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208 伯爵家の後嗣

 母さんの家に戻り、テーブルを囲んで茶を飲みながら話し合いの時間を取る。

 タームウィルズに戻ればメルヴィン王に報告しなければならないし、要点は纏めておく必要がある。今回は避暑というか休暇で来ている部分もあるし、するべきことはきっちり済ませてしまってからのほうが思考も切り替えられるしな。


「今回もまたシルヴァトリア絡み?」

「ジルボルト侯爵の名前が出てるからな。例によって一度世話になっただけだとか、経歴上の関係は消してるみたいだけど」

「抗議してもとぼける気でしょうね」


 ローズマリーが肩を竦める。


「だろうな」


 こうもあからさまなことをしておきながらシラを切り通すというのは……こちらの手が届かない状況下ならそれなりに有効ではあるか。

 王太子との繋がりについても連中は口にしていないしな。末端には知らされていないのか、それとも無関係なのか。はっきりとはしないが、繋がりがあるものという前提で対応すべきなのだろう。


「どうして……今頃になってヘンリー様のところへ来たのでしょうか」


 グレイスが、訝るように首を傾げる。

 そうだな。その問題もある。どこで情報を得たのか。

 俺の情報についてを把握しているなら、俺が母さんの魔法を引き継いでいると見るのが普通だ。母さんの魔法を探そうというのなら、まず俺に目を付ける。必然的に目標は伯爵領ではなく俺の家となるはずだが、そうはならなかった。


 母さんの家には……突入を試みたようだが呆気なく結界に阻まれたそうだ。

 結局母さんの家への侵入は諦め、家財道具や本の類は伯爵家に持ち出されているというゴドウィンからの情報に従い、今度は伯爵邸に探りを入れ出したという経緯になる。父さんの身柄を押さえれば母さんの家にも入れるようになるし、順番としては正しいか。


「彼らは何と言っていたのですか?」

「俺の情報を掴んだのはゴドウィンと合流してからみたいだ」

「最初から伯爵領を目指して行動して、そこで知ったということになるのかしらね」


 クラウディアは口元に手をやり、思案しながら言う。まあ、多分そういうことなんだろう。そこで俺のほうに来なかったのは二度手間を避けるためか。


「テオドール君のお父さんを誘拐すれば、人質として使えると思ったのかしら」


 疎遠であるとは言っているが、肉親を人質に取れば誘い出したりという手を打つのには使えるだろうな。まあ、それら諸々の事情のお陰で俺についての報告がまだ向こうにされていないというのは僥倖ではある。母さんが伯爵領に向かったことと、俺が伯爵家の庶子であることと、ここを繋ぐ情報がまだ向こうに渡っていないということだから。


 ともあれ、元々母さんのことを探してはいたわけだ。どこか……俺とは無関係なところで母さんの足取りについての情報を得て、工作員を送り込んできたと。

 どこでどうやって足取りを探し得たのか。これ以上は推測の域を出ない。連中も所詮使い走りで、上の意向を把握しているわけではないのだし、メルヴィン王から抗議してもらえば今後の牽制にもなる。


「まあ、ジルボルト侯爵の名は出して抗議するべきなんだろうな。前回に引き続き今回もというのは、偶然辞めた人間が事件を起こしたで済ませるには、ちょっと虫が良すぎる」


 どちらか片方なら言い逃れもできるかも知れないが……。前回の失敗がジルボルト侯爵にまだ伝わっていない可能性がある。それに対してシルヴァトリアが事態を重く見るなら何かしら反応があるだろう。




 明くる日。予定通りに歓迎の宴会が行われるということで伯爵邸へ向かった。

 俺と父さんの関係改善は伏せているので、家臣達には知らせず、内々の関係者のみでの気軽な席となる。

 迎えにきた馬車に乗って屋敷へ向かうと、大食堂には料理が並べられ、花と燭台で飾り付けられていた。


「遠路はるばる、よくいらしてくださいました。昨晩は歓迎することもできずに不甲斐ないところをお見せしてしまいましたが……こうして改めて歓迎の席にいらしてくださったことを嬉しく思います。ささやかではありますが心づくしの料理を用意したつもりです。ゆっくりと寛いでいただけたら、私としても嬉しく思います」


 父さんが挨拶をすると拍手が起こる。それを合図に宴席が始まった。

 伯爵邸で宴会。主賓が俺というのも……何だか変な感じだ。グレイスと視線が合うと微笑まれてしまった。むう。


「本来なら楽士を呼ぶところではあるのだがな」


 と、席についた父さんが苦笑する。まあ、部外者は立ち入れない席なので仕方が無い。


「私で良ければ、お耳汚しに一曲いかがでしょうか」

「それは有り難いお話ではありますな。後ほどお聞かせください」


 イルムヒルトの申し出に、父さんは頷く。


「そういえば、ミハエラさんが僕の家に来ているのですが」

「ほう」

「秋に会えるのを楽しみにしていますと」


 ミハエラの言葉を伝えると、父さんは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「承知した。私も秋の再会を楽しみにしていると伝えておいてほしい」

