番外1533 孤児院との繋がりを
シルヴァトリアに関係する童話、民話の本を何冊か見繕い、出発のための準備も諸々進めていった。執務を始めとした日々の仕事。アルバートやエリオットのところに足を運んで循環錬気。そうした事を行いつつ、一日一日が過ぎていく。
孤児院にも少し顔を出して、出発に際して困っていることはないか尋ねてみた。
「旅の支度に関して、何かお困りのことはありませんか? 割と大人数での旅行という話になりましたし、こちらの提案でもありますので、何か問題があればある程度の対応はできるかと思います」
そう伝えると、サンドラ院長は少し思案を巡らす。
「んー……そうですね。包帯など、念のための備えはこちらで用意しています。月神殿が母体ですので、治療関係の魔道具も備えがありますし、食事は用意していただける、という話でしたね」
「はい。招待しているのは僕達ですから」
移動中の食事、飲み物は俺達やシルヴァトリア側で用意しているからな。まあ……個人が携行する携帯食、保存食に水筒があれば、仮にはぐれた場合でも対応できるようになって安心なのか。干し肉等の保存食を配布できるように用意しておくか。水筒もあれば尚いい。
治療関係の魔道具がある、というのは良いな。月神殿の孤児院への対応の良さが伺えるというか。警報装置や結界といった備えは以前に俺達もしているし、念のためにその辺の備えを見せてもらうか。
「備えの魔道具等を見せていただいても構いませんか? 足りないものがあれば補うこともできるかなと思いますし」
「勿論、構いませんよ。境界公に見ていただけたらより安心ですね」
サンドラ院長はそう言って、そういった品々を収めている宝箱を見せてくれた。
職員室の一角にそうした品々を収めた鍵付きの箱が置かれている。持ち運べないよう金具で固定された、結構頑丈そうな宝箱だ。
俺達は自分達が工房関係者なので素材も術式調達、加工も自前なので安く済んでいるが……魔道具は一般的にそれなりの値段もするので、これぐらいのセキュリティは当然ではあるだろう。
サンドラ院長が鍵を開けて、用途を説明してくれた。
「なるほど。治癒用の魔道具……備えとして良いものですね」
治癒や解毒。緊急時に備えたものがほとんどではあるな。消火用の魔道具もあるそうだが、そちらは広範囲を消火できるというもので建物そのものに埋め込まれるように備え付けてある、という話だ。
「何代か前の巫女頭様が、こうした魔道具作りにも才のある方だったと聞いておりますよ」
「なるほど……。それはまた貴重な品々ですね」
治療用の魔道具は銀のメダル型で、細かな意匠が施してあるな。同じ人物の手によるものというのが分かる。
裏面に文字が刻まれているな。子供達の健やかな成長と沢山の幸運に恵まれる事を願う、という文言が読み取れる。
「良い品ですね」
「ふふ。そうですね。職員達も誇りに思っています」
サンドラ院長の言葉に、孤児院の職員達も微笑んで頷いていた。
孤児院の職員達は月神殿の巫女達からの希望者が主だった者達だ。孤児院を出て神殿に入り、また孤児院の職員として戻ってきたという者もいるというからな。そうやって力になりたい、恩を返したいと思う者がいるぐらいに、良好な環境なのだろう。
シーラとイルムヒルトもそうだが、孤児院を出てからも気にかけているしな。
しかしまあ、そうなると必要な魔道具は孤児院でも自前で揃っているか。魔界探索用に用意した個々人用の位置特定の魔道具を持っていけば、保存食の準備と合わせて迷子対策になるから諸々安心だ。
事前に術をかけておいてはぐれた際に呪法生物を顕現させて道案内させる、といった事もできるな。これならば魔道具が無くても大丈夫だ。条件の抵触で発動し、解除条件を満たすまで顕現して効果を発揮し続けるというのは、矢印の呪法の応用であったりするから、やはりかける前に了承は必要だとは思うが。
後は……旅行に必要なものは着替えやそれを運ぶための鞄あたりか。滞在日数が多いわけではないから荷物の量もそこまででもないとは思うが。
