番外1379 平穏への貢献は
術式の海の中で測定したデータを入力し、それらをデータベース化して構築しておく。
覚醒している面々の解呪後に色々と対応できるように、というわけだ。解析に使える魔力の動き等もウィズが記憶してくれているので、それらも諸々合わせて迷宮核に記録させる等、今の段階でできることをしておく。
高位魔人の特性、能力、瘴気――魔力の動きやその働き等……解析で分かる事も多そうだな。まあ、得られた情報の扱い方には気をつけよう。みんなが信じて解析させてくれたものでもあるのだし。
ヴァルロスやベリスティオも……テスディロス達もそうだ。ヴァルロスが能力の使い方を託してくれたから、魔人達の術も使える切っ掛けになったというのは間違いない。あの時の約束から始まった以上は、単なる術式とは言えない理由が俺にはある。
解呪後の能力減少を補助する魔道具も、当人にのみ使えるように色々と工夫をしたいところではあるな。
諸々の作業を終えて、肉体側に意識が戻ってくる。
「ん。一先ずこっちの作業は終わったよ」
『おかえりなさい。オリヴィアちゃん。テオドール様が戻ってきましたよ』
アシュレイが微笑んで、モニターの映像が少し動くとグレイスの腕に抱かれて眠るオリヴィアの顔が大写しになる。
「よく眠ってるみたいだね」
『おなかがいっぱいになって眠くなってしまったようです』
グレイスが目を細めて答えてくれる。そっか……。うん。平和で何よりだ。
そんな事を思いながらオリヴィアの寝顔を眺めていると、みんなもモニター越しに俺を見て表情を緩めていた。
「んん……」
と、少しの気恥ずかしさに頬を掻くと、エレナがくすくすと笑い、マルレーンもにこにことした笑みを向けてくる。
『ん。いいお父さんの顔』
そんな風にシーラが言ってみんながうんうんと頷いていた。
『さっきルシール先生の往診も終わったわ』
『ええ、こっちはみんな問題ないと伝えておくわね』
イルムヒルトが言うとステファニアもそう教えてくれる。
「ああ、問題無しなのは良かった。一旦城に戻って顔を出してから動いていくよ」
そう答えて、俺はフォレスタニアに移動するのであった。
フォレスタニアのみんなの所に顔を出し、往診の結果等々を聞いてから造船所に移動する。
モニター越しに聞いた通り、みんなの体調等々は問題ない、との事だ。そんなわけでテスディロス達と共に計測作業の続きを造船所で行った。
オズグリーヴやエスナトゥーラはまだ計測が終わっていなかったからな。
「ルクレインお嬢様。お母君の番ですよ」
と、フィオレットがルクレインを腕に抱いて、あやしながら言う。
「ふふ。これは良い所を見せないといけませんね」
エスナトゥーラはそんな風に言って気合を入れている様子だった。まあ……うん。気持ちは分からなくもない。解呪後の計測も同じ条件……ルクレインが見ている状況にすればいいのかな。無理はし過ぎないようには言っておいた方がいいかも知れないが。
そんなわけでエスナトゥーラの計測も進めていく。飛行速度を計測してルクレインに手を振っているエスナトゥーラである。ルクレインもエスナトゥーラが変身していても母親だと分かるのか、手足を動かして喜んでいるが。
「娘の前なので張り切ってしまいました。能力は千差万別なので計測しても一概にこうとは言えないとは分かっているのですが」
と、計測が一通り終わるとエスナトゥーラが気恥ずかしそうに笑う。
「まあ、気持ちは分かるよ」
俺の言葉にみんなも笑っていた。
単純に数値を比較してこうとは言えないのが覚醒魔人達ではあるから、個々人に合わせた調整しないといけない、というのはそうだな。その為に解呪の前と後でそれぞれの色々な場面での能力計測をしているわけだし。
そうしてオズグリーヴの計測も続けて行い……全員の計測が終わったところで今後についての話をしていく。
「オルディアの解呪については、イグナード陛下と予定を合わせてる。イグナード陛下も早い方がいいだろうと乗り気だったから、予定と言ってもすぐだけれど」
そう言うと、オルディアは真剣な表情で頷いた。
「私としても……解呪に立ち会ってもらえるのは嬉しいです」
「レギーナも儀式に立ち会いたいって言っているからね。同郷だからイングウェイも儀式に立ち会って良いか聞いてきていたよ」
「それは……勿論です」
俺の言葉にオルディアは嬉しそうに表情を綻ばせた。イグナード王とレギーナが解呪を祝ってくれるというのが嬉しいのだろう。
イングウェイも同郷のよしみというのはあるし、共に肩を並べて戦った仲間でもある。次期獣王の最有力候補だから今後のエインフェウスとの関係を考えても喜ばしいことだな。
オルディアの解呪に関しては……他の覚醒魔人達に先駆けて志願してくれたし、しっかりと進めていきたいところである。
「これからの共存に向けてという意味でも力は残しておきたいからな。平穏のために貢献すれば皆の立場も良くなる」
テスディロスが言うとウィンベルグも「確かに」と言う。ゼルベルも目を閉じて頷いていた。
テスディロスとウィンベルグはヴァルロスとの約束があるしな。ゼルベルはリュドミラがいるしオズグリーヴやルドヴィア、ラムベリアといった氏族長達に限らず……はぐれ魔人であった者達もそれは同じなようで、静かに同意していた。
同じ氏族や家族、親しくなった者達への思い入れもあって、みんなの共存のためにという想いは強くなっているようだ。
「そうだね……。俺もそういうみんなの気持ちには応えていきたいと思う。戦いばかりが平穏への貢献じゃないし、色々考えていきたいね」
解呪した面々は魔力も豊富なのだし、個々人の魔力資質の違いはあるにせよ魔力は全体的に高い傾向があるので魔道具の運用に関しては総じて適性がある。飛行術もあるので機動力も高い、と。色々と他にはない強みはあるだろう。
例えば……フォレスタニアの武官、文官となって引き受けるというのは元々考えている事だ。その上で解呪した面々の能力、適性を考えるならば、色んな知識をつけた上で訓練を経て……例えば救助の専門チームのようなものを結成するだとかそういった手もあるだろうが……それも当人が望めばの話だな。選択の幅を広げつつ色々と考えていきたいところだ。
そうした考えを説明するとオズグリーヴが大きく頷く。
「素晴らしい話ですな。本格的に和解が成されれば老骨の役目は終わりかと思っておりましたが、まだまだやる事がありそうです」
と、オズグリーヴはそんな風に言って相好を崩すのであった。
そうして迷宮での解析結果も受けて、工房にてオルディア用の魔道具作りの準備も進んでいく。現時点でできる事としては素材集めや専用装備にするための術式構築だな。
「契約魔法や当人の属性を与えた魔石で構築できるから、外付けで本体と連動させたりする必要はないかな。再利用はできないけれど、当人の意志が反映されるところ以外で使う必要はないと思うし。その分……少し術式が複雑になりそうだけれど」
同じ魔石にそうした機能を組み込むと術式の記述が複雑化してしまうし、容量の大きな魔石を用意しなければならないが……セキュリティの面では同じ魔石に記述した方が優れているな。
「それは多分問題ないよ。テオ君の準備してくれる術式は記述が綺麗で、複雑なものでもこっちも作業しやすいからね」
俺の言葉にアルバートは笑顔を見せるのであった。
そう感じてくれているなら良いのだが。さてさて。ではオルディアの解呪に向けて色々と頑張っていくとしよう。




