番外1377 温泉と水竜
「あー……こいつは良い。広々とした湯船ってのは最高だな……」
脱力した様子でゼルベルが大浴場の浴槽に肩まで浸かって声を漏らす。
「ふっふ。ゼルベル殿も気に入られたようで何よりですな」
オズグリーヴがそんなゼルベルの姿を見て相好を崩していた。
「フォレスタニア城でもみんなお風呂は気に入ったようだからね」
と、アルバートが言う。
「そうだね。みんなフォレスタニア城での入浴も気に入ってくれて……適度なら健康にも良いから、このまま定着していくと良い事だと思う」
解呪されて通常の代謝が戻ってきたからな。入浴も色々良い影響があると思う。
湯に溶けていくようだと、そんな風に言って感動を露わにしていた氏族達である。火精温泉に来てもそれは同様で、みんな湯船に浸かって寛いでいる様子だ。
ザンドリウス達は……他の子供達と共に遊泳場に行ったが、バロールやティアーズ、ペルナスやインヴェルが安全の為に待機していると知ると自分も他の子供達に混ざってウォータースライダーで滑っているな。バロールを通して遊んでも大丈夫と伝えたというのも有るが……満喫してくれているようで何よりだ。
『ありがとう』
と、ザンドリウスも少し年相応に笑っていたから良い事である。
まあ……城にはスライダーの用意はしていないしな。子供達だけでなく大人達も試してみたい、一度は滑りに行きたい、と言っていた。大浴槽やジャグジー、打たせ湯やサウナといった設備を満喫したら遊泳場にも行くのだろうが。
「解呪した者達とこうして実際に接してみるというのは重要だな。感覚が変わるとは聞いていたが、影響も大きいようだ」
「見る物全てが新鮮で感動的、か。素朴な反応を見ていると、彼らが少し羨ましくはあるな」
グロウフォニカのデメトリオ王とエベルバート王がそう言って笑い合う。
「うむ……。同盟各国の王達と集まって話をすると気苦労についても共有できるというのは良いな」
レアンドル王がやや冗談めかして言う。イスタニアのギデオン王も少年王と呼ばれるぐらいの年齢なので年相応なところはあるが……為政者としての気苦労が色々あるのか目を閉じてうんうんと頷いており、そうしたところで共感するものがあるのか、一同少し笑い合っていた。
そんな調子で男湯はみんなのんびりと寛いでいて平和な雰囲気だ。
女湯の方は何かあった時対応できるように、あちら側からは音声のみの中継をしつつ女湯からは休憩所の様子を見られるようにしている。
女湯でも女性陣同士で交流をしているようで。
『火精温泉は肌艶や髪質が良くなりますね』
『それは良い事を聞きました』
と、カドケウスのチェックによるとそんな会話をオーレリア女王とラムベリアが交わしていたりして。
『テフラの属性は竜とも相性がいいな、うむ』
『火山故に様々な属性の力を内包しているのでしょうね』
『私も調子が良く感じる』
メギアストラ女王の言葉にエスナトゥーラやルドヴィアが同意する。そんなのんびりした空気の中で温泉での時間は過ぎて行くのであった。
遊泳場も結構賑やかなものだ。子供達は泳げない面々も多かったが、魔人の飛行術の応用で水中移動も可能らしい。中には水中移動への応用が上手くいかないのか、泳げない子供もいたが……ペルナスとインヴェルが交代で泳ぎ方のレクチャーをしたりもしているようで。
「二人とも、見守ってくれてありがとうございます」
子供達の安全を見ていてくれたペルナスとインヴェルの所にも顔を出して言う。
「何。この目で見ておきたいと思うところもあってな」
「そうですね。私達の戦いやテオドールの齎したものを見定めておきたかったというのはあります。これから先ラスノーテやオリヴィア達と同じ時代を生きていく子達ですから」
