番外1510 儀式の前夜
「こうして世界中から人が集まり、平和の礎や皆の安寧を築くための祈り――解呪の儀式に協力してくれることを嬉しく思う。明日の儀式を迎えるにあたり、万全の体制で過ごせるよう歓待の席をジョサイアが用意している故、ゆっくりと楽しんでいって貰えたらと思う」
メルヴィン王の口上に、列席している面々から拍手が起こる。隣に立つジョサイア王子も穏やかな笑顔で一礼して拍手が起こっていた。歓待の宴席についてはジョサイア王子が主体となって準備を進めたわけだ。
その辺の事を静かに伝えるのも意向を内外に知らせる意味もあるのだろう。
メルヴィン王が酒杯を掲げると、列席している面々もそれに続く。「平和と安寧のために」と声をあげれば、皆もそれに続く。そうして皆で酒杯を傾け、王城での歓待の宴が始まるのであった。
俺はと言えば、みんなとの挨拶も出迎えの際に終わってはいるからな。程々の所で切り上げてフォレスタニアに戻る予定である。
みんなも乾杯してはいるが、明日に儀式列席を控えているからな。今日のところは酒杯も控えめで、全てが終わったら改めて心置きなく祝いの席で楽しもうという話になっている。
「儀式か。明日が楽しみだな」
「そうですな。ルーンガルドにとっても歴史的な事ですから」
メギアストラ女王が言うとファンゴノイド族のボルケオールも大きく頷いていた。ボルケオールは上機嫌な様子だ。ファンゴノイド族としては最後の解呪とそれに伴う祝いやそこからの変化等々を見届けて知恵の樹に記憶できたら嬉しいという事のようで。
魔界の誕生も月の民やベシュメルクの戦いとの関わりがあるだけに、無関係というわけではない。同じ出来事に端を発して枝分かれしていった出来事でもある。
ルーンガルド側の事件の結末として月の民、ベシュメルク、魔人達の問題が解決されて平和的な形での新たな門出、となるわけだし、そうした多種族間での友好、融和に関して言うなら、魔王国もそうしてきた背景があるからな。
だから、こうして応援してくれているというのは有難い話だ。そうした多種族背景についてはグランティオスにエインフェウス、イスタニアにネシュフェルあたりもそうだな。
海の民、獣人達とエルフ、人々と森の小人。旧王国とギメル族達との融和……そうした背景のある国々だけに、魔王国と同様、喜んでくれているという印象がある。勿論、他の国々もそうだけれど。
メギアストラ女王とは先代魔王――セリア女王の幻影劇の進捗に関する話も少し出た。素材作りと調整も順調だが、母子の体調や経過に関する事もあるからな。
ともあれ、時期的にアルバートとオフィーリアの状況が落ち着けば、幻影劇も色々と前に進んでいくのではないかと思う。
「ふっふ。楽しみにしている」
メギアストラ女王はそうした状況や予想について話をすると、満足そうな笑みを見せるのであった。
そうして、王城での歓待も少ししたところで切り上げてフォレスタニアへと戻った。
人が多く集まっているという事もあって、通信室に入ってくる中継映像は賑やかなものだ。各国の面々と顔を合わせて少し言葉を交わしたり、みんなと過ごしつつ、明日に備えるという形だ。
「というわけで、明日はかねてからの予定通りかな。時間の変更もないけれど、実際に動く前に連絡を入れると思う」
『分かった。神格から伝わってくるから中継映像はなくとも、こちらとしても大きな問題はないが心構えはできるからな』
『テスディロスや氏族達のこれからの事も……よろしく頼む』
ベリスティオやヴァルロスともそんな言葉を交わす。リネット達も一緒にいるな。独房組にも既に連絡は取っているとの事で、当日は独房組の面々も祈りに参加してくれる、との事だ。
『ザラディやウォルドム、アルヴェリンデからは応援している、これからも見守っていると伝えて欲しいと言われたよ』
『ガルディニスは……相変わらずだが、あれでテオドールを個人的に気に入っているというのは間違いないようだからな』
ヴァルロスの言葉を受けて、ベリスティオも苦笑しながらもそんな風に補足してくれた。儀式の祈りには参加する、という事なのだろう。
そんな言葉に、俺もテスディロス達と一緒に笑って頷く。他の面々とのやり取りもあるので冥府との通信はそんなに長々とはできないが「うん。明日はよろしく頼む」と伝えると、リネットも静かに頷く。
