番外1471 灯りの一つ一つに
外の光景を見ながら緩やかなスロープを登って行く。そうしている内に日が傾き、空の色が段々染まっていくのが見て取れた。夕焼けは……多少空の感じに幅が出る。今日の夕焼けは遠くに見える黄色と茜色、それから雲の影が織りなす紫色が混ざって、何とも良い色合いだ。
「綺麗ね。夕焼けはルーンガルドと、そう変わらないように見えるわ」
ステファニアが夕焼けの空を見て微笑む。
「ん。再現ではあるけれどそのへんは俺の記憶でも、そんなに違っているようには感じないかな」
厳密には大気の状態によっても違ってくるのだろうけれど……そこまで極端な違いはない、と思う。星空となると流石に見え方が違う印象があるけれど。
いずれにしてもここは街より高い場所なので日も少し長い間見えている。
だがまあ……街中はもう日が沈んで見えているのではないだろうか。夕暮れ時になって車もライトをつけて建物にも照明が灯り……段々と街中も夜の装いに変化している。おおよそ日暮れと想定している時間通りではあるかな。
変化していく街並みを眺めながらスロープを登り切り、一般客が入る事のできる最上階に到着する。
「来場者が立ち入れる場所ではここが一番上の区画だね。ここから上は観測設備や放送用の設備みたいな、機械室があるらしいよ」
そうした区画に向かうにはカードキー付のスタッフ用エレベーターに乗る必要があるので防犯上の観点からも、ここからはいけない構造になっている。
一般の立ち入りを想定していないので足場や通路の作りももっと簡素なようだしな。内部映像の資料映像は見たことがあるが、俺も当然立ち入った記憶はない。
だがこうして仮想空間で立ち入れる施設とするからには構造を全く作らない、というわけにもいかないからな。
映画セットのように中身はハリボテでも問題はないが……実際に見てみたい、となった時にがっかりさせてしまうし、そういう裏方の事情を仮想空間に入っている時に説明するのも興ざめだ。
だからこの階層より上の部分に関しては、断片的な情報と想像で補って作っている部分が多々ある。まあ……俺もメディア等から見聞きした情報以上のものを持っていないので、ほとんど想像というのが現状ではあるが。
上層構造についての話をしつつ、フロアから街並みを見ていると、景色も完全に変わってくる。つまりは――夜景に。日暮れに伴い、あちこちの施設の点灯とライトアップが目立つようになり、道路を走る車のライトも見やすくなる。……街が夜の闇と人口の明かりとに包まれていく。
「ああ……何と言いますか。灯りが多いなとは思っていたのですが、これは……」
「綺、麗……」
グレイスが夜景を見ながら言うとマルレーンも小さく声を漏らす。みんなも同じ想いなのだろう。驚きと共に目の前の光景に見入っている様子であった。
「もしかして、ここから見える建物が全部……?」
「そうだね。人が仕事をしているところ、暮らしているところは全部かな」
イルムヒルトの言葉に頷く。その言葉に、みんなも俺が何を見せたかったのか察したようだ。フロアも青色の光が灯って昼間とはまたムードが変わる。もう少しすれば電波塔自体もライトアップされるな。帰りにはその様子を外から見る事もできるだろう。
「ん。これはすごい」
「それだけ一般的にこちらの世界に電気の設備が普及している、という事なのでしょうけれど……これだけの範囲で光が見えているのは、圧巻ね」
シーラの言葉に羽扇の向こうで頷くローズマリーである。二人も視線は前に向けたままだ。眼下の光景に、見入っている。
建物の屋根にはあまり灯りはつかない。窓や道路に面したところに光源が集中しているのが近い所なら見て取れる。……もっと遠くになると地平が近付くにつれて細かな光の粒が幾重にも寄り集まっているように見えるな。
白っぽい普通の明かりだけでなく、緑や黄色、赤や紫と、色も様々なものが散りばめられて……動いている灯りは車のもの。暗闇の中にゆっくり動く灯りは、海を行く船のものだ。街中の川も光源に照らされて川縁の光源を映したり……独特の反射をしている部分も見られるな。
そうしてみんなはしばらくの間、言葉もなく夜景に見入っている様子だった。再現したのは俺ではあるが、なまじ記憶から再現している部分があるだけに真に迫っている。夜景を知っている俺から見ても相当なものだ。少なくとも、地球側でしか見られない光景ではあるから、みんなの反応もこうしたものになるわけで。きちんとしたものを見せる事ができて、良かったと思う。
「あの光のあるところ一つ一つに誰かが生活していると考えると……すごい光景を見ていると感じます」
エレナが言うと、みんなも頷く。
「うん。俺も……こうやって見えている光の一つの下で暮らしていたんだろうね」
「平和で、良い国ね」
その光景を想像したのか、母さんが目を閉じて微笑む。
「うん。良い国だと思う。それでも……ルーンガルドに生まれて、こうやってみんなと出会えたことを良かったと思ってる」
母さんや父さん。みんなに出会えて良かったと……そう改めて思う。
そう伝えると、母さんは微笑んで頷いた。昔の俺と今の俺とを繋ぐ部分の一つでもある。それをみんなに伝えておきたいし、ルーンガルドに関しての想いも、知っておいて欲しい。今の状況に至った事や歩いてきた道に、後悔はない。
過去の俺と今の俺との繋がりを埋めるためにこうした物を見てもらったら、母さんにも色々聞かせると約束もしている。
冥府におけるマスティエルの封印に絡んだ歪みと、それに伴う魂の流入であるとか……隣り合う世界であるが故に並行世界の俺が干渉のための仕組みを作った事であるとか。日本の夜景を眺めながらそうした事を母さんにも話をすると、静かに頷いていた。
「……前世の記憶が戻った事でテオは自分に激的な変化が起こったと思っているようだけれど、お墓参りの時に伝わってくる気持ちは、根本的なところで変わっていないとも感じているのよ」
「テオは昔からずっと、お優しいままですよ」
母さんの言葉に、グレイスも胸のあたりに手を当てて微笑んでそう言うと、みんなも同意していた。
ん……。自分としてはそんなに優しいとは思わないが……。頬を掻くとみんなは微笑ましそうにしていて。むう。
「ふふ。力を振るう場面も選んでいたものね。こちらの世界の発想や技術を魔法にも応用しているのでしょうけれど、それらしい武器や兵器の類は作っていないし」
「そうね。もし思慮より野心が勝るのなら、今のような形にはなっていないわ」
「テオドール様の魔法の使い方は、好きですよ」
クラウディアやローズマリーが言って、アシュレイが笑顔を見せる。
混乱や破壊を望んでいない、というのはそうかも知れないな。
武器に関しては後の影響が大きすぎるから軽々しく持ち込むようなものではない、とは思っていたが。例えば、同じ武器を所持しても闘気や魔力を併用した方が、恐らく有利だろうし、魔物もいるから事情だって変わってくる。生活圏の拡大だって魔力溜まりとの兼ね合いもあるし。
いずれにしても、みんなが今までの事を好ましく思ってくれているなら、俺としても嬉しい事だ。
そうして、少しの間みんなと夜景を見ながらのんびりとさせてもらう。帰り道は――今見ている夜の街並みの中を、バスに乗って眺めながら帰る予定だからな。仮想空間での親子水入らずの時間を、このまま楽しませてもらうとしよう。




