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299 巫女の継承

「こちらでございます。すぐそこにいますので、何かありましたらお声をかけてください」

「ありがとうございます」


 兵士に礼を言って、鉄格子の中を覗き込む。


「おっ、お前!? ――ぎっ、ぐうぅッ!」


 顔を合わせるなり、ヴォルハイムは弾かれたように粗末な寝床から飛び起きようとした。だが俺との戦いで受けた傷が瘴気侵食のせいで癒えていないのだろう。激痛が走ったらしく腹を押さえて悶えている。


 ヴォルハイムならザディアスに比べて怪我の度合いもまだ軽いと聞いていたから面会を希望してみたが……何と言えば良いのか。ヴォルハイムでこれならザディアスには確かに顔を合わせないほうが良いのだろうな。ザディアス共々俺のことがトラウマになっているようだが、この反応は挨拶に困るというか。


「お前はザディアスと違って、多少は会話も可能と聞いてきたんだが」

「な、何を話せというのだ……! 話すことなど何もない……!」


 ヴォルハイムは額に脂汗を浮かばせ、顔を顰めながらそんなことを言う。目の下に隈ができているな。痛みでろくに眠れていないというところか。

 ザディアスもヴォルハイムも、言葉を交わせる程度まで回復はしたが本格的な尋問というのはまだ行えていないそうだ。怪我のダメージが案外大きく、衰弱した状態では本腰を入れられないそうで、もう少々の怪我と体力の回復を待っているだとか。それでもこうしてある程度の情報を引き出せているのだからこちらとしては文句もないが。


「ザディアスが魔人に渡した古の鍵について知っていることは? 鍵はアルヴェリンデとの取引に使って、ベリオンドーラにいる魔人達に渡ったということで合っているのか?」

「お、お前……」


 こちらが知っていることを直球でぶつけてやると、ヴォルハイムは口をぱくぱくとさせた。……この反応。


「ある程度ザディアスのやっていたことも知っているみたいだな。取り調べが本格化する前に話すほうが正解だと思うが」


 俺が言うと、ヴォルハイムは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたが、やがて力のない声で零す。


「……鍵の使い道は……知らない。王家の管理するべき鍵だと言われていたようだから、ベリオンドーラ王城で使う鍵ではないのか」


 ふむ。やらかしたことの大きさを考えると魔法審問に魔法薬ぐらいは普通に用意されるだろうからな。黙っていても意味がないことぐらいは分かっているのだろう。


「アルヴェリンデが求めてきたから、用途は不明だが渡したと」

「……れ、連中の使う飛行術を術式化するには必要なことだったのだ。解析し、再現することができれば、いずれ対抗することだってできたはず。わ、我々はいずれ連中を凌駕していたはずなのだ……!」


 ……取引の内容はこれか。俺の批難に対するヴォルハイムのそれは、明るみに出てしまったからの言い訳にも聞こえる。

 とはいえ、ザディアスと魔人は協力関係にあったが……いずれ魔人と協力する意味が無くなれば裏切って排除することも視野に入れていたのだろう。ヴォルハイムの研究から対抗術を組み上げると考えているのは、こちらも同じではあるが……仮に飛行術1つ封じた程度で勝てる相手だとは思わない。


