番外1419 氏族達の変化
装備品の動きやすさの確認を終えて、ゼルベルの特殊能力と身体能力に関する測定を造船所で行った。ゼルベルに関しては解呪後の測定を先日行ったばかりなので、ゼルベルも慣れたものだ。
「いや、予想以上に良いと思う。変身後に比べれば少しだけ見劣りはするのかも知れないが、あまり違和感や以前からの遜色はないように思う」
「そうなるように調整しているからね。アルやビオラ達が良い仕事をしてくれるお陰で、力の増幅も、先行しているみんなと同じ水準に仕上がっているようだし。まあ……限界ぎりぎりのところが下がっているっていうのは注意が必要なんだけれど」
ヒュージゴーレムを砕いたゼルベルの言葉に、そう答える。ゼルベルの反応が好印象であったのでビオラ達も笑顔でリュドミラを交えてハイタッチをしていた。
ともあれ、計測結果を見ると装備品を含めておよそ元の9割、というのはゼルベルも含めて継続していると言って良いだろう。
「実力が拮抗した相手と戦う時の話、か。感覚的な部分に頼り過ぎるとそこで後れを取るというのは……確かに想像がつく」
ゼルベルは真剣な表情で言った。この辺は普通に有り得る話だからな。逆に明らかに実力に劣る相手と戦った場合の事はそんなに心配していないが。
「とは言え、みんなは力の増減に慣れている、っていう部分もあるかな」
「ああ。覚醒魔人は変身ができるからな。俺ならそもそも、手強いと認めればその時点で変身する。実力の拮抗した相手に出会うってのは少ないから、本当に全力を出し切るってのも滅多にないだろうが――」
滅多にないだろうが、有り得ない事ではないと……ゼルベルは遠くを見るような目になって言った。
ゼルベルの場合は……トリスディートを喪った事とリュドミラを守るという目的があった。だから……そこから更に研鑽を積んだわけだ。
「俺の場合はあの時はまだ解呪も済んでいなかったからな……。だがそれでも魔人なりに思うところはあったよ。トリスディートの事……力を高める必要性は、十分に味わったつもりだ」
そんなゼルベルの言葉に、静かに頷く。
「そう……そうだな、確かに」
ゼルベルの過去に関しては、俺も共感できる部分が多い。そんな反応を見て、ゼルベルは少し笑う。
「ま、テオドール公はそういう点で理解があるから、俺としても居心地は悪くないな」
「なら良かった。氏族を持たなかった面々が、集団での暮らしに生き方を変えてどう思っているのかっていうのは気になっているからね」
「他のはぐれの連中の事なら今の生活を気に入って楽しんでいるようではあるかな。感覚が変わったのが、良い意味で影響しているんだとは思うが」
ゼルベルがそんな風に教えてくれる。ゼルベルは結集の時に一目置かれているからな。はぐれ魔人だった者達の反応もそれは同じで、同じ立場だったという事、覚醒魔人だったという事もあって彼らからは認められる対象になっているようだ。解呪した事で更にその傾向は強まっているように思う。
そういったわけで、ゼルベルからのこういった情報はありがたいことだ。俺も彼らの動向を見ている部分はあるが、それはそれとして情報源が多いに越した事はない。その報告が喜ばしいものであるなら尚更というか。
ともあれ解呪によって物事の見え方が変わった事で……今までの暮らし方もリセットされたわけだ。
「氏族を持たなかった面々にもいい影響が出ている、っていうならこのまま進めていきたいね。自由な気風を重んじて氏族の下を離れたならその辺も尊重したいところではある」
勿論、氏族に所属している面々を含めての話だが。そうした話をすると、ラムベリアを始めとした氏族長達は笑みを見せる。
「ふふ。元の暮らしから比べると氏族の者達も随分と色々と楽しませてもらっておりますよ」
「そうですな。氏族を維持していく上での制限もありましたし、何より暮らしていく上での楽しみというのは少なかったですから」
「武闘派の面々の多くが数を減らしている、というのも影響としてはありますな。戦闘能力に劣る者達はどうしても我らの間では重きを置かれにくかったですから」
立場が良い物ではないから居心地が悪くて氏族から離れた、という者もいるようだしな。氏族長達の話も色々と参考になる。今の暮らしを喜んでくれているというのは俺としても喜ばしいので……後は取りこぼしというか、そうした枠から外れる者への見落としなどがないように実際の様子を見て細かな部分を調整していきたいな。
というわけでゼルベルの専用装備も仕上がり、解呪も残すところテスディロスただ一人となった。
解呪が終わればそれを内外に告知して大きな規模での祝いを行うという事もあり、テスディロスとしてはもう少し間を置いても問題ないと言ってくれた。
ローズマリー、イルムヒルト、シーラと予定日が続いているからだな。
テスディロスの装備品構築も魔石待ちなので、一先ずテスディロス達や氏族の状況は落ち着いたと言えるだろう。
そうしたテスディロスの気遣いもあって、俺もみんなの事に集中できる。ゼルベルの能力測定も終わり、フォレスタニア城へ戻る。
ロゼッタとルシールが往診に来ていて、挨拶がてらこっちの状況についても話をする。
「――ああ。ではそちらの状況は一段落というところなのですね」
ルシールが俺の話を聞いて笑みを見せる。
「そうですね。みんなとの時間も多めに取れると思いますから、お二人ももう少し楽をしてもらえるようにできるかなと」
循環錬気に使える時間も増えるしな。
「ふふ。まあ、私達も今の段階でそれほど激務というわけではないけれどね」
そう言って笑うロゼッタと同意するルシールである。ロゼッタは学舎の講師もしているが、その辺はルシールや学舎と話し合って日程の調整をしているそうで。
ヴェルドガル王国お抱えの治癒術師もいるからな。そうした面々の協力もあってロゼッタは治癒術師の仕事としてグレイス達の事を診てくれている。ルシールはルシールで元々王城お抱えの典医の一人としてこちらの仕事を任されている状態だ。
予定日が近付いたらその前後は詰めていられるようにスケジュールを組んでいるようではあるし……二人に余裕があると俺としても安心であるから、そういう体制で臨んでくれているのは心強いな。
そんなわけで往診の結果も聞かせてもらうが、母子の経過は諸々順調との事だ。
二人に礼を言ってみんなのところへ向かうと……アシュレイやマルレーンが魔法で泡や光の粒を作って浮かべ、オリヴィアやルフィナとアイオルトをあやしているところだった。楽しそうにあやしているアシュレイ達の姿に、グレイスやクラウディアも表情を綻ばせていたりして。
ローズマリーは……俺が入ってきた瞬間にこちらに向き直っていたが、羽扇越しに微笑ましそうにしていたのはしっかりと見せてもらった。うむ。
「ああ、おかえりなさい、テオドール様」
「ん。おかえり」
俺の姿を認めるとエレナやシーラが言って、みんなも笑顔で迎えてくれる。
「ああ。ただいま。楽しそうだね」
「ふふ。オリヴィアちゃん達が魔法の泡や光を目で追ってくれるので楽しくなってしまいまして」
悪戯っぽく笑うアシュレイと、その言葉にこくこくと頷くマルレーンである。こうした魔法の使い方は俺の影響かなとも思うが……うん。子供達も興味深そうに目で追っていたし楽しそうで何よりだ。
まあ、まずはローズマリーの予定日に臨む為にしっかりと万全の体制を整えていくとしよう。