番外1403 親子の触れ合いを
工房でアルバート達と共に仕事を打ち合わせて諸々の作業を進めたり、領地の政務と巡回を行ったり、迷宮の様子や潜っている冒険者達の様子を見ながら一日一日と過ごしていく。ただ、ステファニアとローズマリーの予定日が近付いているので、普段よりも大分余裕を持たせた状態ではあるが。
並行世界干渉の為の準備も進めているが……これについては竜輪ウロボロスや干渉用ゲートの完成がまだ先になるという事もあり、準備が整っていない。
知識はそれを構築した並行世界の物があるから、実行には移せるが準備には時間がかかる。何時始めても干渉できる年代は目標のものにできるので急ぐ必要はないが……今なら時間に干渉する自前の覚醒能力もあるからな。
干渉の為の準備を前に進めやすくなっているというのはある。何にせよ成功例である並行世界の俺の記憶に倣って、慎重に前に進めていこう。
並行世界側に送り込む竜輪ウロボロスは――迷宮中枢部の濃密な環境魔力下に置いて構築の為の下準備を続けている最中だが……こちらも時間がかかる。分析してみると状況は順調に推移しているが。
干渉ゲートの構築理論等を迷宮核側に入力。その作業を終えたら、ルーンガルド側の迷宮、魔界側の迷宮の、冒険者や探索者の探索状況を見て、その結果も把握していく。
到達した区画と人数、倒して確保した魔物の種類等をリスト化するが……やはり、高難易度の区画は忌避される傾向があるな。
いずれ中枢部や重要施設に繋がるような、進んで欲しくない区画は最初に分かりやすい難所を配置してあるので危険を察知して大人しく撤退している、という印象だ。ルーンガルド側の区画で言うなら炎熱城塞や満月の迷宮がそういう難所を配置した区画に相当するだろう。
「魔界側の迷宮も今の所は問題ないね。迷宮の経験が浅い分、まだまだ表層に近い区画の資源回収に留まっている印象だ。戦いの記録も……概ね予想の範疇かな」
『それならユイさんも安心ですね』
『うんっ』
俺の言葉に水晶板の向こうでアシュレイが笑みを見せてそう言うと、ユイも明るく応じていた。
そうしてから内部空間から外に戻ってくる。
迷宮核内部の仮想空間から意識が肉体に戻ってくる。みんなはフォレスタニア城で待機中なので、普段より同行している面々は少ないが傍に寄りそうようにカドケウスが護衛として待っていてくれた。
ヴィンクルも護衛役を申し出てくれたので一緒にいるな。将来的な、とは言うものの、ラストガーディアンが護衛についてくれているというのは心強いものがある。
「ただいま。こっちの仕事も無事に終わったよ」
意識が戻ってきた事を伝えると、カドケウスとバロール、ヴィンクルが揃ってこくんと頷く。目を閉じて頷いたヴィンクルはそれから俺を見て喉を鳴らした。翻訳の術式を自前で展開しており「順調に進んだようで何より」と言ってくれているようだ。
ヴィンクルは人化の術も使えるし人語も操れるが……ラストガーディアンとして過ごしてきた記憶もあるから、任務にも誇りを抱いているようだ。
というわけで人の姿を取る事より、竜としての身体機能や魔力の感覚を磨くことを優先している。魔道具に頼る事なく翻訳の術式を自分で行使しているのもそれが理由だな。
見かけるとユイと共に訓練したり魔力操作を日常的に行っていて常時鍛練を行っている、という状態のようで。
それでも新たに習得する術式として翻訳の術式を優先したあたりはヴィンクルとしても交流の時間を大切な物と思ってくれているという事だ。
魔道具抜きで翻訳の術式を覚えたいと俺に伝えてきたのはヴィンクルだしな。魔道具を渡したところで最初に伝えてきた意思がそれだった。
ヴィンクルの考えとしては「自分で術を使えば魔力の扱いに習熟する」「翻訳の術式なら様々な種族と交流する事もできる」との事である。
