番外1470 高層からの眺めは
「ん。これはすごい……」
「あんな遠くまで……」
シーラが耳と尻尾を反応させながら言うと、イルムヒルトも呆気に取られたように言う。デッキの壁面は、枠に斜めにはめ込まれたガラス張りで、上から下まで非常に見通しが良い。
エレベーターから出たみんなは早速前に歩いて行って……正面に見える光景に目を奪われていた。みんなも飛行船に乗っていて、高所からの眺めに慣れているというのはあるな。
高層ビルと、その下にひしめくビル、家々。その合間合間に川や橋。遠景に海……海の向こうの陸地というか、対岸も見えている。
エレベーターから出た正面は南側に面しているからな。特徴的な形状をした橋やパーキングエリアの人工島もしっかりと視界に入っている。
「対岸が見えるけれどあれは海で良いのよね?」
「そうだね。対岸は房総半島って言って……地図で示すとこんな感じかな」
クラウディアの言葉に答えつつ、幻術を使って地図と現在地、見えている方向を示すと、みんなもそれを見比べて感心したように声をあげたり、頷いたりしていた。
「なるほど……。地図全体で見ると分かりやすくなるぐらいの見通し、というのも凄い話だわ」
「街並みやあの橋も……すごいですね」
「確かに。気になるものが多過ぎて、目移りしてしまうわ」
ローズマリーとアシュレイ、ステファニアがそう言うと、みんなも同意する。目を引く橋と人工島についても説明しておこう。
「人工島の方も気になりますね」
話を聞いたエレナがそう言うとマルレーンもこくこくと首を縦に振る。機会があればあっちを作り込んでみるのも悪くないかも知れないな。現時点で省略している部分もあるから、そういうところの完成度も上げていきたいところではあるが。
そんなわけで順路に従い、展望デッキをゆっくりと南から西へと時計回りに進んでいく。西側に回って気になるところと言えば……やはり富士山だろう。
「綺麗な形の山頂が見えていますね。……というか、手前に比べてやけに大きな山のような……」
遠くに覗いている富士山の山頂部分を見て、エレナが感想を漏らした。そうだな。手前の……丹沢あたりの山々の向こうに山頂だけ覗いていて、しかも単独峰であの形であったりするから、スケール感が色々おかしく感じる部分もある。
「うん。あの山は富士山って言って、日本で一番高い山だね。この電波塔の一番上から見て大体6倍近い高さの標高で、この階からだと10倍以上にはなるのかな」
標高の高さだけならルーンガルドでもっと高い山も見ているが、富士山は形が整っているからな。電波塔から見えるシチュエーションと合わせ、他に同じぐらい高い山がない事もあって目立つ事この上ない。説明しつつ山全体の姿を幻術で映すと、みんなもふんふんと感心したように頷いている。
ドームや都庁等々……目を引くものを一つ一つ説明していく。施設側にナビ装置もあるので俺としてもそれを併用して案内や説明しやすい部分はあるな。
「ふふ、見所が沢山あって楽しくなってきますね」
グレイスがにっこりと笑う。
「情報量が多すぎないかなと思ったけれど、大丈夫そうだね」
「色んな話が聞けて面白いですよ」
「そうね。この国に住んでいる人達の様子とか、想像しながら聞いているけれど楽しいわ」
と、グレイスと母さんが応じてみんなも同意する。それなら良いが。みんなも俺の説明に穏やかに微笑み、耳を傾けてくれているという印象だ。
そのまま北側、東側へとぐるりと回っていく。街並みと遠景も少しずつ変わっていくな。ビル群や建物の間に川が垣間見え、ところどころに木々が点在しているところもある。
北関東や関東平野方面も見る事ができる。遠景も変化に富んでいるので楽しいものだ。
というか街並みが相当遠くまで続いているのがみんなには割合衝撃が大きい光景でもあるようだ。
確かに……ルーンガルドだとこうも遠くまで街並みが広がっているというのはないからな。魔物を始めとした外敵から身を守る関係上、城壁を造ったり、結界を構築したりしてそこに暮らす必要があるし。
