番外1570 極小の世界にて
彼の脇腹に手を添えて魔力を集めれば、グレイス達も祈りの仕草をみせる。
「彼の無事を祈る事で、そうした想いの力を集めて治療に繋げる事ができます。協力していただけたら嬉しく思います」
「なるほど……。わかりました」
ルトガーが真剣な表情で応じ、訓練生や冒険者達も俺達を囲うようにして彼の無事を祈る。
「周囲の守りは任せて下さい。安心して皆で集中できるようにいたしましょう」
「うん。ありがとう」
オズグリーヴが周囲に煙の防壁を展開し、コルリスとアンバーも鼻をひくひくとさせて周囲の警戒をしてくれるようだ。
『地中の動きも警戒しておくって言ってくれているわ』
ステファニアが笑顔を見せる。それは安心だな。
「俺達も交代で警戒をする」
「その間に祈りにも参加しましょうか」
テスディロスとウィンベルグがそう言って氏族の面々も頷き、俺やみんなが集中できる状況を作ってくれる。
モニターの向こうのみんな。レアンドル王やペトラ、セラフィナやロベリア、それにバイロンも祈りの仕草を見せて。すぐに祈りの力が高まり、周囲に満ちてくる。
では――このまま治療を進めていこう。ウロボロスとオリハルコンの力で魔力波長を合わせ、まずは体外循環錬気で彼の魔力や……通常の生命力とは少し異なる、活力のようなものを増強していく。
「これ、は……」
「これに関しては……言ってしまえば時間稼ぎです。魔力波長を合わせて体外循環錬気――力を増強しながらに不調の原因を詳しく解析し、原因に対処しようと考えています」
これからしようとしていることを説明すると、彼は俺の腕の中で頷いていた。治療方針の説明があった方が安心できるだろう。
解析はある程度ウィズと共に進めているが、それも外から感知したものに過ぎない。循環錬気で得られる情報量はかなり違ってくるからな。
そうして循環錬気で得られた情報と今までの解析情報を合わせて、ウィズと共にシミュレーションを行っていく。
「私の名は……ナヴェル=ケルファノスと申します」
「テオドール=ウィルクラウド=ガートナー=フォレスタニアと言います」
ナヴェルか。互いに名を名乗りつつ、解析と治療を平行して進める。
身体構造は……やはり普通の生物の構造をしていない。核と身体部分が結構密接に結びついているようで、魔法生物の構造とは違うな。付喪神やパペティア族に近いのではないかという予想は当たっている。
目を閉じて意識を没入させていく。ナヴェルの身体の中心に力強く輝くような印象の力がある。これが恐らく、ナヴェルの核や命……或いは魂に相当するもの、なのだろう。
そこから神経網のように力が四肢へと広がっていて、身体と命とは不可分だ。
魔法生物と違い、基本パーツを自由に交換したり改造をしたりという事はできないだろうが、無機物で構成されたような身体であっても魔界のミネラリアンや岩石系の魔物のように、再生したり治癒術式に相当する術で回復ができそうに見える。
内臓に相当するような器官も結晶のような部位になっていて、中心となる魂や神経網のようなものと密接に結びついている。独自の身体構造と技術体系を持つ種族、か。翻訳術式を介さずとも、言葉は通じるようだが……。
そして……問題となるのがナヴェルを蝕んでいるものだ。脇腹のあたりに不穏な魔力波長の……蟠りのようなものがある。生き物のように蠢く、黒い靄のようなイメージというか、俺としては瘴気や呪法を連想してしまうが……これも既知のものではないようだ。
ナヴェルの種族にまつわる術式か何か。あるいは彼らの敵対勢力や種族の手によるものか。
「ナヴェルさんは先程、内側に意識を集中させてこれに対応しようとしていたようですが、自己治癒のような術式が使えるのですか?」
「そう……ですね。ある程度なら欠損しても修復できるので、切り離したり遮断しようとしましたが、食いこまれてしまっているようですので、自分で行うのは、これが中々に難しく……」
なるほどな。ある程度治療方針も定まってきたか。
まずは――そうだな。ナヴェル自身がそうしたように、神経網に絡みついている部分を遮断し、ナヴェルと分断してから処置していこう。
そのためには……もっと微細な魔力の動きを見ていく必要がある。
「仮想の内部空間で術式を行使しましょう。力を抜いて、こちらの申し出に応じてもらえると助かります」
「そのような事までできる、と?」
「別の術式の応用ですね。魔力波長は合わせていますし、問題なく可能だと試算しています」
