番外1512 誓いや祈りと共に
俺に頷き返したテスディロスは祭壇より前に出て、魔法陣の中心部に立つ。静かに儀式が始まるのを待っている、という印象だ。魔力波長も落ち着いている。
一緒に祈るみんなも準備はできているといった様子だ。真剣な面持ちでこちらを見てくる。
「それでは、始めたいと思います」
俺の言葉にみんなも各々、祈りの仕草を見せる。グレイス達や城のみんな。タームウィルズの面々。国内外から駆けつけてくれたみんな。人、精霊、魔物や魔法生物に妖怪、魔界のみんな。レイス達や冥精達。それから氏族達。
この場にいる者、水晶板越しに祈ってくれている者。全員が解呪とその後の平和のために祈ってくれている。その姿を記憶し、振り返って祭壇に向き直り、祭具を手にとって俺も詠唱を開始する。
「我ら――ここに祈らん。魔人テスディロス。これなる者の器と魂と縛める呪いより解き放ち、我らと彼らの平穏のうちに暮らす道に光明が示されん事を願い奉る。月の系譜に連なりし誇り高き氏族達の盟主と、今一人の主より託された想いに誓い、我らの結束と決意を、彼の時に交わした約束への返答を、改めてここに示すものなり」
思えば……色々あったものだ。母さんとの事。タームウィルズに出てきてからの魔人達の戦いやヴァルロスやベリスティオとの約束もそうだが……その後の氏族達との出会いにしても。
エインフェウスの事件に絡んだオルディアとの出来事。ベリスティオの啓示によるオズグリーヴとの話し合い。隠れ里の人達。
それに、海底洞窟の探索とエスナトゥーラやその氏族達の捜索。ルドヴィアとザンドリウス達との出会い。残された氏族達の結集とゼルベルの協力。
それだけでなく、集まった氏族達と世界中を巡って、色んな物を見たり事件の解決に奔走したりもした。冥府でヴァルロス達と再会を果たし、共に背中を預けて戦った。
出かけていなくても日常で接して、解呪した氏族達との交流も重ねてきた。
テスディロスやウィンベルグも……ずっと力を貸してくれていた。ヴァルロスとの約束の後の、月でのイシュトルムとの戦い以降、ずっとそうだ。
だから解呪やその後の暮らしがテスディロスや氏族達にとっても、周囲の人達にとっても、穏やかで良いものになって欲しいと、そう思う。
詠唱や脳裏に浮かぶ想い、記憶と共に祈りの力が大きく高まり、魔法陣が輝きを宿す。月女神や高位精霊達の力。みんなの祈り。ヴァルロスやベリスティオ達……冥府からの想い。
様々な人達の想いが集まってくるのが分かる。長い戦いの歴史を経てきただけに、解呪儀式では母子の無事を祈るそれよりも様々な種類の想いが混ざる。それでも……これからの門出が良いものになるようにという感情が強い。温かさや優しさを感じる、未来への希望が込められたものだ。
最後の解呪という事もあって、集まってくる想いも今までの儀式に輪をかけて沢山の人達のものだな。それらを束ねて、高めていく。
それらに対する、テスディロスの想いも。ヴァルロスの言葉に対しての思い入れもあるのだろうけれど、テスディロス自身も氏族達の平穏を願っているというのが分かる。
それから……氏族達以外に向ける想いも。
俺とテスディロスは言うなればヴァルロスの言葉を受けて協力者、という立ち位置から始まったものではあるが、それでも深い感謝の気持ちを向けてくれている。受け入れてくれているみんなに対してもそれは同じだ。
元々協力者という前提があって、その点での迷いがないからな。テスディロスはあまり思うところを口にせず行動で示すようにしてきたけれど……その内心がこういう気持ちであったというのは俺としても嬉しく思う。
ヴァルロスの想いや氏族達の平穏を願って動いてきた……そんなテスディロス当人も解呪後の暮らしが、平穏で楽しいものになるようにと俺からの願いも込めていく。
慰霊の神殿の内部――魔法陣や祭壇を中心に、温かな祈りと魔力とが渦を巻く。高まる力が注がれていき――そして。
ガラスのようなものが割れる音と共に、テスディロスを魔人足らしめていた最後の呪いが、弾けて散る。背中から散った光の粒のようなものが、渦巻く煌めきの中に散っていく。
ああ、これは……何と言えばいいのだろうか。最後とは言え、それは節目であり他の解呪儀式と変わらないと思っていたけれど。解呪した瞬間に不可思議な感覚があって。
言語化するなら……砕けた呪いが消えた瞬間に、その一点から清浄な波がどこまでも拡がっていったような……。世界全体に小さな変化が起こった、ような、気がする。そんな不思議な感覚があったと言えば良いだろうか?
