番外1337 誰かの居場所を
来たるべき魔人の結集に向けて、色々と準備を進めていくが……基本的には物資の準備なのでそこまで忙しくはない。準備の進捗を確認しながら各所との連絡を密にしたりといった具合だ。
同盟各国からも協力は惜しまないとあちこちから連絡を貰っている。氏族同士の仲であるとかはぐれ魔人個人の性格や性質如何によっては他と馴染めない者も出てくる可能性があるしな。水が合わないなら不満を溜めないように選択肢は多い方が良い。
とは言っても人と共に暮らすには解呪が必要だから他の場所に行くにしても同盟各国を頼るならばそれは前提となるが。
「結集後の解呪儀式は一先ず私達が主体になって進めるという事ですね」
「頑張りましょう、フォルセト様」
「ええ。シャルロッテさん」
通信室に集まって各所と連絡を取っていると、フォルセトとシャルロッテがそう言って頷き合う。
「ああ。これから先の世代で解呪儀式が必要になるような事態は歓迎したくないけれど……だからと言っても儀式の手順を確立して一般化しておかないわけにはいかないからね」
後世で必要になった時にきちんと解呪儀式ができるように、というわけだ。儀式の手順自体は元々俺がいなくてもできるようになっている。
精度によって一度に解呪できる人数が前後したりというのはあるだろうが……魔人の解呪については色々な人々の願いや精霊、神格からの助力が期待できるからな。きちんと巫女、神官の後進を育成するなり、しっかりとした志のある者に儀式の手順を再現してもらえば問題はないはずだ。
後進育成が上手くいかなくとも儀式を行う者の想いが通じれば可能、というのが良い。育成や手順が断絶したとしても何とかなる余地があるというか。
ベリスティオとヴァルロスが神格として協力してくれているから、一度儀式が成功した今となっては、神格の与えてくれる加護や祝福としてそういう効果が期待できるというのがある。
儀式を行って解呪に成功しているという実績もあるしな。そうした歴史や事実があるというのは、後の世代でも多少儀式手順が変わっても想いさえ本物なら儀式に力を与えてくれるはずなのだ。
神官や巫女による儀式や祈りというのはそういう性質で……重要なのは正しい手順ではなく、真摯な祈りや願いだからな。勿論、効率化された儀式手順というのはあることはあるけれど。
「結集の結果次第だけど、人数が多くなることも予測されるから、二人が主体になって儀式が進められるのを確認したら、状況を見つつ俺が司祭役になるよ」
「先生の儀式は氏族纏めて解呪してしまいますからね」
シャルロッテは笑みを見せる。
「ん。封印術の固定を行う魔道具は既に結構な数用意してあるけど……種族特性を封印した時の感覚を知れば解呪に前向きになってくれる者も結構多いんじゃないか、と見てるからね。一気に解呪を進める必要も出てくる……かも知れない」
その場合は多人数に対応する必要があるからな。
ヴァルロスに合流せずに自分達の拠点側に残った魔人は……戦闘能力に劣る者達も多いだろうというのがザラディ達独房組の見解だ。
ヴァルロスの呼びかけに共感する者もいたが、好戦的だったり残酷だったり、戦闘能力に自信がある者の多くはヴァルロスの呼びかけに応じる傾向にあった、というのが分かっている。
逆に言うなら今残っている魔人達はそうでない者達なので……隠れ里の住民のように案外解呪された時の感覚や安全な生活を歓迎する者も多いのでは、と予想している部分もある。あくまで傾向だから、例外はあるだろうとは思うが。
「オズグリーヴさん達の同行はそういう意味でも安心ですね」
そうした考えを伝えると、アシュレイは静かに同意していた。そうだな。力を見せて認めさせる、というのも魔人達に接する上では重要な事だ。ヴァルロスが呼びかけ人として中心的位置にいたのも、分かりやすく強い力を持っていたからだし。
覚醒魔人の同行というのはそれだけで有効ではあるが、後は魔人達が俺をどう見るか、だな。彼らとて連絡を密にしているわけではないし、全体的に見て世情に詳しいわけでもあるまい。
あまりみんなに心配をかけるような橋は渡りたくないところではあるのだが。さて。
日常の執務や視察、工房の仕事に結集に絡んだ準備や連絡等をこなしつつも、みんなと夫婦水入らずの時間を過ごす。出発を控えて、やはりみんなも心配という部分もあるだろうと「安全をしっかり確保しつつ動くよ」と伝えると、グレイス達は頷いてから微笑みを見せた。
「心配というのはありますが、それと同じように、約束のために動いているテオの事は応援しています」
「ん……ありがとう」
真正面から見つめられてそんな風に言われて……少し頬が赤くなるのが分かる。そんな反応をしたところにマルレーンが抱きついてきて。
「でも……無理はしないで」
鈴が鳴るような綺麗な声が聞こえた。マルレーンの声だ。そんなマルレーンの言葉にみんなも目を細めて首肯する。
「ああ。約束する。ちゃんとみんなと一緒に、無事に帰ってくるから」
「ん。テオドールは有言実行でちゃんと約束を守ってくれるから、好き」
と、シーラはストレートに言って抱擁してくれたりして。マルレーンと共に、柔らかい感触と、風呂上がりの体温が伝わってくる。
サボナツリーの香りが鼻孔をくすぐってくる。
心配しながらも応援してくれているというのは……嬉しいな。気にかけてくれているし信頼してくれているという事でもあるから。
「そうやって言ってくれると、俺も頑張って前に進んでいけるよ」
「ふふ。そうね。そういう気持ちは分かる気がするわ」
クラウディアが楽しそうに微笑む。クラウディアが月の船に乗って地上に降りた時も、そういう気持ちだっただろうか。月の王はメッセージを残すぐらいには心配していたし、地上の命運を託す事ができると思うほどにはクラウディアの事を信頼していたから。
だから……こういう風に言ってもらえるというのが嬉しい。他ならないみんなからの言葉だから、というのも大きいだろう。
「まあ……わたくしが王位につかずとも問題ない、と安心できるぐらいには思っているわ」
「ふふ。マリーの前の考えからするとそれは最大限の賛辞よね」
ローズマリーの言葉にステファニアがそんな風に言うと、羽扇の向こうで目を閉じる。自分が王位に、と思っていたローズマリーからすると……確かにその言葉は称賛なのだろうな。
そんなローズマリーの言葉にステファニアやマルレーンも表情を綻ばせていた。
「テオドール様のお陰で、私にも居場所ができました。今も彷徨っている方達の日常に平和が齎されるように願っています」
「居場所……そうね。帰る場所があるって嬉しい事だもの」
「そうですね。そうなっていったら……素敵な事です」
エレナの言葉にイルムヒルトとアシュレイも綻ぶような笑みを見せ、グレイスも俺の目を見て頷く。
居場所か。時代を経て眠っていたエレナもそうだが、イルムヒルトもアシュレイもそう。グレイスもそうだ。
そうやって、みんなと抱擁し合う。髪を撫でられたり口づけを交わしたりして……穏やかな時間を過ごす。うん。みんなとこうやって過ごすと、自分の原点がはっきりして気合が入るな。ヴァルロスやベリスティオ……ザラディやアルヴェリンデ達との約束でもあるが、自分の居場所を探すというなら俺自身そうだった。
自分の生き方やみんなの想いに関する話でもある。だから……魔人達の結集に際しては、気合を入れて臨むとしよう。