番外1364 冬の終わりに
「解呪か。テオドールの手伝いをしたいというのはあるが、今までの出来事を考えると、覚醒に至っているならば解呪しても力は残りそう、というのはあるな。どこかの段階で実験的に解呪の対象となってみるのも悪くは無さそうなのだが」
と、解呪の話題に関してそう言ったのはテスディロスだ。
今までの出来事というのは冥府での話だな。ヴァルロス、ベリスティオ、ゼヴィオンにルセリアージュと……覚醒に至っていた魔人達は冥府で解呪され、変身ができなくなったものの力は残していた。リネットも……技術的な面で向上したが自身の特性、得意分野に関してはそのまましっかりと残っていたし、ウィンベルグもそうだ。
だから現世で解呪をしても、覚醒能力はそのまま残ると考えられる。この辺は迷宮核の分析でもそういう結果が出ていて、確度が高い。但し……覚醒能力を限界近くまで引き出すと変身していない場合肉体の方がダメージを受けてしまう。この辺は大魔法の撃ち合いの過負荷で肉体的ダメージを受けるのと同じだ。
対策は……考えられないでもない。自分の身体に反動が来ない程度のリミッターをつけるか、俺にとってのウロボロスのような、発動体を用意して補うかといったところだ。
魔人達の場合、瘴気剣といった武装も使えなくなるし、その辺を個々人に合わせて補う必要はあるな。
そんな話をすると、アルバートが頷く。
「その場合、専用の装備を作っておいた方がいいね」
「中々に興味の湧く話ではあるな」
真剣な表情で応じるテスディロスである。
「テスディロスの場合だったら雷属性と相性の良い装備って事になるかな」
「それぞれの覚醒能力に合わせた専用装備を考えるのは楽しそうではあるわね」
と、俺の言葉にローズマリーも首肯する。
高位魔人の面々は俺の手伝いをしたいとの事なので解呪は保留していたが……他の魔人達が解呪に応じる等状況が動けばそれも変わっていくのだろう。
他の魔人達はどうかと言えば、氏族に属する者達は割と乗り気だし、はぐれ魔人達もそれは同様であるらしい。
「まあ、氏族というのは他者との縁でもあるしな。それを持たない根なし草なら早めに解呪をした方が周囲も安心するだろうし、これからの暮らしの上で信用も得られる、と言うのは一つの考え方ではある」
ゼルベルがはぐれ魔人達の考えや主流となっている論調について教えてくれる。
「俺の場合は……テオドールへの協力もそうだが、リュドミラを守る必要があるからな。もう少し保留しても良いだろうか。問題が無くなったと思えた時に、解呪を行いたいとは思うが」
と、ゼルベルは自分自身の事についてそう付け加えてくる。
ゼルベルの場合は、家族を守るという目的があるからな。その点ではオルディアとイグナード王の話は自分の身に置き換えられる部分も多く、現状はかなり参考になったとの事だ。
ゼルベル自身に関しては――戦い方等もイグナード王と近いという事もあり、フォレスタニアにやってきた日にイグナード王と話をして意気投合している様子が見受けられた。今度レイメイ、ゲンライ、イングウェイ、レギーナといった格闘術を使う面々を交えて一緒に訓練をしようとか、そんな話になっているのだとか。
レイメイ、ゲンライに仙術を習っているユイもそこに参加する事になるだろうか。
「勿論構わないよ。そうした周囲の事情もあるし、自分の身体の事でもあるから判断は尊重したい」
「助かる。まあ、行く行くは俺も解呪して一緒に平穏に暮らせるのが良いなんて話もしたが。俺としてもそうなっていったら嬉しく思う」
俺が答えると、どこか楽しそうに目を細める。反応からするとゼルベル自身もそれを望んでいるのだろうという気がするな。
そしてリュドミラはと言えば……俺とゼルベルのやり取りに納得したというように嬉しそうに笑って頷くと、解呪の日取りが決まったら教えて欲しいと言ってその場を退出していった。
これから船着き場でのんびりとするそうだ。シャルロッテ、シオン達やカルセドネ、シトリア、ユイにリヴェイラといった面々と魔人の女の子同士で集まって交流の時間を作るそうで。
一方での男の子達同士の集まりはと言えば……子供達同士ではやはり、面倒見のいいザンドリウスが中心になっているようだ。ザンドリウスの趣味が読書だからか、フォレスタニアの書庫から本を持ってきてスピカやツェベルタが読み聞かせをしたり、というのもしていたが、その時は男女一緒になって楽しそうにしていた。
子供達もそうやって交流をしているが、大人達もだな。
そんな調子で人が増えて交流の時間を意図的に増やしているという事もあり、フォレスタニア城内は現在、結構活気があったりするのだ。
「解呪については……そうだね。希望者にもう一度聞いてみて、近い内に進めよう」
「はい。もう一度確認をとってみましょう」
と、ラムベリアや氏族長達が応じる。改めて確認を取る事で意思も固まるだろうしな。各々納得した上で望んでもらった方がいいというのもある。その辺も伝えると氏族長達は留意しますと、真剣な表情で応じるのであった。
「どうでしたか?」
「ええ。健康そのものね。移動はフロートポッドを使ってなるべく安静にしているようだし、現時点での問題はなさそうだわ」
「このまま予定日を迎えられそうですね」
グレイス達の往診に来てくれたロゼッタとルシールに尋ねると、そんな答えが返ってきた。その言葉に目を閉じて頷く。
循環錬気でも生命反応に異常がないというのは分かっているが、俺は医療の面から言えば別に専門というわけではないからな。
その点ロゼッタとルシールは治癒術師や王城お抱えの典医として豊富な知識と経験がある。それに加えて精霊達の加護、地球側の知識等も合わせれば……対応の幅はかなり増えるだろう。
そうしてロゼッタ達の話を聞いてから、往診が終わったみんなのいる部屋に入る。
「ああ、テオ」
と、グレイス達が笑顔でこちらを見てくる。
「うん。二人から話を聞いたけど、みんな問題無さそうで安心してる」
「はい。お話をして、改めて注意事項も確認しました」
「予定日を見積もっていても多少の前後というのはよくある話だものね。その点、私達の場合はテオドールが諸々対策を練ってくれているから安心だけれど」
と、ステファニアも微笑む。
そうだな。今はアピラシアの働き蜂やティアーズ達が常時付き添ってくれている。ふとした時に一人にならないとか、何かあっても警報によって状況を察知して即対応できる、といったような体制を整えているわけだ。これに関してはギメル族のところでも使った警報システムと同じ魔道具を採用させてもらっている。
ティアーズに関してはカミラやオフィーリアのところにも専属で付き添いを派遣しているので、エリオットとアルバートも安心だと喜んでくれているな。
「リサ様の事も含めて……誕生日が楽しみですね」
「冥精としての修業を頑張るって、随分と気合が入っていたものね」
アシュレイがにっこりと笑うとイルムヒルトも表情を綻ばせ、マルレーンもこくこくと頷く。みんなも楽しそうに笑みを見せていた。
母さんは「孫の誕生日までには顕現を間に合わせたいわね」と大分気炎を上げていたからな。
どうなる事やらといったところだが、祖母という事になっても母さんは冥精なので、見た目まるで歳を取っていないという……中々不思議な光景になりそうだ。
ともあれ冬の終わりあたりが第一子の誕生日になる、というのは間違いなさそうだ。そうした光景を想像すると……確かに楽しみだな。