 それは空が飛べるなら魔人に勝てると主張するのと同じことだからだ。研究者として見れば吊り下げられた餌はさぞ美味そうに見えたのだろうが、見通しが甘い。


「鍵が魔人の盟主を蘇らせることや、もっと最悪の事態に繋がるかも知れないってのに、よくもまあそんなことを言えたもんだな」

「魔人の、盟主だと……?」


 ヴォルハイムは怪訝そうな面持ちになる。


「これは知らなかったか? いずれにせよ、アルヴェリンデ一派がベリオンドーラに集まっているということで、間違いなさそうだな」


 そしてここまでは、今までの情報である程度分かっていたことの確認に過ぎない。俺としては……もう1つ聞いておかなければならないことがある。


「――もう1点、聞きたいことがある」

「な、何だ?」


 俺の声色が少し変わったことを察したか、ヴォルハイムはやや上擦った声で答えた。


「母さんの情報を、お前らはどこから得た?」


 ジルボルト侯爵に命令して母さんの居場所であったガートナー伯爵領の調査に来た。そこまではいい。だが命令を下したザディアス達は、その情報をどこから得たのか。

 それも随分と中途半端な情報だ。ザディアスらはずっと母さんの行方を探していたのだから、時系列としては最近になって知ったから工作部隊を派遣したということになるのだろうが……そうなると俺や父さんのことが情報から抜け落ちていた点が気になる。


 ならば、そもそもの情報をどこからどうやって仕入れたのか。黒騎士が先に調べていたとして、最近になって母さんの情報を得たとするなら……もっと母さんの周囲について知っていてもおかしくはないはずなのに。


「そ、それは……」

「先に言っておく。他のことならばまだしも、この件について下らない嘘を吐いていると判断したなら、怪我人であれ容赦しない」


 俺の言葉に、ヴォルハイムが目を見開く。


「……あ、あの魔人の女からだ。独自の情報網があると取引を持ち出してきたから、封印の巫女の居場所を知らないかと聞いたら……その巫女なら既に亡くなっているはずだと……」

「――それは」

「ほ、本当だ。封印の巫女の契約が途切れた時期と、死睡の王と呼ばれる魔人がヴェルドガルの一地方で暴れた時期が一致すると……奴はそう言っていた。だ、だから……!」


 ……そうか。

 死睡の王がベリオンドーラの魔人達の間でどんな位置づけなのか、直接繋がっているのかいないのかまでは分からないが……。母さんが亡くなることで盟主の封印に関わる何かに影響が出たのだろう。


 だからアルヴェリンデ達は母さんの居場所と、その経緯を遠隔でも知り得る手段があったのだ。

 しかし魔人達の持っていた情報では……母さんの肩書きと、その居場所ぐらいまでしか知り得なかったということになる。


 では。魔人達はどこまで知っていたのか。封印の巫女が魔人達にとって邪魔な存在であったとして、母さんを最初から目的としていたなら……死睡の王が自分を誇示して暴れるのは不利益しか生まなかっただろう。

