番外1366 フォレスタニア城の新たな設備
「――というわけで、タームウィルズで暮らしている一般の方は時折誤解なさってしまう事があるのですが、冒険者達は迷宮に潜るばかりが仕事ではなく、迷宮外でのお仕事も大事なものなのです」
と、冒険者ギルド受付嬢のヘザーが居並ぶ元魔人、魔人達を前に講義を行っていく。場所は――フォレスタニア城の一角だ。
既存で使っていなかったスペースを講義室に改造したのだ。扇状、階段状に机と椅子の配置された……大学の講義室といった感じの大部屋だな。
前面に黒板や拡声の魔道具等を用意しつつ、幻影劇場でも使っている魔道具により講義者のイメージを平面に映し出す事のできる装置……つまりプロジェクターも用意して色々と講義を可能にした、というわけである。
講義の必要な面々がそれなりに大人数になってきた事。折に触れて講義が必要になっていくであろう事等を勘案しての城の機能拡張だな。プロジェクターなどを配置する事により、必要に応じて会議や作戦を目的としても使えるので後々にも無駄にはなるまい。
というわけで、氏族や氏族外の面々に冒険者ギルドからヘザーやベリーネを呼んで冒険者の仕事に関する講義をしてもらっている、というわけだ。俺から講義しても良かったのだが、外部の人達との交流も重要だしな。職業に関する訓練となればまた誰かを呼んで講義してもらうという事もあるだろうし。
そんなわけでまずはフォレスタニアに住んでいる以上は実際に自分がその職業につかなくとも関わりの深くなる冒険者の講義からだ。
冒険者ギルドの関係者と顔を合わせて繋ぎを作っておけば、後々彼らが冒険者となる事を選択した場合も円滑に進む、というわけである。
冒険者ギルドの歴史や意義、冒険者達のこなしている迷宮や迷宮外の仕事が齎す物資、安全等々の意味に関する内容であるが……流石にヘザーやベリーネはギルドの受付嬢なので説明慣れしている。
「持ち込まれた依頼は簡単なものでしたが事前にオーガの活動痕らしき目撃情報があったので、中堅の冒険者達に隠された危険度を説明した上で確認も兼ねて派遣されるという事例がありました。確かあの時は、ベリーネさんが進言したのでしたか」
「ええ。杞憂かと思ったのですがそれでゴブリンと共にオーガも撃退する事ができましたので……冒険者達の報告と私達の分析や判断といった連係は重要ですね、ええ。非常に」
ヘザーに話題を振られて、ベリーネもうんうんと頷いて答える。
実際の事例を交えて冒険者達がこなした事例やそれが齎した利益、安全等をわかりやすく伝えていて、エスナトゥーラやラムベリアを始めとする氏族長達やゼルベルといった面々は興味深そうに講義に耳を傾けていた。
実績や手際等から冒険者達の力量や向き不向きを見極めたり、持ち込まれる依頼と集まっている情報から危険度を見積もったりと……そういった冒険者ギルドならではの裏話だな。
冒険者視点というのは当事者だから理解できる部分があるが、ギルド側の視点としての話というのは俺としても中々新鮮である。
新しく造った講義室に関しては講義する側、される側共に中々好評だ。既にウィンベルグとルドヴィア、ゲオルグとテスディロスといった面々がヘザーとベリーネの前に講義していたりするのだな。
先んじて解呪した覚醒に至っていなかった魔人としての経験の話。それから武官としての仕事や経験の話。ゼルベルやラムベリア達にとっても自分達にとって関わりの深い内容という事で参考になると言っていた。俺としても聞いていて興味深い内容だったしな。
因みにギルドではなく冒険者側の話という事で、フォレストバードの面々からの講義も予定している。話をしてもらえないかと提案をしたところ、少し照れながらも自分達で良いのならと了解してくれた。
