番外1500 開墾の手伝いに向けて
「こうやって支柱を組んで立ててやることで、それに沿ってトマトが伸びる、というわけですね」
「ほうほう」
トマト用の支柱を棒と糸で組んで、種を植えた場所に立てる。クレアの示した手本に倣って、持ってきた資材を使って支柱を組むところから自分でやるわけだ。
テスディロスやゼルベルといった面々が、そうした細々とした作業を真剣な表情でやっているのは何となく微笑ましいものがある。
「こんなところかな」
「うん。父さん、器用」
ゼルベルが組んだ支柱をリュドミラに見せると笑顔で答える。そうして自分達で植えた部分に立てて満足げに頷いているゼルベルと、にこにこしているリュドミラである。
ゼルベルが器用というのは何となく分かる気もする。格闘術は細やかな技術もあって繊細な動きを求められるしな。
こういう作業は不慣れなので苦戦する者もそれなりにいて。オルディアやエスナトゥーラも手伝ったりしていた。オルディアは普通の生活も長かったし、エスナトゥーラはハルバロニス出身だからな。
ともあれ、氏族達の作業は一生懸命ながらも和やかな雰囲気だ。
水をやったり藁をかけたり支柱を立てたりと……諸々の作業が終わったところでハーベスタがアシュレイに顔を向ける。
「ふふ。それじゃあお願いしますね」
アシュレイが笑顔で応じると、ハーベスタ達も頷いて畑の上を飛行して回り、種を植えた場所に術を施していた。
ノーブルリーフ特有の術だな。植物にバフをかけるような術式で、あまり魔力の動きがない小規模な術ではあるが……植物系魔物の魔力資質でないと恐らく扱えない術だったりする。この辺の解析もオリハルコンがあればこそではあるが。
「そうしたら後は、適度に水をやったり雑草をとったり害虫を駆除したり……といった具合ですね。人参の場合は芽が出てきたら間引きをしたり、トマトなら……そうですね。受粉が必要となります」
ミシェルがこれからの事を教えてくれる。過去に植物系の精霊や魔物との交流もあるしな。そうしたところから色々情報の蓄積があったりするわけだ。
幻影を交えつつ時期や細やかな手順を説明すると、氏族の面々は真剣な表情でそれに聞き入って班ごとにメモを取ったりしていた。講義をするという事もあってメモ帳とペンも渡していたりするからな。因みにメモ帳などは紙合成の木魔法による俺の自作だ。
「こうした作業を行う時期は大体分かってはいますが、観察して頃合いを見て実行していくというのが良いのかなと」
「私達も引き続き協力します」
「そうだね。実際に合わせて見極めができる方が実践的だと思うし」
シリル達の言葉に頷くと、氏族の面々も「感謝しますぞ」と明るい笑顔でシリル達に礼を言う。
そうして農作業も一段落したところで、村に戻ると、住民達も今回が初回だからという事で小川や池で釣った魚の塩焼きを用意して待ってくれていた。
「畑の利用を許可して下さった上に持て成しまでして頂けるとは……」
「ふふ。お城やお屋敷で一緒に学んでいる仲間でもありますから」
迷宮村の住民達も笑顔で応じる。氏族長達は「何かできる事でお返しなりをしたいところだな」とそんな風に頷き合っていた。迷宮村の面々と氏族達がこうして良い関係を築いてくれるのは良い事だ。
そんな調子で、みんなで浄化の魔道具を使い、それから集会所に腰を落ち着け、お茶を飲みつつ焼き魚を頂いたりといった時間を過ごさせてもらったのであった。
開墾についてはその日の夕方にはジョサイア王子から連絡があった。通信室にて、氏族長達を交えてその話を聞く。
『フォブレスター侯爵から、開拓地についてこれから開墾を行う場所があるという返答をもらえたよ』
「良いですね。農作業としては順番が前後してしまいますが、手伝いに向かいたいと思っています」
フォブレスター侯爵領というのは、アルバートとオフィーリアの事が控えている今のタイミングでは丁度良い話かも知れない。侯爵に挨拶をしつつ、開拓地に向かうというのが良いだろう。
というわけで、アルバートにも声をかけ、ジョサイア王子、アルバートと共にフォブレスター侯爵との中継映像を繋ぐ。
「急な話に対応して頂けて嬉しく思っています」
『いや。私としても良い話を貰えたと感じているところでね。オフィーリアの事もあるから、アルバート殿下やテオドール公とも顔を合わせておきたい頃合いでもあったし』
フォブレスター侯爵は穏やかな笑みで応じてくれた。
『テオ君やオフィーリアと共に、ご挨拶に行きたいと思っています』
『ええ。楽しみにしております』
アルバートもフォブレスター侯爵に伝えて、そんなやり取りを交わす。フォブレスター侯爵は地図を用意しており、それを見せながら現地についても説明してくれた。
『これから暖かくなるからね。季節に合わせて開拓を進めていこうという事になっている』
現地は……フォブレスター侯爵領の北東方面である。この辺は森林地帯が広がっているそうで、最寄りの拠点ではゴブリンの出没は報告されているそうな。
「状況を見て、開拓地近辺に危険な魔物がいるならこれも退治もできれば安心かも知れないな」
というのはテスディロスの意見ではあるが。
『ふっふ。有難い事ですな。ただ、魔力溜まりは遠くにありますし、それほど危険な魔物が出没したという報告はありませんぞ。もう少し奥地の森に騎士達と冒険者を派遣し、それなりに調査を続けております故、この辺の情報は正確かと』
なるほど。ゴブリン程度なら大抵どこでも出没する。特別な事情もなく純然たる新規の開拓村、という事になるわけだ。エインフェウス側ではあるが、あちら側に食い込むような位置でもないしな。
問題もなさそうだし、氏族達が外の人達や生活と慣れるという意味でも良い話を持ちかけてくれたように思う。
「そういう事なら領民達も安心だな」
納得したように頷くテスディロスである。
そうした調査を経た上で開拓地を増やすというのは仕事が細やかで良い事だ。領民の安全を考えてのものというのがよく分かる。
「現地に向かうのであれば、シリウス号での移動が必要になりますね。人員と資材の移動を行うのであれば、そちらも一緒に進められるかなと思います」
『おお。それは助かります』
ついでで人員と物資の輸送もできる。フォブレスター侯爵の直轄地と開拓地を一往復はする事にもなるだろうから、手紙を送り届けたりや面会希望者の同行といった事も可能か。その辺は元々の体制があるから臨時というか、あくまでおまけという事になる。恐らく対応できるのも直轄地の人間だけになるしな。
時間をかけて各地の希望を募ってとしていると、肝心の開墾スケジュールの方が遅れてしまって本末転倒だからな。
というわけでそうした話をしつつ、こちらの予定、あちらの予定、氏族達からの希望と合わせてスケジュールを組んでいく。その辺の話し合いにも特に問題は起こらず、3日後にシリウス号で訪問する、という事で話が纏まった。
同行する面々の食糧や水、必要となる道具をシリウス号に積んだりといった準備が多少必要だ。開墾の手伝い自体はそんなに時間もかからないと見積もってはいるが、流石に手ぶらでは行けない。
『では、その間に直轄地や近隣で連絡できるところには連絡をしておきましょう』
フォブレスター侯爵はこちらの話に静かに頷いて応じていた。こっちの準備期間に合わせて飛竜を使い、現地にも連絡を入れておいてくれるし、当日は現地にいる人員の知り合いを同行させてくれるそうな。フォブレスター侯爵もそういう調整は得意なようだし、こちらとしても安心だな。




