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279 戦いの記憶

「今日は大勢で押しかけて済まなかったな」

「いいえ。それでは、お休みなさいませ」

「うむ。ではな」

「今日はありがとう」


 玄関先までメルヴィン王やステファニア姫達を見送りに行く。挨拶を交わし馬車に乗り込む。


「では、大使殿。我らもこれで失礼します」

「はい。道中お気をつけて」


 ミルドレッドとメルセディアとも言葉を交わす。そうして、メルヴィン王達は王城へと戻っていった。

 静かな夜だった。今まで賑やかだった名残りがあるのか、余計にそう思う。馬の蹄と車輪の音が小さくなっていくと、後には月明かりに照らされる夜の街だけが残される。


 さて、エリオットとジークムント老、ヴァレンティナは宿泊である。まずエリオット達を客室に案内しよう。


「この魔道具で、室温を上げたり下げたりと、調整できます」


 と、客室にある魔道具の機能と使い方を宿泊する面々にもう一度説明しておく。


「分かりました」

「お風呂が沸いたら使用人が呼びに来るかと思います。それほど時間はかからないと思いますので、ゆっくりしていてください」

「ありがとうございます。ではしばらく寛がせていただきます」


 エリオットが頷く。


「おやすみなさい、エリオット兄様」

「おやすみ、アシュレイ。それでは、テオドール殿」

「はい。おやすみなさい」


 エリオットは就寝前の挨拶を交わし、穏やかな笑みを浮かべると扉を閉じる。

 続いてヴァレンティナを部屋に案内する。


「私はあまり学連から外に出たことが無いから、テオドール君の家というのは安心できるかなと思うの」


 ヴァレンティナは微笑みを浮かべるとそんなことを言う。

 確かに、そうだな。ヴァレンティナは記憶封印の頃は子供だったはずだし、色々と翻弄されてしまって大変だろうなとは思うのだが……嫌な顔1つしない。

 長老達の一族として幾つかの魔法を受け継いでいるそうで……だからこそ部外者でいることはできなかったのだろう。


 目覚めてすぐにジークムント老の補佐をしようと努めているあたり、柔らかい雰囲気からは想像するよりは、ずっと強い意志を持っているんだろうな。母さんと親しくしていただけのことはあると思う。


「……タームウィルズ滞在中は、遠慮なくこの家に泊まっていただいて構いませんよ。何かありましたら言ってください。お風呂に関してもすぐ準備できると思います」

「ありがとう。良い部屋だから、ゆっくり休めると思うわ」


 ヴァレンティナの言葉が少しくすぐったくて苦笑する。


「ありがとうございます。では、おやすみなさい」

「ええ、おやすみなさい」


 ヴァレンティナと挨拶をかわし、それからジークムント老の部屋へ。


「すまぬな。厄介になる」

「いいえ、お祖父さん」


 ジークムント老も笑みを浮かべたが、ふと真剣な面持ちになった。


「……その、お主の父親の件じゃが……」

「はい」


 明日か明後日には父さんが到着するという話は伝えた。ジークムント老としては父さんに対して複雑な心境なのは想像に難くない。母さんを助けてやれなかったのかと責めたい気持ちもあり、自責の念もあるのだろう。

 俺としては……2人の関係が悪くなるのは見たくないな。何をどうすれば良かったのかという答えは出ないけれど……父さんのせいでも、長老達のせいでもないと、俺の立場からなら言える。


「6年前のあの時はきっと……他の誰がいてもどうにもならなかったと思います。僕があの時に循環錬気を使えていたら、戦えていたらと。そう思う時もありますが」

「……それこそ無理な話じゃな。今のお主ですら望外であるというに。いや……それがあったからこそ今があるのかの」


 今の俺か。自分がこうなった理由は分からないが、今の俺が迷宮に潜ったり、自分の力を蓄えようとしている理由は間違いなくそこにあるとは言える。


「どう……でしょうか。ただ、ずっと強くなりたいと思っていました。今でもそうです。魔人と戦えるだけの力があることは嬉しいと、そう思っていますよ」

「……そうか」

「はい。タームウィルズから戻ってきた父さんは随分と悲しんでいました。だから僕は、父さんを責めようとは思いません」


 父さんのあの表情や、墓前で涙を落とした……あの、姿を憶えている。


「……その話は、憶えておこう」

「勿論、お祖父さん達のせいでもありませんよ」


 俺の言葉に、ジークムント老は少し驚いたような表情を浮かべる。

 そう……。その話が無ければ今の俺やグレイスもいなかったはずなんだ。


「どうか、ご自分を責めないでください」


 ジークムント老はしばらく俺を見ていたが、静かに頷く。


「……分かった。じゃが、1つ聞かせてくれぬか。パトリシアは……いったい、何と戦ったのかについてじゃな」


 ヴェルドガルを死睡の王が襲撃した話はある程度有名だが……その頃には長老達は外界の情報から隔絶されていただろうか。


「死睡の王と呼ばれた病をばらまいて歩いた魔人です。……ご存知ですか?」

「死睡……病の魔人とな」


 高熱と昏睡と、衰弱。緩やかに、しかし確実に死を齎す病。だから奴の二つ名は死睡だ。


「魔人は……人間側から二つ名を与えられると、好んで己の名乗りにそれを使うそうですね。悪名がその後の自分の糧になるのを知っているからと」

「うむ。一度暴れた強力な魔人は、それ故に活動が沈静化しやすい。故に人間達もそれを語り継ごうとする。じゃが、そやつは違うな。眠りの死病を撒く魔人については随分と古くから知られているが、名を明かさないという。己の名を名乗らず、殺すことを愉しむ邪悪なる者だからと聞く」