「荷物は……そうですね。布包みで対応しています」
そのあたりのことを聞いてみると、そういう返答があった。
なるほど。まあ……そうだな。旅行鞄は確かに普段必要がないものだけに持ってはいないだろう。俺が即席で作るものでいいなら旅行鞄の用意ぐらいならできるか。形成するだけなので魔道具作りとはまた違うし。
「僕の即席でよければ、旅行鞄を用意しますよ」
「良いのですか?」
「そうですね。僕からも応援ということで。このまま作業に移れると思いますし」
少し驚いたような表情を浮かべる職員面々に笑って応じる。孤児院から卒院した後でも使い続けられるようなものが良いだろう。個々人の荷物を考えた時にどれぐらいの大きさがいいのか、と尋ねてみる。
年少組と年長組で必要な大きさが変わるだろう、とのことで。まあ、確かにそうだ。卒院する頃にはそれなりに荷物も増えているだろうしな。
卒院の頃には職業訓練や手伝いなどを経て、自分で多少の金銭を持っていたりするので必要なものがあれば自分で買える、ということらしいが、それにしたって小さな子は持っていないだろうし。
「では年少組には小さい鞄を渡して、これは普段孤児院側に預かってもらい……年長組には僕からの卒院の前祝いや餞別も兼ねて個々人に鞄を贈るというのはどうでしょうか? 後年改めて、鞄を渡すということもできますし」
孤児院とは良好な関係を維持しておきたいしな。毎年孤児院の面々とどこかに出かけるというのを恒例にするというのも悪くない。
「おお……! ありがとうございます。きっとみんなも喜ぶでしょう」
「でしたら良いのですが」
「ふふ。必要になるものですからね。門出の祝いとしてはこれ以上ないかなと」
サンドラ院長も大きく頷いてくれる。
必要になる、か。確かにそうかも知れない。うん。では、構築していこう。
軽量で丈夫なもの、というのが良い。そうだな。素材は木魔法による樹脂で、部位によって強度を変えればいいだろう。色と質感はある程度自由にできるしな。
デザインについては……使ってもらう当人達に見て判断してもらうか。
子供達に集まってもらい、鞄の話をすると顔を見合わせ、それから嬉しそうな表情を見せてくれた。
「良いんですか……!?」
「境界公のお作りになる鞄……すごそうです」
喜びに沸いている子供達である。
「まあ、普通の鞄以上のものではないけれどね」
魔法で作るとか素材が木魔法で合成した樹脂だとか、そういうところはあるけれど。強度や重量などはともかく機能的には普通の鞄だ。まあ長く使えるものを、とは思っているが。
ともあれ、喜んでくれているようで。というわけで、まずは幻影で鞄を構築していく。樹脂で構築するので、トランク型になるかな。景久の視点だと少しクラシカルな印象の鞄になる。年少組、年長組ともに大きさは違えどデザインそのものは基本的には同じだ。落ち着いたデザインなのは卒院後に使うのを想定しているからだな。
他に好みのものがあるならそれは個々人で買ってもらえばいいわけだし。
「こういうのはどうかな? 色はある程度変えられるよ」
「格好いい……」
「素敵だと思います……!」
こくこくと頷く子供達である。境界劇場を手伝ってもらっているブレッド少年も他の子供達と喜び合っているな。襲撃事件の時に守ろうとした年下の子に懐かれているというのも前と変わらず……仲も良いという印象だ。
そんな様子を見て、クラウディアやシーラ、イルムヒルトも満足そうに頷いている。
では、構築していこう。見本の色を何色か用意して中庭に置き、希望の色のところに集まってもらう。後はそれに合わせた人数分構築していけばいい。
まずは木魔法で樹脂を生成。それから魔法建築の要領で一気に構築していく。子供達の体格と職員達の意見に合わせて、ある程度大きさを変えてあるな。卒院時の荷物を入れるのに過不足なく、かといって大きすぎて不便にならなければそれでいいだろう。