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番外1411 母から子へ、子から母へ

 エスナトゥーラの解呪に備え、ヴァルロスとベリスティオ、それぞれの祭具。月と迷宮に絡んだ触媒を用意し、冥府とも連絡を取る。


『そう、か。いよいよか』


 水晶板の向こうでそう言って……感慨深そうに目を閉じて天を仰ぐのは冥府下層の独房区画にいるウォルドムだ。エスナトゥーラの解呪についてはウォルドムにも伝えておいた方が良いだろうとヴァルロスとベリスティオが働きかけ、その意向を冥府側のベル女王も汲んでくれたわけである。


『エスナトゥーラには……気苦労をかけてしまった。自身が魔人となったのは選択の結果だが、ルクレインを巻き込むとは、な。他の子を持つ母親達にも辛い想いをさせてしまったと思う』

「けれど……エスナトゥーラ達の心を守ったのも確かだ」

『絶望していく者達を見るのが忍びなくて先延ばしにしただけだが、な。守ったのだというのなら余の心残りを、お前が引き継いでくれたからだろう。その事については――感謝している』


 そんなウォルドムの言葉に目を閉じる。


「俺にとっての約束でもあるし……俺だって同じ立場だったら同じ事をしていたと思うから」


 ……ウォルドムとは確かに敵対したけれど、エスナトゥーラと氏族の母親、子供達を眠らせて守ろうとした気持ちは分かる。ウォルドムに伝えたその言葉は俺にとっては偽りない本音でもある。


『……そうか。エスナトゥーラとルクレイン……フィオレット達の今後も……どうかよろしく頼む』

「ああ」


 穏やかに目を細めるウォルドムの言葉に頷く。これから儀式なので力を貸してほしいと伝えると……ウォルドムは『無論だ』と静かに頷くのであった。




 ヴァルロスとベリスティオ達。それにレイス達と独房組の面々は解呪儀式と時間を合わせるようにして祈りの力を届けてくれるとの事で。ベル女王達や冥精達もタイミングを合わせて同様に祈ってくれるというのだから心強いことだ。


 そうして諸々準備を整え、慰霊の神殿へと足を運ぶ。氏族の面々はエスナトゥーラに限らず全員列席してくれた。母さんや城、街のみんな。各国の面々。

 グレイス達も……無理はできないが祈るだけなら大丈夫と、フォレスタニア城から参加してくれているな。シャルロッテとフォルセトも巫女役としていつも通り補佐してくれる。


『こうしてルフィナとアイオルトにも会えて……ますます解呪を応援したくなったわ』

『そうですね。お母さんとしてエスナトゥーラさん達の選択は身につまされるものがあります』

「それは――ありがとうございます」


 ステファニアとグレイスのその言葉にエスナトゥーラは感動したような面持ちになると深々とお辞儀をして応じる。それから、胸に手を当てて言う。


「不思議ですね。もう解呪の為に封印を解いた状態だというのに。こんな風に心が揺さぶられるというのは。昔の感覚が戻っているからなのか。それとも、解呪の対象が私達を残すだけになって、呪いが大分綻んでいるのか」

「それは……どっちも有り得るね。両方かも知れない」


 そう答えると、エスナトゥーラは目を細めて頷く。それから、フィオレットの腕に抱かれたルクレインの髪を撫でてから「いってくるわね」と微笑みかけ、俺達の見守る中を祭壇の向こう――魔法陣の中心に向かって歩いていった。


 こちらを見て、頷く。俺も列席しているみんなや水晶板越しの面々に目を向ければ頷き返してきて。それから祈りの仕草を見せる。


 では――始めよう。


「我らここに願わん――」


 ベリスティオの剣を目の前に掲げて、儀式の詠唱を始める。詠唱と共に祈りの力が集まってくる。エスナトゥーラ……後から魔人になったとはいえ最古参の面々に準じる魔人だ。同年代。呪いの強さは相当なものだと思うが……それでも祈りの力は強いもので。

 眠りについた時は確かに希望もなかったのかも知れない。それでも氏族の仲間達を守る為に……子供達を守る為に、ウォルドムとエスナトゥーラが選んだ道でもあるのだ。

 だから。


 氏族の者達も二人には感謝しているのだろう。そんな想いが煌めくように輝く祈りの力の中で伝わってくる。


 それから……母から子へと向けられる。その身を案じる気持ちも。

 よく知っている祈りの魔力だ。グレイスの祈りであり、ステファニアの祈りであり……これから母親となるローズマリーやシーラ、イルムヒルトの想いでもある。母さんの想いもそこにはあって。


 俺も――そんな想いを身の回りに感じながらも、想いを込める。子から、母へ。守ってくれてありがとうと。だから。だからこそ、エスナトゥーラの呪いを解きたいと思うのだ。母と子として気兼ねなくルクレインと触れ合い、穏やかに暮らせるようにと。


 エスナトゥーラを心配する者。尊敬する者。母子を見守りたいと思う者。平穏に暮らして欲しいという願い。儀式の成功を祈る者。平和を願う者。その中には……ああ。確かに、ウォルドムのものもある。


 そんなみんなの想いを束ねて、解呪の力としていく。煌めく祈りの輝きに、ルクレインが少し嬉しそうに声を上げて手を伸ばす。まだまだルクレインは幼いけれど、周囲を舞う祈りの想いに共鳴するものがあるのかも知れない。ルクレインやエスナトゥーラ氏族の小さな子供達から大きな想いが流れ込んでくる。


