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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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262 塔の地下にて

 賢者の学連の核心部分というべきそこは、石造りの巨大な塔だ。
 扉を押し開き、中に入ってみればエントランスホールが目に飛び込んできた。正面に登り階段があり、左右には外周に沿うように円形の通路が伸びている。

 兵士達が階段を駆け上がり、左右の通路に散開していく。塔が巨大なだけに、ここに人質を取られて立て籠もりでもされたら面倒なことになっていたな。

「エベルバート陛下より、長老達の安全を最優先するために、あなた方を長老が捕えられている区画へ案内するようにと仰せつかっております」

 エベルバート王の使者が俺達に向き直り、言った。

「案内していただけるんですか?」
「はい。投降した者の中から塔の内部に詳しい者を見繕い、情報を聞き出しております。手間取る部分は少ないかと。塔全体の制圧には少々時間がかかるかも知れませんが」

 ……なるほど。

「分かりました。長老達を発見しましたら、塔の制圧が終わるまで地下の警護に当たりたいと思います」
「助かります。場合によっては治癒の必要があるかも知れませんので……」

 確かに。エベルバート王を治療した俺達が一緒なら護衛と治療を兼ねられるので地下に陣取ってもらえるのは都合が良いというわけだ。
 そこに駆け足で伝令の兵士がやってくる。兵士は使者に耳打ちするとまた忙しそうに走っていった。

「地下への道が聞き出せたようです。案内しましょう」

 使者はそう言うと、先導するように歩き出す。俺達も後に続いた。
 階段を上り、まっすぐ進むと大きな扉が見えてくる。壁にある球体に触れると魔力に反応して扉が独りでに開かれていく。……こういう作りは流石魔法大国という気がするな。

 扉の奥に踏み込む――と。そこは塔の中心部に作られた大書庫だった。調べ物をするための机と椅子が部屋の中央に置いてあり、円柱状の部屋の内壁に書棚がずらっと並べられている。吹き抜けになっていて、2階部分、3階部分相当の場所にバルコニー席が設けられている。5階ぐらいまでは同じような構造になっているようだ。

「これは中々……興味をそそられるわね」

 ローズマリーが大書庫の内部を見回しながら呟く。時間があって、許可されるのならローズマリーとしてはここで本を漁りたいところなんだろう。
 使者は大書庫の中を見渡して言う。

「ここに地下に降りるための扉があると言っていたのですが……」
「探してみましょう」

 ザディアスらが拠点にしていたと言っても、大書庫には人の出入りがあるだろう。ザディアスは記憶を封印した長老達を名目上保護しているということにしていたようだが、あまりセキュリティを緩くするとも思えない。地下に続く隠し扉ぐらいはあってもおかしくないはずだ。カドケウスを放ち、書庫の裏側に不審な場所がないか精査していく……と、1つの書棚の後ろの壁に隠し扉らしき切れ目を発見した。

「……見つけました」
「もうですか?」

 使者は目を丸くする。

「マティウスはこういうのが得意」
「いやまあ……」

 シーラの言葉はやや返答に困るところだ。
 地下通路だ隠し扉だと色々作ってきた身としては否定もしにくいというか。グレイスも俺が母さんの隠し部屋を見つけたことを知っているから微笑んでいるし。

「……この書棚に何か仕掛けがあるんじゃないかと思うのですが」

 気を取り直してみんなで書棚の前に行く。
 特定の本を押すとか引くとか、そういうのが定番だろうか。手分けして書棚の本を押したり引いたり傾けたりと弄っていると、マルレーンが背伸びして押した本が当たりだったらしい。何か留め金が外れるような音がして、書棚が奥に開いていく。その先には階下へと続く階段があった。

「ありがとう」

 そう言うとマルレーンはこくりと頷き、屈託のない笑みを見せる。

「それじゃあ行こうか」

 螺旋状に迂回した階段を降りていく。……母さんを知る人たちがこの先にいる。そう思うと僅かに落ち着かない気分になる。
 階段を降り切ったところに、頑丈な鉄の扉があった。……地下牢か。

「魔力は……感じない」

 鍵穴の辺りに手を翳して魔力の気配を探る。鉄の扉は建物の風合いに比べて、やや新しいもののような気がする。どうやら扉自体が後付けのようだな。人目に触れさせたくなくて、ザディアスかヴォルハイムが地下を改装したというところか。