「分かりました」


 穀倉地帯なので動物も肥える。チーズなどの加工製品や肉料理も意外に豊富だ。ミートパイにシチュー、地鶏の香草焼き等々色々な料理が出てくる。

 和やかな雰囲気の中で宴席は続く。ラヴィーネもアシュレイとマルレーンから骨付き肉を貰ってご満悦のようだ。

 そうして食事も一区切りついたところで、ローズマリーと視線が合う。そうだな。今回の目的を済ませてしまおう。


「父さん。昨日言っていた、ローズマリーからのお話の件ですが」

「うむ。皆様、暫しのご歓談を」


 頷いて、立ち上がる。父さん、ローズマリーと共に大食堂を出て、応接室へ向かう。


「私にお話があるとのことでしたか」


 父さんの問いかけに、ローズマリーは目を閉じて大きく息を吸ってから、真剣な表情で真っ直ぐに見やる。


「はい。わたくしは伯爵にお詫びを申し上げねばなりません」

「お詫び……ですか」

「昨年の秋、タームウィルズでバイロン殿にテオドール様の情報を渡したのも、奥方に薬を渡したのも、わたくしの企てによるものです」


 ローズマリーの言葉に、父さんは目を見開く。


「……それは、いったい何故です」

「わたくしは王位を望みました。そのためにテオドール様をわたくしの派閥に引き込もうとしたのです。わたくしはテオドール様にその企てを暴かれ、父より謹慎を命じられました」

「……それは」


 父さんはローズマリーが能力主義を掲げていたことぐらいは耳にしたことがあるのだろう。となれば、ローズマリーの目的について聞かされても、それほどには驚かなかった。

 一方のローズマリーは、メルヴィン王には謝罪しに行く旨を説明してあるから、このぐらいでは裏切りには当たらない。薬の効能について誓約を理由に明かさないようにとは言われたようだが。


「わたくしの身勝手で、伯爵と、伯爵家の方々に大変な迷惑をかけたことを、謝罪します」


 言って、ローズマリーは深々と頭を下げる。


「……顔を上げてください」


 父さんは目を閉じる。


「バイロンとキャスリンの行動については、私の自業自得と、監督不行き届きでもあります。ですから、1つだけお聞かせ願いたいのです」

「はい」

「今の貴女は、テオドールのことをどうお考えなのです?」


 父さんから問われたローズマリーが淀みなく答える。


「わたくしはその後に……自らの失態で、テオドール様の身を危険に晒し、そして命を救われました。国のためなどと名目を飾ることはできますが、テオドール様に返し切れぬ恩ができたと思っています。わたくしが今、こうして外にいるのは、誓約魔法で父とテオドール様を生涯裏切らないことを誓い、恩情をかけていただいたからこそ。その気持ちに報いねば、わたくしは王族としての誇りまで失いましょう」

「誓約魔法まで用いられるとは……」


 その覚悟のほど故にか、ローズマリーの苛烈さ故にか。その言葉に父さんはさすがに驚いたらしい。元とは言え、一国の王女が誓約魔法というのは、やはり只事ではないだろう。


「貴女の覚悟のほどは分かりました。そこまでされては私からは申し上げることもない。謝罪をお受けします」


 父さんの言葉に、ローズマリーはもう一度静かに頭を下げるのであった。

 そこで、ノックの音が響く。


「何用か」


 父さんが入室を促すと、使用人が入ってきて頭を下げた。


「失礼します。ダリル様が、どうしてもテオドール様とお話をしたいと、面会を希望しておいでなのですが」


 ん? ダリルが俺に面会……? 何の用だろう?

 思わず父さんを見やる。父さんは少し思案した後に、俺に提案してくる。


「私が……隣室に控える形でというのはどうだろうか? ダリルには私が控えていることを知らせないという条件で、会ってやってはもらえないだろうか?」


 ……なるほど。父さんの教育の結果がどうなったかを、俺に知らせると共に今のダリルの考え方も父さん自身の目で判別しようと。

 伯爵家にとってはダリルの教育の進捗は疎かにできない部分ではあるな。今やダリルが伯爵家の後嗣なんだし。


「分かりました」

「では、そのように準備を進めるよう」


 父さんの命令を受け、使用人が一礼して出ていく。




 ダリルとの面会の準備が整ったということなので伯爵邸の一室で待っていると、ノックの音が部屋に響いた。


「どうぞ」


 答えると扉が開かれ、使用人に案内されてダリルが……ん?

 使用人の後ろにいたのは、細身の少年であった。歳の頃は、俺より若干上ぐらいだろう。その顔には、どこかキャスリンと似たような面影があって――。


「――ご無沙汰しております」


 視線が合うと少年が一礼する。この声。間違いない。変われば変わるというか……ダリルは最後に見た時とは随分違っていた。

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