番外1508 テスディロスにとっての喜びは
牧場見学もあったので、フォブレスター侯爵の直轄地に到着したのは少し遅い時間だ。一泊してから帰る、という事になった。オフィーリアの実家でもあるしな。アルバートと一緒に過ごせてオフィーリアは嬉しそうな様子だし、フォブレスター侯爵も娘夫婦が泊まりという事で上機嫌そうな様子で俺達の事を出迎えてくれた。
「エルケさんも、ありがとうございました」
「いえ。私も貴重な体験をさせていただきました。氏族の皆様の、これからのご活躍を楽しみにしています」
フォブレスター侯爵領に到着したところでお礼を言って挨拶をすると、エルケもそう言って一礼する。
エルケの言葉に、氏族の面々も笑顔で案内役をしてくれた事や、応援してくれた事にお礼を言って挨拶をしていた。
「中々充実したものになったようで、結構な事です」
そんなやり取りに頷くフォブレスター侯爵である。
「そうですね。開墾作業も牧場見学も、楽しませていただきました」
根の除去に関しても、闘気を使った面白いやり方をテスディロスやゼルベルが考案していたしな。闘気を使える面々が開拓村や開墾作業の場にいるかどうかはともかく、出来るというのは重要だ。他の場面、作業でも何かしら応用の利きそうな手法だと思うし、そうやって総意工夫を凝らしてくれるというのも良い事だろう。
今後も農業や畜産業に限らず、職業見学については何かしらやっていきたいところではあるかな。何に興味を持つか、誰がどんな適性があるかは、試してみるまで分からない。
現時点での適性がなくとも、好きこそ物の上手なれという言葉もあるしな。適性があっても研鑽を積まなければ中々大成はしないし、研鑽にしたって事情であれ趣味嗜好であれ、続けるための理由、動機が必要だ。
ともあれ講義や職業見学といったものが、氏族の面々の各々にとって天職だと思えるものを見つける一助になればと、そう思う。
まあ適性や身に着けている技能という話で言うなら、現時点でも武官や冒険者を選んでも十分にやっていけるが。フォレスタニアでも武官として歓迎できるし、冒険者としてもきっと歓迎されるだろう。
氏族達に関しては選択肢が増えるのなら喜ばしいという話ではあるかな。
そうしてオフィーリアとアルバート、エルケ達と共にフォブレスター侯爵に今日の開墾作業や牧場見学の話をしていると、夕食の良い匂いが漂って来て……のんびりとした時間が過ぎて行くのであった。
そうして明くる日……。フォブレスター侯爵家で朝食をとり、構築した転送魔法陣を消して元通りの状態にしてからタームウィルズに向けて俺達は出発する事となった。
「それでは、帰り道もお気をつけて」
「はい。またお会いしましょう」
「そうですな。その際はよろしくお願いします」
フォブレスター侯爵と言葉を交わす。オフィーリアの予定日に合わせて、アルバート達がこちらに来れば、俺も合わせて循環錬気をしにフォブレスター侯爵領にやってくる事が増えるだろう。侯爵とも顔を合わせる機会が増えるはずだ。
フォブレスター侯爵やエルケに改めて礼を言ってシリウス号に乗り込み、見送ってもらう形で飛び立つ。
侯爵領に一泊しているという事もあって、帰りの道中は時間的余裕もあってのんびりとしたものだ。
春のヴェルドガル王国の景色を、同行している面々や中継しているみんなと楽しみつつ、低速、低空で飛行しながら俺達はタームウィルズへの帰路に着いたのであった。
フォブレスター侯爵領での開墾や牧場見学は――氏族達にとっては良い刺激になったようで。迷宮村の畑の世話にもみんな積極的なようだ。
牧場で羊達の毛刈りを見学したのもあって、フォレスタニア城内の図書館で服飾加工関係の本を探してみんなで読んだり、動物関係に興味が向いた面々がシャルロッテと話をしていたりと、多方面で影響が出た、という印象だ。
ともあれ、迷宮村の作物育成も順調で結構な事だ。氏族達も色々とモチベーションが上がってはいるが落ち着いているからな。母子共に体調や経過も良いものだ。
テスディロスの解呪と、その祝いに向けての状況も問題なく推移していると言えよう。準備については大体終わっているので、日程が近付いている現状でも割と普段通りに過ごさせてもらっている。
「まずは解呪に向けてと気合を入れていたが、その後の事も考えなければな」
解呪当日の予定について話をした後で……テスディロスは思案しながらそんな風に言った。
「迷宮村の畑仕事や、この前の開墾や牧場見学の影響かな?」
そう尋ねると、テスディロスは目を閉じて静かに頷く。
「皆が活き活きとしているのは喜ばしい事だ。やりたい事を見つけ、新しい事に興味を向けている者もいる。翻って俺の場合はどうかと考えた時に……そうだな。ヴァルロス殿との約束やテオドールへの協力を目的として動いてきたからな。その事は誇りに思っているが、何と言えばいいのか。一区切りついたら仕事以外での……自分自身の目的や生きる上での楽しみのようなものを考えなければならないのでは、というように感じた」
と、そんな風に思っている事を教えてくれた。
仕事は現状に満足や納得をしているのだとしても、私生活でも趣味や楽しみを見出せたらと考えているわけだ。
「うん。意識して探してみるっていうのは、良い事だと思うよ」
笑みを向けて応じると、テスディロスは頷く。
「少しばかり意識して探すというのは違うような気もするのだがな」
「そんな事はないさ。やってみようって発起して実際気に入るのもれっきとした切っ掛けの一つじゃないかな。そういう契機は色々あって良いだろうし」
趣味や楽しみというのは意識して探すものというよりは自然の発露の結果として、というイメージはあるが……意識的に色々やっていく中でその中の何かに楽しみを見出すというのも、良い事だと思う。
一区切りついたところで改めて生き方を変えてみようと意識するのは、テスディロスの真面目さの表れでもあるだろう。だからこれが自然だとか偽りなのではないかとかそんな事は気にせず、自分に合ったやり方で進めていけば良いのだ。
そういった俺の考えを伝えると、少し笑って頷く。
「公私の内、公で言うならば迷いもないのだがな。趣味や楽しみとなると、あまり考えた事がなかったから中々に難しい」
「まあ、仕事が趣味だとか、その過程を楽しんでいたり、成果に喜びを見出すっていう人もいるけれどね。それはそれとして、いくつも趣味を持っていても良いわけだし」
そう言うと、テスディロスは顎に手をやって考えていたようだが……やがて少し驚いたような顔で頷きながら言う。
「今の話は……色々と参考になった。仕事の中で喜びをというのは今でもそうだが……契機は色々あってもいいというのも、趣味を色々持っても良いというのも……確かにそうだな」
そんなテスディロスの言葉に、俺も真面目な顔で頷く。
テスディロスにとっては……ヴァルロスとの約束は大事なものだからな。そこを重視しているからこそ、一段落つくところで自分自身にとっての望みや喜びとの違いであるとか、色々と考えすぎてしまうのだろうと思う。
魔人特性から解き放たれた者らしい悩みや考え方、テスディロス自身の真面目さの表れではあるが……氏族の面々が活き活きとしているところを見て「喜ばしい」と語ったテスディロス自身の想いがそのまま答えでもあるように思う。それはそれとして他に趣味を持っても良いわけだしな。
まあ……俺との会話がそうした悩みを晴らす事に繋がったのならそれこそ喜ばしい事だ。解呪の儀式にはすっきりとした気持ちで臨んで欲しいしな。
そんなやり取りを見ていたグレイス達や、ウィンベルグも微笑んだり静かに頷いたりするのであった。




