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263 古き血統の魔術師達

 母さんのことを……知っている人。

 いる、とは思っていたけれど。


「……多分、そうだと思います」

「多分?」


 俺を抱きしめたまま、その人は穏やかな声で尋ねてくる。


「母さんはリサと名乗っていましたから」

「そう……。お母さんから昔のこと、聞かされていないのね」


 俺が頷くと彼女はゆっくりと離れる。離れ際、その表情に一瞬だけ悲しそうな色が混ざった。俺の言葉や母さんがこの場にいないことに、予感めいたものを感じ取ったようだ。


「私はヴァレンティナ。あなたのお母さんとは、姉妹みたいに育ったの。私が、妹のほうね」


 姉妹……。母さんと親しくしていたから髪の色が違っても一目で分かってしまったわけだ。大きく息を吐き、心を落ち着かせる。


「僕は、テオドールと言います。母さんの術式と、アドリアーナ殿下が学連の魔術師から預かっていたもう1つの術式を知る機会を得て、皆さんに記憶を返しに来ました。ヴァレンティナさんが心配なさっている問題については解決しています。事件の発端になった首謀者は倒れました」

「……信じるわ。色々お話を聞かせてほしいけれど。みんなも待っているものね」


 ヴァレンティナは立ち上がると、まだ記憶の戻っていない古き血統の魔術師達に言う。


「この子の言っていることは本当よ。私の記憶も、戻っている」


 皆の視線がこちらへ集まり、その中の1人がヴァレンティナに尋ねる。


「さっき話していた、首謀者というのは?」

「それは記憶を戻せば納得してもらえるはずよ。先に事情を説明しても混乱を招くだけだと思うの」

「……分かった」


 男はそれで納得したらしい。


「では、順番に戻していきましょう」

「それなら、あの方から記憶を戻すといいと思うわ」


 ヴァレンティナは、長い白髪と白髭をたくわえた老人を示して言う。長老と言うべき雰囲気を持った人物は数人いるが……その中の1人だ。


「ふむ。儂かね」


 老人はゆったりとした動作で立ち上がる。


「この方はテオの血縁なのではありませんか? その……瞳の色が似ていますので」


 グレイスの言葉に、老人を見る。……確かに、似ているかも知れない。


「それも理由の1つだわ。記憶を戻す魔法もご存じのはずよ」


 なるほど……。術式を母さんともう1人の魔術師に託したというのなら、元々完全な形の術式を最初から知っている人物がいるのは道理だ。

 となれば、その人物から記憶を戻してやれば、次からは手分けをして彼らの記憶を戻せるようになると。


「よろしく頼むぞ」


 俺の目を見つめた老人は、静かに笑って言った。


「はい」


 頷き、先ほどのように記憶解放の術式を用いていく。マジックサークルを展開して額に手を翳す。やがて術式が完了すると、老人は静かに目を開いた。


「まず……礼を言っておこう。寝ぼけていた頭も覚めた」


 それから俺の顔を見て言う。


「なるほど。確かに、パトリシアに似ておる。髪の色は父親譲りか?」

「いえ。本当は母さんと同じ色です。今は変装のために染めているだけですが……状況が落ち着いたら元に戻します」

「そうか……」


 老人は俺の顔をまじまじと覗き込んだ後、瞑目した。


「テオドールと申したな。儂はジークムントという。そう名乗る資格があるかは分からんが、お主の祖父ということになろうか」

「……はい」


 ……祖父。そう言われてもどこか実感が湧かない。


「1つ、お聞きしたかったのですが。どうして脱出させる者に母さんが選ばれたのでしょう? 母さんが封印の巫女だったからでしょうか?」


 そう尋ねると、ジークムント老は少し驚いたようだったが、すぐに表情を戻すと答えた。


「まあ本命だけでなく、何人かを脱出させてはいるのだ。あの者も、その1人だな」


 ジークムント老は隷属魔法を受けた魔術師を指して言う。魔術師はそう言われて一礼してくる。

 分散させれば、それだけ逃げやすくなるところはあるな。


「パトリシアに関しては、封印の巫女であることの重要性や、術の片割れを託すに足りる魔術の腕、裏切らないだろうという信用があるというのがその理由だが……記憶を封印するだけでは足らなかったのだ。当時の副学長はウィルクラウド家の血筋を求めていたからな。技術の開示に対して、ウィルクラウド家との婚約を以って象徴的意味合いを持たせようとしていたのだろう」


 つまり、記憶を封印しただけではヴォルハイムから守るには不足だったわけだ。秘術を守り、封印の巫女も守る必要があったと。


「こちらからも確認しておきたい。首謀者が倒れたと言っておったな?」

「はい。学連の内紛に関わった中心人物、どちらもです」


 まだ記憶が戻っていない者達がいるので、ザディアスやヴォルハイムの名は出さない。だが、それで伝わるだろう。


「……そうか。互いに話すことや、聞きたいことは多かろうが、まずはするべきことをしてしまうとしよう」

「分かりました」


 2人して手分けして記憶解除の術式を施していく。


「その歳で随分と精密な魔法制御をするのだね」

「さすがはパトリシア嬢の息子だ」


 記憶を解放すると、みんな口々に自己紹介と共に言葉をかけてくる。後がつっかえているからあまり1人1人と長話をするというわけにはいかないが……少しずつ聞いた話を総合すると、長老と呼ばれる者達は年配の魔術師7人のことらしい。

 古き血統を束ねる7つの家系、その家長達を代々長老と呼称しているそうである。その中でも俺の祖父、ジークムント老が家長となるウィルクラウド家が7家の中でも中心的存在になるそうな。そしてヴァレンティナもまた、長老の家に名を連ねる者、ということだった。


