番外1351 紅の渦
集まっている魔人達にゼルベルと手合わせする事を伝える。
「では――横槍は入れない、氏族の者達にも入れさせないと、氏族長の名に懸けてと約束しよう」
「同じく、氏族の者達共に約束しよう。それでいいな、お前達」
氏族長が代表して答えてくれる。呼びかけられた氏族の者達も頷いていた。
はぐれ魔人達はと言えば一人一人が同じように約束してくれる。
「邪魔をするような事はしない。俺としても興味があるからな」
「そうだな。どれほどのものなのか見るのが楽しみだ。手出しはしない」
というはぐれ魔人達の返答である。
一応封印や解呪の方向で話が進んでいるとは言え、まだ話も終わっていないからな。
理由はさておき、魔人達も自分達の性質や評判については分かっているのか、こういう部分できっちりとした返答をしてくれるのはこちらとしてもありがたい。そして……彼らが封印や解呪に前向きだという事の裏返しでもあるな。
それはそれとして氏族の魔人達もはぐれ魔人達も、ゼルベルとの手合わせにかなり注目している、というのも分かった。
「実際のところ、私も興味がある」
「そうだな。どちらも相当な強さを持っているというのは感じているが」
「確かに。盟主の後継となる者がどれほどの力を持つのか……見ておきたい」
とまあ、そんな調子だ。ゼルベルの言う力を示す、という考えが魔人達にとっては重要というのも分かるな。考えてみれば、今俺達のところにいる氏族の面々は彼らの前で戦っているところを見せていたりする事が多いし、その辺も良い影響が出ていたりするのだろうか。
エスナトゥーラ氏族は後天的に魔人になった世代が多いから少し話は変わるが。
「さて。それじゃあ始めようか」
「ああ。手合わせとは言え、楽しみだ。これからの時間に期待している」
当のゼルベルはそんな風に答えつつも、言葉通りに楽しそうな笑みを見せている。魔人らしいというか何というか。
結集場所から出て、敷地に攻撃が届かないような場所――少し離れた海の上でゼルベルと対峙する。
「確認する。相手に参ったと言わせた場合。意識を失ったり、戦闘続行不能と思われる傷を負った場合。それからさっきの契約魔法の内容が手合わせ終了の条件で間違いないな? 要するに没頭し過ぎず、相手に重大な怪我を負わせたり命を奪うような事をしない、と」
「ああ。間違いない。その辺だけ抑えておけば良い」
ゼルベルの言葉に頷く。
「手合わせではあるが――本気で行かせてもらおう。お前と戦う機会はなさそうだしな」
ゼルベルは言うなり赤い瘴気を全身に纏う。
その姿が変化していく。やはり……覚醒に至っている魔人か。目の部分も白い光を宿す。鋼のような質感への体表の変化。手足に赤い結晶。赤い血管のような有機的なラインが結晶で覆われた部分から伸びる。燃えるような赤い髪も……長く伸びて瘴気を帯びて揺らぐ。肉体的な姿形は大きく変わらないが、周辺の大気を震わせる程の……相当な力の増大を感じる。
赤い結晶は手甲や脚甲のような役割を果たすのか。ゼルベルはそのまま瘴気剣等は形成せずに構えを取った。
徒手空拳。或いはそう思わせるのが目的か。どちらが本命だとしても瘴気は形を変えられるし弾丸として放つ事もできる。いずれにせよ、形状や構えから繰り出されるであろう攻撃を、人間のように決めつけて対応すべきではあるまい。
こちらも循環錬気で魔力を高めていく。ウロボロスが余剰魔力の青白い火花を散らすと、ゼルベルは牙を剥いて笑った。
みんなの見守る中で……互いの力の増大が止まる。震えていた大気も静かになって――聞こえるのはただ、海鳴りだけだ。そうして……示し合わせたように互いに向かって突っ込んでいた。
彼我の距離を一瞬で潰して、ウロボロスとゼルベルの裏拳が交差する。衝撃と共に火花が散った。やはり、徒手空拳か。しかも、修練を積んだ動き。
そのまま、凄まじい速度で攻防を応酬する。杖術対格闘術。
跳ね上げたウロボロスを皮一枚で避けて、貫手が突き込まれる。半身になって避けながら踏み込めば、結晶を纏った膝が跳ね上がった。掌底からの魔力衝撃波で迎撃。互いの身体が弾かれるも、ゼルベルは嬉しそうな笑みを見せて、すぐさま間合いを詰めるように踏み込んでくる。
