番外1507 牧場の仕事
エルケや皆と共に最寄りの町の代官に挨拶をして、開拓村の状況を伝える。手付かずだった森部分の拡張と柵の設置までは終わっているので、その分も考慮して資材を用意して欲しいと伝えると、代官は「承知しました。きちんとお伝えしましょう」と朗らかに応じてくれた。
「しかし、これほどの短時間で開墾を予定していた部分まで作業が進んでしまうというのは驚きですな」
「闘気と魔力を使って対応できる顔触れがこれだけ揃っていましたからね。こうした面々で分担作業をしたお陰と言いますか」
そう笑みを見せて応じると、代官も感心したように頷いていた。
「来た時にお話した通り、このまま牧場についても見学していきたいのですが」
「勿論喜んで。今回の訪問は手伝いでもありますが、解呪なされた方々に体験していただく場と聞いております。町の牧場もその一助となれるのであれば喜ばしい事ですからな」
では……皆で少し見学に行ってみよう。代官も牧場の面々に時間が許せば俺達が見学に行くかも知れないと伝えてくれているそうで。話が通っているならこちらとしても動きやすい。
シリウス号は動物達を驚かせないように少し離れた場所に停泊させる。オフィーリアの体調も確認してみたが、こちらも大きな変化はなく、安定しているという印象である。
牧場は……広々としていて解放的だ。俺達も少し離れた場所から道を歩いて牧場へ向かうと、牧場主と牧童が俺達を少し緊張した面持ちで迎えてくれた。
「境界公をこうしてお迎えする事ができて、光栄です」
「急な話に応対して頂いて、こちらとしても恐縮です。だからと言うわけではありませんが、気軽に接してもらっても大丈夫ですよ。のんびり見学して動物達を眺めて、普段の仕事の内容等を聞かせて頂けたら満足ですので」
というわけで自己紹介と挨拶をする。シオン達やカルセドネとシトリア、ザンドリウスにリュドミラと、近い年代の面々も挨拶をして、牧童達の緊張は割と解れたようだ。
「ふふ。よろしくお願いしますわ」
オフィーリアもその光景を見て微笑ましそうに言って、牧場主も少し和んだのか、笑顔で応じていた。
さてさて。そんなわけで牧場の見学をさせてもらう。
牛馬に羊、牧羊犬とのどかな風景だ。牧羊犬達と一緒に普段はこんな風に仕事をしている、と牧童達が実演までしてくれた。訓練された牧羊犬に制御された羊達の動きは中々に見物だ。牧童達の牧羊犬への指示も慣れたもので、一体となってきびきびと動く姿は見ていて小気味のよいものがある。
そうした姿は氏族の子供達にとっても刺激になるようで、きちんとした技能を身に着けた同年代の子供の様子に、憧れるような目を向ける氏族の子供達もいる。
羊達の毛刈りであるとか、牛の農耕の手伝いや乳製品、馬ならば軍用、馬車や荷車の牽引といった育成の意味と方針、具体的なやり方等々、牧場主も色々と説明をしてくれる。
「羊の毛刈りは暖かくなっていく時期に行うもので、今の時期に進めるものなのです」
まだ肌寒い時期に行ってしまっても駄目だし、遅すぎると羊が暑さで参ってしまったり、冬に毛が伸びるのが間に合わなかったりする、との事だ。
その他にも毛刈りの際は怪我を避けるために身動きをさせないようにして、羊にそれなりの負担がかかるので吐いたりしないように餌を抜いたりと、少しの下準備が必要だという。
「今日もあと数頭の羊を毛刈りする予定でしたので、時間が許すのであれば見学して行かれてはいかがでしょうか? 見学に来るかも知れないとお聞きしておりましたから」
「良いのですか?」
「はい。手際や刈った毛の仕上がりも重要になってくるので、流石に経験のない方にお任せするというわけにいかないのですが……」
