番外1406 待ち望む想いは
ステファニアについての連絡を入れると、あちこちから返答があった。ステファニアの場合は予定日から2日が過ぎているという事もあり、各所とも準備を整えてくれていたというか。俺からの連絡を待ってくれていた状態のようだ。
『喜ばしいことだ。そちらの状況としては大変だとは思うが、母子共に何事もなく健康である事を祈っておるぞ』
「ありがとうございます。僕も何かあった時に魔法で対応できるよう、すぐ近くに詰めています」
『心強い事だ。娘も安心であろう』
城の一角に設けた待合室に水晶板を持ち込み、そこで待機しながら通信室経由であちこちに連絡を回していく。
俺の言葉にメルヴィン王は笑顔を見せて、ミレーネ王妃からも『娘を頼みます』と言われた。俺も一礼して応じて……シルヴァトリアにも連絡を取ったり、お祖父さん達にも知らせたりと準備をしていった。
連絡を回していくとあちこちから激励の言葉を貰える。まだ状況も動いたばかりだからな。夜から朝、明日の昼以降までかかる可能性だってある。本来長丁場だし、ましてや双子という事も相まって、ロゼッタとルシールもかなり気合を入れて臨むようだ。アピラシアの働き蜂達やティアーズ達が助手として動いているので、人手に関してなら十分にあるが。
そんな調子で魔道具や治癒術も併用して自分自身のコンディションを万全に保ちながら対応するというわけだ。
マルレーンも祈りを捧げる。グレイスやローズマリー、シーラやイルムヒルトは無理できないが、それでもステファニアの力になりたいと、マルレーンと一緒に祈るという方向で動いているな。
「ん。体調に負担を掛けないように祈りを行っていく」
「分かった。無理はしないようにね」
「そうね。気持ちは込めつつ、早めに身体を休めるようにするわ」
シーラの言葉に答えると、イルムヒルトも真面目な表情で首肯する。そうしてみんなもマルレーンと一緒に祈りの仕草を見せていた。マルレーンと一緒にセラフィナや精霊達も一緒に祈るような仕草を見せてくれて。
家妖精や精霊達がそうして無事を願ってくれるというのは……ご利益がありそうだ。
ステファニアと双子の無事を祈るものだから、みんなも真剣な表情だ。母さんもみんなと一緒に目を閉じて祈りの仕草を見せ、連絡を入れたあちこちでも同じように祈りの時間を設けてくれる。俺も……タイミングを合わせて祈っておこう。どうか……ステファニアも生まれようとしている双子も。それにみんなも。無事であってほしい。
しばらくそうしていると、周囲に温かな魔力が集まってくる。ステファニアと子供達の無事を祈る、みんなの想いだな。
そうしたみんなの温かな想いを身近に感じながら、更に祈りを続ける。各国、街や城のみんな。テスディロス達。氏族の面々。
それにカドケウスやウロボロス、バロールにネメア、カペラ、ウィズといった魔法生物組の面々やリンドブルム、ラヴィーネ、コルリスにティール達といった動物組も、一緒にそうした祈りの仕草をしてくれて。嬉しい事だな。
祈りの仕草をしているカーバンクル達やマギアペンギン達の微笑ましさに少し笑って、また祈る。俺にできる事はあまりないからだ。ゲオルグもややそわそわしているのが見て取れる。
『ステファニア様はいつも親切なんですよ。私がこの前お仕事をしていた時も、通りがかった際にレビテーションをかけてくれてですね――』
『そうそう。何かあるといつもありがとうって言って下さって……気さくでお優しい方です』
と、迷宮村の住民達もそんな風にステファニアの話をしているようだ。そうしたステファニアへの想いは……祈りの力を強くしてくれるものでもあるな。
双子という事もあるから少し長丁場になる事も覚悟していたが、その予想は当たったようだ。兆候が始まりロゼッタとルシールも動く。相応に時間もかかるので交互に休憩の時間も作っているな。
