番外1569 約束は変わらず
彼の意識は未だ戻らず。手出しができないという事もあって魔力の状態変化に気を付けつつ、出番が来た時のために分析だけは続けておく。
結界構築や壁の穴埋めがだいぶ進んだというのもあって、音に動きがないか見張っていたセラフィナと、その近くで護衛をしていたロベリアも戻ってきて、二人で揃って俺の膝の上にいる彼の様子を見に来ていた。
「むう。何もできないというのは歯がゆいものじゃな」
「うん……。心配だな……」
俺の左右……横合いからそれぞれ顔を乗り出して、覗き込んでくるロベリアとセラフィナだ。
「もし治療になれば――いや、今でもそうやって心配してくれる想いは力になっていると思うよ」
見ているだけしかできないのが歯がゆいという気持ちも分かる。今なら……そうした祈りや願いといった想いも力に変えられるが。
俺が二人に答えると、揃って真剣な表情で頷いて、少しの間祈りの仕草を見せていた。こういう反応はセラフィナもロベリアも妖精らしくはあるな。
こちらからの干渉はまだ控えた方が良いが、周囲に祈りの力を広げておくのは問題あるまい。きっと力になってくれるはずだ。
祈りの力を広げるとモニターの向こうでもグレイス達が頷いてそれに続く。祈りの力が高まってきたら、それも伝えておこう。今はまだ様子見の段階だしな。
そうしている間に料理の準備も着々と進んでいる。即席の土魔法で作った鍋を火にかけ、ペトラ達が下拵えを終えてくれた食材を投入。水は魔道具の作成でも良かったが転送魔法陣の試しも兼ねて飛行船に積んできた水の入った樽をこちらに転送してもらっている。
代わりにこちらからは浄化と石化処理を施したワームやその牙のサンプルを送っている。ワームやその素材サンプルは一部を提供するので、現地の冒険者ギルドや冒険者達に役立ててもらうのが良いだろう。彼らが実際にこのワームに対峙するかはともかく、あの性質は知識として知っておくのは大事な事だと思う。崩落の事がないにしても、生息域を広げたり浅い部分や外部に迷い出てこないとは限らないのだし。
仮に環境依存の魔物ならあの場からそう大きくは動かない可能性もあるが……とりあえず、崩落で空いた穴や移動のために作った通路は封印できるようにしておこうとは思う。
ワームについては初めて見る種という事で発見者に命名権があるという事で、冒険者達の内一人がそんなことを水晶板越しにギルドに言われて盛り上がりつつもかなり悩んでいる様子であった。
「その、古代語や魔法の術式で再生とか共食いとか、そのあたりは何と言うのでしょうか?」
と、そんな風に俺に質問してきたりもしていたからそれに答えておいた。冒険者達は自分達で相手をする関係上、性質の分かりやすい実用的な名前を付ける傾向があるな。
それから言うと……俺との話からリジェネワームとかカニバルワームとか……そんな名前になりそうな感じもする。
命名権と言えば自分の名前を付けるというのも定番ではあるが……魔物については通称と学名を分けていて、その辺どうなっても大丈夫なように実態を分かりやすくするための対策もされている。いずれにせよ発見者の名前は記録されるし問題はあるまい。
さてさて。今日の食事については、温かなものをという事で具もたっぷりとしたシチューを用意している。デミグラス風の褐色のシチューにホワイトソースを垂らして完成だ。
ドラフデニア側の用意してきたパンも付けてみんなで昼食にさせてもらう。
二つ鍋を用意して多めに作っているのは……外で待機している人達の分も作ったからだな。転送してあちらでも楽しんでもらおう。
「おおお……」
ゴーレム達が即席の木魔法の器に盛りつけると、冒険者達から抑えめながらも嬉しそうな歓声が上がる。うむ。
そんなわけで昼食の時間だ。問題は解決していないし経過観察と分析中でもあるので、完全に気を抜くわけにはいかないのだが、洞窟内部でのキャンプといった風情で中々に悪くない。
フォレスタニア側でも昼食だな。あちらとこちらで揃って食事という事で、結構朗らかで明るい雰囲気になっている。
