番外1335 独房からの言葉は
「楽しい、ですね。ツェベルタ」
「はい。このお仕事は、我々の性に合っている、と思います。スピカ」
――そんな風に子供達をあやしながら言うスピカとツェベルタである。
これから俺達の子供が生まれてくるに当たってキッズルームにボールプールであるとか色々と計画を練っていたが……まあ子供達がそうした場所で遊ぶようになるのは、まだもう少し先の話だ。
だがまあ、城で働いている武官、文官、迷宮村の住民、オズグリーヴやエスナトゥーラの氏族の中には小さな子供達もいる家庭もあるので、先んじて福利厚生の一環としてキッズルームというか託児所を造って試験運用中というわけである。
託児所という事で……ボールプールにエアートランポリン、小さなフォレスタニア城やすべり台といった遊具を用意した他、子供向けの物語を集めた朗読室、親子でのんびりできる休憩室、投影型プラネタリウム付き仮眠室といった設備を用意している。
ボールやトランポリンを始めとした遊具は木魔法による合成樹脂を調整して成形したものだな。シリコンのようなゴムのような柔らかく弾力性のある性質で……迷宮核の分析でも安全性が高いので割と安心である。
そんなわけで少し年齢が高くなっている迷宮村や氏族の子供達に遊んで貰っているが、みんな中々に楽しそうだ。今も子供達の笑い声が聞こえてくる。
武官、文官の子供と、迷宮村、各氏族の子供達が混ざって一緒に遊んで笑い合っている光景。平和なものだ。
子供達からの人気があるのはミニチュアフォレスタニア城だな。これはプレイハウス、キッズハウスと言われる類の家や城を模した遊具で、内部が少し立体的に入り組んだ構造になっている。入り組んでいるといっても立体的に繋がっているだけで外に出るのは簡単なものだ。そして出口はすべり台やチューブ型のスライダーになっている、という……まあ、大型遊具の類だな。
立体的な構造なので落下しても怪我をしないように周辺や床部分をエアートランポリンで覆ってある。外側を登るような使い方は禁止の方向だが、万一そういう事になっても大丈夫、というようにはしてあるわけだ。
生成したものばかりで構成されているので魔道具の類を主としたものではないな。城――迷宮の一部として組み込んであるので施設の管理、維持は常時されており、劣化で遊具が壊れて想定外の怪我をする事もない。
状況の監視役としてティアーズも配置されており、事故や犯罪の防止にも努めているな。
そんなわけで出来上がったキッズルームに城の面々から親子を招待してみた。
スピカとツェベルタに加えて、セラフィナやユイ、リヴェイラも子供をあやしたり面倒を見たりする役割に加わっている。
セラフィナ達と一緒に歌を歌ったり、朗読を聞かせたり……スピカとツェベルタも楽しそうだ。
「ふふ。平和な光景で……良いですね」
「私達の子供もここに混ざるのかなって思うと、何だか嬉しくなってくるわ」
休憩スペースからそうした光景を見ていたグレイスが言うと、セラフィナの歌に合わせてリュートを奏でていたイルムヒルトも目を細めて同意する。
イルムヒルトは魔力資質の問題で迷宮村に残れなかったからな。こういう時間を自分の子と過ごしたい、というわけだ。
当人としては両親が無事で自分の事を大切に思ってくれている事。クラウディアも色々と手を打ってくれていた事等がはっきりしているというのもあって過去への気持ちはすっきりしているという事らしいが……それでも幼少期に親元を離れて過ごしたのも事実だからな。そんな彼女の経験も考えると、結構子煩悩になりそうな気もする。
さてさて。ストラールの修復と共に、スピカとツェベルタの新しい身体に関しても一段落し、今回の旅でのあれこれも解決しただろうか。
スピカとツェベルタは封印倉庫の状況をモニターできるし、何か異常があれば封印倉庫からの通報を受け取る事ができる。ガルディニスの遺した品々も封印倉庫の完成で保管体制は万全といったところだ。
後は魔人達の結集を待っているという状況になるな。
『――ほう。なるほどな。かなり厳重な体制を敷いたと見える』
冥府との中継で独房のガルディニスと繋いでもらって話をする。ガルディニスが遺した手記等についての扱いについては伝えておいた方が良いだろうと思ったからだ。
「ああ。邪法呪法の類がまとめられているからあの手記が危険なのは間違いないけれど、手口を知らないと対策ができないっていうのも事実だからね」
『ふ……。儂としては所詮現世に残してきたに過ぎぬもの。どう処分してもらっても構わぬと思っているのだが……くく、気苦労を抱え込むものよな』
「色々考えなきゃならない事が多いんだ」
そんな風に答えると、ガルディニスは愉快そうに肩を震わせていた。
ガルディニスの手記の内容に関しては目を通してそれぞれの対抗策を考え、そちらを後世に伝える書籍にすればいいのだろうが、だからと言ってその後で手記を処分すれば良いのかというと、それは違う。
対抗策だけ知っていて原理を知らないとイタチごっこになった時に対処できないからだ。かと言って前提となる知識は広めて良い、というものではないので……扱いはやはり難しいと言わざるを得ない。信用がおけて対策として知識を活用できる人物が、そういった術で困った折に対応に使えるというのが重要なのだ。
『だから封印しつつも倉庫の管理者を必要とした、というわけか』
「そうなる。少なくとも封印倉庫に邪法の原書があると知っている者がいないと、応用や亜種への対抗策を練る以前の問題だからな」
誰にいつ情報を開示するのかという判断は難しいが、みんなで相談をしたり活用しなければならない状態なのかを判断するための自意識でもある。これについては、俺が引退した後の後世に関する話だ。
「我々の役割は情報があると告知する事でもある、のですね、ツェベルタ」
「しっかり役割がこなせるように、経験を積んで行かなければ、いけませんね、スピカ」
スピカとツェベルタはそう言って頷き合っているが。
「んー。まあ、こっちでも基準は考えたけれどね」
こちらでもその目安、基準を設定はしたが、実際はそれを絶対のものとは決めつけず、臨機応変に考えて判断する必要がある。
だからと言ってスピカとツェベルタにだけ責任を負ってもらおうというわけではないのだ。ティエーラやコルティエーラ、ヴィンクル。ジオグランタやユイとオウギと時代を跨いで迷宮側に所属しているだろうと思われる面々も多いし、その時代時代で信用のおける者も出てくる。判断に必要な背景、状況も変わる。
だからこの辺は、二人だけで判断するとかそういう話ではなく……上手くみんなで相談して事を進めて貰いたいと思っている。
『ふむ。まあ知識というものはそれだけでは善も悪もない。儂としては手記が有効に活用されるのであれば喜ばしいことだな』
ガルディニスはそんな風に言って目を閉じていたが。
そうして話も一段落し、ガルディニスの独房から看守役の冥精が退出する。
『中々に難儀な事だな。あれはお前には好き勝手言っているように見えて、生前の罪との対話もそれなりに真面目にやっているとは冥精達から聞いた。他の者達も同様だ。』
そんな風に教えてくれたのはベリスティオだ。
『お前が約束を守ろうとしてくれている事に、感謝していると伝えておいてほしいと言われた。ガルディニスに関しては――自分を打ち破った相手だからこそ、というのはあるのだろうが、困ったものだな』
ヴァルロスもそんな風に言って肩をすくめる。
「確かに困った性格ではあるけれどね」
と、苦笑する。ベリスティオやヴァルロスの方が接している時間は長いだろうし、看守からの話も信頼できるものだ。まあ……独房組の反応や現状に関しては安心ではあるかな。