その間に俺に状況を教えてくれたりと、推移がある程度分かるので、こちらとしても納得して待っていられる。
「双子だから慎重に進めているけれど、今の所平常通りね。逆子ではないし問題はないとルシール先生と話をしているわ」
ロゼッタが教えてくれる。臍の緒が首に絡まったりとか、逆子であったりすると結構危険、とのことだがそのあたりは問題なかったので心配する必要はないとの事だ。
魔力ソナーによって状況を正確に把握し、治癒術の応用で問題があればそれらに対応できる、とロゼッタは説明してくれている。治癒術は対象の身体に干渉できる術だからな。特に裏の術まで通じて冒険者として表裏の治癒術を実践しているロゼッタは、経験という面で他に並ぶ者がいないという程だ。
「どうかステフの事、お願いします。体力回復の術が必要でしたら何時でも言ってください」
「ええ。ありがとう。一先ず私達は大丈夫。任せておいて頂戴」
と、ロゼッタは明るい笑みを見せていた。
ん。そうだな。そうして待合室でアドリアーナ姫やお祖父さん達を迎えたりしつつ、立ったり座ったり祈ったりといった時間を過ごす。
把握している情報では心配は少ないと分かってはいる。分かってはいるがステファニアやロゼッタ、ルシールが懸命に頑張っているところで祈る以外の行動ができずに見守っているだけ、というのは……やはり落ち着かないな。双子、というのもあるのだろうけれど。
ただ……母子の無事を祈る気持ちと共に、その後の事――顔を合わせる時の事が楽しみでもある。オリヴィアと顔を合わせた時、事前にあれこれと想像していたよりも嬉しかったのだ。だから……ステファニアやみんなと一緒に、生まれてくる双子とも会えるのを楽しみにしている。
無事でいて欲しいというじりじりとした感覚と、もうすぐ会えるという期待があって。それで結果として落ち着かないというか。うん。そうだな。多分オリヴィアの時もそうだった。今になって、明瞭に言語化できた気がする。
夜なので待合室のみんな交代で眠ったり起きたりして、話し相手になってくれたり祈ったりしてくれた。俺が若干落ち着かない様子なので、気を紛らわせようとしてくれている、というのもあるのだろう。その辺りは嬉しいことだ。
そんな中で……祈りの力を束ねてステファニアと双子が無事であるようにと穏やかな魔力の流れを構築していく。ロゼッタとルシールも非常に身体が軽くて調子が良いと言ってくれたから祈りの力は二人にも作用しているようだ。
そうして――明け方がやってくる。夜明けと言ってもフォレスタニアの朝は環境を再現したものであるが、夜明けの時間帯については迷宮外と合わせている。
外が白み始めたと思ったその時に。
……ああ。聞こえた。産声だ。双子なので一人が生まれてもロゼッタとルシールもまだ手を離せないが、代わりにアピラシアとティアーズが顔を出して、揃ってサムズアップしてくれた。
健康な子だと……そう俺に教えてくれる。うん。うん……。良かった。もう一人いるからまだ安心するには気が早いけれど。それでも。不安よりも会える事の期待が段々と大きくなっていく。
もう一人の産声が聞こえてきたのは、それから少ししてからの事だ。椅子から立ち上がった俺に、またアピラシアとティアーズが顔を出してサムズアップしてくる。ステファニアも双子も、無事で健康だと……そう俺に伝えてくれる。
「ああ……良かった。本当に良かった……」
「無事で良かったです、ステフ様……!」
「ええ……本当に……!」
息をついて少し脱力する俺に、エレナやアドリアーナ姫も喜びの声を漏らし、みんなも顔を見合わせて快哉の声を上げる。
産湯等々、まだ処置があるのですぐには向かえないが……ステファニアと双子と、顔を合わせるのが……合わせられるのが楽しみで、本当に嬉しい。そうしてオリヴィアを抱えて目を覚ましてきたグレイスと顔を合わせて喜びの笑顔を向け合うのであった。