意識の戻っていない彼に遠慮してみんな殊更騒いだりはしないけれど、フォレスタニアや大空洞外部の明るい景色が見られるのは士気向上にも繋がるのではないだろうか。
「……うめぇ……」
「大空洞内部でこんな美味いものを食えるとは思ってなかったぜ……」
冒険者達には好評なようで。ビーフシチューは肉や人参等も柔らかく仕上がっていて良い出来だ。
まろやかで食欲をそそる味と香りに仕上がっているな。パンも魔法で少し表面を焼いて香ばしく仕上げているのでこちらも食欲をそそる良い香りがあたりに漂っている。
「確かにテオドールの作る料理は美味いからな」
そんな風に言って頷いているテスディロス達である。バイロンもスプーンで口に運んで、目を瞬かせてシチューを味わってくれているようだ。
氏族や武官達、冒険者達……皆がおかわりを希望してきて、ゴーレム越しとはいえ作った甲斐があるというものだ。
鍋を転送した大空洞入り口でもかなり盛り上がっている様子で、何よりだな。コルリスとアンバーも一緒にぺたんと座って鉱石をポリポリと食べていて、その様子もみんなの注目を集めていた。
そうして食後のお茶まで楽しませてもらい……テントやその周辺で一息つきつつ、今後の方針についての話をする。
「もし何か知っているのなら、意識が戻った時にこちらの事情を話して……可能な範囲で情報提供なりの協力してもらえればそれが一番良い展開だ。それが叶わなければ独自に調査を進めるしかあるまいが……」
「探索範囲にしても目星がつかないと限界がありますからね。こうして未探索の区画でこちらの把握していない出来事が起きてしまいましたし、調査するならここより下、という事になるのかも知れません」
『ある程度調査範囲を広げて目星がつかない場合は……監視の目や測定用の魔道具を置いて継続的な調査をする方が良いかも知れないわね』
クラウディアが言う。確かに、今回は救助が目的だったし、大空洞を何日もかけて調査する、というような用意はしてきていないが――。
「これは――」
その時だ。膝に抱えて解析を続けていた彼の魔力反応の状況に、変化があった。脇腹の魔力反応が高まった。
「……ぐ、むう……!」
彼も苦悶の声を漏らして身体を縮める。状況が悪くなって意識が表層に戻ってきたというように見える。
みんなも変化に気付いたようで、慌てたように彼の様子を覗き込む。
「これは……残念な事です。受けた攻撃に……対応、しきれない、とは……」
攻撃。つまりは何かしらの外的要因によるダメージという事だ。それに、意識を失ったのではなく、自発的に活動レベルを低下させることで治療に専念するというような事ができる種族という裏付けもとれた。
だが、対応しきれずに意識が表層に戻ってきた、というのは――。
「私が、こうなったのは……私自身の、未熟故……。あなた方のせいでは……」
「それは……」
ルトガー達がその言葉に眉根を寄せる。
ああ。そうか。自分の事で気を病んでほしくないと。そんな風に思ったのか。善人であるからか、俺達との関係や接触に気を遣う事情があるのか。それは分からない。分からないが――。
「もし……そちらに打つ手がないのであるならば……治療を僕に任せてはいただけませんか? 近しい印象の種族の知り合いがいるのです」
そう言うと、彼はルトガーや冒険者達から視線を移して、俺を見てくる。
「テオドール――フォレスタニア境界公は余の把握している国々でも随一と呼んで差し支えないほどの術者だという事は、伝えておこう。先程交わした約束とも、関係のない事だ」
「約束という点に関しては変化がありません。仲間を助けてもらったから、こちらもできることをしたい。それだけの話です」
俺やレアンドル王の言葉に、彼は少し思案していたようだが、やがて苦しそうに身をかがめつつも、小さく、しかしはっきりと頷く。
「……わかり、ました。どうか、よろしくお願いいたします」
許可が下りた。では――全力を尽くして治療に臨むとしよう。