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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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379 フラムスティードの主

 結界の内側にシリウス号が侵入していく。
 ある場所を境に、空気が変わる。それは夜の空気と言えば良いのか。結界の内側には昼間だというのに薄暗い、廃墟の街並みが広がっていた。

「討魔騎士団、総員出るぞ!」
「はっ! 団長殿!」

 エリオットが率いるは飛竜や地竜に跨った討魔騎士団。甲板から飛び立った彼らを城砦直上の遥か上空――監視の死角になる場所に残す。

 続いてファリード王率いる将兵達が甲板に姿を現した。準備を整えたシリウス号が高度を下げていく。光魔法のフィールドを維持したまま水源の近くに降下させる。
 ……間の悪いことに、水を汲みにカハールの私兵が3人程やって来ていた。荷車に中身の入っていない革袋を乗せている。出陣の準備を始めたのだろう。
 シリウス号の姿は向こうからは見えないが何かしらの異常を感知したらしい。怪訝そうに顔を上げたところで――。

「行くぞ者共ッ!」
「陛下に続けッ!」

 抜刀したファリード王達が真っ先に甲板から飛んだ。レビテーションの魔道具を用いながら甲板を蹴り、光のフィールドを突き破って姿を現す。将兵達がそれに続いた。俺も最初は地上戦に加わる形だ。
 地上戦に加わる面々を降ろすと、再びシリウス号が上昇して行った。

「な、何だッ!?」
「ファ、ファリード王!? 一体どこから……!?」
「邪魔だ!」
「ひっ!?」

 水汲みに出ていた兵達は、突然押し寄せたファリード王の将兵達に対して、ろくに対応もできないまま囲まれ、引きずり倒されて無力化される。
 突然のことに連中もあっという間に抵抗の意志を失ったようだ。2人が倒されると、残った1人も担いでいた革袋を捨てて降伏していた。

 降伏した私兵達を尻目に、兵士達が周囲に展開して水源の制圧完了である。
 命を奪わないのは、別に情けをかけたというわけではない。投降するなら命を助ける、とすることで戦わずして相手の戦力を削るという狙いがあるのだ。ま、偽装の投降も考えられるからその場合はメルンピオスに転移魔法で送られてしまうわけだが。既に宮殿内部の神殿には兵達が待機しているという手筈である。

「捕虜はこちらへ」

 スリープクラウドで意識を奪い、片眼鏡で連中の魔力を見ていく。微小な魔力しか有していないものは魔法封印を省略。土魔法で拘束して手近な民家の中へ放り込む。

「水場を押さえたぞ!!」
「おおおっ!」

 騎士の声に応じるように抜き身の刀を高々と掲げた将兵達の鬨の声が響き渡る。ビリビリと空気を震わせ――それは城砦にまで届いたようだ。
 城砦の見張り達は遠方を見ていたようだが、そこで初めて自分達の足元で異常が起こっていることに気が付いたらしい。

 ファリード王は水場に程近い石材の上にどかっと腰を降ろし、側近の兵達がバハルザードの旗竿を立てた。
 水源を押さえ、そこを本陣としたという意思表示だ。
 光魔法を使って即席の望遠鏡を作り、向こうの動きを監視。見張りの者達の目が見開かれ、慌ただしく動いているのが分かる。

「アシュレイ、水を」
「はいっ!」

 アシュレイがマジックサークルを展開。途端、泉に向かって水路の水が逆流して集まってくる。水位が見る見るうちに増していく。

「ファリード王だと!? 一体どこから現れた!? 見張り共は何をしていたのだ!」

 城砦の最上階付近の窓に、カハールが姿を見せた。
 ファリード王の姿を認めるなり目を丸くして、口角泡を飛ばして喚く。その姿を望遠の魔法で見たファリード王は好戦的な笑みを浮かべ、立ち上がると城砦へ向かって声を張り上げた。

「久しぶりだな、カハール! こそこそと動き回っていたようだが、貴様らの薄汚い企みなど、余は全て承知しておるわ! 飛竜に乗りて、貴様らを成敗しに来たのだ!」

 その声をセラフィナが増幅し、廃墟の家々から城砦に向かって響かせる。ファリード王の声に呼応するように上空から急降下してきたリンドブルム達が姿を見せた。バハルザードの鎧を身に纏った討魔騎士団の面々が高度を落とし、これ見よがしに眼前を横切って見せる。

