番外1427 王子の決意は
ローズマリーへのお祝いや子供達との面会も一段落し、みんなでお茶を飲みつつ話をする。
ヘルフリート王子に関してはタームウィルズから帰ったらまたネレイドの里に戻る、ということらしい。公式にはグロウフォニカ王国に留学中で、それ自体もまだ継続されているが、デメトリオ王とメルヴィン王の全面的な協力を得て、ネレイドの里での暮らしはどうか、サンダリオとドルシアのようにどこかの島で暮らすのはどうか、グロウフォニカの協力で王都の屋敷を使ってみるのは、等々……色々二人にとって暮らしやすい方法を試してみる、との事で。
「選択肢は多い方が良いと思います。フォレスタニアや迷宮村、グランティオスも住環境の用意はできると思いますし」
ヘルフリート王子はネレイドであるカティアと結婚する事で寿命が延びる。そうなると代替わりによる政情の変化も、想定しておかなければならない事の一つとなってくる。将来的に悪い方向に転がるというのはあまり想像したくない事ではあるのだが、だからと言って対策を施しておかないわけにはいかない。
そのあたりは俺やメルヴィン王、ジョサイア王子、デメトリオ王も共通した認識を持っている。シルヴァトリアにバハルザード、ベシュメルクと……過去に暴君や内乱で国が乱れた事例もある。実権のある側から何もなくても国内から野心を持つ者が出てきたのが月やエインフェウスだろうか。
だから、複数の国に跨って伝手を作っておくのはそうした事態への対策として有効だろう。
「そうだね。カティアの安全はしっかり考えたい。まあ……当分はその辺りの事は大丈夫だと思うけど、有事の備えは大事だからね」
ヘルフリート王子は真剣な表情で応じていた。ヘルフリート王子はローズマリーが幽閉された時に一度感情が先走って動いて失敗しているので、思慮深く行動するのを心がけているとの事で。
それでもカティアに惚れて交際を認めてもらう為に行動に移すあたりは、本質的に情熱的な性格なのだと思うが。
ローズマリーの幽閉を受けての抗議にしても肉親を守りたいという想いが先行したものだろうし。そういう面で、ヘルフリート王子は情が深い人物なのだと思う。
それを評してローズマリーは「ヘルフリート王子は王には向いていない」とそんな風には表現していたな。
「備えと言うなら……以前お会いした時より魔力が研ぎ澄まされていますね。修業をなさっていますか?」
「んー……。そんな大したものではないけれど、一応できる範囲の事はしておこうかと思ってね。カティアやネレイド族の皆を守る力はあった方が良い」
そう言って自重したように笑うヘルフリート王子である。そんなヘルフリート王子に、俺も少しだけ笑って頷く。
「良い事だと思います。ヘルフリート殿下の魔法の才ならば、きっとネレイド族を守れる力になるでしょう」
「そ、そうかい? 今まではあまりそういう修業をすると色々立場的に問題があるかなと思って、たしなみや護身程度には、という程度に思っていたんだけど……。こんな事ならずっと継続しておくべきだったなんて、少し後悔もしてる」
立場的に、というのはまあ、そうだな。ヘルフリート王子は王位継承権も低かったし、変に魔法の実力で頭角を見せるのは、少し前のヴェルドガル王家の状態だと王位に興味があると誤解されかねないと心配するのはわからないでもない。特にローズマリーの事もあっただろうし。
ヘルフリート王子はその辺で野心的なものはない、と行動で示していたわけだな。実際、ヴェルドガル王家の他の兄弟姉妹と比べた場合に魔法の才に自信が持てないというのも分からないでもない。
だがまあ、俺の見立てだとそれでもヘルフリート王子の魔法の才は平均的なところから言ってかなり高い方だと思う。
ヴェルドガル王家が儀式回りで魔法の才を後継者に必要としているところから、三家の魔法の才が高いというのが大きい。ヘルフリート王子は……魔力資質としては雷魔法の素養があるな。
「カティアさんやネレイド族を守る為に修業を続けられると仰るのでしたら、水中で有効な術をお伝えする事もできるかと思います」
例えば、水中で拡散させずに雷撃を集束させる術式であるとか。
「それは……。もう少しきちんとした実力がついたら指南をお願いできるだろうか。この通りだ」
「勿論です。喜んで」
真剣な表情で一礼するヘルフリート王子に答える。攻撃的な術を広めるのは自重しているところはあるのだが……ヘルフリート王子は約束を違える性格ではないしな。雷の術を水中で制御できるというのは、護身やカティア達を守るのにかなり有効だろうと思うので。
幸いというか、修業する時間はヘルフリート王子には潤沢にあるしな。懸念にしても将来的にあるかも知れない、という念には念を入れるものなので、じっくりと修練を積んで貰えたら良いのではないだろうか。
その他の面では……水中用の楽器やカード、チェス等もあるし、娯楽も伝わっているのでネレイドの里での暮らしなども支援できたら、というところだな。
そうして……ローズマリーのお祝いに面会に来てくれた面々も1日、2日とタームウィルズやフォレスタニアに滞在して帰っていった。
「ああ……。久しぶりに封印を解いたので、身体がとても軽く感じますね」
目を閉じて静かに笑うのはグレイスだ。産後の肥立ちと言えば良いのか。回復も順調でそろそろ日常生活に戻って大丈夫ではないかとロゼッタとルシールが診断してくれた。循環錬気で見ても平常に戻っているからな。というわけで本人の希望もあって、指輪の封印を解除してみる、という事になった。
実際に訓練場に足を運んで封印を解いてみたが……指輪に口付けして離れると、グレイスは久しぶりに封印を解いた感想を零したのであった。
「体調が悪くないなら良かった」
俺の言葉にこくんと頷いて、グレイスは水晶板の向こうのオリヴィア達に微笑みかけ、見学にきているみんなの見守る中を訓練場の真ん中までゆっくり歩いていく。目を閉じて脱力した姿勢から軽く息を吸う。そうして――。
「はああ……っ!」
気合の声と同時に漆黒の闘気が噴き上がる。暴風のような圧力がグレイスを中心に広がった。
黒い闘気と共に紫電を散らしながら上に向かって翳した手の中に凝縮されていく。
「これは――」
「話に聞いてはいたが……とんでもないな……」
見学に来ていた氏族達からそんな声が漏れる。しばらく安静にしていたからな。初めてグレイスの力を見る面々も多い。余波だけでも圧力を感じる程の闘気に、開いた口がふさがらないという者もいるようで。
その一方でグレイスの実力を知っているアシュレイ達はにこにことしているが。
「グレイス」
名を呼んでアイアンゴーレムを作り出す。相手をするというように前に進ませると、グレイスも頷き、一歩前に出て――。
交差は一瞬だった。斧すら必要とせず、打ち込まれた貫手がアイアンゴーレムの胴体をあっさりと打ち抜く。無造作に真横に払えばゴーレムの身体が突き込まれたところから引き裂かれていた。
「良いですね。少なくとも闘気を使っての腕力だけなら、全く衰えていないかなと」
「みたいだね。循環錬気で体力が維持できているのは分かっていたけれど、確認できて良かった」
実戦の勘であるとか、その辺は追々で良いだろう。ユイもにこにこしているから、みんなとの訓練に参加するという方法もある。
ともあれ、グレイスとしてはみんなの支援に回れるというのが嬉しいようで。上機嫌な笑みを見せるのであった。