 ザディアスが作ったものだと思うと忌々しいな。ぶち破ってやりたいところではあるのだが、罠が無いとも限らないし、その罠が秘密を守るために中に閉じ込められた者を傷付けるような類であったら、目も当てられない。気持ちはやや逸るが、ここは慎重にいこう。
 シーラが盗賊ギルドの仕事道具を取り出し、慎重な手つきで鍵穴を調べる。魔法の明かりを放って手元を見えやすくしておく。

「罠はない。開錠する」

 シーラは針金のような道具を鍵穴に挿し入れて開錠作業を始めた。
 本当にただ閉じ込めるだけのものか。まあ、記憶を封印しているのなら魔法の一切も使えないだろうしな。

「開いた」

 シーラが離れると、扉が奥に開いた。

「ありがとうシーラ」
「ん」
「手際が良いですね……」

 それを見ていた使者が、感心したような声で言う。

「タームウィルズでは迷宮に潜ったりしていますからね」
「ああ。探索に慣れているわけですか」
「そういうことです」

 地下牢の中に足を踏み入れる。……地下牢という字面から受ける印象よりは大分広くて明るい雰囲気だ。魔道具で明るく照らされている。
 ホールのような広間があり、水作成の魔道具に丸いテーブルや椅子等、ある程度寛げるようなスペースもある。
 地下牢というよりは大規模な座敷牢と言ったほうが適当か。

「ここにいるとするなら……見たところ酷い扱いはしなかったようね」
「そうかも知れませんね。記憶は封印されているだけですから」

 どこか安心したようにクラウディアが嘆息すると、アシュレイが明るい笑みを浮かべて頷いた。
 思い出せないようにされている以上は拷問しても無意味なのだし、いずれ記憶を戻して情報を引き出すことを目標に動いていたことを考えれば、それほど無茶な扱いをする理由はないはずだ。今まで手荒なことをせずに面倒を見てきたのだと主張することで、記憶を戻した後に懐柔することも視野に入れていたのではないだろうか。

 エベルバート王も事情があって長老達に話は聞けないと言っていたが、ザディアスは恐らく治療するための隔離などと称していたのかも知れない。

「手荒な真似をしたら、言い訳さえ通らなくなるしな」

 ホールの端に廊下を見つける。進んでいくと木の扉が並んでいた。
 ……長老達の個室というところだろうか。手近なところからノックして声をかけ、中に誰かいるか確かめる。

「どなたか中にいらっしゃいますか?」
「……はい」

 返答があった。女性の声だ。内側から鍵を開ける音が聞こえて、個室の戸が開かれた。
閉じ込める役割を果たしていたのは鉄の扉だけだったか。
 顔を見せたのは、若い女性。長老という雰囲気ではないが……古き血統というのだから、長老の家族かも知れない。

「何時もの女性の方ではないのですね。新しく入った方でしょうか?」
「……いえ。そうではありません。事情は説明しますので、まずはここにいる人達にはあちらの広間に一度集まってはいただきたいのですが、構いませんか?」
「はい。分かりました」
「……っと、その前に少し事情を窺いたいのですが」

 彼らが何をどう聞かされて、自分の状況についてどういう理解をしているのかぐらいは把握しておきたい。人を集めてから不審感を抱かれるような状況は避けたいし。

「私に答えられるようなことでしょうか?」
「知っていることだけ、答えられることだけで結構です。ご自分が何故ここにいるかをご存知ですか?」
「ええと。魔法実験の失敗があったと。私達はみんな、事故で記憶を無くしてしまいシルヴァトリアでは記憶を戻す方法を探していると……そのために治療法を研究したいからと言っていましたね」

 ……なるほど。

「入り口に鍵のかかった扉がありましたが、あれについては何かご存知ですか?」
「正直、ぴんと来ないのですが……重要な人物なのでその身を狙われる危険性があるそうで……侵入者が入らないようにと……」

 そこまで言ったところで、女性の表情が曇った。

「ああ、いえ。危害を加えるつもりなどは全くありません。ここに残る残らないも自由ということで」
「……そう、ですね」

 こちらの顔触れを見てから女性は頷く。まあ、見た目の年齢層から言っても威圧的なところはないからな。何の集団なのかと思われているかも知れないけれど。

 更にもう少し話を聞いてみれば、護衛という名の見張り付きではあるものの、賢者の学連の敷地内ならば散歩なども許されていたらしい。
 まあ、記憶を失った相手を騙していただけ、彼らの持つ魔法が目当てだっただけ、とも言えるが……酷い扱いを受けるより何倍も状況はましだ。
 だがまあ、事情は分かった。みんなで手分けして部屋の中に声をかけ、広間に集まってもらうことにしよう。
 しかしそうなると……エリオットの船に乗り合わせた魔術師を連れてきたとしてもここに混ぜるわけにはいかないだろう。別の場所に閉じ込められているのだろうか?