「ははっ! 見ろ、あの滑稽な顔を!」
「陛下のお姿に恐れをなしたと見える!」

 将兵達がカハールを指差して笑えば、その顔が怒りに赤くなっていった。

「おっ、おのれ下郎共が……! い、いや待て。あ、あれは何だ。一体何をしている? み、水……!? 水を集めているのか!?」

 カハールが状況を理解した時には既に水路の水が枯渇した時だった。
 集めた水が再び城砦側に向かわないようにと、ライオネルが土魔法で水路を堰き止めていく。それを見たカハールの顔が、今度は赤から青に変わっていく。そして振り返り、周囲の者達に怒鳴った。

「ええい、貴様ら何を呆けている! あの程度の手勢、一息に揉み潰せ! 今すぐ私の前にファリードの首を持って来い!!」

 カハールの一喝を受けた私兵達が弾かれたように動き出した。
 元々出撃の準備を進めていたからというのもあるのだろう。すぐに城砦の門が開き、中から駱駝や馬に乗った騎士やら歩兵やらが姿を現す。飛竜が近付いたら撃ち落とすつもりなのか、城砦の高所にある窓にバリスタが用意される。

「何やら面倒なことになっているようではないか。もたもたしていると増援がやってくるぞ。いや……伏兵もあるかも知れんな? 我等も手を貸してやろうか?」

 と、そこで部屋に姿を現したイゾルデが、薄笑みを浮かべてカハールに言った。

「あ、あの程度の手勢、すぐにでも叩き潰して御覧に入れましょう! ですから、イゾルデ殿はどうかそのままで……! あなた方の存在は秘するべきと仰っていたではありませんか!」
「確かにそれが望ましいのだが、貴様の采配に1つ不満があるのだよ」
「と、申されますと……?」
「貴様はここで何をしているのかと思ってな。状況が飲み込めぬのなら一から説明してやろうか? 後方でふんぞり返っている余裕があるとでも? 篭れぬ城砦に、意味などあるものかよ」
「そっ、それは……」

 言い澱むカハールに、イゾルデは牙を剥いて三日月のような笑みを浮かべる。

「我等はな。バハルザードの王家に血縁を持つ、その血筋が統治に都合が良いと見込んで都を追われたお前と手を組むことにしたのだ。だが……余り醜態を晒せば、我が主も愛想を尽かさないとも限らんぞ?」
「む、無論ですとも! わ、私自ら出陣し、連中を下して御覧に入れましょう!」
「……貴様らの手に負えぬと判断すれば、我等も打って出る。精々手の内を引き出して見せろ。ああしてファリード王自らが姿を現した以上、他にも何か、隠された札があるかも知れんからな」
「は、はいっ!」

 なるほど……。言葉通りに打って出るつもりなのか、カハール達を見捨てて逃げるつもりなのかまでは分からないが、こちらの戦力や手札を見る捨て石に使うつもりか。
 カハールは出てきたところを潰せばいいが……吸血鬼達の動向は監視しておくべきだな。
 そして、吸血鬼達が逃げるという選択を取らない程度に加減しておく必要がある。少しだけ手の内を晒してカハール達を圧倒しつつも、吸血鬼達にとっては問題にならない相手だと思わせ、上手く戦いの舞台に乗せるのだ。

「空中戦装備は吸血鬼が出てくるまで使わないように。レビテーションぐらいなら大丈夫かな」

 と、みんなに今のやり取りを伝えつつ、通信機を用いて上空に待機しているエリオットにも今の状況を通達する。

「尻に火が点いて自ら出てきたか。せっつかれるまで動こうとしないとは、情けのない」

 そうこうしている間に、地竜に跨ったカハールが城砦の門のところに姿を見せた。その姿を見たファリード王がつまらなさそうに言う。
 カハールのその出で立ちはターバンにマント。それに魔法杖というものだ。陣頭指揮を取れとイゾルデが言った理由がこれだろう。カハールの人格や政治的手腕はともかく、魔術師であるが故に、戦力の一角として数えられるわけだ。
 カハールは何事か私兵達に指示を飛ばしている。兵の動きは上空に待機させたバロールが見ている。本来なら廃墟の街並みが邪魔になって見えないはずの兵の動きを、盤上の駒の動きを見るようにして把握する。
 それをそのまま土魔法で縮小模型を作り、再現していった。

