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210 夏の湖

「綺麗な湖ね」


 空の青と森の緑を鏡のように映し、湖面が陽光に煌めいている。クラウディアが感心したように言った。


「ほんと、綺麗!」


 セラフィナが嬉しそうに言って飛び出した、湖面ぎりぎりを飛行して、水面を蹴って舞い上がる。


 朝早くからみんなで料理を作り、湖へと出かけた。母さんの家からも程近く、それほど大きくはないが透明度の高い湖だ。

 湖岸の緑の絨毯の上に小さな花が咲いていて、のどかな景色であった。

 ほとりから桟橋が伸びていて、そこに陣取ってゆっくり釣りをしたりできる。ここで釣りをしたことはあっても、泳いだ記憶はない。もう少し大きくなったら泳ぎも教えてあげると……そう母さんは言っていたっけ。


「お弁当だけじゃなく焼き菓子や飲み物もありますから」

「お腹が空いたらいつでも食べられるようにしておくわね」


 グレイスとイルムヒルトは楽しそうに桟橋の上に布を広げて、その上にバスケットを置いたりと昼食とおやつの準備を進めている。


「もう少ししたらみんなで食事にしようか。それまで軽く泳いだりしよう」

「そうですね。私もこれを並べたら行きます」


 そう言って水着姿のグレイスが微笑む。透き通るような白い肌と金色の髪が陽の光の下で輝いている。

 ……例によって、日に焼けないよう上空に闇魔法の防御フィールドを張っておこう。水中呼吸の魔法もだ。

 このへんは去年海に行った時と同じである。今年も泳いだりする予定なので水蜘蛛の糸から作られた水着を持ってきている。魔光水脈にも向かう予定だし、水泳も覚えておいて損はない……のだが。まあ、眼福というか何というか。目のやり場に困るところはあるな。


「お昼を食べたら演奏したいから、それまで泳いでこようかな」


 準備が終わると、イルムヒルトは人化の術を解き、腰に巻いていた布を取って水の中へと入っていく。尾をくねらせて泳ぐのだが、その速度はかなり速い。セラフィナを肩に乗せて、なかなか楽しそうだ。


「釣竿も、用意してきた」


 シーラは釣り竿を見せてくる。


「結構釣れるよ。魚のほかに、カワエビなんかもいる」

「食べられる?」

「火を通せばね」

「ん。少し泳いだら、桟橋のあっち側で釣りをする」


 表情はいつも通りだが気合が入っている様子である。格好は水着姿ではあるのだが。


「冷たくて、気持ちがいいです」


 アシュレイは桟橋からゆっくりと足から慣らしていって湖に入ると、仰向けになって湖面に浮かび空を見上げてから静かに目を閉じる。

 銀色の髪が湖に広がって、なかなかに幻想的な光景だ。


「アシュレイも泳げるようになったんだね」

「前にグレイス様に教えていただきましたし、お風呂も広くなったので……1人の時に少しだけ練習していました」


 頬を赤くして、アシュレイがやや気恥ずかしそうに笑みを浮かべる。なるほど。こっそり練習していたんだな。


「水流操作で移動する方法も結構上手くなりましたよ」


 と、魔法を用いて水上を滑るように移動していく。


「さすが」


 水魔法に適性が高いだけのことはある。俺の言葉に、はにかんだように笑う。


「みんなは? 泳げる?」


 アシュレイが周囲を一周して戻ってきたところで桟橋の上の面々に尋ねる。

 視線の合ったマルレーンは首を横に振ったが、水中呼吸の魔法がかかっているということもあって、あまり物怖じせずにラヴィーネと一緒に水の中へ入った。犬かきをするラヴィーネの腰のあたりに掴まりながらも、自分も手足を動かして湖面に浮いている。

 マルレーンは淡い水色ワンピースの水着である。大人しいデザインだが、清楚というより無邪気な印象のマルレーンには合っているのではないだろうか。


「私も少しは泳げるから、マルレーンに水泳を教えられる、けれど」


 肩から布を羽織ったクラウディアは頬を赤らめている。クラウディアはどうも、肌を見せる恥ずかしさが勝るようであったが……。


「ん……そうよね。テオドールは婚約者だもの」


 といって、ややためらいながらも布を取り去る。黒の水着。クラウディアの髪の色とよく似合っているな。フリルが付いており、割と大人しいデザインではあるがツーピースだ。ワンピースはサイズに合うものが無かったそうで、クラウディアとしては露出が多くなってしまうのが不本意だったそうである。まあ……水蜘蛛の糸で作った水着もそれなりに貴重品だしな。