現役の冒険者ではなく境界公領の武官という立場に収まったロビン達だが、フォレスタニアでは冒険者に接する機会が多いからな。経歴や経験もあってかかなり細やかでいい仕事をしてくれているとゲオルグは彼らの働きぶりに太鼓判を押してくれていた。きっとゼルベル達にとっても参考になる話が聞ける事だろう。
そんな調子で――ゼルベルやラムベリア達に交流と講義、色んな価値観に触れてもらうという事を兼ねて講義室を用意したが……評判や反応は上々といったところだ。解呪せずに残っていた面々もウィンベルグやルドヴィア、先んじて解呪に応じた仲間達の話を聞いたり訓練の様子を見て、色々と納得してくれたらしい。氏族長達を通して解呪に応じたいと俺に意向を伝えてきてくれた。
第一子誕生までに解呪を間に合わせて祝いたい、というのは彼らも同じなようで……。大半が解呪されて儀式を行う人数が少なくなっているという事もあり、俺も立ち会ってシャルロッテとフォルセトが解呪儀式を進める、という事で次に解呪する面々との話も纏まったのであった。
「みんなでお祝いをしてくれるというのは嬉しいわね。しばらくフォレスタニアやタームウィルズだけでなく、ヴェルドガルのあちこちでお祝いが続きそうだわ」
ステファニアがそう言って笑顔を見せる。
「フォブレスター侯爵領やオルトランド伯爵領も盛り上がりそうですね。シルン伯爵領も影響を受けて活気がありますし」
アシュレイが嬉しそうに言った。グレイス達の後にカミラとオフィーリアも続くからな。俺達も領地でお祝いできるようにと、酒や食事を振る舞う準備を進めているから、それが何度か続くことでお祝いムードが持続する、というわけだ。
「ん。領民や外から来ている人達も喜んでくれそうだし、商売も繁盛しそう」
「そうだね。半月ぐらいを跨いで続くから、結構領内も潤うんじゃないかとは思う」
シーラの言葉に少し笑って頷く。経済的な話をするなら酒や料理を結構盛大に振る舞っても収益的にはプラスになるだろうと思っている。
というか、タームウィルズやフォレスタニア、シルン伯爵領、ガートナー伯爵領と……第一子誕生が近い事を聞きつけて既に人が集まって賑わっているしな。行商人達もかき入れ時と見ているのか、街はいつも以上に活気がある。こっちで物を売り、また仕入れて各地に戻ってこちらで買い付けた品々を各地で売って……というサイクルが暫く続くと考えると大分潤うだろう。
人の流入に伴い市内での武官の巡回等も強化しているが、今の所大きな問題は出ていない……というのはゲオルグが講義で言っていた事だな。
その辺は俺の御膝元だからとゲオルグは分析していたが……盗賊ギルドがシーラや先代ギルド長の敵討ちの一件で俺に対して好意的で、裏社会でも俺に対して問題を起こさないようにしてくれているから、というのもあるのだろう。
「まあ、領地に関しても問題なさそうだし、このまま予定日を迎えられそうだね」
「ふふ。私はこのまま安静にしておきます。テオのお陰で身体的には衰えもなく維持できますし」
明るい情報にグレイスが少し肩を震わせてそう言うとみんなも頷く。
「そうね。学連の資料によると産後の状態も循環錬気をすればかなり良くなるらしいし」
と、ローズマリーも羽扇の向こうで目を閉じて言った。
そうだな。ある程度は運動した方がいい、という事らしいが、この辺、循環錬気があるお陰で運動量が減っても身体能力を維持しやすく、産後の肥立ち等も良くなるというのがある。身体機能の維持については自然治癒力の向上の他に筋力量低下が起こりにくくなるというのが骨折や捻挫の治療に用いる実験が過去にされていて、実証されている形だ。
だからその点、グレイス達だけでなく、カミラやオフィーリアも随分助かっていると言っていたな。後……アルバートも調子がいいので工房の仕事が頑張れるのだとか言っていたが、こちらもあまり無茶をしないようにして欲しいものだ。
いずれにせよみんなが安静にしていても健康を維持できるというのなら喜ばしいことである。