番外1535 冥精の翼と
「ふふっ。旅行、楽しみねえ」
仮面をつけた母さんが、にこにこと笑う。シルヴァトリア旅行の準備ということで、用意した食料品や水といった物資をシリウス号へ積み込むために造船所へと向かった。
母さんの仮面もいくつか用意できているので、外出の際はそれらを付けて外に出るようにしている。デフォルメされたドクロの意匠は結構気に入ってくれているようではあるかな。今日身に着けているものにもそうした意匠が施されている。気分で変えられるように仮面のデザインは変えているが、ドクロの意匠を気に入ったということもあって、共通してワンポイントどこかにあしらっていたりするのだ。
「テオドールにとっては自身が孤児院の者達を招待している形ではあるが、儂らにとっては娘や孫、曾孫達の歓迎でもあるからのう」
母さんの言葉にお祖父さんが笑って応じる。
「観光旅行でもありますから、僕も楽しみですね。孤児院の方々を招待していますけれど、院長先生方と共に引率や護衛役を担うつもりでいますが、それはそれとして楽しんでいい場面では楽しませてもらおうと思っています」
「うむうむ。それがよかろう。陛下も魔法騎士団を動かしているのはそういうところが理由であろうしな」
エベルバート王の気遣いはありがたい事だ。そんなわけで、用意してきた食料品をシリウス号に積み込む作業を進めていく。
食料品に関しては……万一の状況にも対応できるように同行者の人数分、多少余分な日数に対応できるぐらいの量を持っていく形だな。
冷凍してあったり、燻製にしてあったり、そもそも保存の効くものであったりするので、余ったら他の場面で活用できるので無駄がない。発酵魔法の応用で保存状態を上げているので劣化しにくいというのもあるな。
運搬用ゴーレム達が樽や箱を運び込んでいく様を、ラヴィーネと共に見守るアルファである。
アルファはいつも造船所に来るとどこからともなくシリウス号周辺に顕現してくるのだが……今日はラヴィーネと共にフォレスタニアから同行してきているな。番になったことで少し行動の変化が見られるアルファである。
一緒に造船所まで来たが、到着してからの行動は普段通りだ。ラヴィーネと共に甲板の上――タラップの脇を固めるような位置に登って作業風景を見ている。ラヴィーネと寄り添っていて微笑ましいというかなんというか。べリウスは城で留守番だが……そんなアルファやラヴィーネの様子を見てこくんと首をそろえて頷いていたりする。
べリウスに関してはアルファとラヴィーネのことを温かく見守っているという印象があるな。迷宮深層の守護者として同僚でもあるから、というのはあるのだろうが。
物資の運び込みについては目録の確認が終わったところで甲板にゴーレム達が運び、そこからピエトロの分身達やアピラシアの働き蜂達が一斉に船倉や氷室に運び込んでいく。
物資の量がそんなに多くないということもあって、運び込みの作業自体はそれほど長くかからなそうだ。
人手は足りているが、母さんも楽しそうに運び込み作業を手伝ったりしていた。
「みんなのお話を聞いていると、出かける前のこういう準備も楽しそうだったのよね」
そんな風に言って笑みを見せつつ、楽しそうに動いている母さんである。冥精となって翼が生えているということもあって、樽を抱えて甲板に持って行ったりと、術式に頼らず翼を使っての動きを試しているという感もあるな。
「翼の調子は如何ですか、リサ様」
「うーん、そうね。なかなか良いものよ。術式で翼を形成して飛んだり……元々慣れていたところもあるから、本当に自分の身体に翼がついてもそんなに違和感もなかったし」
グレイスが尋ねると母さんがそう答える。
「案外そうした姿が今の冥精としての姿に繋がっているのかも知れないわね」
「確かにそれはありそうかも」
ヴァレンティナの言葉に母さんは少し苦笑して同意する。聖女として見られていた事や術式による翼の形成による戦い方といった要素が、母さんに向けられる想いに影響を与え、冥精としての性質にも影響があったというのは有り得る話だ。
そんなやり取りを交わしつつ、飛んでいく母さんである。目をぱちくりとさせて飛んでいく母さんを見やるオリヴィアに、みんなも微笑ましげにしているな。
今日もみんなと一緒に子供達も外出している。暖かく、暑すぎない時期ということで、外に遊びに行くには良い時期だ、積み込み作業で物資の量も多くないのであまり時間もかからないしな。
作業現場から少し離れた位置で子供達と一緒に見学である。
外出に慣れる事にも繋がるというか。子供達自身でなく、俺やみんなにとってもそうだ。こうやって一緒に外出することで色んな場面に対応したりする予行練習にもなる。
そうやってみんなと一緒に作業を見守り、やがて積み込みも終わる。
「よし。これで後は、出発の日を待つだけだね」
「ん。久しぶりのみんなでの旅だし、孤児院のみんなも一緒だから、楽しみ」
確認作業を終えて言うと、シーラも耳と尻尾を反応させて頷いていた。シーラとイルムヒルトにとっては親しい人達が多いので期待感が高まっているというのは分かる。
俺にとっても七家の人達が待っていてくれるのでそうだな。ともあれ後数日で出発となる。まずはエリオットの領地に向かって移動し、オルトランド伯爵領の人達にも顔見せしつつシルヴァトリアに移動していく、ということになるな。
オルトランド伯爵領の人達にエリオットとカミラ、ヴェルナーが揃っているところを見せたり、シルヴァトリアとの関係が良好であるところを見せたりする意味合いもあるからな。孤児院の子供達にもオルトランド伯爵領を見せる事ができるので、その辺も良い事だろう。
――そうして、シルヴァトリア旅行の出発当日がやってくる。
「それじゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃいませ、旦那様」
「お気をつけて」
出発前に見送りに来てくれた城のみんなとも言葉を交わす。
「うんっ。いってらっしゃい。不在の間の守りは私達に任せてね」
セシリアと共に明るい笑顔で応じてくれるユイである。オウギも一礼し、ヴィンクルもにやりと笑っていた。
「ああ。ありがとう。迷宮の方で滅多なことはなさそうではあるけれど、そっちで出番になるようなことがあればこっちから支援する」
ラストガーディアンが城の守りとして残ってくれるのは安心ではあるが、ユイやヴィンクルに関しては本業があるからな。まあ……ラストガーディアンの出番があるような事態なら何をおいても優先されるのは当然ではある。
ゲオルグやフォレストバード達も、ラストガーディアンが前に出なければならないような事態がないようにヴィンクル達を支援します、と言って気合を入れている様子であった。
今回は氏族の子供達が同行するということもあって、テスディロス達も俺達と一緒だからな。代わりにシオン達やカルセドネ、シトリアは留守番という形ではあるが、ユイやヴィンクル達と修行をしながら城のみんなを護る、と頷きあったりしている。
そこにアドリアーナ姫も姿を見せた。
「おはようアドリアーナ」
「ええ、ステフ。おはよう」
笑顔でステファニアと挨拶をしあうアドリアーナ姫である。俺やみんなとも朝の挨拶を交わす。では――孤児院へと移動していこう。サンドラ院長や子供達も今日を楽しみにしてくれていたようだからな。俺達の迎えを待っているはずだ。
合流したらそのまま造船所へ向かい、いよいよシルヴァトリア旅行の開始である。