番外1354 ゼルベルの事情
魔人達は二つの船に十分に収容できる人数だ。全体で218名。逆に言えば全域から集めてそれだけしか残っていないとも言えるから、魔人達の数が元々多くないというのを加味してもイシュトルムの裏切りによる被害は甚大なものだったという事だろう。
船室へは各区画へ氏族ごとに割り振る。はぐれ魔人達も交流ができるように考えて割り振っているな。出身氏族が分かっている者、分からない者と色々だ。
出自が分かっている者は本人が希望するなら元の氏族の近くに船室を割り振ったり、或いは遠ざけたりといった対処も行っている。
流石に全員一度に艦橋に案内してというわけにはいかないが、折角魔人の特性を封印して感覚が変わっているしな。ずっと船倉にいるというのも勿体ない。
交代で艦橋に足を運んで貰ったり、折を見て甲板に出られるようにしたりしつつ、名前と出自を聞いて名簿も作らせてもらおう。
『そうか。封印まで首尾よく進んだか。手合わせはあったようだが、怪我がなくて何よりな事だ』
『十分な手応えを感じている。神格に頼った感覚的な話になってしまうが……恐らくはこれで全員なのだろうな』
魔人達を船室に案内してから、少し落ち着くまでの間に少し時間があったので、モニター越しにベリスティオやヴァルロスと少しだけ言葉を交わす。全員を収容して移動を開始する前に、周辺も生命感知で探したり念のための呼びかけも行ったりしたが……把握できていない魔人はいなかったようだ。結集場所にフォレスタニアに向かうから安全に接触したいなら手紙等を渡すと良いという旨の伝言も残したりしたが、二人によればそのあたりは心配いらないだろうとの事で。
神格を介して二人にも今回の結集に関する結果が伝わっていた。この辺神格からのフィードバックなので感覚での話になってしまうという事らしいが、クラウディア曰く『神格からの反応は根拠として信頼がおけるわ』との事だし、その上で良い結果になったと二人が言うのなら実際そうなのだろう。
「まあ……約束を果たすのはこれからではあるけれどね。解呪や生活の安定、それに互いの感情的なところとか」
二人にそう伝える。
『約束、か。俺が勝手に後始末を押しつけたようなものだがな。だからこそ、感謝している』
『そうだな。盟主であった者として……彼らの事をどうか頼む』
ヴァルロスが目を閉じ、ベリスティオはこちらを真っ直ぐに見てそう言った。
「ああ」
短い言葉で笑って答えると、二人も笑って頷いていた。それから各所に結集の顛末を報告していく。
『まだ先があるとはいえ……おめでとうと言わせてね』
『そうだな。喜ばしいことだ』
母さんやベル女王がそんな風に祝福の言葉をくれる。各国の面々も作戦の成功を祝福する言葉を俺達に送ってくれた。
『手合わせはありましたが、怪我もなくみんなが応じてくれて、本当に……良かったです』
『無事に帰ってきてね』
グレイスやステファニアがモニターの向こうで笑顔を見せ、マルレーンもこくこくと頷く。そうして一通り各所への報告も終わったところで、艦橋に氏族長達やゼルベル父娘といった面々が顔を出した。
「おお……これは……」
「外の景色が……」
と、艦橋内部の様子や外部モニターから見える景色に感動していたようだが、氏族長という立場があるからか、すぐに気を取り直してこちらに視線を向けてくる。
「氏族のみんなは大丈夫かな?」
「皆、風景や匂い、同族への感情などで感動していたようですが、一先ずは落ち着きを見せております。今は寝台の柔らかさ等に感動している様子でしたね」
「なるほどね」
船室の様子は案内役であるティアーズからの中継映像で少し見せてもらっているが、その言葉通り、寝具に手で触れて感触を確かめたりしていたようだ。
まあ、何だ。船内の設備にも色々と感動していて退屈もしていない様子だから、良い事なのではないだろうか。