 そう。そうだな。ルクレインや氏族の子供達もまた……母親の事が好きなのだろう。純粋で、疑うことを知らない。祈りというよりはただ母親を慕う無垢な感情ではあるけれど。それだけに強いものだ。既に綻びの生じていたエスナトゥーラの呪いが、その身体から弾けて、光の粒となって中空に散っていった。


「ルクレイン……。それにみんなも……」


 エスナトゥーラにもそうした想いは伝わったのだろう。目を閉じて涙を流していた。喜びを噛み締めるように、掌から瘴気ではなく魔力を立ち昇らせて。煌めく祈りの力がそんなエスナトゥーラを祝福するように渦を巻いて舞い上がっていった。


「ああ。エスナトゥーラ様……」

「ん。儀式は終わったから、魔法陣の中に入っても大丈夫だよ」


 心配そうなフィオレットに視線を向けて言うと、表情が明るくなる。少し気が急いたように。それでもルクレインを大切に抱えて、フィオレットは前に出た。


「ルクレインお嬢様も……こんなに喜んでいます」

「ええ……ええ。ルクレイン。それに……フィオレットも」


 エスナトゥーラは感極まったという面持ちで、声を上げてを差し伸べてくるルクレインを――フィオレットごと抱き寄せる。


「いつも、ありがとう、フィオレット。あなたが一緒に眠ってくれると……そう言ってくれた事。私達を守ると言ってくれた事。感謝、している。心強く思っているわ。いつも、ルクレインを守ってくれて、ありがとう」

「ああ……それは――勿体ない、お言葉です」


 フィオレットもまた……感情の堰が切れたというように涙を溢していた。そんなエスナトゥーラとルクレイン、フィオレット達の様子に……大きく温かな拍手が起こる。


「喜ばしいことだ」

「おめでとうございます」

「良かったです、エスナトゥーラさん」


 そんな風にテスディロスやウィンベルグ、オルディアから。居並ぶみんなから。水晶板の向こうから祝福の声がかけられて。母と、子と。そんな解呪の在り方にグレイス達や母さんも思うところがあったのか、目を閉じたり、目頭に手をやったりしていた。


 エスナトゥーラは涙を流しながらも「ありがとう」と笑って。そっと髪を撫でるように抱きついてくるルクレインを優しく抱きしめ返す。拍手と歓声は、いつまでも慰霊の神殿に響き渡るのであった。




 無事に解呪ができたことを伝えると……ウォルドムからも改めて礼を言われてしまった。


『改めて約束を守ってくれた事。感謝している』

「いいさ。俺も……子供達の同調した感情が伝わってきて……平和に暮らしていた小さな頃の懐かしい感覚を思い出せて、悪い気はしなかったから」


 そう伝えるとウォルドムは目を閉じて静かに頷く。


 そうしてエスナトゥーラ解呪の祝いも――エスナトゥーラ氏族を中心に準備が成されて行われた。とはいっても他の氏族の面々も積極的に協力してくれて。

 全員解呪の過程での前祝いだから比較的ささやかなものではあるが……ルクレインを腕に抱いて幸せそうなエスナトゥーラを囲んで、氏族の者達も嬉しそうにしていた。


「ああ。この料理も……前に私が好きだといったものですね。こんな風にお祝いしてもらえるというのは……ありがたいものです」


 エスナトゥーラの好みはクリームシチューだな。海老や人参、じゃがいもといった具が入ったまろやかなシチューは……やはり氏族の者達がレシピ通り頑張って再現できるように作ってくれたものだ。


 美味しいものを作りたいと言っていたから丁寧に作るのがコツと伝えると……その言葉通りに進めてくれた、という印象がある。エスナトゥーラ氏族の面々はまだ料理が得意と言うほど経験を積んでいない面々が多かったからな。

 それでも……いや、だからこそと言うべきか。丁寧に作られたクリームシチューは俺から見ても良い出来だ。エスナトゥーラはスプーンで口にシチューを運ぶと笑顔を見せて氏族の面々に礼を言っていた。


『これは――美味しいわね』

『気持ちを込めて作ったのが伝わってきますね』


 クラウディアやアシュレイも水晶板の向こうでそんな風に言って頷き合う。マルレーンも笑顔でこくこくと同意していた。みんなの分も十分にあるという事で、シーラは魚介類ベースのシチューだからお代わりまでしていたが。


「テオドール様も……ありがとうございます。お陰様で、ルクレインと二人でゆっくりと過ごす事ができました」

「ん。喜んで貰えて良かった」


 普段なら解呪の後に身体測定、能力測定をしてから祝いの宴という流れだが……ルクレインがいるからな。

 親子水入らずの時間を作ってあげたいというのもあり、測定は後に回す事になった。

 儀式直後の状態よりはその後……落ち着いた状態が平常時に近いという事もあって、そちらのデータが取れていれば大丈夫、というのもある。


 だがまあゼルベルやテスディロスも待たせているからあまり後回しにして予定が伸びてしまうのも悪いと、そんな風にエスナトゥーラは申し出てくれた。

 祝いの宴が終わったら早速武器無しの状態での測定をして、アルバートに早めに術式を書きつけた紙を渡せるように進めていきたいところである。

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