番外1405 聖女と王女の記憶
それから幾日かが過ぎて。予定日から早まったグレイスとは逆に、ステファニアの場合は中々兆候が表れず……予定日から1日、2日と経過してしまった。ルシールとロゼッタはよくある事なので心配はいりませんと言ってくれた。それでも何時でも動けるようにと詰めてくれているが。
アドリアーナ姫も「テオドール公やロゼッタさん達がいるから大丈夫だとは思うけれど」と前置きしつつも、ステファニアの事を心配して見舞いに来てくれた。
「ありがとう、アドリアーナ」
「良いわ。ステファニアが元気そうで寧ろ私の方が安心したもの。案外、双子だから一緒に足並みをそろえているのかも知れないわね」
「ふふ。そうだとしたら家族想いの子になりそうだわ」
と、そんなやり取りをして笑い合うステファニアとアドリアーナ姫である。今日はフォレスタニアに宿泊していく、との事で。ステファニアも嬉しそうにしていた。
やや冗談めかしたやり取りをアドリアーナ姫としていたステファニアであるが……アドリアーナ姫もあまり長話して負担をかけるのは本意ではないからと退出していくと少しだけ静かになって。
「家族想いか。そうだったらいいね。実際子供達の生命反応は力強いし、魔力の流れもおかしなところはないからね」
その落差が不安に繋がらないようにと……そんな風に伝えて、ステファニアの髪を撫でる。
「ん……。ありがとう、テオドール。……うん。安心したわ」
ステファニアは俺を呼ぶように笑顔で軽く抱きしめるように応じてきて。俺の背中に触れながら頷く。離れても嬉しそうにしているな。そのままみんなとも穏やかに抱擁を交わす。
「見積もった予定日から前後するというのは……テオもそうだったとリサ様がお話して下さった事がありますよ」
抱擁が終わった後に、にこにことした笑みを見せてそう言ったのはグレイスだ。
「でしたら、リサ様にお話を聞いてみるというのは、良いかも知れませんね」
「そうね。テオドールが生まれる時のお話というのは興味があるわ」
「ん。確かに」
アシュレイが笑顔で言うと、クラウディアとシーラが同意し、マルレーンもそんなやり取りにこくこくと頷く。
「そうね。アドリアーナはああ言っていたけれど、私はまだまだ体調も良いから大丈夫よ。リサ様のお話は聞いてみたいかも」
では……アドリアーナ姫にも連絡を取っておこうか。水晶板で話をしたり戻って来て話を聞いたりというのも別に構わないというか……まあ、出産に絡んでの俺の誕生に関わる話なので、興味があるかどうかは分からないが。
母さんはと言えば――その時はシャルロッテに講義をしているところだった。予定が空いた頃合いを見て声をかける、話を聞いて快く応じてくれた。アドリアーナ姫も興味がある、と水晶板で話を聞くことにしたようだ。
そうして母さんは顔を出すとステファニアの体調が良いのならと前置きをしてから、俺が生まれた時の話をしてくれる。
「そうね。秋頃になるとは言われてはいたの。予定日として見ていた日から数日過ぎても私の体調は落ち着いていてね。ヘンリーは大丈夫と言ってくれたわ。私は……そうね。少しぐらいお母さんを待たせても、元気で顔を見せてくれればそれで良いって……そんな風にお腹の子に語りかけていたわ。不安は……どうしてかしら。そんなに無かったかも知れないわね」
そう言って母さんは目を閉じて笑う。
胎動もあったし俺の魔力をずっと感じていたからだと。そう母さんは笑う。魔力を感じていたという言葉に、みんなは同じような感覚に心当たりがあるようで、こくこくと納得したように頷く。
「きっとその魔力が落ち着いたものだったから……かしらね。お腹の子……テオも安心しているなら大丈夫なんだなって思ったのよ」
その言葉に、ステファニアとローズマリー、シーラとイルムヒルトも子供達の魔力を感じようとしているようだった。各々納得したのか静かに頷いたり、穏やかな微笑みを浮かべたりといった反応を見せる。
「ん。魔道具を使い慣れていて良かったというか、意識すると自分との魔力の違いも分かる」
シーラが言うとイルムヒルトもにこにこしながら頷いていた。うん。そうして魔力が感じ取れるなら喜ばしいことだ。
「少しずつ成長しているし魔力の傾向も似ていて、私達も慣れてしまうからかしらね。これは――意識しないと違和感がなくて分からないわ。高い魔力を持っているようで、生まれてからが楽しみになってくるわね」
ローズマリーがそう言って、にやりと笑う。
母さんもそんな反応に目を細めると、頷いて話の続きをしてくれる。
「紅葉がとても綺麗で……それがとても印象に残っている年だったわ。折角だから葉が散る前に紅葉を一緒に見たいなんて考えて、自分で笑ってしまったわね。ふふ。少しぐらい遅れたってそこまで先になるわけもないのにね。そんな事を考えていた矢先に生まれてきてくれて……嬉しかったわ」
と、母さんが笑って言う。誕生の時の話、か。自分では覚えていない事だが、こうしてみんなに話して聞かせるというのはやや所在ない。
けれどまあ……うん。母さんが当時そう考えていたと知れるのは悪い気はしない。みんなも興味深そうに母さんの話に耳を傾けていた。
俺が生まれたのは少しだけ風のある日で、風に舞う色付いた木の葉が綺麗だったと、そう母さんが教えてくれた。
生まれる前の詳細はともかく、その話は俺も母さんから聞いた時があるな。紅葉を見に湖畔を散歩した時だったか。
俺が生まれた日もこういう見事な紅葉で、風に舞う赤や黄色の葉が綺麗だったと。そんな話をしてくれたのを記憶している。
そんな母さんの話にみんなも相槌を打ちつつ耳を傾ける。ステファニアは一通り母さんの話を聞くと、目を細めて頷いていた。
「魔力で大丈夫だと思った事もそうだけれど……リサ様の話は勇気が貰えるわ。船の上で見かけた時から、こんなに風に頼れる人になりたいなって思ったの」
ステファニアの乗っていた船で怪我人が出て、それを母さんが助けたのだったか。ステファニアが冒険者に憧れる契機になった話でもあるそうだし。
それをステファニアが伝えると、母さんも「そう思って貰えたのなら嬉しいわ」と笑って応じていた。色々な所に影響を与えていたりするな、母さんは。
ステファニアが産気付いたのは……その日の夜の事だ。母さんの話を聞いてややのんびり構えていたが状況が動くと俄かに慌ただしくなった。
ロゼッタとルシールは魔道具で体調を整え、万全に動ける準備をしてくれていた。
「ステフの事、よろしくお願いします」
「ええ。任せてちょうだい」
ロゼッタが真剣な表情で応じてくれる。
「それじゃあ……行ってくるわね。その……この子達の魔力は落ち着いているから、きっと大丈夫なんだと思うわ」
「ああ。子供達やステフが危なくなったら、助けに行く」
「ふふ。嬉しいわ」
ステファニアは俺を近くに呼ぶと――そのままそっと口づけをして……少し驚く俺に悪戯が成功したというように楽しそうに笑って軽く手を振り。そうして部屋に入っていった。
ん……。そうだな。双子だから俺も心配しているところはあるが……。それをステファニアやみんなに見せて不安がらせるのは本意ではない。俺がしっかりしていないと、と、今の口付けは寧ろ気合が入ったように思う。
まずは……各所に連絡を取っておこう。ステファニアはアドリアーナ姫とも仲が良いしシルヴァトリアとも繋がりが強いので、エベルバート王や七家の長老達も体調を心配しているしな。