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209 憧憬

「最初に……以前働いた無礼の数々をお詫びさせてください」


 そう言って、ダリルは頭を下げる。毅然というよりは、その表情には緊張の色があった。

 多分、俺が異界大使でメルヴィン王の直臣扱いというのは聞いているんだろうが……。


「ええと。まずは座って話をしましょうか」


 そうでも言わないと話が進みそうにない。

 前のダリルとはかなり印象からして違うので、許す許さない以前の話として、何がどうしてそうなったかを聞かないと今のダリルについて判断しようも無いというか。


 ダリルのやったことについてはまあ……不快ではあったがその程度止まりだ。謝る意志があるのなら許さないなんてことはないのだし。

 ダリルと向かい合って座ると使用人が茶を運んできた。ティーカップを傾けながら、使用人が出ていくのを見計らって尋ねる。


「……随分と変わりましたね。僕がここを出ていってから、どんな生活だったんですか?」


 父さんは教育し直すと言っていたが、その具体的な内容については聞いていないのだ。


「父さ……父上は、まず領民の暮らしを知れと。冬になるまで、開墾や畑仕事の手伝いをしたりしていました」


 口調についてはまだ無理をしているところが見えるな。まあ、そこは些細な問題かもしれない。しかし、開墾ときた。


「木を切り倒したり、根を掘り返したり?」

「細い木なら手伝いました。倒した木を細かく切り分けて運んで、それから薪にしたり。後は畑にする土地から石を取り除いたりだとか、耕したり種籾を撒いたり雑草を抜いたり虫を駆除したり……収穫まで大体、全部です。……あんまり役に立ててなかった気もするけど」


 ……なるほど。それは痩せるわけだ。


「大変だったけど……収穫した小麦を使ってパンを焼いて食べさせてもらったりして。あれは美味しかったなぁ」


 ダリルはどこか誇らしげに。嬉しそうに笑った。ダリルにとっては……思いの外農作業が楽しかったのかも知れない。

 確かに……伯爵領の領主になるなら領民の営みは知っておくべきことなんだろうとは思う。


「でも……その……」


 ダリルは言いにくそうに視線を泳がせ、口籠る。


「……何ですか?」


 先を促すと、ダリルはそれでも迷っていたようだが、やがて意を決したように言う。


「俺……テオドールに言いたいことがあったんだ」


 ダリルは深呼吸すると、言う。昔の面影が、重なる。やや思いつめた様子で、貴族としてではなく、素の顔が表に出ていた。


「昔から、俺は兄貴に守られててさ。他の奴も兄貴の言うことを聞くから、それでいい気になってたと、思う」


 そうだな。ダリルはバイロンの後を付いて歩いていた。そういう印象だ。俺に対して何かする場合も、バイロンが主でダリルは従。バイロンに同調することが多かった。


「だけどさ。お前は……俺や兄貴がお前に色々しても、どこか本気で相手にしてない気がして、他の奴らと少し違ったんだ。それが……なんて言ったらいいんだろう」


 ダリルは言葉を選んで、言った。


「それが、羨ましかったっていうか……。俺は――お前みたいな、強さが欲しかったのかも知れない」

「それは……」


 俺みたいな強さ?

 それは、今の俺じゃなくて、昔の何もできない俺のこと……だろうか?


 ……昔の俺は、無力な自分が嫌だった。だから魔法を使えるようになって、いつか家を出ていこうだなんて、書斎にある魔法関係の書物を読んだりしていた。


 それは母さんやグレイスが理由で。ああ……そうだな。確かに。

 キャスリンもバイロンもダリルも。魔法を学ぶ動機を後押しする理由にはなっていたかも知れないけれど、多分、俺の根本にあるものではない。

 きっと3人との関係がどうであれ魔法を学んで――いつかもっと大きな力を得ることを望んで、家を出ていっただろう。


「買い被りだよ、それは。俺はただ――自分のことに手いっぱいなだけだ」


 ダリルが俺のことをどう受け取っていたとしても。相手にしていなかったんじゃなくて、そうする余力が無かっただけの話だ。


「でも、今は結果を出してるじゃないか。父上から陛下の直臣として働いてるって聞かされても、そんなに驚かなかった。俺はやっぱりなって思ったんだ。お前が魔法を使えるようになって、家を出ていった時、兄貴がいないと何もできない、俺はなんなんだろうって自分が嫌になって。だから……畑仕事とかも頑張れたんだと、思う」

