番外1436 先代魔王の記憶
ファンゴノイド族に歓迎されつつ、里の中に案内してもらう。以前来た時よりもキノコの家屋や栽培しているキノコが増えているかな。
この前飲ませてもらったお茶用のキノコもしっかりと栽培されているのが見えた。
「面白い形のキノコが沢山あるな……」
「色合いも中々綺麗だな」
ザンドリウスが周囲を見回しながら言うとルドヴィアが笑って応じる。氏族の面々もモニターの向こうで感心しているようで、素朴な反応にファンゴノイド達も笑顔になっていた。
「あれらのキノコは薬の材料になるのです。栽培して別の場所で加工。傷薬や解毒薬の材料として活用されておりますな」
ボルケオールが里の設備や目的等を解説してくれる。ファンゴノイドの里は当然ながらファンゴノイドやキノコの為に特化している。
一族以外の者には湿度や温度の面において快適とは言い難いが……俺と同行している面々は四大精霊王の加護もあるし特に問題はあるまい。
キノコの家々の向こうに――ひときわ大きな、見上げるようなキノコが見えてくる。ファンゴノイド達先祖代々の記憶、知識を集積している知恵の樹だ。
「あれがそうなのか?」
「ええ。ファンゴノイド族の……知恵の樹です」
ゼルベルが尋ねると、ファンゴノイド達が頷いた。ゼルベルはファンゴノイド達の言葉に頷き、知恵の樹に視線を戻す。
ファンゴノイド達はそれぞれに個性と人格があり、独立しているから個人に見えるが……実際の在り方は俺達と少し異なる。
キノコを形成する菌が形を成して脳細胞のようなネットワークを作り人格を形成している。構造体であるキノコ内部に生きる菌の集まりこそがファンゴノイドの本体であり、菌全体で人格を形成している、というわけだ。
まあ……記憶や人格、構造体の維持といった重要な役割を担う部分はキノコの身体の内部にコアのようなものを作ってそこで保護しているという事らしいので、通常の生き物で言う、脳や生命維持に必要な循環器系のようなものは疑似的にではあるが構築しているそうだ。
そうした中枢の重要機能の周囲に重要度の下がる機能――例えば運動機能などを持たせた菌ネットワークを構築しているわけだな。
ファンゴノイドにとっては思考能力、記憶、人格が最も重要で、そこさえ無事ならそれ以外の部分は再生できる、という事らしいからな。
そして知恵の樹は……ファンゴノイド族と同じ種類の菌によって作られたキノコである。但し通常と違って、そこに個人の人格はない。ファンゴノイドの種族特性を利用した外付けの記憶装置のような役割を果たしている。
単体でも維持や管理の機能は保有しているらしいが……普段はファンゴノイド族全体で面倒を見ている、という話をボルケオールが聞かせてくれた。
しかしまあ、明言はしていないようだが、知恵の樹が果たす役割はそれだけではないようだ。仮に独立しているファンゴノイド族が危機に瀕しても知恵の樹から外で活動するファンゴノイド族を生み出せるのでは、と……ふと思いついた内容をボルケオールに伝えた事があるのだが「ふっふ。それはファンゴノイド族の秘密に関わる部分ですな。内密に願いますぞ」とそんな風に笑って言っていた。
俺も突っ込んだ事は聞かずに「分かりました」と応じたが……ファンゴノイド族にとっては種族全体が危機に陥った際のバックアップを果たす役割でもあるのでは、と推測している。
知恵の樹単体から新たに外部で活動するファンゴノイドを構築できるとしても、それは今までにいた既存の誰かではなく、新しく生まれた一族という事になるのだろうけれど……それでも種族全体の知識や記憶は引き継ぐ。
だから、活動体と知恵の樹と。どちらかが生き残っていればファンゴノイド族は未来に続いていく。
