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238 シルヴァトリアまでの船旅

「それじゃあ、テオ君、十分に気を付けてくれ」

「ああ。次はまた、タームウィルズで」

「ここで見送って、帰ったらタームウィルズで会うことになるっていうのも、少し変な感じだけどね」

「そうだな」


 港に見送りに来てくれたアルフレッドと、互いに苦笑する。

 明けて一日。青い空に夏の雲。透き通る海原。出航には持ってこいのよく晴れた日だ。 

 アルフレッドはフォブレスター侯爵領に数日滞在。それから侯爵領騎士団の護衛と共に竜籠でオフィーリア、ビオラと共にタームウィルズへと戻る予定だ。なので、次に会うのはテフラ山から転移で戻った時になるだろう。


「では皆様。御武運を」

「オフィーリア様、またタームウィルズでお会いしましょう」

「ええ。アシュレイ様」


 アシュレイはオフィーリアと互いの手を取って言葉をかわす。


「ロミーナ様もお元気で。またタームウィルズに遊びに来てくださいな」

「はい、必ず」


 オフィーリアとロミーナも、ここまでの旅で割合仲が良くなっているらしい。オフィーリアはタルコットとシンディーの仲を取り持ったりもしたようだし、面倒見が良いようだからな。

 その隣ではステファニア姫とフォブレスター侯爵も別れの挨拶をしている。


「フォブレスター侯爵。温かいもてなし、感謝いたします」

「殿下のお役目が滞りなく果たされ、無事にタームウィルズへとお戻りになられるよう、旅の安全をお祈り申し上げます」

「ありがとうございます」


 フォブレスター侯爵はジルボルト侯爵に向き直り、一礼する。


「それではフォブレスター侯爵。いずれまたお会いできる日を楽しみにしています」

「こちらこそ、ジルボルト侯爵」

「では――行きましょうか」


 ステファニア姫が静かに言う。

 タラップを登り、皆で船に乗り込む。船員達が慌ただしく甲板を走り回り、碇が上げられマストに帆が張られた。

 帆が風を受けて、船が動き出す。甲板の上から見送りに来てくれたアルフレッド達に手を振る。向こうも手を振り返し、ゆっくりとその姿が小さくなっていった。


 海を渡れば、母さんの生まれた国。そして――母さんを追いやった国だ。


「――シルヴァトリアか」

「リサ様の……故郷なのでしょうか」


 小さくなっていく港に目をやりながら呟くと、グレイスがそれに答える。アシュレイも心配そうな面持ちだ。2人とも、母さんに落ち度があったとは思っていない。だからそれは……俺に対する心配なのだろう。表情に何か出ていたのかな。


「そうだな。それは多分間違いないと思う」


 笑みを浮かべて、そう返す。

「……大丈夫。俺達のあの頃の暮らしには関係のない話だ」


 グレイスの腰に手を回し、アシュレイの肩を抱く。


「――はい」


 2人は静かに頷き、そっと寄り添ってくる。

 シルヴァトリアの魔術師パトリシアと、母さん――リサと。2人が同一人物であることは間違いないのだろう。

 ジルボルト侯爵の話を聞いたところから推測する限りでは、母さんが賢者の学連の、学長派に属する関係者であったことは想像に難くない。

 王太子の思惑と派閥争いの煽りを受け、何かしらの魔法や技術、或いは物品。そして自分の身を守るために国外脱出したというところだろう。けれど、だとするなら母さんには何の落ち度もない。上の都合で翻弄されたという、ただそれだけだ。


 しばらく2人と抱き合っているとマルレーンと視線が合った。


「マルレーン」


 マルレーンの名前を呼ぶと、ほんの少し足早にこちらにやってくる。彼女を抱き寄せると向こうからも胸に頬を寄せるように抱きついてきた。グレイス達との会話をマルレーンも聞いていたのだろう。

 そのままクラウディアとローズマリーにも視線をやると、クラウディアはほんのりと頬を赤くし、ローズマリーは羽扇で顔を覆う。


「甲板上でっていうのが問題なら、船室に行こうか?」

「いいわ、話は聞いていたから」

「……そうね。憚る必要のないことよ」


 クラウディアを抱き寄せ、ローズマリーは自分から俺の背中側に回って、肩から手を回してくる。しばしの間の抱擁。

 或いは……ザディアスならば、長老達が母さんを送り出したことを国への裏切りなどと言うのかも知れない。だが王太子の都合から来る非難など、こちらとしては知ったことではない。母さんの逃れた先での暮らし。俺にとってはあれが全てで、それで十分な話である。