現在スピカとツェベルタが食事の準備も進めてくれている。食事の時間になったらどこかに停泊させ、甲板に顔を出してみんなで青空の下で食事というのも良いだろう。
「そう言えば、事情を聞かせてくれるという話だったね」
ゼルベルに尋ねると、静かに頷く。
「そうだな。興味があったというのも本当だが、こっちの事情で動いていたのも事実だから、伝えておくべきなんだろう」
というわけで、ゼルベルから話を聞かせてもらう。茶を用意すると、はぐれ魔人達と氏族長達はその香りに「おお……」と声を漏らしていた。
「味覚や嗅覚の違いは……驚きだな」
「うん……美味しい……」
と、しみじみとした様子のゼルベルと、ティーカップを傾けて息をつくリュドミラである。そうして一息ついたところでゼルベルが事情を話してくれる。
「話と言っても、そう複雑な事情でもないがな。リュドミラは……あいつの忘れ形見でな。一人立ちできるまでは面倒をみようぐらいに考えていたんだが……そこに啓示を受けたってわけだ」
ゼルベルはそんな風に言って肩を竦める。ぶっきらぼうな物言いだが、見たところ父娘の仲は悪くないようだ。
「母さんとは性格が合ったって父さんは言っていたわ」
「お互い氏族を持たない魔人でな。出会ったのは魔力溜まりで……食事兼鍛練での偶然だったが、理由が同じだったから気が合ったんだ」
ゼルベルは懐かしそうに目を細める。ゼルベルの妻は……リュドミラを生んで暫くしてから魔力溜まりの主と遭遇。そこでゼルベルと共に交戦し、命を落とした……ということらしい。
「俺が覚醒したのもその時……だな。もっと早く覚醒に至っていれば、あいつも助けられたのかも知れないが……」
「そんな風に自分を責めない、で。父さんと母さんが戦いながらも私を守ろうとしてくれた事……あの背中、覚えているもの」
ゼルベルを真っ直ぐに見てリュドミラが言った。
ああ……そう、か。あの時力があればというゼルベルの気持ちも、それを見ていたリュドミラの気持ちも……少し分かるかも知れない。俺だって、母さんに謝られたとしたら、自分を責めないでほしいと言うと思うから。
そんな娘の言葉に、ゼルベルは「分かった」と静かに答えて少しの間目を閉じていたが、やがて顔を上げて俺を見てくる。
「まあ、そんなわけだ。感覚が少し変わってリュドミラやあいつの事を思い返した時、妙に感傷的になっちまってな。傭兵をやってみたり鍛練に僻地に篭ってみたり、好き勝手に生きてきたが、リュドミラには平穏に生きて欲しいと、そう思ったわけだ」
「だから、気ままな振る舞いを見せてはいたが話の進展そのものには協力的だったわけだ」
そう言うと、ゼルベルは「まあ……事情が分かれば伝わるわな」と軽く髪を掻いていた。その辺は……見込み違いでもリュドミラの安全は確保できるようにというゼルベルの親心によるものだろうか。
「とは言え、力量に興味があったってのも本当の話だがな。リュドミラの事がなかったらそれこそ契約魔法が発動するまで止めてなかったぐらいには楽しかったのも事実だ」
ゼルベルの言葉に俺も少し苦笑する。まあ、そうだな。全力での力試しや手合わせというのは少し物騒だから、相手が高位魔人ともなると平時にやっていていいものではなさそうだが、訓練や鍛練ぐらいならこちらとしても歓迎したいところだ。研鑽したいという面々は身の回りにも多いし、きっとゼルベルの技量は良い刺激になるだろう。
その辺りの話をすると、俺で良ければとゼルベルも応じてくれた。ユイやヴィンクルにとっても良い修業仲間になってくれそうで何よりではあるかな。
さてさて。そんな話をしながら移動していく内に、スピカとツェベルタも料理ができたと伝えてくる。頃合いを見て景色の良い場所で停泊して食事の時間と行こう。封印を受けてからの初めての食事だからな。きっと魔人達も喜んでくれるだろう。