間合いの内側には入れさせない。ウロボロスの打撃によって迎え撃てば、ゼルベルは力の方向を逸らし受け流すような技で応じた。
攻撃を受け流そうとするのならば、こちらとて対応策はある。撃ち込んだ打撃の先端に小さなマジックシールドを形成し、打撃の威力を殺さずに叩き込むとか、踏み込んだ先に斜めにシールドを形成して身体を支えるだとか。
「ほう……!」
初めて見る対応策だったのか、ゼルベルは感心したような声を漏らしながら即座に柔の技から剛の技へと切り替えてきた。
激突する瞬間に重い衝撃が散る。こちらも受け流すような技で対応すれば、赤い結晶に力が集中したかと思うと手甲の周辺に赤い渦が巻いて、杖の先端が流される。
そのまま踏み込んでくる。至近で放たれる掌底をマジックシールドで受けながら流された方向に逆らわず跳べば、渦を巻く瘴気が一点で炸裂するように集約されてシールドが粉砕された。
ガルディニスとはまた違う、至近戦での技法。こういう細かな攻防や技の研鑽を積んでいるというのは――魔人としては珍しいタイプだ。当然、かなり厄介な部類と言える。
燃えるような赤い髪の、格闘術を使う魔人か。二つ名や噂は聞いたことがないが――。
こちらも循環魔力を四肢やウロボロスに渦のように纏わせて、ゼルベルの技に対抗する。逆回転の渦を纏わせれば激突する度に互いの攻撃が弾かれるように散る。時折互いに回転の方向を変えて相手の攻撃が弾かれる方向を変えて、切り込んでは迎撃し、切り替えしては押し返す。いくつもの火花を散らしながら瞬き一つの間に虚実を織り交ぜ、互いに相手を切り崩して一気に畳みかけようと攻防を重ねていく。
近接戦闘の攻防の中でマジックサークルを展開して雷撃や炎を放つも、渦巻く瘴気に力を逸らされてゼルベルの後方に吹き飛んでいった。そういう特性というよりもこれはゼルベルの研鑽した技なのだろう。
氷弾やソリッドハンマーのような、実体を伴った術は拳や蹴り、肘や膝の一撃で粉砕して真っ向から突き抜けてくる。遠距離攻撃では止まる事なく受け流しと粉砕で前進。至近に踏み込んでまとわりつき、研鑽した技量を以って叩き伏せる。そんな戦い方だ。
切り崩す手札は――ある。
一瞬。そして僅かな量だけでいい。渦を纏う腕とウロボロスが交差する瞬間に分解術式を展開する。
渦をかき消し、手甲を削ると同時に杖から魔力衝撃波を叩き込む。こちらの放った衝撃がゼルベルの腕に突き抜けていく。予想していない手応えだったのか、驚きの表情を浮かべるゼルベルに向かって間髪容れずに杖の逆端を跳ね上げていた。
脇腹にウロボロスの一撃が叩き込まれる。重い金属を叩いたような手応え。体表の質感と性質は矛盾しないらしい。
手応えは十分重いものだったが、動きを止めるには至らない。ゼルベルは構わず、肘を振り抜いてくる。が、こちらも既に攻撃を叩き込んだ次の瞬間には動いている。ミラージュボディをその場に残し、短距離転移でゼルベルの死角に飛んだ。ミラージュボディの姿勢をそのままその場に残すために背を向けるような形だが、体当たりをすると同時に自分の肩に掌底を叩き込み、自分には無害になるように魔力を突き抜けさせて、ゼルベルの体内に届いた瞬間に魔力衝撃波を叩き込む。
「ぐっ!」
ゼルベルは一瞬声を漏らして振り向きざまに渦巻く瘴気で振り払ってきた。押し流されるように距離が離れ、少し遠い間合いで対峙する。
ゼルベルの表情にあるのは驚きと歓喜だ。
「信じられん。魔法近接戦闘術とでもいうのか。このような戦い方があるとはな……!」
だが――と。ゼルベルは牙を剥いて笑う。
「俺の技がまだ及んでいないのは理解した。しかしこれだけでは不足だ。この上ない程の賛辞と驚愕に値するが、見ているだけでは理解できない者もいるだろう。だから――もっと分かりやすくしていかなければ、な……!」
そう言って……赤い瘴気に黒い雷が混じってゼルベルの纏う力が更に膨れ上がる。
まだ上がある、か。こちらも金色の魔力を纏えば、ゼルベルは目を見開いて歓喜の表情を浮かべるのであった。




