番外1415 神殿での再会
いつも境界迷宮と異界の魔術師をお読み頂き、誠にありがとうございます。
1エピソード語り忘れるというミスをしておりましたので、
エスナトゥーラの解呪儀式にまつわるお話を1話分加筆し
新たに『番外1411 母から子へ、子から母へ』というエピソードを追加しています。
それに伴い、番外1410の終わりと、番外1412の冒頭が繋がるように加筆修正をしております。
これらの詳細に関しましては活動報告でも告知おります。
読者の皆様にはこちらのミスからご迷惑をおかけしました。
こうしたミスをしないよう気を付けてお話を進めて参りたいと思いますので、これからも本作品にお付き合い頂けたら嬉しく思います。
「少し気が早いかも知れませんが……此度はおめでとうございます」
触媒を祭壇に配置するなど、儀式前の準備を進めていると、ゼルベルに氏族長のラムベリアが話しかけていた。
「それは……ああ、ありがとう」
「儀式が始まる前に、我らからも改めてお礼を伝えておこうかと。ゼルベル殿が積極的に動いて下さったから今の私達の状況がある。状況が状況であれば、ゼルベル殿はいずこかの氏族長として敬われていたのではないかと思っています」
そんなラムベリアの言葉に氏族長達やはぐれだった者達も同意するように頷くが、ゼルベルは苦笑して応じる。
「いやいや、俺はそんな柄じゃねえさ。娘の事が手一杯で買い被りだが……だがまあ、ありがとよ」
そんなゼルベルの言葉にラムベリア達も笑顔で応じる。父と氏族長達のやり取りにリュドミラも表情を綻ばせていた。
ゼルベルに関しては――ヴァルロスやベリスティオ達も俺から話を聞いて性格等々を好ましく思っているように見えた。
実際研鑽を好み、さっぱりとした性格をしているゼルベルと他の面々の性格的な相性が良いというのはそうなのだろう。結集の際に力を貸してくれたという事もあって、ヴァルロスとベリスティオは『恩を返さねばな』『気合を入れて臨むとしよう』と、そんな風に笑っていた。
さて。そんなやり取りを傍目にこちらの準備も整った。このまま儀式を進めていくとしよう。リュドミラや氏族長達……はぐれだった面々も参列し、冥府のレイス達も水晶板越しに見守ってくれている。城や街のみんな。各国の面々も同様だ。
「それじゃあ準備も整ったし、儀式を始めようか」
そう伝えると談笑の和やかな雰囲気も変わって緊張感のあるものになった。居並ぶ面々が真剣な表情で頷き、慰霊の神殿の空気が静謐なものとなる。ゼルベルも一旦目を閉じてから頷いて、祭壇の向こう――魔法陣の中心へと歩いて行った。
ヴァルロスとベリスティオの祭具を手に……詠唱を始める。みんなも祈りの仕草に想いを込めて力が高まっていく。
リュドミラは膝を突き、目を閉じて……真剣な表情で解呪の祈りを捧げていた。その様子に……俺も気合が入る。
そうだな。ゼルベルは色々と気を回してくれて俺としても助かっているから、しっかりと解呪できるように力を尽くしたい。
けれど俺達があれこれと思う以前に。リュドミラにとってはただ一人の肉親で、大切な人だろう。だから……普通の親子として平穏な時間に過ごせるようになって欲しいと、そう思う。
俺自身に重なる部分。父さんや母さん。グレイスの事。そうした思い出や肉親への想いを祈りに込めて詠唱を続けていく。
リュドミラの想い。氏族達のゼルベルへの感謝の想い。儀式と共に祈ってくれているみんなの想い。一つ一つに触れる。それに……ああ。そうだな。きっと彼女もまた、現世の二人を想っているのだろう。
そんな温かな感情が煌めく光となって魔法陣や祭壇の周りに渦を巻く。ゼルベルもそうした想いに触れているのか、感じ入るものがあるのだろう。より深くそれらに触れようとするように目を閉じていた。
やがて力の高まりと共に。砕けるような音がしてゼルベルの背中から光が散った。そうして煌めく輝きの中に消えて行った。解呪される時の手応えがこちらにも伝わってくる。重い感覚が霧散していく、その感覚は独特なものだ。他者の内側にある魔法的なものだが、何度か儀式をしている内に知覚できるようになってきたな。
ゼルベルもすぐにそれに気付いて驚いたような表情で掌を見ていた。魔力を集めると、それを握るようにして、目を閉じる。
「無事に解呪できたみたいだ」
