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256 古き血統

「早速治療を始めましょう。では……よろしくお願いします」

「分かりました」


 ステファニア姫から視線を向けられて一歩前に出る。エベルバート王に一礼して変異した手を取って……まずは状態を見てみる。


「変異している箇所に痛みがあるということでしたね?」

「うむ」


 ……組織は変異しているが生命活動はしている。

 変異した部分の中和と浄化が十分ならとは思うが……恐らく循環錬気だけでは足りないな。他の方法も併用するのが良いだろう。瘴気に汚染された魔力を体外に放出。それから放出した分の魔力を新しく体内に補充。更に放出された瘴気が悪影響を与えないように……その際に祝福が必要になるだろう。


「祝福と呪曲は最初から使っていこう。水魔法と魔法薬は状態を見ながらかな。治療の際に痛みがあるようなら水魔法や薬で軽減する」


 方針を伝えるとみんなが頷く。マルレーンが祈りの仕草を見せると金色の燐光が広がった。祝福の対象はパーティーメンバーとエベルバート王だ。


「これは月女神の祝福か……。しかし、この祝福の強さは……」


 エベルバート王が呟くように言う。マルレーンは巫女として確かな腕を持っているし、女神であるクラウディア自身がこの場にいるのだ。質としてこれ以上を望むなら、後は月神殿の巫女達をたくさん連れてくるしかないだろう。

 イルムヒルトがリュートで呪曲を奏で、その効果をセラフィナが増幅していく。


「……呪曲の奏者に精霊の助力か。確かに、今までにない方法ではあるな」


 愉快そうにエベルバート王は笑う。今回の呪曲の効果は聞く者の体力の補強と自然回復力の増強だ。本来自然に広がるはずの効果をエベルバート王に集中させる。


「では――始めます」


 エベルバート王の背中に手で触れて循環錬気を行う。


「何……?」


 途端、エベルバート王が目を見開いた。そういう反応は想定の内だ。

 エベルバート王の体内魔力を見て、僅かに眉根が寄ってしまうのが分かる。瘴気による汚染で魔力の流れが通常とは異なるものになっている。特に変異してしまっている部分は、既に人のそれとは思えない。


 変異した部分としていない部分の境目から魔力の流れを整えていく。こちらで魔力を練り上げて送り込む。

 余剰の魔力はエベルバート王からこちらには戻さない。体外へと排出していく。ドス黒い瘴気が外に放出されて、祝福によって散る。普通の循環錬気と違って魔力を消耗するが、それは仕方が無いところだ。イメージとしては……輸血に近いだろうか。


「痛みはありますか?」

「いや……。痺れているような感覚はあるが」


 エベルバート王は詮索を後回しにしたらしい。先程のような少し緩んだ空気はなくなり、真剣な表情になって、自身の変異した右拳を握ったり開いたりしている。

 苦痛を強いているのでないならば、更に少しずつ魔力を練り上げて強化していこう。乱れた魔力の流れを正常な流れのそれに戻し、領地を広げるように循環した魔力で汚染された部位を押し戻していく。


「これ、は……」

「お、おお……!」


 エベルバート王と側近達が感嘆の声を漏らす。

 変異した竜の鱗が端から剥がれていく。祝福による燐光の中で塵に還るように虚空へと消えていく。その下には、新しい皮膚。

 そう……。魔人は形態の使い分けができているのだし……これだって不可逆ということはないはずだ。

 だが、まだ足りない。汚染された部位のその芯に染み付いた瘴気を全て排出させ切るには――。


「陛下。魔法杖を手にすることをお許しいただいても?」

「それが必要なことであるなら許そう」

「グレイス。ウロボロスを」

「はい」


 答えは単純。出力を上げてやれば良いのだ。グレイスが女官に預けた荷物の中から、布に包まれたウロボロスを差し出してくる。それを手に取り、言う。


「では――」


 ウロボロスを介して循環で魔力の質と量を高めていく。

 俺の身体から余剰の魔力が溢れて部屋を青白く染めていく。


「こ、この魔力は……!?」


 宮廷魔術師が目を見開く。漏れ出す瘴気さえ巻き込んで中和していく。整えた魔力の正しい流れが……肉体側にも作用するのだろう。エベルバート王の変異した肉体が、人としてあるべき形へと戻されていく。

 一際強い白光が収まれば――半人半竜であったその姿が、人の姿に戻っていた。


「信じられん……こんなことが……」


 エベルバート王は目を瞬かせながら元に戻った自分の右手を眺める。女官が持ってきた鏡を見て、ますます目を丸くする。


「魔人達は自身の形態を割と自由に行き来させますからね。あれを魔法の術式や魔力操作法の類だと見なせば、原因を取り除けば人の姿に戻るのではないかとは思っていました」

「……なるほどな。確かに、連中は変身するように姿を変えるとは聞くが」

「痛みや違和感はありませんか?」

「いいや。疼くような痛みがずっとあったのだがな」


 エベルバート王が寝台から出て立ち上がると、側近達から感極まったような声が漏れる。

 だが、俺のほうは循環させて高めた魔力を消費したので少し疲れた。多分、上級魔法複数回に匹敵する魔力を使っただろうか?