思うに知恵の樹は過去からの知識を集積して後世に引き継ぐためのものでもあるが、ファンゴノイド族にとっての生存のための知恵、という意味合いもあっての名前ではないだろうか。
役割分担はしているが、活動体と知恵の樹と……全て合わせてのファンゴノイド族というわけだ。
やがて俺達は知恵の樹の前までやってくる。
「ルクレインにはどう見えているのかしら。ふふ、すごいわね」
「本当に大樹のような規模なのですね。ルクレインお嬢様」
知恵の樹を見上げて、腕に抱いたルクレインに笑顔で語りかけるエスナトゥーラと、そんな姿に表情を綻ばせるフィオレットである。ルクレインも大樹を見て少し声を上げていた。
さて。そんなわけで早速セリア女王の記憶を見せてもらう、という事になった。その間にキノコ茶の用意等をしてくれるそうだ。
「セリアの記憶か……。ファンゴノイド達から見た友の姿というのは興味があるな」
知恵の樹からの記憶再生の準備を始めるファンゴノイド達を見ながら、そう言って静かに頷くメギアストラ女王である。
ファンゴノイド達は知恵の樹の周囲を囲んで、地面に身体を埋める。地下で菌糸を伸ばして知恵の樹と接続しているらしい。そこから知識や記憶を引き出したり、専用の術式によってそれを他者にも見せたり聞かせたりといった事ができるというわけだ。
「では――始めましょうか」
そう言ってボルケオールがマジックサークルを展開する。知恵の樹がぼんやりとした輝きに包まれ……そうして周囲に幻影が映し出された。
今の世代とは違うファンゴノイド達とかつて暮らしていた森の中――昔のファンゴノイド族の里。最初に映し出されたのはそんな光景だ。
ファンゴノイド達の暮らしは今も昔も変わらず。森の中でキノコを栽培しながら、のんびりとした暮らしをしてきたそうだ。
ファンゴノイド達は魔法にも長けた種族であるため、キノコの成長を促進させるために術式を使ったり、環境維持のための術式を使ったり……栽培に適した菌床を確保したり作ったりと……そういった暮らしを営んでいる。
昔の記憶でもそうした営みをしているのが見て取れるな。
そこに――里の外から二人の人物が森を抜けて姿を見せる。ディアボロス族の女性と、メギアストラ女王の人化した姿である。
「おお、セリア陛下と、そちらの方はメギアストラ殿でしたか」
当時のセリア女王と……魔王になる前のメギアストラ女王だ。当時のメギアストラ女王とファンゴノイド族は既に面識があるようだ。
「彼女の背中に途中まで乗せてもらってきたの。お陰で早く到着できたわね」
「うむ。急を要するようなので協力させてもらった」
快活に笑うセリア女王と、その言葉に頷くメギアストラ女王である。ファンゴノイド族の里については、魔王国でも一部の者達以外には秘密だからな。魔王であるセリア女王は知っているのは納得というか当然ではあるのだろうが、当時のメギアストラ女王も知らされていたというのは……メギアストラ女王への信頼によるものか、或いは次の魔王として見なされていた部分もあるのかも知れない。
「急を要するとは……。あまりのんびりと歓迎と言うわけにもいきますまい。どのような用向きなのでしょうか?」
ファンゴノイド族の内の一人が尋ねると、セリア女王は真剣な表情になって言った。
「そう、ね。海の魔物を撃退するために有効な手段について、相談に乗ってもらえないかしら」
海の魔物と聞いてファンゴノイド達の表情も真剣なものになる。魔界の海は……強力な個体が多いからな。今も尚、自由な航海ができない危険な場所という位置付けだ。
そんな海の魔物の撃退ともなれば、ファンゴノイド達もセリア女王も真剣な表情になるというのは分かる。
簡単に立ち話で済ませられるものではない、と察したのか、ファンゴノイド達は「詳しい話を聞かせて下さい。どうぞこちらへ」とセリア女王を集会所へと案内するのであった。




