で舌を巻いた。

 騎士も馬も、同じ精霊の一部ということなのだろう。幻影がその身体に重なり、そして別方向に離れていく。幻影と理解していても一々魔眼を発動して確かめねばならない。


 そうでなくても意識を乱されるのだ。聞こえる音の方向と距離が先程から滅茶苦茶だ。

 位置を入れ替えたデュラハンが再び突っ込んでくる。距離を取って騎馬で突撃されては重量と力で打ち負けるだろう。これもアーヴァインにとっては初めての経験であった。

 歯噛みしてデュラハンの剣を力任せに受け流し、馬と並走しながら騎士と剣と剣を絡めてぶつけ合う。距離が開いては幻影を有効に活用されてしまう。ならば、本体に食らい付いていけばいいのだ。


 後衛は前衛を巻き込むことを嫌ってか、それとも幻影の少女を護るためにか、積極的な魔法射撃を仕掛けてはこない。それで正解だろう。生半可な遠距離攻撃など受けたところでダメージにならないのだから。

 状況と戦力が拮抗しているだけに一度どちらかに天秤が傾けば、一気に勝負がつくだろう。


「――行くわ」


 ローズマリーが静かに言う。その状況を理解しているのは、アーヴァイン達だけではない。均衡を崩す手は、ローズマリーの手札の中にもあった。




「しつこい! 邪魔だっ!」


 吸血鬼が裂帛の気合を込めて斬りかかってきたバハルザードの騎士を、力任せに後ろに弾き飛ばす。壁に叩き付けられれば、それで立ち上がってこられない、はずだった。

 だがその身体を光が包み、当たり前のように戦列に復帰してくる。止めを刺そうにも他の騎士や兵士達が入れ替わり立ち代わりそれを阻むのだ。

 動けなくなった者も、後方にある光の円の中まで連れ戻され傷を癒されて立ち上がる。どちらが不死かと嘆きたくなるような光景であった。


 騎士や兵士達を戦列に復帰させているのは治癒魔法だろう。それも見たことが無いほど高度なものだ。空中で白い狼に跨っている少女が、遠隔からファリード王達の傷を癒しているのである。

 だとしても手傷を受ければ痛みもあるだろうに。意に介さず、戦列に復帰してくるその戦意の高さが、彼らには理解できない。

 腕の骨を折ったはずのただの一兵卒が、治癒魔法を受けてもいないのに歯を食いしばって立ち上がる。それに気を取られた瞬間、別の方向から脇腹に槍を受けていた。


「ぐおおっ!?」


 苦悶の声を上げた瞬間、闘気を纏った騎士の刀が吸血鬼の心臓を貫く。一瞬身体の内側から炎が溢れたかに見えたが、あっという間に灰となって燃え尽きた。


「ラザック殿が敵将を討ち取ったぞ!」

「おおおっ!」


 その光景に。戦意に。彼らは気圧された。

 吸血鬼化しても痛みはある。痛みを受ければ行動が遅れる。不死性を獲得したと言っても意に介さず行動をするには、イゾルデや側近達のように、もっと「不死の化物としての経験」か、或いは断固たる意志――覚悟が必要だ。吸血鬼として生まれ変わったばかりの彼らは、そのどちらも備えてはいなかった。

 そして高位の吸血鬼ならばいざ知らず、闘気剣など心臓に受けてしまえば成ったばかりの吸血鬼などひとたまりもない。灰となって散るだけだ。


「こ、こいつら――!」

「弓兵共は何をやっているのだ! こいつらを針鼠にしてしまえ! 治癒魔法も間に合わない速度で手傷を負わせてしまえば吸血鬼隊の力で押し切れるだろうが!」


 カハールが喚く。銅鑼を鳴らして合流の合図を出しているが、本隊から離れた別動隊は別動隊で、そんな余裕すら無かった。

 落とし穴からは免れているので壊滅とまではいかないが、空中から飛来する討魔騎士団の攻撃に手も足も出ないのだ。迫ってきたところを弓で応戦しても下方にマジックシールドを展開するものだから貫くこともできない。撃った者から順々に掻っ攫われて、瓦礫の中に叩き込まれてしまう。


 弓兵の数が見る間に減っていく。戦意を失って街中を逃げ惑う私兵達を討魔騎士団が追い回す。攻撃は仕掛けないまでもぶっ倒れるまで追い回して、戦力として使い物にならなくしてしまおうというわけだ。

 隊と隊の分断。指揮系統の寸断。カハールの私兵達は組織立った反攻を行うことさえできずに数を減らしていく。


「うおっ!?」


 カハールの眼前をファリード王の放った矢が掠めていく。地竜から落とされて、レビテーションも使えずに地面に転がる。

 砂埃に塗れて顔を上げたカハールの目の前に、ファリードが立ち塞がった。


「お、おのれ……!」


 既にファリードの手には抜き身の曲刀が。一方、カハールの手にも魔法杖が握られている。

 一歩踏み込めば刀が届く間合い。剣と魔法と。どちらが早いかは――互いの技量が袂を分かつような距離だろう。

 だがカハールは杖を手放し、押し止めるように手の平をファリードに向けた。


「ま、待て! 投降を認めると言ったはずだ! 王が自分の言動を翻すのか!?」

「……それは貴様に付き従う兵卒のことだ。自らの意志で国を乱し、兵を率いた貴様が望めるような話だと思うのか? 一軍の将として杖を取り、立って戦うのだな」

「く、く……!」


 突きつけられた現実にカハールがうめき声を上げ、拳を握りしめる。


「お、王自らが一騎打ちとは、古風なことだな……!」


 そう言ってカハールが地面の杖に左手を伸ばし、膝に右手を当てて、立ち上がろうとするような仕草を見せた――その次の瞬間だった。

 跪いたその姿勢から右手が跳ね上がり、そこから雷撃が放たれていた。隠した手の平に握り込んだマジックサークルから、雷撃を放ったのだ。

 ほとんど同時にファリードも動いていた。カハールの行おうとする行動を予め知っていたかのように、右手の跳ね上がる動きに合わせて踏み込んでいたのだ。


 ファリードの振るった曲刀の軌跡が空間に刻まれる残光となって、闘気の輝きを残している。ファリードは刀を振り抜いた仕草のままで。カハールは魔法を放った格好のままで。背中を向けあったまま固まっていた。


「ぐ、ふ……」


 やがて――カハールが小さく声を漏らし、白目をむいてその場に崩れ落ちる。ファリードは振り返りもせずに言った。


「……貴様は嘘を吐こうとする時、右の眉が上がる癖がある。昔から……信用がおけないと思っていたよ」

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