 大きく息を吐くと、アシュレイが体力回復の魔法をかけてくれて、ローズマリーが彼女の改良型のマジックポーションを持ってきてくれた。

 アシュレイの魔法を受けながら、マジックポーションを飲み干す。まあ、しばらくすればマジックポーションも馴染んでくれて、調子も戻るだろう。


「まずは、そなたらに礼を言わねばなるまい。蝕まれた我が身体を浄化してくれたことに感謝する」


 エベルバート王は静かに言う。


「勿体ないお言葉です」


 エベルバート王の瘴気を取り除いたとは言え……これでシルヴァトリアの抱える問題が解決したというわけでもない。


「そなた、今のは循環錬気よな?」

「……まさか。何故ヴェルドガルの方が……?」


 エベルバート王の口にした疑問に、宮廷魔術師が目を丸くする。

 まあ、当然こういう話になるわけだ。エベルバート王の状態を聞いた時点で循環錬気を使うことになるのは分かっていたから、予想の付いていた流れではあるが。

 肝心のエベルバート王は割と血色が良くなってきている。これならザディアスの話も大きな負担にはならないかな。

 俺が循環錬気を使える理由を説明するのなら、母さんについての説明を避けるわけにもいくまい。BFOで云々という話はこの場でする意味がないし。


「理由はお話しします」

「そうさな。だがまずは……」


 エベルバート王は自分の寝間着姿を一瞥して苦笑する。


「身形を整えねばなるまい。体裁を整えるゆえ、少しの間待っていてはくれぬか」




「ふむ。時間を取らせたな」


 別室――サロンらしき部屋に通された。侯爵の屋敷にいる面々と通信機で連絡をとったりしながら、みんなと一緒に少しの間待っているとエベルバート王がやってきた。さっきの服装とは違い、今度は賓客を迎える時の正装である。エベルバート王は椅子に腰を落ち着けると侍女達に茶や砂糖菓子を運ばせる。


「では、話を聞かせてはくれぬか」

「まず……循環錬気を使える理由を説明しようと思います」

「まず、か。やはり込み入った話のようだな。余の病状やその治療と同じく、ここでの話は互いに他言無用ということで構わぬか?」


 俺やステファニア姫の雰囲気から何かを察したか、エベルバート王が尋ねてくる。エベルバート王の病状が伏せられたのは……瘴気による変異が魔人との繋がりを疑わせるものでもあったからだろう。容態が安定していない時なら、瘴気を放出することさえ有り得るような状態だったかも知れないし。


 同様に、母の出自の話もシルヴァトリア側だけでなく、ヴェルドガルにとってもあまり公にしてほしくはない話だ。ヴェルドガルは魔人集団と戦っている真っ最中だしな。

 こちらが頷くと、エベルバート王も頷き、それから言う。


「そうさな。循環錬気そのものは、瘴気に対抗する浄化の手段としてシルヴァトリアにもあったのだがな。記録では使い手が段々と減っていき……およそ1世紀ほど前に最後の使い手が絶えたとある」

「そうでしたか……」

「技法は辛うじて伝わってはいても魔力資質で適性を持つ者、満足に扱える者がどうしても育たなんだ。技術を伝える者達も、努力したようではあるが……気付いた時には混血が進んでしまった部分があるからな。王家にとって不運なことではあったが、これは致し方ない」


 ……他国の者がそれを持って現れたとなれば、エベルバート王としても色々と想像を巡らしている部分はあるだろう。まず一礼して名を名乗る。


「僕の名は、テオドール=ガートナーと申します。父はヴェルドガル王国貴族、ヘンリー=ベルディム=ガートナー。現在ではメルヴィン陛下に異界大使の職を頂き、タームウィルズにて、迷宮に関する事柄を任されて働いております」

「ヴェルドガル王国の、貴族の子か」

「僕は庶子であり、既に実家を出て独立しているので伯爵家と強い繋がりがあるというわけではありませんが」

「ふむ」


 エベルバート王はティーカップを傾ける。ティーカップを置いたのを見計らい、核心部分を切り出す。


「賢者の学連に名を連ねていた、パトリシアという名に聞き覚えはありませんか?」

「パトリシア――古き血統の……! そうか、そなたの母は封印の巫女か!?」


 エベルバート王は目を見開き、椅子から腰を浮かせた。

 古き血統に封印の巫女……。こちらの知らない情報を持っているとは思っていたけれど。


「古き血統や、封印の巫女という言葉については存じ上げません。母の名はパトリシアとは違うものでしたし、事情を最後まで……僕にも父にも打ち明けてはくれませんでした」

「最後……?」

「母は死睡の王という魔人と戦い、それが原因で命を落としました」

「死睡……。ヴェルドガルで大きな被害を出した魔人であったか」


 エベルバート王は俺の言葉に眉を顰めると、かぶりを振って腰を下ろす。


「魔人との戦いについて、今は詳しくは聞かぬ。そなたにとって語るには辛い記憶であろうからな」

「はい。話を戻しましょう」


 俺が答えると、エベルバート王は瞑目する。


「……ザディアスの失策により、学連より人材が流出したことは余も知っておる。そう……。巫女も我が国を出奔したのだ。名を変えて……ヴェルドガルに渡っていたか」


 失策か……。エベルバート王としてもザディアスのそれは失敗だったと認めざるを得ない部分ではあるらしい。

 少なくとも対外的には自分の将来や王家の今後にも関わってくることだけに、ザディアスの主張にも一定の正当性を認めることはできるわけだ。だから賢者の学連に情報開示を求めている部分はあったのだろうし、それを咎めるのも難しかったのだろう。


 ただ実際のところがどうなのかと言われれば……治療を建前にしているあたり、ザディアスの魔法研究はやはり、それを目的にしているわけではないように思える。循環錬気が無くとも、シルヴァトリア王家は今までやってこれた部分はあるのだし。


 聞きたいことも話さなければならないことも、山ほどある。

 シーラ達も現在、王城に向かって移動中だ。メルヴィン王からの親書や証拠品のジェムなどを見てもらい、ジルボルト侯爵やエリオットにも立ち会ってもらってこれまでの経緯を説明することとしよう。

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