そう伝えるとリュドミラが明るい笑顔になり、氏族長達も表情を綻ばせる。そんな反応にゼルベルも穏やかに笑って応じていた。
「よかった、父さん……」
「ああ。俺も解呪できて安心した」
駆け寄ってきたリュドミラの頭をそっと撫でてゼルベルが応じる。そんな二人に、周囲の者達から温かな拍手と祝福の言葉が送られて。ゼルベルとリュドミラは参列している面々と中継の水晶板に向けて一礼していた。
そうした祝福の空気が少し落ち着いた頃合いを見計らって、ゼルベルが口を開く。
「それから……俺の勘違いじゃなきゃ、あいつも見守っていてくれた気がする」
真剣な表情で、遠くを見るような目になってゼルベルが言うと、リュドミラも分かっているというように頷く。
「母さん……」
二人揃って俺を見てくる。それを……首肯する。そうだな。再び話ができる事への心の準備であるとか、望む望まないというのは人それぞれ違うのだろうけれど。二人に関してはこうした反応を見る限り大丈夫だと、そう判断する。
ゼルベルの解呪儀式に当たって力を貸してもらえるようにと、リュドミラの母親についてはベル女王達が調査してくれていたようであるが、それが間に合った、という事なのだろう。
ただ……魔人ではあるがレイスとしての任務にはついていなかったらしい。彼女もまたはぐれ魔人であり、辺境で暮らしていたという事もあって生きるために暮らしていても、他者からの恨みは買わなかったという事なのだろう。凶暴化している魔物は……恨み辛みの感情では動いていないし。
事前に探しているという事を伝えられなかったのは……冥府で暮らしている者達は時間の経過と共に生前の事を忘れてしまうケースもあるからだな。希望を持たせてから落胆させてしまうような事はしたくなかったというのがある。
割とギリギリで連絡が入ったのでその辺の確認と報告までは儀式に間に合わなかった。けれど、こうやって想いが伝わってきたというのは……二人の事をしっかりと記憶に留めていたからだ。同時に、儀式で気持ちが伝わるかも知れないという事も事前に伝えておくようにベル女王には頼んでおいた。
亡者の姿は色々だが……死者としての姿を見せたくないその場合は声だけでの中継であるとか、レイスの衣装を用意するとか……そういった形になってしまうかも知れない。
「能力の測定は後で、で良いかな。このまま少しだけ時間を作って……それから城に戻ってお祝いしようか」
「それは――ありがたい」
ゼルベルとリュドミラが穏やかな表情で言う。ティアーズが中継用の水晶板を神殿の一室に運んでくれる。親子水入らずの時間を過ごしてもらえればと提案したが、ゼルベルが言う。
「テオドール公にも立ち会ってもらえたら嬉しい。あいつも……礼を言いたいだろうからな」
「分かった」
頷いて冥府側と連絡を取る。中層を受け持っているヘスペリアが顔を見せ、当人も顔を見せて話をする事を望んでいる、と笑顔で教えてくれた。となると……恐らく霊体で生前の姿を保っているのだろう。
少しの間を置いて、身体の周りに靄を纏った霊体の女性が水晶板に姿を見せた。ゼルベルが目を見開き……「ああ……」と感嘆の声を漏らしたリュドミラの瞳に涙が浮かぶ。
「ああ……。久しぶりだな、トリスディート」
「久しぶり、母さん……」
『そう、だな、ゼルベル。元気そうで――安心した。リュドミラも……大きくなった。立派になった、のだな』
トリスディートと呼ばれた女性も、感動した面持ちで二人に答える。顔立ち等はリュドミラに似ている。親子なのが傍目にも分かると言うか。
再会の挨拶をして三人は喜び合っていたが……やがて俺にも視線を向けてくる。
『テオドール公にも礼を言わねば、な。私は冥府に来て呪いが解けた。こっちでの暮らしは平穏なものだったが……だからこそ二人の事を心配していた。何せ、二人とも呪いがあるのに私を悼むような……魔人には珍しいお人好しだったからな』
そういう想いは冥府のトリスディートにも伝わっていたのだろう。
「こうやって解呪した上で話ができる場が用意できたのは……俺としても喜ばしいと思っているよ」
『ああ。二人の呪いが解かれた事は、本当に喜ばしい。冥府の平穏を守ってくれた事もそうだが……重ねて感謝する』
そう言ってトリスディートは丁寧に一礼してくる。俺もそれに笑って応じて……今しばらくの間は親子水入らずの時間を作ってもらおうという事で、部屋から退出するのであった。