『まあ……これで問題が全て解決ってわけじゃないんだろうが、区切りやけじめっていうのは必要だからね』
『そうだな。俺もレイスとしての活動はしっかりとしていかねばな』
『現世に対しては祈りぐらいしかできる事がないけれど、私も応援しているわ』
「ああ。ありがとう」
ゼヴィオンやルセリアージュにもそう答えて、ベル女王達にも挨拶をしてから一先ず冥府との通信を切り上げる。
「いよいよ明日、ですか」
「確かに、問題が全て無くなるわけではないけれど、やっぱり歴史の節目というとすごい事よね」
冥府との通信が終わったところでグレイスやステファニアがそう言って笑顔で頷き合う。
当人であるテスディロスはと言えば、そこまで気負ってはいない、という印象だ。
「最後の解呪ではあるが……それで自分が魔人を代表して臨まねばとは思っていない。ヴァルロス殿との約束ではあるから俺にとって最後まで見届けなければならないもので、大事な話ではあるがな。テオドールのお陰で、色々落ち着いた気持ちで臨む事ができている」
そんな風にテスディロス自身は笑っていた。瞑想やら農業学習、それに先日のテスディロスとの会話も経て、そうした気持ちで儀式に臨めるというのは結構な事だと思う。
ウィンベルグ達もテスディロスのそんな様子に安心しているしな。
一番喜んでいるのは、やはりシルヴァトリアやハルバロニスの面々だろうか。魔人に関する問題の解決は七家の長老達にとっての悲願でもあった。七家の面々は術師としては武闘派というか戦いを前提の技術を修めているが、決着という形に拘っているわけでもないしな。
「いよいよですね」
「私達も応援してる……!」
「ん……がんばって」
フォルセトもシオン達に祝福と応援の言葉をかけられ、穏やかに頷いたりしていた。
「私も、儀式に立ち会える事を誇りに感じます」
「ふふ。そんなシャルロッテちゃんが後を継いでくれるし、私も安心しているわ」
「リサ様……ありがとうございます」
そんな風に言って笑顔を向けあうシャルロッテと母さんである。そんなやり取りにヴァレンティナやお祖父さん達もにこにことしている。
ティエーラやコルティエーラ、ジオグランタに四大精霊王……テフラやフローリアといった高位精霊の面々も顔を出して応援に駆け付けてくれてと……こうして皆集まって話をしていると、改めて色んな人達が最後の解呪を待ってくれている、応援してくれているのだと感じる。だからと言うわけではないが……しっかりと、但し気負い過ぎて失敗しないように儀式を進めていきたいと、そう思う。
そうして……通信機でのやり取りも程々の所で切り上げ、明日の儀式に備えて早めに休んで、心と身体を落ち着ける、という事になった。
風呂場で少し冷水を浴びて精神集中をしたりしてから寝室に戻ってくると、みんなが子供達をあやしているところであった。
イルムヒルトの腕に抱かれたエーデルワイスがきゃっきゃと笑って、そんな反応にローズマリーも満足そうに頷いたりといった場面であったが。
「ん。何だか今日はみんな上機嫌。周囲の喜んでいる雰囲気とか魔力波長とか、子供達にも伝わるのかも」
「確かにそれはある、かも知れないね」
シーラの言葉に頷く。
魔力波長については循環錬気の影響もあるからか、魔力への反応がいい感じもするので、周囲の喜びが伝わっているというのは当たっているかも知れない。
「ふふ、可愛らしいです」
オリヴィアを腕に抱いてあやすエレナが笑う。オリヴィアもにこにこしながらエレナの頬を軽く撫でるようにしているな。
アシュレイがロメリアの尻尾を軽く撫でて手触りの滑らかさににこにことしていたり、グレイスがヴィオレーネに指を握られて微笑んでいたり……ローズマリーとマルレーンがルフィナとアイオルトを、クラウディアがオリヴィアを。それぞれ腕に抱いてあやしたりして、子供達が楽しそうな笑い声を響かせて、笑顔を向けあっていたりと……和やかな光景である。
「うん……。いいな、こういう光景は。明日に向けて活力が湧いてくる」
みんなの様子を見て、俺も尚の事明日の儀式に向けてのモチベーションが上がったというのは間違いない。俺の反応にみんなも笑顔で応じるのであった。