ウィズが俺の頭上で肯定するようにこくんと頷く。それからマジックサークルを展開。カドケウスとバロールにも協力してもらって対話の空間から外部の様子を見たり、外部の力を役立てられるようにする。
術式にナヴェルが応じて、意識が潜り込んでいく。目を開くとそこはナヴェルの仮想内部空間と呼べるような空間だった。
迷宮核ほど遠大ではないが、結構広大な空間だ。ナヴェルの魂もまた、青白く輝く光の球体として空間の中心部に存在している。中枢が恒星ならばナヴェルの器官はその周囲を回る惑星だろうか。星々の間に無数の光の線が繋がり、ひときわ強い輝きがその間を行き交う。神経網だな。
それから……空間の端の方に蟠る黒い靄。俺の抱いているイメージに近い形になっているかな。
このスケール感ならば……もっと細かな作業ができるな。
「では、始めていきます」
『よろしくお願いします。しかし、これでは、あなたも危険では……?』
俺の言葉を受けて、内部空間にナヴェルの声というか、意思が響く。
「問題ありません。承知の上でのことです」
スケール感が変わっていて直接相対している、ということは、あの黒い蟠りも俺へ害を及ぼしやすくなっている、ということだ。呪法生物のような性質があると仮定するならば、確かにナヴェルの言う通り危険はあるが……あれはまだ、ナヴェルの内部空間に入ってきた俺の意識を知覚していない。それに、対策は既にみんながしてくれている。すなわち、外で行われている祈りが、そのまま俺達の守りとなり、力を行使するための源泉ともなる。
必要になるだけの、多数のマジックサークルを展開する。動きを封じるための術式。その一つ一つが、外部世界では微小と言っていい規模のものだ。
魔法的な極小世界での精密な術式操作。その精度を高めるための内部空間での同調。
「行くぞ――」
共に仮想空間に連れてきたウロボロスを眼前に構え、ジェーラ女王の宝珠も利用して射程距離を伸ばし、術式を行使する。奴の周囲に無数の輝きが生じた。その、次の瞬間。
ライトバインドとマジックシールドが全域に展開する。動きを封じるためのライトバインドと、遮断するためのマジックシールドだ。同時に――ナヴェルや俺を守るように、祈りの力が周囲を取り巻いて輝く。
『何という……まさか、これ程の……』
ナヴェルが驚きの声を漏らし、その感情に連動するように星々の間を行き交う輝きが激しさを増す。
奴はここにきて異常を察知し、身をよじるように蠢く。その動きは術式に従ってのものか、それとも簡易の魔法生物、呪法生物のようなある程度の意識に基づく判断なのか。
だが、気が付いたところで、初手から拘束してしまっている。満足な対応はできまい。
ナヴェルの一部に絡みついている部分はライトバインドで身動きを封じているし、新たに触腕を伸ばそうとしてもマジックシールドで即座にブロックされる。
力を加える事でライトバインドが輝きを増し、シールドに激突して火花が散って。黒い靄の周辺で無数の光が瞬く。
そんな光景を眼下に眺めながら、覚醒能力を解放する。身動きを封じられたら次なる手はナヴェルと触れている部分から干渉する事だろうから。
だが、そうはさせない。規模が大きくなっているとはいえ、単なる術式であるとか、簡易の呪法生物程度が覚醒能力の干渉力から逃れられるわけがない。
金色の輝きを散らすウロボロスを振るえば、一閃された空間から上下に広がるように時間停止の波が広がっていった。俺を信じて受け入れてくれているナヴェルも、侵食している奴も、完全に動きが停止する。
「さあて――行こうか」
笑う俺の言葉にウロボロスがにやりと笑って喉を鳴らす。ウロボロスの先端に輝く魔力を刃に変えて、仮想空間内部を疾駆した。惑星の間を駆け抜けながら、絡みついている奴の触腕を、残らず魔力の刃で分断していく。分断したら次の部位へ。次の次の部位へと。
残らず断ち切ったところで眼前にウロボロスを構え、覚醒能力を解除する。何もかもが認識されない、刹那にも満たない間の出来事だ。
ナヴェルや奴の視点から見れば、一瞬にして絡みついていた箇所が断ち切られて俺が瞬間移動していた、という事になるだろうか。
想定外の挙動と展開に、奴が戸惑ったとも術式に齟齬が起きたとも取れるような動きを見せる。そう。それだけの隙があれば十分だ。
次の瞬間には封印術を叩き込んでやる。光の楔を打ち込まれて、奴はナヴェルにそうしていたように鎖に絡め取られていった。