 クラウディアは僅かに頬を赤くしながら水に入る。水の中に入ってしまえば恥ずかしさも半減するのか、マルレーンの近くまで泳いでいった。なかなか泳ぐのが上手いな。


「水中呼吸があるし、泳ぎを覚えてみない?」


 クラウディアの申し出に、マルレーンは嬉しそうにこくこくと頷く。ラヴィーネから離れて、クラウディアに手を引かれて水泳の練習を始めた。去年はグレイスがアシュレイに教えていたっけ。


「クラウディアはどこで泳ぎを覚えたの?」

「魔光水脈の奥よ。無聊の慰みにと言ったところかしら。あの場所は、水中が綺麗だから……」


 そうか。クラウディアは迷宮の魔物に襲われないからな。そういう点で言うなら、魔光水脈はなかなか幻想的な美しさがあるし、泳ぐ場所としては良い場所なのかも知れない。


 で、麦わら帽子にビキニタイプの水着、腰にパレオという出で立ちのローズマリーだが。


「泳げないわ」


 と、なかなかに潔く言う。スタイルも良いので、堂々としていると様にはなっている……のだろうか。まあ、魔法が使えればレビテーションなり水中呼吸、水上歩行もできるし……確かに覚える必要もないものではあるか。マルレーンも祝福があるから落水に対応できるだろうしな。


「でも、新しいことには挑戦すべきよね」


 麦わら帽子が飛ばされないよう、バスケットに帽子の鍔を挟んでその場に置くと、桟橋の縁に掴まりながら水に入ってきた。


「水魔法でああやって滑れるのなら……そう。浮くだけなら風魔法を使えばいいのよね」


 そう言って、水と風の魔法を操り、強度と弾力のある泡の球体を使って、それに掴まって浮かぶ。丁度ビーチボールに掴まる感じだろうか。そのまま移動を試みているが、ややうまくいっていないようだ。


「力を抜くと水に浮くよ。こう、腰も使って太腿から足を動かして、足の甲と裏で水をかくんだ。水の抵抗を感じるっていうことは、水を蹴っているっていうことだから――」


 バタ足の基本ということで。クロールと共に披露してみる。

 隣でそれを聞いていたマルレーンも真剣な面持ちでこくこくと頷いている。速く泳ぐには他にも色々気を付けなければいけない点があるが、まあある程度のことができれば良いだろう。


「テオの泳ぎ方は、綺麗ですね」


 地球側の、俗に言う近代泳法だからな。


「ええと。こうかしらね」


 風のボールに掴まったままでローズマリーもバタ足で泳ぐ。先ほどよりはスムーズに進むようになっているか。


「エビじゃなく、カニを捕まえた」


 シーラが湖底から浮上してきて、両手に持ったカニを高々と掲げる。


「このカニは食べられる?」

「ちゃんと焼けばね」


 水中呼吸の魔法があるし、水中散歩というのも楽しそうだな。

 去年海に行った時は……水上を滑ったりしたんだったか。


 ああ、思いついた。今年はまた違う試みをするか。


「どうなさいました?」


 水から上がった俺に、グレイスが問い掛けてくる。


「いや。ちょっと思いついた」


 遊び終わったら撤去するから景観などは問題あるまい。

 桟橋の横。少し浅くなっている場所から魔法建築で、滑り台を作っていく。ハーフパイプ状にして曲がりくねらせ、表面を大理石のように滑らかにし、水魔法で湖面から水を汲み上げて流してやれば……うん。いけそうだ。


「階段を上がって、ここから滑る――と」


 試しに滑ってみる。水の勢いに流されてパイプの中を流れていく。遠心力で飛ばされそうになる場所などがあったが、滑りながら細々と修正を加えれば、やや距離は短いがウォータースライダーの完成というわけだ。終点で少しだけ上向きに飛ばすようにしたので、最後は軽く飛んでから湖に着水するという仕様である。