「少しよろしいでしょうか?」


 王の使者がやや申し訳なさそうに声をかけてくる。


「何でしょうか?」

「陛下よりあなた方のお力になるようにと言われているのですが、詳しいことを聞かされてはいないのです。陛下はこのことをご存じなのですか?」

「はい。エベルバート陛下とアドリアーナ殿下には許可を頂いてきました」


 謁見の間には2人とも揃っていたし、話を通すには丁度良い場面だった。2人とも大層驚いていたが、長老達を頼むとお願いされてしまったところもある。


「そうでしたか。治癒ができるとは言え……何故あなた方が同行しているのかとやや不思議に思っていましたが……。納得しました。このことは……陛下に報告することになりますが……」

「ではそちらは頼んでも良いでしょうか? 僕はここでまだ、話をすることがありそうです」

「分かりました。私も肉親の再会に水を差すつもりはありません。治療の一環ということで、ここはお任せします。私は上の兵士達を指揮しなければなりません。兵士達を数名残していきますので、何かあれば伝令としてお使いください」

「はい」


 使者はこの場を俺に預けると兵士達の指揮をするために上へ戻っていく。エリオットの知り合いである魔術師も、隷属魔法を解除してもらう必要があるので、使者に同行していった。




 皆の記憶を戻した後で、地下の広間から大書庫に場所を移して話の続きをすることになった。席に着くとジークムント老が尋ねてくる。


「では、皆の記憶が戻ったところで……まずはパトリシアについての話を聞かせてはくれぬか」


 ジークムント老とヴァレンティナ始め、みんなの視線がこちらに集まる。そうだな。彼らも気になっている部分だろう。決して良い知らせではないけれど……きちんと伝えなければ。

 心配そうに俺を見るグレイス達に小さく笑みを返してから、言葉を切り出す。


「僕の知る限りの話ですが……母さんはヴェルドガル王国のタームウィルズに向かい、そこで冒険者をしながら境界迷宮に潜ったりしていたようです」

「境界迷宮か……。あれは魔術の才は抜きんでていたが、身体の調子を崩すことがあったからな。迷宮で魔物を倒し、力を得ればそれを補えると考えたのだろう」


 多分……そうだろうな。ジークムント老の言葉に頷いて、話を続ける。


「ペレスフォード学舎にも通ったりしていたようですね。母さんはそこで、僕の父と出会いました。ヴェルドガルの貴族、ヘンリー=ベルディム=ガートナー伯爵です」

「ガートナー伯爵……」

「当時のガートナー伯爵は先代伯爵のことになるでしょうか」

「であろうな」


 ……ブロデリック侯爵家のことも話さないわけにもいかないか。


「先代伯爵とブロデリック侯爵家との間で両家の結婚の話が持ち上がりと紆余曲折あったようで……僕は詳しい話を聞いていないのですが、結局父さんと母さんは結婚はしませんでした。ですから僕は伯爵家の庶子ということになります」


 そう言うと、ジークムント老は眉を顰める。……まあ、ジークムント老にとっては愉快な話ではないだろうけれど。

 俺の視線に気づいたか、ジークムント老は嘆息した。


「……分かっておる。パトリシアは偽名を使い、身分を明かさずにおったのだろう。それは儂の責任でもある。そのことについてあれこれと、言えはすまい」


 ジークムント老の言葉に一礼を返して言葉を続ける。


「母さんは6年前の冬に、ヴェルドガルを襲った魔人と戦い……それを倒したものの、その時の戦いが元で病に倒れ――」


 そこまで言うと、皆一様に悲痛な表情になった。その先の言葉を、言う必要はないだろう。

 古き血統の魔術師達。母さんを知る人ばかりで……彼らに会えたことは嬉しいけれど、反面その先を思えば気が重いことでもあった。どうしてもこの話を伝えなければならないからだ。


「そう……か。パトリシアを守るために皆で送り出したはずが……結局我等が生き延び、パトリシアが戻ってこないとはな……」


 ジークムント老がかぶりを振る。

 少しの間、場を沈黙が支配していたが、やがてヴァレンティナがぽつりと言う。


「だけど……あなたが来てくれたわ」


 それからヴァレンティナは真っ直ぐに俺を見てくる。


「他の誰でもない、パトリシアの子供であるあなたが私達を助けに来てくれた。そのことが、私は嬉しい。パトリシアだって、きっと……」

「……そうですね。母さんは、喜ぶと思います」


 母さんはそういう人だ。それは間違いない。小さく笑みを浮かべて答えると、ヴァレンティナも、頬を伝う涙を拭いながら微笑む。


「母さんは嫌われていたわけでも、周囲の人に追い出されたわけでもなかった。守ろうとしてくれたからだと言うなら……僕だってここに来て良かったと思っています」


 母さんのことをこんなにも真剣に聞いて、考えてくれる人達であるというなら、俺だってそれは嬉しい。


「1つだけ、はっきりと伝えておきたいんです。僕は、母さんと暮らしていた日々が幸せなものだったと記憶しています。母さんも、楽しそうでした」

「そうか……。パトリシアは、幸せだったか」


 俺の言葉に、ジークムント老は少し寂しげに微笑む。


「お主にとってここは、そういう場所ではないのかも知れぬが……。よくぞ戻ってきてくれたな、我が孫よ」

「……はい。お祖父さん」


 差し伸べてくる手を取る。

 お祖父さんか。まだ少し、慣れない言葉だけれど。この言葉も……いずれ口に馴染んでくれるだろうか。

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