「ここにおられましたか」

 その時、先程の伝令の兵士が息せき切って走ってくる。

「どうしましたか?」

 使者が尋ねると、伝令は呼吸を整えながら敬礼をして答えた。

「上階にて、隷属魔法を受けた魔術師風の男を1人、発見したとのことです」
「……恐らくここの人達の関係者かと。エリオットさん、船に乗り合わせた魔術師の顔は覚えていますか?」
「顔を合わせれば分かると思います。黒騎士達相手に共闘もしましたから」

 そうか……。学連から逃がされたということで記憶が残っているなら黒騎士達と戦えただろうし、隷属魔法をかければザディアスのために無理矢理働かせることも可能になるわけだ。

「……こちらにお通ししてください。くれぐれも失礼の無いように」
「分かりました」

 伝令の兵士は踵を返すと螺旋階段を駆け上がっていった。
 さて。古き血統の魔術師達を誘導する作業に戻ろう。といっても扉を叩いて声をかけ、広間まで出て来てもらうだけだけれど。みんな割合素直に話を聞いてくれるのであまり手がかからない。疑う素振りもないというか……記憶を失ってずっとここにいるからなのかも知れない。

「これで全員ですか?」
「はい。そうですね」

 誘導が終わったところで、上から兵士がローブを纏った男を連れて戻ってくる。隷属魔法が掛けられていることを示す紋様が首に浮かび上がっていた。

「お久しぶりです。船の上でお会いしたのを覚えていますか?」

 エリオットが声をかけると、男が目を丸くする。どうやら件の人物に間違いないようだ。

「君は……あの時の。生きていたのか」
「ええ。お互い無事であったようで何よりです。あなた方を解放しに来ました」
「そうか……」

 男は天を仰ぐようにして嘆息する。

「隷属魔法の解除はもう少し待っていてください」
「……ああ。何年も待ったんだ。後少しぐらいの辛抱、なんてことはないさ」

 俺が声をかけると、男は目を細めて笑った。
 よし……。それじゃあ始めよう。広間に集められた記憶を失った魔術師達に向き直り、大きく息をついてから切り出す。

「驚かずに聞いてください。実は、僕は記憶を戻す術式を知っています。今から皆さんの記憶を戻していこうと思います」

 そう切り出すと、それまで何が起こるのかという様子で状況を窺っていた彼らの間で、ざわめきが起こった。

「それは、本当なんですか?」

 と言ったのは、最初に声をかけた女性。

「はい。唐突な話で不安もあると思いますが……。僕がその魔法を使える理由は、記憶を戻してから説明したほうが早いかも知れません。勿論、先に説明しろと仰るのなら、できる限りお答えします」

 そう言うと、彼らは顔を見合わせる。やがて、先程の女性が一歩前に出て言った。

「……私共は、外のことをほとんど知りません。ですから……何が正しくて、何が間違っているなど分かるはずもない。こうだと言われれば信じるしかないのです」

 ……そうだろうな。
 素直にこちらの言うことは聞いてくれるけれど、やはり内心に不安はあるだろう。

「ですが私達は全員、記憶を取り戻したいとずっと思っていました。ですから、そのお話は嬉しくもあり、不安でもあるのです。できれば……最初に私からお願いしても良いでしょうか?」

 そう言って、俺をじっと見てくる。

「……分かりました。そちらの椅子に腰かけて、楽にしていてください」

 しばらく見つめ合ってからそう答えると、女性は頷く。
 目を閉じてじっとしている彼女の頭に手を翳し、深呼吸を一つしてからマジックサークルを展開する。
 母さんと、もう1人の魔術師。2人が守り通した魔法だ。術式が効力を発揮すると、女性側の額の前にも独りでに別のマジックサークルが浮かぶ。
 魔法による記憶封印と、開錠。こちらの展開したマジックサークルがひときわ強く輝くと、女性側のマジックサークルが回転し、中央部から分解して開いていくような挙動を見せた。向こうのマジックサークルが完全にバラバラになって消失。こちらの術式もほとんど時を同じくして完了する。

「……どう、でしょうか?」

 尋ねる。みんなが固唾を飲んで見守る中――女性は薄く眼を開くと俺の顔を見上げ、泣き出しそうな表情を浮かべた。そこから俺を抱きしめてくる。

「ああ……。目の色と面影で、分かるわ。あなた――あなたは、パトリシアの子よね?」
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