番外1472 仮想空間からの帰路
帰りは予定を組んでいないので気楽なものだ。夜景を楽しみながらも電波塔を降りて、バスをターミナルで待つ。
バスの時間はタイムスケジュールがあるように見えるが、実際はバスターミナルで待っていれば一定のタイミングでポップして来てくれる仕様だ。バスも電車も始発や最終というのがなく何時でも運行しているしな。街の様子を楽しんで帰るのも悪くない。
といっても仮想空間だからいつでも離脱はできるのだが。
みんなで夜景を楽しんだ後はライトアップされた電波塔を外から眺めたりして。ターミナルで待っていると、やがてバスがやってくる。
二階建てで上階はオープンになっていて、テーブル席を囲んで座る観光バス風の仕様だ。天井がないので街並みをゆっくり眺めつつ動けるわけだな。
仮想空間に来るのは俺達だけなので、普通の座席でなくとも問題ないというのはある。普通のバスも体験できるように普通のバスも用意してあるが、今回は街を見るのが目的だったりするし。
「見た目も絵が描かれていて、何となく親しみやすいですね」
「電気自動車……。乗り心地が良さそうですね」
グレイスとエレナが言う。というわけでやってきたバスにみんなと乗り込み、街中を少し回りつつ帰る事となった。
EV車なので非常に静かだ。自動車もまあ、乗っていて独特の感覚があるからか、子供達も少し不思議そうにしていたりして、微笑ましい。
議事堂や皇居の方を回って帰る、と。国の制度等々も説明するには丁度いいルートかなとは思う。
立憲君主制や民主主義については日本の様子から割合納得してもらえるものではあった。国民側に主権があるからこその街の発展や教育水準とも言える。
そうした政治形態も俺はあまりルーンガルドにこうした物が良い、と押し付けるつもりはない。時代背景等々に合わせた自然発生的な変化でなければ歪みが大きくなってしまうという懸念もある。
国ごとに文化的背景だって違う。敵対的な魔物種族や邪精霊といった脅威が尽きないルーンガルドにおいては……どちらが適しているとは簡単には言えないだろう。
「確かに。技術水準の発展によっていずれそういった流れになって行く、というのはありそうね」
「そうだね。中々難しい問題ではあるけれど……」
「変化が起こるにしても、平和な流れならきっと喜ばしい事ね」
ローズマリーの言葉に答えるとクラウディアも微笑んで静かに頷く。そう……そうだな。人を長い間見守ってきたクラウディアだからこその視点だと思う。
王侯貴族が為政者として庇護を行うというのは……そもそも共同体として纏まり、力を合わせる必要性があったからこそできた形だ。
そうした統治形態がいつか時代背景にそぐわなくなったとしても、暴君や悪政でなければそれまで人々を外敵から庇護してきたのは間違いないのだから。尊敬や尊重を以って迎えられたら……それはきっと喜ばしい事なんだろうと、そう思う。まあ、一朝一夕でどうにかなるものでもないけれど。
そうした話をして少ししんみりとしながらも街中を少し廻り……そうして俺達は仮想空間から戻ったのであった。
俺達も子供達も、次々目を覚ます。目覚めは何というか……すっきりしているな。この辺はホルンの能力がベースにある、というのはあるだろう。
バイタルデータの数値、生命反応に魔力の流れ。諸々問題ないように見えるが、念のために循環錬気を行って確認はしておきたい。
「おはよう」
「おはようございます」
「ふふ、おはよう」
寝台から身体を起こしたみんなと笑顔で挨拶を交わす。
「ん。楽しかった」
「ええ。有意義な時間だったわ」
「それなら良かった」
シーラや母さんの言葉にそう返すと、マルレーンもこくこくと首を縦に振っていた。うむ。
「みんなも、警備ありがとう」
「お安い御用です」
「私達も先に使わせて頂きましたからね」
オルディアとエスナトゥーラはそう言って朗らかに応じていた。休憩所側で警備をしていたテスディロス達も俺が目を覚ましたのでこっちに顔を見せる。
「良い目覚めのようで何よりだ。俺達が起きた時もすっきりとしていた」
テスディロスが俺の様子を見て頷く。そんな言葉に、俺も笑って応じる。
「ん。そうだね。というわけで、問題は無さそうだから今後自由に利用してもらって構わないよ。注意事項を念頭に置いておいてもらえれば大丈夫そうだ。念のために、しばらくは使用の時に様子を見せてもらいたいところではあるけれど」
筋力や体力が鍛えられるわけではないので通常の訓練の中に時々混ぜる、ぐらいの頻度が良いのではないかと思う。
循環錬気を行いながらもそうした話をみんなにしていく。
「では、テオドール公と予定を合わせて、というのが良さそうですな」
オズグリーヴもそう言って頷いていた。
そうだな。シーラの予定日が控えているので、まずはそっちに集中する事になるだろう。
シーラも循環錬気を行ってつぶさに見ていくが、母子共に問題はない。みんなも……大丈夫だな。
「うん。大丈夫だね」
笑ってそう言うとみんなも明るい笑顔で頷くのであった。
そんなわけで仮想訓練設備も無事に完成した。テスディロス達だけでなく、ヴィンクルやユイも思い切り力を試せるという事で喜んでいるようだ。ヴィンクルとユイに関してはラストガーディアンなので訓練内容が中継されないよう非公開設定を上手く活用して欲しいところである。
施設自体契約魔法での防御が施されているから、城の武官も安心して活用してもらえるし、国外の面々でも信用の置ける面々なら使用許可を出しやすい。
ティアーズ達も警備についているが、カストルムも警備につきたいと言ってくれた。何だか拠点防衛の仕事があると安心するのだそうな。
この辺は拠点防衛用の魔法生物として造られて後で自我が目覚めたから、本能的なものと言って良いかも知れない。任務から解放されたカストルムが常時そこにいるというのも何なので、シフトを組んでというのが良いだろうと思っているが。
そう伝えると、みんなと仲良くするのも続けていきたい、と返事をしてくる。うむ。
カストルムは見た目にも重厚さはあるが威圧感はあまりないデザインだしな。見た目も受け答え時の反応も、愛嬌があって親しみやすい。
これはまあ、七賢者がカストルムを作った際に人の味方であるというのを明確にしたいところから、そうしたのだろうとは思う。
「訓練設備の警備員として、カストルムは強そうな割に優しそうだから似合う感じもするね」
そう言うと、カストルムは嬉しそうな音を鳴らして頷いていた。訓練設備に関してはこのまま自分でも利用しつつ、推移を見て利用者の感想を聞いていきたいところだな。
そういった話を通信室でカストルムとしていると、ロゼッタが姿を見せる。今日の検診も終わったそうで。予定日が近付いているので、ロゼッタとルシールのどちらかが常駐する体制を構築してくれている。万全の体制で臨んでくれている、というのは有難い事である。
「母子共に経過は順調ね。子供達も順調に体重が増えていて、結構な事だわ」
「何よりです。滞在中何か不便な事があったら言ってくださいね」
「ふふ。フォレスタニアは居心地が良くて不満はないわね。みんな体調が安定しているし、経過や産後の肥立ちも順調だから、アシュレイと治癒術の話をしたり、リサとのんびりお茶をしたりもできる時間も作れるし」
ん。そうだな。待機中も楽しんだり有意義な時間を過ごしてくれているという事なら喜ばしい。ルシールもルシールで図書館の本を読んだり、やはりアシュレイや母さんと医術や治癒術の話をしたりもしているな。