現世から魔人としての呪いが消えたから……だろうか。楔となっていたものが世界からなくなった、と。そうした推測を裏付けるように、ティエーラもこちらに顔を向けて微笑んでいた。
先程の感覚は神殿にいるみんなや水晶板の向こうにいる面々にさえ伝わったようで、各々目を瞬かせたりしている。
テスディロスも驚いたような表情ではあったがやがて目を閉じて、拳を握って静かに頷く。解呪された事による今までとの違いや、世界の小さな変化はテスディロス当人にも伝わっているのだろう。
「皆の気持ちと共に……世界が少し変わったような、そんな感覚があった」
「少し変わったというのは……うん。多分、そうなんだろうね。世界から一つの呪いが消えたわけだから。俺も儀式へのみんなの想いや、テスディロスが考えていた事を知ることができたような気がする」
そう答えると、テスディロスは少し目を細めてふっと穏やかに笑う。
それから列席してくれた人達に振り返る。
「ありがとうございます。お陰様で最後の解呪を無事に終える事ができました」
「先程の祈りに込められた想いや願いに触れることができた。感謝している」
俺の言葉を受けて、テスディロスも一礼する。みんなも穏やかな笑顔を見せて、惜しみない拍手を送ってくれた。
氏族達もまた、テスディロス達に拍手を送りながらも祝福される側だ。
「最後の解呪が終わったのは……本当に喜ばしい事だ。氏族の今後が平穏と喜びに満ちたものになる事を願っている」
「ありがとうございます」
祝福の言葉をかけられて、笑顔で応対したりと、慰霊の神殿は和やかな雰囲気である。
さてさて。この後はフォレスタニアやタームウィルズを氏族達と共に少し移動して、住民達に解呪が成された事を周知し、フォレスタニア城でお祝いの宴を行ったり、住民に料理や酒を振る舞ったりといった流れになるわけだが……。
水晶板で見る限りだと……何となくではあるが最後の解呪がなされたのではないかと察しているような様子も見られる。解呪の瞬間、清浄な魔力が広がっていったからな。それが伝わる中で何が起こったのかに想像が及ぶ者もいた、という事なのだろう。
「街中は既に察している様子だけれど。先んじて伝令を出して、周知しておくのが良さそうですね」
「では、それに関しては我らで進めておきます」
俺の言葉にゲオルグも笑顔で頷いて、ミルドレッドと少し言葉を交わして手早く段取りを打ち合わせ、指示を受けた武官達が伝令に走っていく。そうだな。何となく察するものがあったとしても、公的な通達があった方が住民や冒険者も、氏族を見た時に反応しやすいだろうと思うし。
「テオドールも……嬉しそうで何よりだわ」
「ん。約束だったからね。無事に最後の解呪まで進められて良かった」
「ふふ、おめでとうございます」
「おめでとうございます、テオドール様」
穏やかに微笑むクラウディアにそう答えると、みんなも笑顔を見せて祝福の言葉をくれる。この後、シリウス号に乗って街中のタームウィルズの上空を巡ったりするので、ヴァルロス達とも言葉を交わすタイミングが作れるだろう。




