番外1412 氷絶妃と鬼娘の演武
そうして……解呪の祝いの宴の後に計測を行い――それらによって得られたデータから最適化した制御術式をアルバートに渡したのであった。
武器防具が仕上がってきたのはそれから数日後の事だ。早速、工房に移動し、装備品を装着して仕上がりを確かめ、身体能力と特殊能力の測定を行っていく。
工房の一室にて……完成品の鞭を手にするエスナトゥーラ。母の姿に嬉しそうに手を振るルクレインに微笑み、エスナトゥーラが鞭に軽く魔力を込めると、鞭が生き物のように揺らいだ。
「これは……手応えだけで期するものがありますね。瘴気で作った鞭並みに意のままに扱えそうな印象があります」
「鞭の動かし方の解析結果を術式に反映させているからね。今までの感覚で融通が利くんじゃないかな」
そう言うとエスナトゥーラは笑顔で頷いていた。早速ドレスアーマーも装着して動きやすさ等を試してみる、との事である。
ビオラやコマチ、エルハーム姫やカーラ達……職人面々に連れられ、工房の別室でエスナトゥーラがドレスアーマーに着替えてくる。
エスナトゥーラのドレスアーマーは白と青を基調として、氷の結晶などをモチーフにした装飾をあしらったものだ。変身した後のイメージに加えて冷気がエスナトゥーラの特性だと誤認させるものでもあるが、似合っているとは思う。
頭部以外にも装備品は身に着けている。フィオレットや氏族達からティアラはどうかという案も出ていたが、エスナトゥーラ自身はオルディアと同じくサークレットで良いとの事で。
頭部から首、肩あたりの範囲をプロテクションとマジックシールドで守ってくれるという代物だ。動きや視界の邪魔にならない。瘴気による特性はないが、強度面に関して言うなら近いぐらいの性能ではあるか。耳飾りや首飾り、腕輪やベルト、靴等々……ドレス本体だけでなく身に着けた装飾品は機動性を向上させたり探知能力を付けたり、色々と補助用の術式が刻んであるな。
この辺はエスナトゥーラのドレスアーマーに限らず、といったところだ。魔人の飛行術は解呪しても使えるが、それはそれとしてマジックシールドを足場にできた方が動きの幅も広がるというのは間違いないし。
というわけでエスナトゥーラは装備品を身に着けた上で動きやすさを確かめるという事で、工房の中庭にて俺の作ったゴーレム達と対峙する。
「では――始めましょう」
鞭を手にしたエスナトゥーラの爪先が、僅かに地面から浮く。魔力を身体から噴出させたかと思うと、回転しながら一撃を放った。鞭が身体の周りを覆うように円を描き、大きく広がる。空気を引き裂く音と共にゴーレムの胴体が大きく裂けるように爆ぜた。
凄まじい速度でエスナトゥーラの鞭の一撃が炸裂したのだ。命中の直後にはエスナトゥーラの手元に鞭が戻っている。ミスリル銀線を寄り合わせてその中に加工した竜の爪牙を組み込んである形だ。尖ったパーツの収納と展開が可能で、命中と同時に速度と鋭さで引き裂いたり、爪牙をワイヤー内部に収納する事で手加減をしたり、単なる打撃として打ち据えたりと……色々と対応ができる。
エスナトゥーラの舞うような動きと共に腕が振るわれ、対峙するゴーレム達のあちこちが爆ぜる。
一撃ごとに攻撃の種類や軌道等を色々確かめているようだ。闘気を込めて鞭そのものの動きを操り、自身の動きと鞭の動きを敢えて一致させない事でフェイントを掛ける。この辺は瘴気鞭でもやっていた事だな。一先ず同じ事ができるようでエスナトゥーラはその手応えに頷いていた。
「お母上の動きはお綺麗ですね」
そんなエスナトゥーラの動きを腕に抱いたルクレインに見せて笑顔を浮かべているフィオレットである。ルクレインも少し声を上げながらエスナトゥーラに手を伸ばしていた。
フィオレットとルクレインの様子にエスナトゥーラは一瞬微笑ましげに笑って軽く手を振ると、また真剣な表情に戻って空を飛びながら鞭を振るっていく。
その内に能力も併用し出して、魔力の込められた一撃が炸裂すると打撃が当たった部分から急速に温度が奪われて氷結を起こした。空中を叩く鞭の音と共にあちこちにエスナトゥーラの魔力が拡散していく。