 魔人達が母さんのことを知ったのは6年前の、あの事件の後ということになる。あの遭遇は偶発的なもの――だろうか。

 ……そうであっても、連中は6年前の事件を切っ掛けにこれ幸いと行動を開始したということだ。


「な、何を、笑って……?」

「――お前らは、運が良かったな」


 もしも母さんのことを魔人に売っていて、その結果としてああなったというのなら、ザディアスやヴォルハイムへの対応も違っている。

 俺から聞くべきこと、知りたかったことは聞いた。目を丸くしているヴォルハイムを一瞥して地下牢を後にした。




「……ザディアスらめ。本当にろくなことをせん」


 貴賓室に戻り、ヴォルハイムとの会話で分かったことを皆に伝えると、エベルバート王がかぶりを振った。


「封印の巫女は儀式を経て四方を守護する……だったわね」


 話を聞いたローズマリーが眉根を寄せて言う。


「この儀式による四方の守護というのは――アルヴェリンデの言う、契約と同じものと見るべきかもね」


 クラウディアの言葉にグレイスが頷いた。


「瘴珠も4つ。封印も4つと考えれば……符合しますね」


 ヴェルドガルもそうだが……ベリオンドーラとシルヴァトリアも魔人との戦いや年代経過によって情報が途絶してしまっていたりする。

 封印の巫女を置く意味。それが盟主の封印に直結しているなら……。


「契約が途切れたことで瘴珠が解放されたんじゃないかって、俺は見ている」

「それは……封印周りに状況の変化はないということでもあるはずです」

「そうだな。封印だけに関して言うならこっちの知っている情報から悪化したわけじゃない。鍵については追跡調査が必要だけれど……」


 そう答えると、アシュレイは顔を上げ、真っ直ぐに俺を見て頷く。


「瘴珠が解放されてしまった後じゃ、後手に回っているかも知れない。けれど、もし封印を新しく作り直すことができるなら……意味も出てくる」


 封印の巫女については新しく長老達の娘が立てられるそうで、先日の満月の晩に儀式を済ませたはずだと言っていた。ヴィネスドーラの安全が確認されたのでジークムント老とヴァレンティナはイグニスやラヴィーネと共に学連に向かった。何か巫女のことで問題が出ていれば、すぐに戻ってくるだろう。


 と、言っている間に2人も戻ってきたようだ。文官が扉をノックして言う。


「ジークムント様とヴァレンティナ様がお戻りになりました」

「うむ。こちらに通すように」


 エベルバート王が促すと、すぐにジークムント老とヴァレンティナが貴賓室にやってくる。もう1人、少女を伴っていたが……何やら浮かない面持ちだ。


「その方が?」

「うむ。紹介しよう。新しく封印の巫女として選ばれたシャルロッテ=オルグランじゃ」

「ご紹介に与りました、シャルロッテ=オルグランと申します」


 少女は一礼する。年代としては母さんが出奔してから生まれた子供ということになるが。前に記憶を解放した時はあの中にいなかったようだけれど。


「はじめまして。テオドール=ガートナーと申します」


 何はともあれ、まずは自己紹介を済ませてしまおう。各々、シャルロッテに名を名乗る。マルレーンも俺から紹介する。マルレーンはスカートの裾を摘まんで静かに一礼した。


「シャルロッテについては、儂らの軟禁生活の間に生まれた子でな。ヴォルハイムらも長老家の血統を絶やすのは拙いと思ったのか、記憶を失う前の、互いの関係については儂らにありのままを伝えたからのう。正真正銘、オルグラン家のお嬢さんに相違ない」


 なるほど。

 ヴォルハイムらは長老家の面々……特に子供には魔法の指導もしていたそうだが……シャルロッテは「記憶を失っていると言っても罪人でないのだから、もっと自由を与えるべきだ」と直談判して、ヴォルハイムらから煙たがられたという経緯がある、とのことだった。

 今までは記憶の封印を解除するために賢者の学連で研究に加わっていたらしい。言うならばザディアスは肉親の情を利用して、才能があるであろう長老の娘にも協力させていたわけだが……この様子を見るとあの2人は子供達にも反感を買っていたのだろう。

 ともあれ長老達が時間をかけて選定したのだ。人選に間違いはないだろう。


「……けれど、ジークムントお爺様。きっと私には巫女としての才能がないの。先日の満月の儀式は……失敗してしまったし」


 ……浮かない表情の理由はこれか。


「お主達にそれを伝えに、戻ってきたのじゃよ。資料を集めてくる予定だったのじゃが……」

「才能の問題ではないかも知れませんよ」


 俺の言葉にシャルロッテの意外そうな視線が向けられた。

 先程みんなに話したヴォルハイムとのやり取りで分かったことを、もう一度伝える。


「――それじゃあ……封印が解かれてしまったから、私の契約が上手くいかなかったと?」

「僕はそう見ていますが……契約の継続が難しくても、これから先のことを考えれば封印術を継承することに意味がないとも思いません。一度築いた封印なのだから、また作ることもできるはず」


 その時に、必要になる技術だ。


「そして魔人がその邪魔をするのなら、力尽くで叩き潰して道を切り開きます」


 今までと何も変わらない。連中と戦う理由が増えただけだ。

 そう言い切ると、シャルロッテは少し呆気に取られていたようだが、やがて俺に向かって深々と頭を下げた。


「どうか……よろしくお願いします。未熟ではありますが、私も精一杯頑張りますから」

「こちらこそ」


 そう言って、俺はシャルロッテと握手を交わした。

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