 うん。ナーバスになる必要などどこにもないのだ。気持ちを切り替えていこう。


「あー……。釣りをしていいか船長に聞いてみようか。シーラ。釣竿を何本か積んでたよね?」

「ん。余分に持ってきてる」


 シーラが頷く。船旅になるのは分かっていたので、アルケニーのクレアが船での暇潰しになればと長い釣り糸を用意してくれたのだ。

 まあ、それも船長が駄目だと言えば駄目なのだろうが……見た感じ、割と豪快そうな人物だったからな。許可も貰えるかもしれない。

 今は――出航直後で舵輪を握って忙しそうにしているので、船員に伝言を頼んでみるか。


「すみません、後で釣りをしてもいいでしょうか?」


 と、バンダナを巻いた船員に尋ねる。船員は日焼けした顔で歯を見せて快活に笑う。


「釣りですか? 分かりやした。船長に聞いてみます」

「時間が空いてからで十分ですよ」

「そうですか? では、後で船室に知らせにいきますので」

「それまで、私が何か演奏するわ」

「む。我はイルムヒルトの奏でる音は好きだぞ」


 セラフィナを肩に乗せたテフラが、イルムヒルトの言葉に反応する。


「それじゃあ、頑張って期待に応えなくちゃね」


 と、イルムヒルトが袖を捲り、力瘤を作るように腕を曲げて笑う。

 そんなわけで皆で船室へ向かう。船室の内装は随分と豪華で、居住性も高い。

 ステファニア姫をシルヴァトリアに送るのだからと、それに見合うだけの船と人員を用意したとフォブレスター侯爵は言っていたが……なるほどな。

 船室で腰を落ち着けると、早速イルムヒルトがリュートを奏で始めた。セイレーンのユスティアに習った曲だそうで。




 ノックの音が船室に響く。


「どうぞ」


 ステファニア姫が返答をするとパイプを手にした、髭の男が船室に入ってくる。船長帽にコートという如何にもな出で立ちである。フォブレスター侯爵が信頼できる人物であると太鼓判を押してくれた、モンタギュー船長である。

 何でも元々は騎士団に所属していて、今は主にタームウィルズと侯爵領の間で物資を運んだり、或いは侯爵自身がタームウィルズに向かう際にもよく利用しているそうで。


「慌ただしくてすいやせん。返事が遅れてしまいやしたね……っと失礼。いつもの癖が出てしまいまして。こっちのほうが水夫達はしっくり来るようでして」


 と、モンタギュー船長は自分の口調に苦笑いすると、かぶりを振ってから砕けた口調を直す。


「いえ。面倒をかけてしまってすみません」


 船長が釣りの許可なんて話で、直接こっちに来るとは思わなかったというか。


「いやいや。大事な賓客ですからね。挨拶には来る予定だったのです。ステファニア殿下と、異界大使殿ですから」

「そうでしたか」

「というわけで、ようこそ皆様方、我がエメラルディア号へ」

「よろしくお願いします、モンタギュー船長」


 ステファニア姫の言葉に、モンタギューは敬礼を返した。なるほど。元は騎士だったというのが頷ける。騎士団式の敬礼も板についていると言うか。普段は海の男という奴なのだろうが。


「釣りをしたいという話でしたが、一応命綱などを付けていただければと思います。甲板は少し揺れますので、慣れていないと危ない場合がありますからね」

「それでしたら魔法や魔道具で空を飛べるのですが、どうでしょうか?」

「ああ。そうでしたな。いや、魔術師が乗船してくれていると心強いと、水夫達も喜んでいるのですよ」

「そうなんですか?」

「ええ。凪でも風を起こせますし、飲み水も作れますからね」


 なるほど。船旅で不測の事態が起こっても、魔術師が乗っていると対処できるというわけだ。


「それなら水の補充や浄化など、向こうに着くまで手伝わせてください」

「おお、それは有り難い! 潤沢に水が使える航海など普通はありませんからな!」


 船長は、にかっと歯を見せて笑う。こちらが想像するより有り難い話のようで。確かに、海の航海で真水は貴重だと、よく聞くが。

 こちらで水を補充することで俺達も気兼ねなく水を潤沢に使える部分もある。船旅ではあるが、洗濯や入浴などもし放題という環境は、多分贅沢なことなんだろう。

 船長もフランクで話の分かる人物だし、この分ならジルボルト侯爵領までの船旅は中々楽しいものになりそうである。

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