低温の風が渦を巻くようにして、周囲から温度や魔力を奪っていく。ゴーレムも魔力に干渉されて動きが鈍くなっているようだ。
「良いようですね。ユイさんに少しお手伝いして頂きたいのですが」
「うんっ、任せて……!」
声を掛けられたユイは工房の中庭で動きを確かめる訓練相手としての仕事が恒例になっているからか、もう準備を万端整えて待機していたようだ。明るく答えるとエスナトゥーラと対峙する。
「では――」
エスナトゥーラは前置きして最初は様子見といった調子で腕を振るう。飛来するそれを、ユイは闘気を込めた杖で受ける。火花を散らして闘気と魔力が干渉して弾け、次の瞬間にはエスナトゥーラとユイはシールドを蹴って同時に動いていた。飛行術で飛びながら鞭を振るい、打撃を放つエスナトゥーラと、右に左に反射するように動いて鞭の一撃を避け、打ち払うユイ。
あくまで動きやすさを見るのが目的なので、エスナトゥーラも能力は使っていないし、プロテクションによる防壁が展開されているので鞭が当たったとしてもダメージは通らない程度に威力は押さえられている。
ただ――常人では目で追う事すら叶わない速度で振るわれる鞭ではあるが、ユイの動態視力や反射神経はそれを問題にしない。加えて薄く広く魔力を広げているようで、変則的な動きをする鞭にも上手く対応しているという様子だ。
そんなユイの様子にエスナトゥーラは「流石はユイさんですね」と楽しそうに笑う。そうして互いに動きを速めていく。鞭の軌道を闘気で操作させて更に複雑なものにしていくが、それでもユイは魔力の探知網を広げているので対応して見せているな。
エスナトゥーラの場合は能力を使えばああして展開した魔力も収奪して無効化できるので、また違う対策が必要になるところはある。ユイならば……そうだな。鬼門を使えば対抗も可能か。
「攻めだけでなく守りも試してみましょう。ユイさん、打ち込んで来ていただけますか?」
「うんっ」
エスナトゥーラの動きの調子を見るために受けに徹していたユイだが、そのやり取りを皮切りに、二人の動きが切り替わる。
実戦形式なので振るわれる鞭を掻い潜り、踏み込んできたユイをエスナトゥーラが迎撃するという形だ。
打ち込まれる打撃を、闘気を込めた鞭の変則的な動きで受ける。折りたたまれるように縮まったかと思うとたわんだ部分が戻る反動で魔力を爆ぜさせるように放出して打ち込んできたユイを押し返しながら魔力を拡散させる。
エスナトゥーラ独特の戦い方に基づいた魔力の利用法だな。鞭の隙を埋めるように魔力弾を放ってユイを牽制しつつ、攻撃を受けながらも力を拡散させていく。実戦ならここから能力の行使に繋げる。鞭を使っているからと、近距離の攻防に劣るかと言われればそんな事はない。
相手が魔力の拡散を気にしないなら状況は刻一刻とエスナトゥーラ有利になっていくし、詰ませられるだけの状況になった時点で仕掛けられる。
拡散を気にして攻め手を緩めるならば、今度はエスナトゥーラが攻勢に転じる事ができる、というわけだ。
そうして暫くユイと攻防交替して実戦に準じる形での動きを確かめていたようだが、やがて納得したと言うように頷いた。
「良いようです。武器も扱いやすいですし、防具も動きやすいですね。ユイさん、ありがとうございました」
「こちらこそ……! 踊っているみたいな動きも綺麗で、楽しかった」
明るい反応を見せるユイに笑みを見せて、ビオラ達にも「良い物を作って下さってありがとうございました」と、お礼を言うエスナトゥーラである。
「ん。仕上がりも良さそうで何より。それじゃあ造船所に移動して測定もしていこうか。消耗はしていない?」
「分かりました。体力や魔力の面では――特に問題ありません」
ここまでのユイとの訓練は……かなりハイレベルではあるが、あくまで装備品の使用感を確かめる慣らしだからな。
ここからは造船所でゴーレムを相手に実際に能力を行使して、増幅率や出力、使用感等を確かめていくというわけだ。
ユイとの訓練でも周囲に魔力を拡散させていたが能力は使わないので拡散させるだけで止まっていた。そこからの能力行使も造船所で実際にして貰おうという事になるな。




