番外1563 魔物の巣
大小様々な穴が複雑に入り組んだその空間を進むと、程無くして変化があった。
コルリスがぴくりと身体を揺らし、足を止めたのだ。鼻をひくひくと動かして警戒を促すように低い唸り声をあげる。
「何か潜んでいる、か」
見える範囲に生命反応は、ないが……横穴はどうだろうか。ある程度の壁程度なら透かせるが……。
『ルトガー達のにおいは、この先に続いてるそうよ。でも嫌な臭いがするって言っているわ』
「確かに、ここは嫌な雰囲気がするのう」
ステファニアの言葉にロベリアが頷く。
「……戦闘の痕跡もあるな。さっきみたいに遺骸は残っていないけれど」
血痕のような跡も残っている。ステファニアからの情報だと人の血のにおいではない、という事だが。魔物にとっては軽傷だったか、それとも倒された遺骸を共食いでもしてしまったか。
「矢が落ちているな。進行方向からこちら側に向かって撃たれていて。恐らくここを進んだところを背後から襲われたんだろう」
分析したところを口にすると全員が改めて武器を手に身構えていた。
「どうなさいますか?」
「隠蔽の術式を展開しながら危険を承知で進むしかないね。地形から想像される魔物はワームや蛇、虫系の類だけれど、ルトガー達を追いかけて行ったかも知れない」
「迂回路を探す時間もないな。危険が迫っているかもしれない」
ペトラの言葉に俺やレアンドル王が答える。隠蔽フィールドは維持したまま。但し地面からは少し浮く。姿を隠していてもちょっとした振動を感知して襲ってくる可能性があるからだ。コルリスもアンバーも今度は地面を潜行せず、可能な限り空中を泳ぐような形で移動していく必要があるだろう。
襲われた場合は――コルリスに道案内を継続してもらいながら、撃退しながら進む。
そう方針が決まったところで俺達はコルリスに続く形でその空間へと進んでいく。周囲に魔物がいると承知で踏み込んでいくという事もあり、皆緊張感のある表情だったが……怖気づいているという感じはしない。バイロンも決然とした表情で周囲の状況を探りながら歩みを進めている。相当気合が入っているな、これは。
横穴内部を覗いても……そこに生命反応はない。ただ、何かの生物の巣穴なのか、生命体が潜んでいた有機的な物体を見つけられたし、そこら中から魔物の臭いがするとアンバーも教えてくれた。やはり、何かが這い出してきた痕だと見て間違いなさそうだ。しかも獲物と見ると大挙して襲ってくるタイプ。生態からすると絶食の期間が長くても大丈夫そうだ。やはり昆虫やワーム系の魔物の類だろう。
生命反応も――発見した。が、隠密フィールドをかい潜れる能力を持っていないのか、それともルトガー達同様に後ろから襲ってくるつもりなのか、動きを見せない。
「そこの――小さな横穴に潜んでいる。ただ初めて見る魔物だし、相手をしている時間も惜しい。生態や索敵能力を見るという意味でもこのまま進んでいこう」
「全く動きを見せなかった場合、私に任せては貰えませんか? 多少なりとも情報収集ができるかと」
「うん。この近くでは単独で残っているみたいだし、オルディアの能力なら何かしら分かるかもね」
相手の力を封印して結晶にするのがオルディアの能力だからな。結晶にして触れる事である程度の情報収集をしながら無力化できる。
そのまま静かにすれ違い、殿側に一時的に移動していたオルディアが、動きがないと判断したところで頃合いを見て魔力を叩き込んだ。
不意打ちを受けて穴の中から反射的にそれが飛び出してくるが、そこまでだ。やや見当違いの方向に飛び出したものの、悲鳴すら上げられない。身動きすら取れない状態になって、半分飛び出した体勢のままで力なく穴の淵からぶら下がり、ぴくぴくと痙攣していた。
基本的なところでは非殺傷な能力なので生命反応はあるが、それだけだ。
飛び出してきたのは……やはりワーム系の魔物だ。ムカデのような牙。鋭い突起を備えた装甲のような体表と、かなり攻撃的なフォルムだ。
十分な余力を持たせて叩き込まれたオルディアの能力によって能力が余さず結晶として分離されて彼女の手元に飛来してくる。
そうして俺達は歩みを前に進めながらもオルディアの持ってきた結晶を見せてもらう。
「結晶から受ける魔力による感覚的な話になってしまいますが、かなり本能的に動いて、攻撃性が高いのではないかと思います。印象から近い部分を上げるとするなら……オーガであるとか、あの辺の攻撃衝動や本能に根差した動きをする系統の魔物、ですね」
そんな風に分析するオルディアである。なるほどな。オーガも近くを通りかかる生き物を見かけたらとりあえず攻撃をしかける、ぐらいの危険な魔物ではある。
「こんな魔物に追われているとするのなら急ぐ必要がありますね」
怪我人もいるようだしな。俺の言葉にレアンドル王も真剣な表情で頷く。
コルリス、アンバーの探知と案内が頼りだが、あまり派手に動いて他に潜んでいるワームを引き寄せて戦闘になってしまっても本末転倒だ。
焦れるような気持ちもあるが……確実に追跡をしていかなければ意味がない。魔物に退路を断たれて撤退しながら進んだとなると、ベストな道は選択できないということなのか、途中で曲がったり、逃亡しながら闘気の一撃で応戦した痕跡が見つかったり、ルトガー達の足跡が見受けられる。ただ、においが枝分かれしたりはしていないので現時点でははぐれていないし脱落者も出ていないようだ。ルトガー達も冒険者も、優秀なのが伺える。
ルトガーは元々教導役だからな。その下で訓練しているドラフデニアの武官達も結構な顔ぶれという事になるか。
そうやって幾度か道を曲がりながらも進んでいくと――セラフィナが言った。
「何か……音が聞こえる」
セラフィナがその音を拡大してくれる。それは、剣戟の音や気合の声だ。誰かが戦っているという事で。
「近いな。ここからは急ごう」
「襲ってきても足止めはしましょう」
オズグリーヴが煙を展開させつつそう言ってくれる。
「ああ。現地に合流して加勢するのを最優先で動く」
コルリスとアンバーはこくんと頷き、そして少し速度を上げて、においを辿りながら進んでいく。生命反応の輝きが視界の隅にちらつく。移動速度を上げた事で隠蔽フィールドの効果も完全ではなくなる。反応して飛び出してくる影もあるが、皆一切合切を無視し、一丸となって突き進む。オズグリーヴの煙が横合いからの妨害を遮断してくれているからだ。
煙は皆がはぐれるのを防止する役割も担ってくれている。コルリスとアンバーが突き進んでいく経路以外を遮断し、移動に集中できるようにしてくれているわけだ。
心配がいらないと分かるとみんなも段々と速度を上げて。コルリスとアンバーも結晶の鎧をまとって正面からの攻撃に備えつつも道を突っ切っていく。
そうして――。
「見つけた!」
「ルトガー……!」
不意に開けた空間に出た。そこで目にしたのはのたうつワームの群れと、光輝く結界のようなものを背に、得物を振っているルトガー達と冒険者達の姿だ。その背後は切り立った崖のようになっていて。追いつめられての応戦というのが見て取れた。
「陛下っ! テオドール公も!」
ルトガーがこちらを見て声を上げた。
「このまま突っ込んで切り崩す!」
「おおぉぉおっ!」
俺の言葉に皆から裂帛の気合が返ってくる。コルリスとアンバーが咆哮を上げ、バイロンが剣を抜き放ち、そうして俺達はワームの群れに向かって突っ込んだ。