「これは……分かりやすいな」
「敵は部隊を3つに分けるようですね。大通りからカハール率いる本隊が。分隊が通りを迂回し……3方向から攻撃を仕掛けるつもりのようです。どうやら左右から来る部隊に弓兵を振り分けたようですね」
「こちらが水辺を本陣として、動かないと踏んでのことか。人数で勝る故の包囲と、射撃。まずまず有効な策ではあるが――」
「アシュレイと共に迂回路を封鎖します。敵方が来るとしたら、この通りと、この通り。それからここですね。ここを通行不能にすれば……弓兵は敵本隊に後方から合流せざるを得ません」
「なるほど……弓を使う機会を奪うわけか」
「その間に、ライオネル卿は大通りに多勢が役立たないような隘路を作っておいてもらえると助かります」
「承知しました」

 これは単なる土壁なり石壁なりで充分だろう。

「それじゃ、手分けして終わらせよう。終わって本陣に戻ったら、演技を忘れずに」
「分かりました」
「そうね。では」

 アシュレイとローズマリーがレビテーションを用いた大跳躍で移動する。
 俺も所定の場所までレビテーションを使って移動。土魔法で通りに大きな穴を開け、穴を掘った分で壁を作って進軍を不可能にする。アシュレイは氷壁を作って通りを塞ぎ、ローズマリーは魔力糸で家々の間に障害物を配置し、通行不可能な状態を構築していく。

 城砦上方から見ればこちらのやっていることは一目瞭然なのだろうが、既に街中に降りているカハール達には分からないし、それを目にしているはずのイゾルデも動かない。
 吸血鬼達は宣言通り、こちらの手並みを見るためにカハールに手を貸すつもりはないようだ。
 見捨てるか助けに入るか。天秤にかけているのだろう。だから、吸血鬼に対抗できそうな戦力は竜騎士達だけと思わせる。

 そうこうしている間に、盾と槍を構えた兵士が大通りを横一列に並んで進んできた。正面は槍衾で寄せ付けず、足止めしたところを左右から弓を射掛けようという作戦なわけだ。だが、その進軍が鈍る。隘路であるために足を止めざるを得ない。先頭が立ち止まれば全軍の動きが滞る。
 真正面から大軍を見据え、ファリード王が大喝した。

「今すぐ大人しく武器を捨てて投降するならば、バハルザード国王の名にかけて命だけは助けてやろう! カハールをこちらに差し出すがいい!」
「黙れ、簒奪者が! 誰が貴様などを王と認めるものか!」
「――そうか。では、こちらも遠慮なく叩き潰させてもらうとしよう」

 ファリード王が振り返り、俺を見て頷く。
 ラザックなどはかなりの覚悟をしていたようだが……吸血鬼達が同時に来ないというのなら、こちらも好き勝手させてもらうまでだ。
 はっきり言って、カハールの私兵、その残党程度を叩き潰すのに、こちらに被害を出すつもりはない。
 カハールは――マジックサークルを展開し、飛竜が降りてきたら竜巻の魔法を浴びせるつもりのようだ。だから、それどころではない、という状態にしてしまおう。

「では、始めましょうか」

 マジックサークルを展開。土魔法と木魔法で即席の投石器を作る。土台に固定されたスプーンの形をした木が、丈夫な蔓に引かれてたわむ。発射するのはそのへんの家屋の瓦礫だ。ライオネルが作ったゴーレム達が、次々とスプーンに瓦礫を乗せる。
 そして――その蔓をファリード王の側近が刀で断ち切る。