 そうだ。だから奴の名は判明せず、ただ死睡の王となる。

 古参でありながら人間に名を名乗らず、餓えれば気まぐれに殺して回る。それ故に恐れを込めて王と呼ばれる魔人。


「あいつは近隣の国でも暴れた後、ヴェルドガル国内にも突然現れて……あちこちに病をばら撒き……やがてシルン男爵領を横切り、ガートナー伯爵領へとやってきました。タームウィルズを避けたのは、それが奴にとって、後で糧になるからなのでしょう」

「……じゃろうな」


 残された人々の、恐怖や嘆きや悲しみが大きければ大きいほど、それは魔人の糧になる。だからあいつはタームウィルズを避けたのだろうと思う。都市部の人間が生きていれば、彼らの感情がそっくり奴の糧になるはずだったからだ。

 事実、他の国でも都市部には被害を出さず、襲撃を受けた場所でも死睡の王のことを語り伝えるために生存者を残していた節がある。

 歴史の中でも魔人との戦いは長きに渡るが、人間に比べて圧倒的に優れた力を持ちながら人間が滅ぼされなかった理由も、そこにあるのだろう。


「そしてパトリシアがそれを倒した、か」

「はい。シルン男爵領から逃げてきた人がいました。母さんはその人物から経緯を聞き……奴に立ち向かいました」


 シルン男爵領から逃げてきた人の話を受けて、母さんが迎撃したわけだ。ガートナー伯爵領に居合わせた冒険者達も、死睡の王と戦うのに協力してくれた。


 錬金術で作った翼で母さんは飛んだ。転移魔法で、封印術で、持てる術の全てを駆使して、伯爵領の空の上で魔人と戦った。光芒と暗黒の交叉。弾ける火花。巨大なマジックサークル。無数のマジックスレイブ。炎と雷。爆発と轟音。

 それを……グレイスと共に、ずっと見ていた。


 杖から伸びた光の刃で魔人の首を刎ねた――あの光景を忘れない。塵と化して四散する魔人と、至近から瘴気を浴びて、雪の上に落ちていく母さんの姿と――。

 あの時の戦いとその顛末を語ると、ジークムント老は大きく息を吐いた。


「……勇敢であったのだな。パトリシアは」

「――はい」


 ジークムント老は目を細めて寂しそうに笑うと頷く。


「……ならば、儂はお主の父親を責めたりはせぬよ。パトリシアはお主と、お主の婚約者であるグレイス嬢を見事に守ったのじゃろう? 我が一族と、その祖の志を貫き、大切な物を守り通した。父親として誇りにすべき娘じゃ。その結果を誰かのせいにしてはパトリシアの想いまで貶めてしまう」

「そう、かも知れません」


 ジークムント老に笑みを返す。


「お主も疲れているであろうに、長々とした話に付き合わせてしまって済まなんだな」

「いいえ。ですが僕も今日はゆっくり休ませてもらおうかと思います」

「うむ。では、明日な」

「はい。また明日」


 ジークムント老の部屋の扉が閉じられる。


「テオ……」


 グレイスの、声。


「ごめん。思い出させるようなこと言ったかな」


 そう答えると、グレイスに抱き締められる。


「いいえ。辛い記憶ですけど、忘れたくはありません。誇りに思ってくれる人がいるというのは……嬉しいです」

「……うん。そうだな」


 グレイスとしばらく抱擁し合って。それからゆっくりと離れる。


「リサ様のその戦いのお話は、私もずっと支えにしてきました」

「うん。アシュレイ」


 アシュレイを抱き寄せる。胸に頬を埋めるように寄り添うアシュレイ。


「テオドール。元気、出してね」


 鈴の鳴るような声でそう言って。俺を見上げるマルレーンを抱きしめて答える。


「……うん。大丈夫」


 アシュレイとマルレーン。2人の温かさと鼓動を感じる。2人と離れると、今度はクラウディアから俺の頭を抱くように抱き寄せられた。


「――彼女が満月の迷宮に来た時のことは、少し憶えているわ」


 そのままクラウディアが言う。


「……母さんを見たんだ」

「多分ね。私はその時、名前も知らなかったし、言葉も交わさなかったけれど。今にして思うとそうかなと思うの」


 冒険者ギルド長のアウリアの話の中に、母さんが満月の迷宮に、冒険者を助けに行ったという話があったっけ。


「異常を察知して見に行った時、彼女は魔物と戦っていたわ。迷い込んだ者を助けに来たのは分かったから、私も少しの間だけ魔物を抑えたりしてね」

「そうか……。ありがとう」


 礼を言うとクラウディアは微笑み、腕の力を緩める。

 それから、ローズマリーを抱き寄せる。ローズマリーは少し戸惑ったような反応を見せたが、そのまま身を任せ、こちらの首に手を回してきた。


「……わたくしは、あまり立派なことを言える立場でもないけれど。王族として生まれた身として言わせてもらえるなら、尊敬に値する人物だと思うわ」


 王族としてか。ローズマリーの言葉としては、最大限の賛辞なのだろうと思う。


「そうかな。やり方はともかく、マリーが女王になった後なら、それはそれで、しっかり務めたんじゃないかなって思うけどね」

「そう? テオドールがそう言ってくれるのは嬉しいわね」


 ローズマリーは小さく笑ったようだった。

 俺からゆっくりと離れたその時にはもう、羽扇で口元を隠していて表情は分からなかったが。


「……ん。それじゃあ、俺達もゆっくり休もうか」


 振り返り、シーラとイルムヒルト、セラフィナにも笑みを向けて頷くと、彼女達もまた笑みを返してくれた。

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