二人は穏やかな表情で応じてくれた。その言葉からすると、見定めた結果としても良いものだった、ということだろう。ザンドリウスやリュドミラもそうだが、解呪した子供達は本当に世間擦れしていない上に素直だからな。合理的に考えるというのと、諸々の出来事に感動すると言うのが多くてそうなるわけだ。
俺としてはまあ、そういう良い点は伸ばしつつも世間にしっかりと対応できるように色々と講義なりを頑張りたいところではある。
「二人の気持ちにはしっかり応えたいと思います。ラスノーテについても安全を守れるようにしていきますので」
「ふふ。ありがとうございます」
「ああ。何かあればよろしく頼む」
と、二人は笑って応じてくれた。そのラスノーテと言えば……エルナータやリュドミラと仲良くプールサイドに腰掛けて話をしているようだ。
「泳ぎ、教えてくれて……ありがとう」
「構わない、よ」
「飛行術で泳いでも良いけれど、新しい事を覚えるのは楽しいわ」
といった調子で、ラスノーテが二人にも泳ぎ方を教えているようで。人化の術を使っても泳ぎが達者なあたりは流石水竜といったところか。
そうやって風呂や遊泳場を楽しんでから休憩所で食事をとる。米はハルバロニスから持ち込まれたものという事で……植物園で興味を示すだろうというのは予期していたから今回は白米に味噌汁、天ぷらといった料理を用意している。食後のデザートとして植物園で育てていたパイナップル等の果汁を使ったゼリー等も用意しているな。流石に植物園で育てたものだけでは全員に振る舞うには足りないので、こういった形でみんな賞味できるようにしたというわけだ。
大きな海老やイカ、白身魚に山菜、キノコといった天ぷら料理、それに食後のデザートも……各国の面々や解呪した面々にも好評だった。
「歯応えも風味も良いな。この肉厚の海老が何とも言えん」
と、イグナード王は上機嫌な様子だ。「いやはや全く」と笑みを浮かべるゲンライやレイメイである。
顕現したテフラの所に子供達がお礼を言いに行っていたり……和やかな時間だ。
そうして温泉で過ごした後は境界劇場に繰り出す。イルムヒルトはフォレスタニアでのんびりとしているから、今回はハーピーとセイレーン、それに迷宮村の住民達が祝いの特別講演をしてくれた。
ハーピーやセイレーン達は呪歌、呪曲に秀でた種族だからな。流石に歌声も演奏も見事なものだ。澄んだ歌声を響かせ、演出用の装置が海や空をイメージしたものに劇場内を変貌させる。それらに呆けたように見惚れる者もいる。
生誕の祝福、来訪の歓迎と解呪の祝福という事で、曲目は軽快なものや明るいものが多いな。空を踊るハーピーや泳ぐように客席の間をすり抜けていくセイレーン。並んで蹄の音を響かせるケンタウロス。そんな光景にラムベリア達は驚きの表情を浮かべ、見惚れ、喝采を送って大盛り上がりを見せた。誕生祝いでもあるので劇場の様子はグレイス達にも中継されて……それを耳にしたみんなも表情を綻ばせていた。
境界劇場の後は……今度は幻影劇場へと向かう。既に風呂も入って食事もとっているので、のんびりと幻影劇鑑賞ができる。
ドラフデニアのアンゼルフ王やエインフェウスの獣王。ホウ国の草原の王と聖王といった幻影劇の題材になっているものについては……既に予備知識としてラムベリア達に軽く講義だけは済ませている。
後は実際に幻影劇を鑑賞してもらって実際の所を見てもらおうというわけだ。各国の歴史や文化。人々の営みに触れるという意味でも幻影劇はかなり有効だからな。愛着や思い入れ、尊敬といったものは今後の友好にも繋がるだろう。
ルクレインやデイヴィッド王子達のように、小さな子については例によって劇場内の託児所で俺達が責任を以って預からせてもらおう。セシリア達も手伝いに来てくれて、俺としては心強いことである。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます!
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