 ……うん。なかなか良い出来だ。


「面白いものを作るのね」


 みんな桟橋に上がってきて、興味津々といった様子で順々に滑っていく。なかなか楽しんでもらえているようで、結構なことだ。


「2人で一緒に滑っても大丈夫?」


 シーラがスライダーの上から尋ねてくる。どうやらイルムヒルトと一緒に滑るつもりのようである。


「尖った部分はないからね。仮に外側に跳ばされても湖に落ちるようにしてあるから、大丈夫だとは思うよ」

「試してみるわね」


 イルムヒルトはシーラの後ろにくっついて腹這いで滑る感じだ。人化の術を使えば普通に滑ることもできるだろうけれど。

 それを見たアシュレイとマルレーンが微笑みあって一緒に滑っていく。歳が近いからか、2人は仲が良い。


「2人1組でというのも面白そうね。マリー、一緒にどうかしら?」

「クラウディア様がそう言うなら」


 クラウディアはローズマリーと一緒に滑るようである。クラウディアの後ろにローズマリーがついて、2人で滑っていく。


 もう一度滑ろうと思って上へ向かうと、グレイスの順番だった。


「テオ、一緒にどうですか?」

「私もー!」


 グレイスが微笑み、肩の上にセラフィナまで乗ってくる。ええと……この流れは、あれだな。全員と1回ずつ滑ることになるな。


「……んん。よろしく」


 先頭側は俺で。後ろにグレイスという配置で滑る形になる。肩に触れるグレイスの手だとか、諸々はあまり深く考えてはいけない。ぐるぐるとスライダーの中を回って、楽しそうなセラフィナの笑い声と共に宙に放り出される。浮遊感の後に、3人で着水。

 それを見ていたクラウディアが顔を赤くする。


「わ、私は……その……あ、後で良いわ。先に2人からどうぞ?」


 譲られたアシュレイとマルレーンが微笑んで頷く。2人に挟まれて、マルレーン、俺、アシュレイという並びで、再び3人で滑る。うん。

 スライダーから放り出されて水面に浮かび上がると、マルレーンが屈託のない笑みを見せてくる。


「クラウディア様、どうぞ」

「え、ええ」

「順番はどうしようか?」

「……わ、私が先頭で」


 そんなやり取りを経て、クラウディアと一緒に滑る。クラウディアは終始身体を小さくしていた。

 そこまではまあ、いつも通りと言えばいつも通りだったのだが。

 水面に浮かんでくると、女性陣の協議の結果として最初にセラフィナが一緒だったので、シーラやイルムヒルト、ローズマリーも俺と一緒に滑ってはと提案された。


「ええと」

「私達はそれでいいかなと思っていますが」


 見渡してみればみんな納得しているようではあるが……謎だ。俺が拒否しないほうが丸く収まる、のか?


「行く」

「ふふ。楽しいけれど、何だか悪いわ」


 シーラとイルムヒルトに挟まれる形。肌色の密度が高過ぎて思考が段々麻痺してきた気がする。イルムヒルトが腹這いになる関係上、どうしても寄りかかるような形になるし。


「お前も色々大変ね」


 口元を隠しながら楽しそうに笑うローズマリー。次は俺が先頭だった。問題は着水の時に毎回密着してしまうことなんだ。何やらもう、色々削られる感じである。少し水中で頭を冷やそう。




 ――たっぷり泳いで、たっぷり遊んだ。

 少し遅めの昼食を済ませてから、桟橋の上にみんなで横になる。闇魔法で程よく弱められた日差しが、泳いでやや冷えた身体を温めてくれる。

 シーラは釣り。イルムヒルトは演奏で、みんなは日向ぼっこだ。カドケウスとウロボロス、キマイラコート達も日当たりの良いところで割とのんびりしているようだ。


 呪曲が魚を集めるのか、釣果は上々。イルムヒルトはユスティアに習ったと言っている。

 ラヴィーネも湖からエビやカニを集めてきて、桶に放り込んでいるな。今日の夕食は魚とエビ、カニ尽くしだろう。


「――空が綺麗ですね」

「そうだな」


 逆さ向きに寝転ぶグレイスが俺に微笑む。

 青い空に、夏雲。聞こえてくるのはイルムヒルトの奏でるリュートの音と澄んだ歌声。懐かしさを感じさせる虫の声。


 昔に戻ったような、穏やかでゆったりとした時間だった。心地よくて目を閉じれば、暖かさも手伝って心地よく眠ることができたのであった。

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