術を教えると早速カーバンクルやマギアペンギン達とも言葉を交わして日向でのんびりと過ごしていたヴィンクルである。色んな種族と意志疎通できて楽しい、と言っていた。
「まあ、これなら戦いになる前に警告もできるだろうしね」
そう言うと、ヴィンクルは肯定しつつ嬉しそうに喉を鳴らしていた。対呪法防御の必要性も考えて、ヴィンクルと共にユイやオウギも交えて対呪法の手ほどきもしたりしたから、今なら相手方に悪意がないか感じ取ったり嘘を術式で見破ったりといった事もできる。
相手方がこちらの手札を知らなければの話だが……対策の対策、その更に対策の対策、ぐらいまでは想定して術式を練っていたりするので当分は安心だろう。
そういったわけで、ヴィンクルと共に迷宮側のシステムの力を借りてフォレスタニアに戻る。
「ん。おかえりテオドール」
「ただいま」
手を翳してくるシーラとハイタッチをすると、マルレーンもにこにこしながら手を上げてきて。マルレーンとも軽く音が鳴る程度に手を合わせる。
「カドケウスとヴィンクルも、護衛ありがとう」
そう伝えるとカドケウスも猫の姿のままでこくんと頷き、ヴィンクルも口の端を笑みの形にして応じる。というわけで護衛任務を終えたヴィンクルはオリヴィアに軽く顔を見せて挨拶をすると、俺達に向かって手を振ってくる。それから、この後ユイと鍛練の約束をしていると翻訳の術式で伝えてきて、中庭に向かって飛んでいった。
「ヴィンクルも中々機嫌が良さそうに見えるわね」
クラウディアがそれを見送って笑顔を見せる。ヴィンクルは表情にも多少出るが、尻尾の動きでも感情が分かるからな。クラウディアから見ても中々に上機嫌そうに見えるとの事で。
さてさて。俺は……今日は迷宮核の仕事を終えたらのんびりさせてもらう予定だ。ステファニアとローズマリーの出産予定日が近いし、みんなとも一緒にいる時間を作りたいからな。
ステファニア達はと言えば、オリヴィアの目が開いてみんなの顔をじっと見てくれるようになったから、グレイスが腕に抱えているオリヴィアの顔を覗き込んで反応を楽しんでいるようだ。
目が開いて近くにいる人の顔を見るようになってもまだまだ視力は発達中といったところだが……近い距離なら少しずつ見えるようになってきている、とはされている。
所謂いないいないばあで喜ぶようになるのももう少し先の話ではあるか。目と鼻と口の位置で顔と認識しているので顔を一旦手で隠してから表せて見せると一瞬隠れたように安心したり喜んでくれたりする、という話だが。
ともあれ顔を段々と認識するようになるという話もみんなにした。ローズマリーも自分の顔を覚えてもらおうとしているのか、オリヴィアに顔を見せる時は羽扇を挟まずに素顔を見せているな。
「ふふ、お父さんも帰ってきました」
グレイスがオリヴィアにそう言うと、みんなも笑顔で場所を譲ってくれた。グレイスもオリヴィアもよく眠って体調を良く保つ事に注力しているからな。お陰でグレイスの生命力も良い状態を保ち、オリヴィアの体重も順調に推移している。起きている時間はこうしてのんびりと触れ合える貴重な時間でもあったりする。
「ん。ありがとう」
「おかえりなさい、テオドール」
「うん。ただいま」
イルムヒルトと言葉を交わしつつ、オリヴィアにも「ただいま、オリヴィア」と声をかけそっと手を差し出す。頬を軽く撫でるとオリヴィアは俺の指をたどたどしい手つきで握ってそのまま循環錬気をすると、俺の顔を見つめてくる。時折にっこりと微笑んで、みんなも和やかな雰囲気になっていた。
ロゼッタの往診、循環錬気による反応も良好という事で、みんなの体調も万全だ。このまましっかりみんなの体調を見て進んでいきたいところだな。