 勢いよく跳ね上がる投石機。放物線を描いて瓦礫が空を舞う。日干し煉瓦や木材やらが敵方の頭上に降り注いだ。

「ぎっ!?」
「ぐああっ!?」

 敵軍の後方から悲鳴が巻き起こる。鎧兜を身に着けているから、そうそう簡単には死にはしないだろうが、無事で済むものでもない。

「次!」

 マジックサークルが閃くと、蔦が伸びて投石機が引き絞られる。両手いっぱいに瓦礫を抱えたゴーレム達がスプーンの上に乗せる。蔦を断ち切り、先程の光景が再び繰り返された。次弾は角度を変えて、着弾地点に変化をつけている。

「次!」

 三度同じ光景が展開された。角度を変えて放たれた瓦礫の雨は今度はカハールの頭上に降り注ぐ。

「うおおおっ!?」

 カハールが叫びながら飛竜に対する備えであるはずの竜巻の魔法を発動させた。強風に煽られて瓦礫が四方に散った。カハールは無事だが周囲に被害が広がる。
 魔法を、使ったな? それを見計らったかのようにエリオットの号令一下、高空から飛竜達が降下してくる。馬や駱駝に跨っていた指揮官クラスの面々を、頭上から掻っ攫っていった。リンドブルムもそれに参加している。

 悲鳴を上げる指揮官達を勢いをつけて廃墟となった家の中や、迂回路を探していた弓兵達の頭上に投げ捨てて離脱。今度は瓦礫をその足で引っ掴み、弓兵の直上からそれを雨あられと降らせる。

「な、何だこれは!?」
「お、おのれ卑怯な! まともに戦うこともできぬのか!?」

 どの口で言うのか。カハールが喚いたが、ファリード王はどこ吹く風だ。

「余の行いは外道の討伐だ。戦士として扱われたいと言うには、些か遅きに失するのではないかな? ――さあ、次だ!」
「うわあああっ!」
「だ、駄目だ! 逃げろ! 砦まで戻るんだ!」
「ひいいっ!?」
「き、貴様ら! 逃げるな! 踏みとどまって戦うのだ! 数では勝っているのだぞ!」

 四度目の投石を待たずして、カハールの引き連れてきた手勢が恐れを成して潰走していく。もみ合いへし合い。転んで踏まれる者、押し潰されるように廃墟の瓦礫に突っ込む者。大変な有様だ。人波に揉まれて動けないカハールが杖を振りかざして喚くが、その命令に耳を傾ける者はいない。

「お、おのれ! 覚えておれ!」

 結局最後尾になってしまったカハールが周囲を見回して、地竜を回頭させて逃げていく。
 城砦まで逃げれば安全だと思っているのであれば、それは甘い。兵士達が砦の中に逃げ込もうと門の前まで来たところで――突然足場が崩れ落ちた。瓦礫の中に私兵達の大半が落ちていく。

 落とし穴の側面に掘られた横穴から顔を覗かせたコルリスが、自分の使っていた穴を結晶で塞ぎながら後退していくのが見えた。地下に空洞を作り、天井を支える支柱だけを残しておき――上にカハールの手勢の大半が乗ったところで柱を破壊して崩落させる、という寸法である。シリウス号に乗っているステファニア姫が最も効果的なタイミングで合図を送るというわけだ。

 それを目にしていたイゾルデが驚愕の表情を浮かべてから舌打ちした。地下からの秘密裏の脱出は経路として適さないということを悟ったらしい。
 隘路を形作っていた土のバリケードがライオネルによって取り払われる。騎乗したファリード王が刀を振り翳して号令を下した。

「全軍追撃ッ!」
「おおおおっ!」

 ファリード王と将兵達が雄叫びを上げながら追撃に移る。
 今の落とし穴でカハールの手勢は大半が戦闘不能だ。指揮官クラスも真っ先に潰され、命令系統も混乱の只中にある。
 既に頭数で言うのなら、ファリード王の引き連れる将兵達のほうが勝っているだろう。

 そんな彼らを尻目に――俺は地面にへたり込むように膝をついた。本陣に戻ってきていたアシュレイとローズマリーも肩で息をしている。
 魔力切れ……の演技だ。吸血鬼達には何が何でも舞台に上がってもらう。

