番外1487 親愛と思い出と
エリオット自身も熱心に祈りを捧げていた。伝わってくる気持ちからは、カミラへの親愛や心配する気持ちが感じられる。カミラや生まれてくる子を大事に思っているというのが分かる、優しいものだ。それに周囲への……集まってくれた人達、祈ってくれる人達への感謝も。
この見守っているような思いは……この場にはいないがジョエルやモリーンからのものだろうか。エリオットとカミラを応援し、母子を心配する温かな想いが伝わってくるな。
ドナートやケンネルの……一心に無事を祈る想い。それにエギール、フォルカ、グスタフのエリオットへの友情と、母子を心配する気持ち。
それぞれに少しずつ違いはあれど、尊敬や親愛、無事を祈る気持ちといった部分は同じだ。
様々な人達の温かな想いを束ねて高め、カミラの力になるようにと緩やかな渦を作るように流れを構築していく。
「祈りの力というのはすごいものですな」
「確かに……娘や孫の身を案じて、これほど沢山の人達が想いを向けてくれているというのは、有難い事です」
ケンネルとドナートがしみじみと頷き合っている。
エリオットも事前に俺から話を聞いているという事もあって「皆様の想いには感謝しています。こういった事は時間もかかるものですので、負担にならないようにしていただけたら幸いです」と、集まっている面々や水晶板の向こうにいる顔触れに伝えていた。
そうだな。お茶も用意してくれているし休憩を挟みながら続けていけば、大丈夫だと思う。沢山の人達の気持ちや祈りが途切れたりするわけではないしな。
そんなわけで、休憩を交えて少しお茶を飲み、話をしたりしながら祈りを継続して続けていく。
ちなみにサフィールもエリオットが翻訳の魔道具で祈りについて伝えると、窓枠に掴まったまま一声上げて、みんなの真似をするように目を閉じ、祈りを捧げてくれていた。
サフィールからもカミラと子供の心配をしてくれているという気持ちが伝わってくる。休憩している面々にとってはそんなサフィールの姿は結構和むようで。お茶を飲み終わるとサフィールが真面目に祈っている姿に頷いてまた真剣な表情で祈りに戻ったりしていた。
「サフィールもきちんと休憩を挟むようにね」
エリオットが笑って伝えると、サフィールは目を開けてこくんと頷く。
そうやって少し和ませてもらいながら待合室での時間が過ぎていく。エリオットとカミラの子供の頃の話であるとか、魔法騎士時代の話であるとか、過去の話も聞けたりして。
エリオットの留学先であったイスタニア王国から、かつての恩師であったウェズリーも祈りのために駆けつけてきてくれて。祈りの合間に留学時代の話についても聞くことができた。
「いつぞやに街中で小火騒ぎが起きたのですが……それをオルトランド伯爵が消火して、怪我人の治療まで卒なくこなして立ち去っていた、という出来事がありましたな」
「そんな事もありましたね。あの時は時間に追われていたから状況が落ち着いたのを見届けたら立ち去ったのですが……かえって気を遣わせて探させてしまったようで、逆に申し訳なかったな、と思っています」
ウェズリーの言葉にエリオットが苦笑して答える。小火騒ぎを解決して怪我人を治療までして名前も告げずに去っていった、と。エリオットらしい話ではあるな。
それでも当時の年齢や水魔法の使い手、等という事を考えれば、結構特定はしやすかったのではないかと思うが。
「ふっふ。城に出入りのある者で先日話をする機会がありましたが、今でも感謝していると言っていましたよ。お陰で思い出の残る生家が焼けずに済んだ、と。今でも一家で暮らしていられるのはオルトランド伯爵のお陰だと」
と、そんな風に教えてくれるウェズリーである。最近になってエリオットが生きていた事、イスタニアを訪問した事を受けてウェズリーが声をかけたのだろう。それは何というか、かなり喜んで貰えたのではないだろうか。
「良いお話ですね」
「そういった事情を知ると、助けられて良かったと思います」
俺が頷くと、エリオットも穏やかに微笑む。
小火とはいえ、それはエリオットが居合わせて対応が早かったからというのはある。消火が遅れていたらどうなっていたか分からないし、そういう反応も納得だ。
そんなイスタニアでの出来事にケンネルも「流石はエリオット様です」と誇らしげに頷き、アシュレイもにこにことした笑みを見せる。
そうして休憩の間は和やかに。祈りの間は真摯で温かな想いを込めつつ、時間が過ぎて行く。途中でエリオットの用意してくれた食事をとったりもしたが……やはりエリオット当人としてはカミラと子供の事が心配なようで、談笑しつつもふと真剣な表情でカミラのいる部屋の方に視線を送ったり、心配しているのが分かる。
俺としてもこうして待っている側の気持ちは分かるつもりだ。一番大変なのは当人であるのは間違いないし俺も自分の事ならそんな風に考えて優先するとは思うが、来客の応対もあるし、誕生後に色々と動く部分もある。エリオットも責任感が強いから「根を詰め過ぎて体調を崩さないように気を付けて欲しい」と伝えると、サフィールも同意するようにこくこくと頷いたりして。エリオットは穏やかに笑って応じる。
「ありがとうございます。確かに……これから先の生活の上でも、というのはありますからね。二人を支える意味でも気を付けたいと思います」
母子を支えるという意味でも自分が体調を崩していたら本末転倒だしな。魔法騎士として軍属だったから休息の重要性も承知しているとは思うけれど、責任感が強いと自分を枠外に置きがちだったりするから。とは言え……こういう自覚のある反応を見る限りは安心できるかな。
やがて日も暮れて、夕食を済ませて更に祈りの時間をとりつつみんなで待つ。不意に子供の泣き声が聞こえたのは、夜も大分遅くなってからの事だ。
祈りを捧げていたみんなも驚きと喜びの入り混じった表情で、お互い顔を見合わせる。
「母子共に無事です! 男の子ですよ!」
ルシールが部屋の中から顔を出して、明るい表情で伝えてくる。「おお……!」「良かった……!」という喜びの声があちこちから上がる。
母子共に無事、というのが本当に喜ばしい。そこを真っ先に教えてくれるロゼッタやルシールからの第一報はかなりありがたい事だ。
「ああ……。良かった、カミラ」
エリオットは安堵の色を見せて、そんな風に小さく声を漏らしていた。
「おめでとうございます……!」
アシュレイから祝福の言葉がエリオットにかけられ、みんなもそれに続くように祝福の言葉を伝える。俺もみんなと一緒に拍手をしながら祝福の言葉を伝えた。
エリオットが安堵の表情を浮かべていたのも少しの間の事で。また、すぐに微笑みをみせると「ありがとうございます」とみんなに一礼する。
それから必要な処置が終わるまで待つ間に、エリオットは各所への連絡を進める。通信室経由ではあるが、各国からも喜びの声が続々届いていた。
さてさて。この後はエリオットと子供の初対面と名付けという流れになるだろうか。
アシュレイやドナートにケンネルといったごくごく限られた身内での顔合わせも行っていく事になるだろうが……。エリオットを交えれば俺も循環錬気での協力はできるか。まあ、ルシールが無事だと教えてくれたからカミラも子供も大丈夫そうではあるが。
各所への通達も終わった頃合いで顔を合わせる事ができるとルシールが教えてくれて。早速エリオットは待合室から向かいの部屋へと入っていくのであった。