「そう、か」

「そうさ」


 ダリルは自嘲するように笑う。


「まあ――話は分かった」

「ああいや。今の話を、したかったわけじゃなくてさ。横道に逸れたけれど父上に頼んで会わせてもらった理由は違うんだ」


 ダリルはかぶりを振る。


「ん?」

「その……母上のことでさ」


 ……ああ。そういうことか。言葉を重ねてもらわなくても、それならよく分かる。


「母上を助けてくれた。だから、どうしても礼を言っておきたかったんだ」


 その言葉に頷いて、右手を出す。


「昔のことは、忘れます。どうか良い領主になってください」

「……ありがとう」


 そんなやり取りをしてから、ダリルと握手をかわした。


「宴会にも顔を出してみますか?」

「いいんですか?」

「まあ……父さんは俺に気を遣ったんでしょうし。少し父さんに聞いてみます」


 昔のことを水に流したからには、ダリルが宴会に出ることを拒む理由もないと思う。




「どうだったかな?」


 ダリルは呼ばれるまでは自室に戻っているということだ。隣室の父さんのところに向かうとダリルについての印象を聞かれた。


「前とはかなり変わっていて、驚きました」


 或いは――内面については大きく変わったのではなく、少しだけのことなのかも知れない。父さんのダリルへの対応。キャスリンやバイロンと離れた影響。俺に対する見方であるとか。


「私の成果云々というよりは、テオの与えた影響のほうが大きかったのかも知れないがね」

「僕はそういうのを意識したことはありませんよ。もしかすると変わる切っ掛けにはなったのかも知れませんが、そのための環境を作ったのは父さんで、継続したのはダリルです」


 家を離れただけの俺の影響なんて。それほど大きくはないだろう。


「かも、知れんな。案外、ダリルには合っていたのかも知れん」


 俺が出ていってから領民の暮らしについて学んだということなら、バイロンも一緒に農作業していた時期があったはずだが……あいつは見栄えの良い物を好む。嫌がったんだろうな、そういうのは。

 ダリルについて言うなら、父さんが狙った通りの効果があったということなんだろう。


「ダリルと奥方の、宴会への出席ですが」

「キャスリンも一緒で構わんのか?」

「僕とあの方が和解しても、父さんは今までの処遇を取り消すということもしないのでしょう? でしたら、たまにはそういう息抜きがあってもいいのかも知れません。ダリルも……しばらく奥方には会っていないのでしょうし」


 言うと、父さんは少し困ったように笑う。


「そう……だな。私の立ち会いがあるのなら、キャスリンの離れに2人で会いに行くというのも……たまになら良いのかも知れない」

「ああ。そうだ。この家と、離れについては少し提案があるのですが」

「何かな?」

「これからは警備を厚くするのだろうと思いますが、隠し扉と連絡用の地下通路などを作らせてもらえませんか? 魔法建築を覚えたので」


 父さんは目を瞬かせた。孤児院にも作ったどんでん返しの扉と、地下の避難部屋という感じだ。

 うん。後で警報装置の魔道具も父さんに送ることにしよう。警備の増強と併せて、しっかり効果を発揮してくれると思う。




「では、父さん」

「ああ。あと2日はリサの家に滞在しているという話だったか?」


 宴会も終わり、伯爵邸を辞去するという段になり……父さんは玄関ホールの先まで見送りに来てくれた。

 宴会はイルムヒルトが弾き語りをやってくれて、随分盛り上がった。キャスリンとダリルも久しぶりの再会で嬉しそうではあったな。


「ええ。多分明日は1日、湖で過ごしているかと思います。明後日の昼頃に発つ予定でいますが、魔法建築については最後の日に纏めて朝から行ってしまおうかと」


 伯爵邸と離れを繋ぐ地下通路を作って……通路の途中に避難部屋と鍵付きの隠し扉でも作っておけば、警報装置と併せて色々機能を果たしてくれるだろう。


「……そんなに早く行えるものなのか?」

「そうですね。掘り出して固めるだけですから」


 装飾を施すでも無し。頑丈であるならそれで良いという代物だからな。


「何から何まで済まないな」

「いいえ。では、何かお話や用事があったらいつでもいらしてください」

「せっかくみんなと避暑に来ているのに私が邪魔をしても悪い。私からは、帰る前に見送りに行くだけにしておくよ」


 父さんは苦笑交じりに言う。

 ふむ。まあ、そういうことなら。明日はみんなと一緒にのんびりさせてもらおう。

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