「地球側には魔物がいないからね。日本は平和が続いている国でもあるし、野生動物でもそんなに凶暴な生き物もいないから」
危険度が高いと言えば動物と言えば熊に猪ぐらいだが山間部にしかいない。固有の狼はいなくなってしまったし、野犬も殆どいない。蛇や蜂といった有毒生物もいるけれど、積極的に襲ってくるわけではない。ルーンガルドに比べたら土地開発、開拓のリスクが少ないと言える。
だから先人が土地を有効活用したり利便性を高めようとしている内にこうした光景になった、というのはある。
その分自然は開拓されて少なくなっているので、精霊から見たらバランスが悪いと感じる……かも知れないな。
東側にはカフェもあるので、そこで一休みさせてもらおう。バイタルデータのチェックもしておきたい。子供達もいるし、みんなの体調もこまめに確認しておけば俺としても安心だ。
というわけでカフェにて店員ゴーレムに飲み物を注文して少し腰を落ち着ける。
街の様子も見ながらのんびりできるので割と楽しいな。
体調の方はと言えば……うん。データから見ると大丈夫そうだ。数値上だけでなく実際に尋ねてみても「ん。問題ない」と力こぶを作って応じてくれるシーラを始めとした面々である。
子供達も仮想空間に入る前に循環錬気で生命力の増強をしておいたから、バイタルデータからも実際の仮想空間の様子からも元気な様子だし……結構な事である。
「ちなみに、もう少し上の階層にも行けるんだ。ここから見た感じと、印象自体はそこまでは変わるわけではないけれど、まだもう少し見せたいものがあってね」
頃合いを見計らって言うと、みんなも快く応じてくれる。うん。楽しんでもらえると良いのだが。
というわけでチケット売り場にて更に上のフロアへ入場するためのチケットを買う。上のフロアに向かうエレベーターは天井や前面が透けている構造で、かなり迫力がある。
「ふふっ。これは面白い作りね」
笑みを見せるイルムヒルト。みんなも高所は慣れているからな。子供達は……生後の日数が違うので視力の発達もまちまちであるが、念のため怖がらせないよう幻術で対応しておこう。フロートポッドがベビーカーのように覆っているので問題はないとは思うが。
闇魔法で天蓋を作って、そこに熱帯魚等を泳がせる、というのが良いのではないだろうか。
子供達を幻術でカバーしている俺を見て、みんなが微笑んでいた。
そうして鉄骨フレームの中を動いていくエレベーターの様子をしばらくの間楽しませてもらう。やがてエレベーターも上のフロアに到着する。
螺旋状のスロープ形状になっていて、更に上のフロアに続いている。外周部から外の様子を見ることができる、という構造になっているな。
外はそろそろ夕暮れ時だ。スロープと上のフロアをぐるっと回っている内に丁度良い感じになるのではないだろうか。
これだけの施設なのに仮想空間なら貸切だからな。のんびりと見て回れる。引き続きみんなの気になるもの等に答えたり、日本に関する話をしながらスロープ状の廻廊を進んでいく。
「あれはなんでしょうか?」
アシュレイが首を傾げて尋ねてくるのは赤と白の……工事用のタワークレーンだな。
「あれは高層ビルや大型の建造物を造るためのクレーンだね。重い資材を吊り上げて移動させる事ができるから、高所作業の効率が上がってああいう大きな建物も作れる、と。この電波塔もああいうクレーンがあるから作れたわけだね。上に支柱を継ぎ足して作業用機械の部分を更に高い場所に上げたり、出来上がった建物の足場を利用して土台の部分を昇降させていったりみたいな方式があるらしいよ」
解体する時は小型のクレーン、更に小さなクレーンと設置して、それによって1サイズ大きなクレーンを順次解体して地上に降ろすのだとか。最後の一番小型のクレーンを解体して地上に下ろす作業は人力と聞いたけれど、それでもやはり効率は良いのだろう。
みんなからしてみると異世界の技術と創意工夫といった扱いになるからで、楽しんで聞いて貰えている印象があるな。
 