 必死の形相で街中を逃げ回るカハールを、騎乗したファリード王が追い回す。
 水の確保もできていないというのに、街の外に逃げ出そうとして門を叩く私兵達。だが、封鎖された門は破城鎚でも持ってこなければ開かない。

「無駄だ! 外に通じる門は全て塞いである! 雌雄を決するまで俺も貴様らも、この街を出ることは叶わんぞ!」

 その光景を――イゾルデも、その背後に控える吸血鬼達も見ていた。
 そう。袋の鼠という奴だ。魔術師達は魔力切れ。大がかりな仕掛けもあった。竜騎士達さえいなければ吸血鬼達に対抗する戦力はなく、地上も地下も逃げることはできない。
 後は、地上の兵力を吸血鬼達がどう見るかだろう。
 吸血鬼達にしてみれば自分達の情報を掴んでいるのかどうかが明確ではなく、できるならば逃亡生活などもしたくはないはずだ。

「――行くぞ、お前達」

 イゾルデが言った。

「イゾルデ様……」
「いっそファリード王を取り込んでしまうほうが早かろう。奴らも逃げられないというのならば、飛竜どもさえ落としてしまえば我らの勝ちに等しい」

 ファリード王やその将兵を吸血してしまうことでバハルザードそのものを乗っ取れる。計画の続行のために勝負に出る価値は十分にある。イゾルデのその背中に、蝙蝠の羽が生える。

「私はファリード王を押さえる。お前達は飛竜を」
「御意」

 そう言ってイゾルデ達が飛び立つ。変身能力を有する吸血鬼がイゾルデも含めて――全部で5人。
 猛烈な勢いでイゾルデがファリード王に迫る。そこに――。

「何っ!?」

 遥か高空から紫色の雷光が落ちるように一条の光が奔った。闘気を纏った斧の輝きがイゾルデの眼前の空間を引き裂く。
 他の吸血鬼達のところにもそれぞれ、シーラ達が足止めに回っている。演技をしていた俺達も既に動いていた。

「あなたの相手は、私です」

 イゾルデの行く手を遮るように空中に踏み留まる――それは赤い瞳を煌めかせるグレイスの姿。

「貴様……貴様は――!?」

 イゾルデは――グレイスの姿を認めると目を丸く見開く。

「その反応。私の父と母を知っていますね?」
「……そう……か。貴様か。裏切り者の娘……! ああ、知っているとも! 母親によく似ているな!」

 イゾルデの驚愕の表情が、やがて壊れたような笑みに変わる。その言葉に、グレイスにも喜悦の笑みが浮かんだ。赤く輝く瞳を細めて、イゾルデを見据える。

「なるほど。生き延びて私達を追ってきたか。ククク。私もな、貴様の父親に直系の眷属を殺されているのだ。主の見ている今ここで、あの時果たせなかった仕事を完遂させるとしよう!」

 つまり、刺客を差し向けたのはイゾルデというわけだ。主の命を受けたか独断かは分からないが、実動部隊を動かした張本人ということになる。

「――実に面白い。あの娘が生き永らえて、私を殺しに来るとはな」

 静かな声が響いた。城砦の上階。その一角に長身痩躯の男が姿を見せる。銀色の髪と青白い肌。唇の端から覗く牙。
 何より特徴的なのは――その身体に鮮血を思わせる色のオーラを纏っていることだ。
 他の吸血鬼達とは一線を画する、圧倒的な魔力を宿していた。イゾルデすら比較にならないほどだ。
 ……一目で分かる。こいつが報告書にあったフラムスティード伯爵家の吸血鬼。オーガスト=フラムスティードか。

「グレイス。あいつは俺が相手をする。グレイスの敵は俺の敵だ」
「……はい。御武運を」

 グレイスは俺を見て、吸血鬼達のそれとは違う穏やかな笑みを向けてくる。それも一瞬。イゾルデに向き直った時には、その眼差しが冷たいものになっていた。
 俺はオーガストを見やる。オーガストもまた、俺を見て笑みを浮かべていた。
 グレイスの表情に何かを感じたのか。どうやら俺に興味が移ったようだな。
 望むところだ。では――戦闘開始と行こうか。
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