無論こちらとしては問題ない。開拓作業がどれぐらいになるか分からなかったので少し余裕を持たせて予定を組んでいるからだ。同行しているみんなも見てみたいとの事で、毛刈りを見せてもらう事になった。まあ、体験できないのは仕方ない。
体験するにしてはこちらも大人数だし、下準備も必要だ。畜産業は家畜が財産そのものなので大事に扱うものだしな。
羊毛も一年に一度だけ刈るものだし、何よりその後利用する必要のあるものだ。無駄なく刈らなければいけない。そうした話をすると、氏族達も納得するように頷いていた。
毛刈りも羊毛がどういった工程を経て得られるものなのかを学ぶという意味では見学だけでも有意義なものだと思う。バロメッツのウルスも植物園でのんびりしているな。当人に心地のよい温度、湿度を維持しているから毛刈りの頃合いは融通が利くが、毛刈り後の処理等も含めて学ぶ意味でもこちらでも進めていくのが良さそうだ。
というわけで羊の毛刈り風景を見せてもらう。牧童達も羊の扱いは手慣れたものだ。年少の牧童達が横たえさせて身体を固定し、年長の牧童が毛刈り用の鋏を使って手早く刈り取っていく。こう、厚みのある毛がごっそりと剥がれるように刈られていくな。この辺はやはり熟練というか、慣れが必要な技術だと思う。
『大人しくてかわいいですね……』
されるがままに毛を刈られている羊に、シャルロッテも喜んでいる様子だ。
「脂汚れや普段の生活の汚れがあるので、刈った毛は洗って利用できるように処理する必要があります。とはいえ色々と気を遣う毛刈りに比べれば、安心して進められる作業ですな」
牧場主もそんな風に教えてくれた。牧場で作ったチーズや牛乳もどうかと勧めてくれたので、折角なので購入させてもらう。お土産も購入していくが……まあ、普段の得意先に売る分の在庫が確保されていれば問題はあるまい。
魔道具による殺菌等の処理を施した牛乳や羊乳、牧場で作ったチーズやヨーグルトという事で。早速みんなで楽しませてもらう。
「フォブレスター侯爵家でもこの牧場の乳製品を購入したりしています。品質は確かなものですわね」
「恐縮です」
オフィーリアの言葉に、牧場主が一礼して応じた。
チーズにしても牛乳にしても、軽い間食と言ったところだが……うん。確かに、侯爵家御用達にするだけあって良い出来だと思う。チーズや牛乳の風味やまろやかな味に、氏族の面々もそれらを口にして盛り上がっている様子だ。羊乳から作ったチーズも特有の風味があるのかと思いきや案外癖がなく食べやすい。
「農業にしても畜産業にしてもやはり根気の必要な、大変な作業ですな」
「ですが、手間暇かけられただけあって、どれも美味ですね」
細かい手順は秘密の部分もあるが、大まかなところを教えてもらって、ウィンベルグが言うと、ルドヴィアも感心したように頷いていた。
「迷宮村の作物ができるのが楽しみですな」
「本当に。みんなで頑張って美味しく実るように育てたいものです」
オズグリーヴが笑うと、ラムベリアが真剣な表情で頷く。迷宮村の農作業に関しても氏族の面々のモチベーション向上に繋がっているようで、結構な事である。
引き続きの羊毛刈りや牛の搾乳等々、幾つかの作業を見せてもらい、子供達が軽く馬のブラッシングを手伝ったりもした。
そうしてグレイス達へのお土産も買ってから、俺達は帰途についたのであった。
夕暮れ時になってからの帰り道も……開墾作業が楽しかったとか、動物達が可愛かったとか氏族の面々は色々と盛り上がっている様子だ。
「今日の様子は……絵にしたい」
そんな風にシグリッタが言うと、氏族達はかなり喜んでいる様子であった。さてさて。ではこのままフォブレスター侯爵領を目指して進んで行くとしようか。




